七話 超能力
先まで書きすぎて早く進めたいのでしばらく一日二話更新にします
朝7時と夕方の18時の予定です
「ニホン……?」
「そう、日本」
違う世界の、異世界の、日本という、国。
信じ難い。けど、さっき感じた、視えたあの文字は……
「信じられないかい?じゃあ質問しよう。君、魔力適性は?」
「……Eです」
「じゃあ、君が使ってるそれは何?」
「……魔法」
「じゃないよね」
ぴしゃりと言われた。
分かってはいる。俺の魔力適性はE。つまり、魔力そのものを持たない。そんな俺が魔法を使えるはずもない。第一、人の心が読める魔法なんて聞いたこともない。
「超能力っていうのは、あたしの世界だと結構ポピュラーな概念なんだけど。それこそ魔法と同じくらい」
「え、じゃあ先生も……」
「ああ、ごめんごめん。使えないよ。魔法も使えない。あたしの世界には超能力も魔法も無いんだ。空想上の存在だよ」
先生は煙草を消した。
「だけど、君の能力は全部それに当てはまる……人の心を読む『テレパシー』、瞬時に違う場所へ行く『テレポート』そして、人の腕を引きちぎるほど強力な『サイコキネシス』」
「これは、魔法とは違うんですか?」
「違うんだろうね。君に魔力は無いわけだし。原理は分かんないけど……あたしらの世界じゃESPはともかくPKは人間には無理だーって話だったんだけどねえ」
何を言ってるやら分からない。
けれど、それが逆に信憑性を上げる。
この人は、本当にこの能力を知っているんだと。
「で、これらの超能力は脳が基点になって発動するってのが定説だ。だから君の脳は今疲れ果てて、糖分が足りなくてぼーっとするし、限界以上に使ったから三日間も昏睡……脳が活動を休むことになったんだろうね。見たとこ君まだ十歳前後だろうし、脳も発達の途中だからね」
だとすれば随分コストパフォーマンスの悪い能力だ。俺がその超能力を使った回数なんてたかが知れてるのに、昏睡までするなんて。
「ちなみに、今はそれ以外の超能力は使える?」
「やってみます」
まずは、テレポート。せっかくなので先生を驚かせようと、先生の背後に移動するつもりでやってみる。
「……」
「……」
「……」
「……できなさそうだね」
次は……サイコキネシスだったか。
先生の腕でも……と思って、侯爵の腕をちぎったことを思い出してやめておく。代わりに、机の上にりんごが置いてあったので、それに使ってみた。
りんごがすっ、と動いた。
「……おお。本当に動いた。それ、浮かせられる?」
「いけますね」
「おー。実際見ると不思議なもんだね。じゃそれ、潰してみて」
「はい……ふんっ!」
潰すイメージをしてみるが、出来ない。
どんなにイメージしても出来なくて、体に力が入る。
「ふっ……ぎぎぎぎ」
「こらこら、君の体に力を入れても意味無いだろう。……多分だけど、出力が落ちてるね。人の腕を二本もちぎれてりんごが潰せないなんてありえないし」
「そうなんですか……」
「りんごは握力が50kgもあれば潰せるって話だよ。人間の腕を千切るために必要な握力なんて検討もつかないが」
先生の話は知らない単語が多い。が、要するに力が足りないということだろう。
「ま、単に脳が疲労状態だからって可能性もあるけど……君の場合は脳にダメージがいかないように力をセーブしてるってとこかな。多分テレポートが使えないのも、エネルギーを使いすぎるんだろうね。逆にテレパシーとかは負担が軽いんだろう」
魔力が足りない、みたいなものだろうか。魔力は枯渇した状態で無理に使おうとしても使えないらしい。
今はテレポートを使うための魔力が足りない、みたいな解釈でいいだろう。魔力枯渇を抑えるために、弱い魔術しか使わない。みたいな。
「ま、でもよっぽどの危機になれば使えると思うよ。よかったね、テレポート使えばお尋ね者になっても逃げ放題だよ」
「それは……まあ実際ありがたいですね」
と、そこで寝息が聞こえてきた。見ると、腕の中でエルクが眠っている。先生は俺たちを見て微笑む。少し恥ずかしい。
「いい婚約者を持ったよねえ。その子三日間そこから一歩も動かなかったんだよ。もう目覚めない可能性もあるって言ってんのに」
「……俺にはもったいないです。今回も、こんなことに巻き込んで……」
「その子も同じこと言ってたよ。……いいカップルじゃん」
頬が赤くなる。
と、少し頭痛がした。頭を押さえると、「おっと」と呟いて先生が立ち上がった。
「ちょっと無理させすぎたかな……。検証は明日にして君も寝なさい。今はとにかく脳の栄養を摂ることと、脳を休めることだ。金のことは気にしなくていいから、しばらくはゆっくり休みな。どうせ君の金だし」
「そう言われると罪悪感なく寝れますね……」
「怪我した子どもが罪悪感なんて抱く必要ないよ。あたしも二度寝しよ……」
先生は奥の部屋のベッドに入ろうとして、ぴたりと止まる。
「……あーっと、一応言っとくけど、ここ人んちだからな?」
「はい?」
「こんなとこだし避妊具もないから、まあ君くらいの歳じゃ辛いだろうが今日は我慢したまえ」
「ヒニング?」
「じゃ、おやすみ」
何を言ってるのか分からないので、俺は大人しくエルクをベッドに寝かせ、その横で眠った。
安全な場所で、腕の中にエルクが居る。それだけで十分だった。
……クライヴはどうしているだろうか。ふと、そんな疑問が浮かぶ。
もしかしたら一緒に逃げた方が良かったのかもしれない。けれど、流石に現場にも居なかったクライヴにまで疑いは向かないだろう。一緒に逃げないのも不自然すぎる。
それに、あそこにはセラフィム侯爵が居る。彼なら何とかしてくれるはずだ。
あわよくば俺も無罪放免にしてくれないかな、と思いながら眠りについた。
―――――――――
「お、早い目覚めだね」
朝日が目に入って目が覚める。何時間ほど眠ったのだろう。昨日よりも頭がはっきりとしているような気がする。昏睡と睡眠は似たようなものだと思っていたけれど、意外と違うのかもしれない。
エルクは隣でまだ眠っているようだった。
「起こさなくていいよ。君は三日昏睡してたけどその子はその間起きてたはずだろうからね」
「そうなんですか?」
「自己紹介と手当が終わってから、ご飯とトイレ以外はずーっと君のそばで。だんだんそういう置物に見えてきたよ」
「医者なら止めてくださいよ……」
「たまに気絶してはどこかに頭をぶつけて目覚めて」
「止めろよ!」
この人案外いい加減だ。
とは思ったものの、先生は煙草を消して椅子から立ち上がり、鍋をかき混ぜている。朝食の準備をしてくれているのだろう。鍋から香る匂いに反応して、腹が鳴った。
ほどなくして、陶器の皿に白いどろどろの何かが盛られて出てきた。
「……これは、薬ですか?」
「お粥だよ。ああそうか、こっちではあんまり一般的じゃないんだっけ……水入れすぎて失敗した米、あれの進化版みたいなもんだよ。消化にいいんだ」
およそ食べ物の様相はしていないお粥とやらに恐る恐る口をつける。
味は思ったより美味しい。何も食べていなかったから何でも美味しく感じるのかもしれない。
「ゆっくり食べなよ。珈琲は飲めるかい?」
「はい」
「病人だし、本当は水がいいんだけどね。脳をはっきりさせるにはカフェインが一番さ。それに、煙草にも合う」
自分と俺の目の前にマグカップを置く。一度口をつけてからお粥と珈琲は合わないことを悟り、まずはお粥を片付けてしまうことにした。
先生は煙草に火をつけた。ヘビースモーカーのようだ。
「さて。食べながら少し考えてみてほしいんだが……君たちはこれからどうするんだ?」
「どう……もできません」
王宮から逃げ延びた、子ども二人。
行くあてもない。それに、クライヴは王宮に居るままだ。
叶うなら、再会したい。
「王宮に捕まると多分処刑されてしまう。だからって逃げ延びる当ても……」
「他国に逃げるのはどうだい?ファルシオン王国も他国に手を出してまで何かしようとは思わないだろう」
「俺の顔立ちはファルシオン王国の典型的なものですし、この国は他国と結構な緊張状態にあるので……」
「なるほど、向こうで良い扱いはされないだろうと。ふーん……大変だねえ」
先生は煙を吐いて、頭を搔く。
「ま、何にせよ医者としてはしばらくここで休んでることを勧めるよ。見かけ上傷は無いけれど、君たちの身体は思っている以上にボロボロだ」
「そうなんですか?」
「君は脳に、エルクは精神にダメージが入ってる。どっちも身体の傷よりずっと治りにくい。特にエルクの場合は……少し長い付き合いになるかもね」
エルクはベッドでうなされている。
彼女の頭に手を触れると、見ているのはやはりあの時の夢。
俺の脳に、鮮明で凄惨な映像が流れ込む。食事中なのに、少し吐き気がした。
「ん?テレパシーかい?」
「いえ、直接触れると言葉だけじゃなく映像や感情も直接見られるみたいなんです」
「サイコメトリーか……それで、彼女はどんな夢を?」
「あの時のことを……」
「だろうね。性被害に遭った女性はそんなものさ。どこの世界でもね」
何か覚えがあるのだろうか。聞くことも躊躇われ、俺は黙ってテーブルに戻る。
先生は煙草を吸う。
「……ま、しばらくはゆっくりするといい。貴族が頻繁に立ち入る場所でもないし、あたしとしても君の能力は気になる。君も自分の力を知っておきたいだろう?」
自分の力。
超能力。
魔術に対抗出来るかもしれない、エルクを守れるかもしれない力。
俺は頷いた。先生は満足気に微笑む。
「そういえば、ここはどこなんですか?」
「ファルシオン王国の南部、外れにある田舎街だよ。王宮からは大分遠いな」
王宮は北側にある。国の北には山脈があるので、他国にとっては最も深い場所だ。
つまり、俺は馬車でも二週間以上はかかる距離を一瞬で駆け抜けたらしい。テレポートは今は使えないけれど、そんな能力ならそりゃあ、エネルギー消費も大きくて当然だ。
スプーンを置く。お粥は食べ終わってしまった。片付けようと立ち上がりかけるも、手で制される。先生が代わりにキッチンの流しに皿を運んだ。
「とりあえず、君の実験体としての仕事は休むことだな。寝ていろとは言わないが、あまり活動はしないように。超能力も基本的には使わないことを勧める」
「……分かり、ました」
「あと、テレパシーとサイコメトリーだが……近しい存在、特にエルクにはあまり使わない方がいいとあたしは思うね」
先生はベッドに近付き、エルクの頭を撫でた。どこか、慈しむような……それでいて、悲しそうな目だ。
「君は男だから分からないかもしれないが……彼女は子どもでも、女性だよ。君に見られたくないことだってある。君にだってあるだろ?」
「そう……ですかね」
「そうさ。君だって排便の光景を見られたくはないだろ?彼女にとってその光景はそれよりもずっと恥ずかしくて、情けなくて、君にだけは見られたくないものだ。……それに、君にとっても見たくないものだって見てしまうかもしれないよ」
クライヴなら、わかるだろうか。
あいつは紳士だ。それに比べて俺は、エルクの心なんてひとつもわからない。
そう考えると、怖くなってくる。全身に寒気が走る。
エルクの本心を見るのが、怖い。
彼女は、こんな状況にした俺のことを―――
「安心しなさい。エルクは君のことを恨んでやしないよ」
先生が煙草を消して、言った。
「……テレパシーですか」
「女の勘だよ。エルクにだってわかるさ。だからそんな顔、彼女に見せるんじゃないよ」
俺はエルクを見た。相変わらずうなされている。
俺は、英雄になる道を失った。
思えば、エディ王子やセラフィム侯爵には悪い事をした。
クライヴとも、もう会えないかもしれない。家族にだって……。
けれど、俺には超能力と、エルクだけが残った。
「……はい」
「よし。ご飯も食べてちょっとは元気が出たかな?なら、ひと休みして午後からまた頑張ろうか」
先生は俺の頭にぽん、と手を乗せた。
王宮から先生の家までは、だいたい広島〜青森間くらいの距離をイメージしています。ファルシオン王国の南端〜北端と思っていただいて大体問題ありません。
なぜ広島かというと、私が広島出身で、地理に疎いから本州において広島より西の県がわからないからです。




