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四十二話 天才少年の憂鬱

『すまない、クライヴ。俺たちはここに居られなくなった』


 カイン、待ってくれ、カイン。


『俺たちの夢、全部お前に託すことになってすまない。せめてお前だけでも、頼む』


 違うんだ、カイン。

 それは僕たちの夢なんだ。

 僕の夢じゃないんだ。

 君とエルクが居なきゃ。


『ごめん』


 カイン。エルクを連れていくんならどうして。

 どうして、僕も―――


 ―――朝の光。

 新入りとは思えないほど豪奢な部屋で、僕は目覚める。


 また、あの時の夢か。


 カインとエルクが居なくなって、もうすぐ一年が経つ。

 けれど、僕はまだ立ち直れてはいなかった。


 カイン、エルク。今君たちはどこで、何をしているんだ。

 カイン。どうして君はあの時―――


 そこまで思った時、部屋にノックの音が響いた。


「クライヴ様。起きてらっしゃいますか」

「ああ。毎朝ありがとう」

「いえ、仕事ですので。……朝食の準備が出来ております。お着替えになられましたら、食堂まで」


 使用人は、相変わらずクールにそう言って部屋の前を去った。

 ―――そうだ、今はそんなことを考えている場合じゃない。

 やるべき事をやるんだ。


 僕は顔を叩いて、まずは王室騎士の制服に袖を通した。


―――――――――


「何故まだあのガキは捕まらんのだッ!!」


 食堂の中、テーブルを下品にも蹴り上げる音と、痰のからんだ醜い声が響く。

 しかし、誰一人として彼に注意する者は居ない。

 彼は、ミルガイア侯爵閣下。カインを指名手配し、血眼で探している男だ。


「くそっ!!」


 食堂中に響き渡る罵声。皿に顔を近付け、犬のように直接貪る姿。……よくもまあ、王宮という場所でマナーを気にせずにいられるものだ。よくもまあ、一年も飽きずに怒っていられるものだ。


 たかが、両腕を失ったくらいで。

 半身を引き裂かれた僕の、目の前で。


 およそ一年前、ミルガイア侯爵は私室で、両腕を失った姿で発見された。

 回復魔術によって一命をとりとめた彼は、すぐにカイン・パスファインドを探すよう命じた。

 しかし、そう遠くへ行っていなかったはずのカインは、どこにも見つからなかった。


 ……大体の事のあらましは分かっている。僕とカインが警戒し続けていることに業を煮やしたミルガイア卿がエルクを手篭めにしようとしたのだろう。

 そこで、カインがその瞬間を見てしまい、ミルガイア卿の両腕を奪い、逃亡した。それだけのシンプルなストーリーだ。


 けれど、皆そんなことに気付かない。いや、気付いていても言えないのだろう。

 ミルガイア卿の権力が強すぎるせいで。


 カインはその後、ジーク・セラフィム閣下を殺害し、逃亡したと言われている。けれど、こんなものどう考えても間違っている。カインはセラフィム閣下を慕っていたし、殺害の手口も全く違う。

 恐らく、真犯人はミルゲイア閣下だろう。転んでもただでは起きない。まったく、貴族というのはどいつもこいつも腹が黒い。


 謎らしい謎といえば、E級のはずのカインがどうやってミルゲイア閣下の腕を斬り飛ばしたのか。そして、どうやって逃げおおせたのか、ということだ。だが、僕にとってはそんなことはどうでも良かった。


 カインは、必要なら()()。特に、エルクを守るためなら、出来なくてもやる。

 本人自身気付いていないようだったが、彼のエルクへの執着は異常だ。それは、傍から見ていた僕にだって分かる。

 だから、僕にとってそれはどうでもいい謎だった。それよりも、ミルゲイアなんて愚物がどうしてこんな高い地位に居座っているのか。その方がよっぽど謎だ。


 僕の視線に気付いたのか、ミルゲイア閣下が立ち上がり、「クライヴ・ギルガルドォ!」と怒鳴る。

 ……うるさいな。何故彼は僕を呼ぶ時フルネームで呼ぶのだろう。呼ばれる度、誇りある家名を汚される思いだ。

 僕は渋々ながら立ち上がり、ミルゲイア卿のもとへ向かう。


「お呼びでしょうか。ミルゲイア閣下」

「……貴様なら分からぬか。カイン・パスファインドの逃亡先が」


 ……またこれか。

 そんなの、僕が一番知りたい。それを知ることができたなら、こんな地位投げ打ってどこへでも駆けつけるのに。


 この問答はほとんど毎朝行われている。そして、僕は毎朝同じ答えを返している。


「ですから、ミルゲイア閣下。僕はまだ王都付近に潜伏していると考えております。馬車に乗れない以上、カインだけならまだしも、エルクに徒歩で遠距離を踏破するほどの運動能力はありません」

「またそれか……聞き飽きた」

「左様でございますか」


 僕は作り笑いを崩さず、いつも通り答える。

 これは、完全に捜索を撹乱するための嘘だ。少なくとも王都付近からは離れているだろう。

 カインがエルクを助けるためならそれくらいする、と言ったのとと同じように、エルクもカインと一緒に居るためならそれくらいはする。

 要するに、彼らは似たもの同士なのだ。


「それでは、いつも通りにもうひとつ」


 僕はいつも通り、付け足す。捜索をさらに撹乱するための嘘を。


「カインは、既に死亡しているかと考えます。死体が上がってこないのは、どこかに潜伏している間に魔物や猛獣に食べられてしまったのでしょう」


 毎朝、こんなことを言わせないで欲しい。

 最初は、まったくそんなことは思わなかった。カインとエルクが死ぬわけないと、そう思った。カインのことをエルクが、エルクのことをカインが死なせるわけがないと思っていた。


 けれど、この言葉は言う度に僕の精神を蝕む。

 もしかして、カインとエルクは、本当に―――


「……ふん、だがな。奴らが逃げ延びている可能性もあるではないか 」

「おや。閣下はカインのことを随分高く買っておられるのですね」

「……なんだと?」


 おや。普段と違って食い下がるものだから、少し言いすぎてしまった。ミルゲイア閣下の目に、僕への怒りの色が足される。僕は慌てて付け加えた。


「カインは所詮E級で、愚物ですよ。奴にそんな能力はありません」


 ……不思議だ。この言葉は言っても全く僕の心を汚さない。

 カインは、優秀だ。たまたま魔力適性がE級だっただけで、それ以外の全てが図抜けている。僕と同じくらいに。いや、エルクが絡めば、僕以上に。

 彼を愚物だと呼んでいい人間なんて、この場には一人だって居ない。


「……ふん。愚物か。確かにな」


 少なくとも、ミルゲイア。

 お前なんかがそう呼んでいい存在じゃない。

 彼は愚物らしく、僕の言葉に気を良くしたようでぺらぺらと喋り出す。


「ま、だがエルク……とかいう小娘も一緒だ。奴は器量が良かった。あるいは娼婦にでも身を―――」

「そろそろ訓練の時間ですので。失礼いたします」


 僕はそう言い、強引に話を切り上げた。

 不思議なものだ。ミルゲイア侯爵にカインが貶されても、エルクが褒められても、不快だ。彼の愚劣な脳味噌から、彼の醜い喉を通して、彼の下品な舌を使い、僕の大切な幼馴染たちの名前が呼ばれる。それだけで、不快極まりない。


 僕は食堂を出て、訓練へ向かった。

 ……訓練はいい。限界まで身体と心を締め上げるから、何も考える暇がない。

 何も考えなければ辛くなんてならない。

 肉体の悲鳴なんて、心の悲鳴に比べれば。

 僕の脳が再生する、カインとエルクの悲鳴に比べれば、ハニーシロップのようなものだった。


―――――――――


「……おや」

「ん?クライヴ君ではないか。今朝は災難だったな」


 訓練後、食堂で出会ったのはフラッパー卿だった。

 伝説の騎士と呼ばれる、エルクの父親。こんな状況でも王都にまで赴く彼を、僕は尊敬している。


「……ふむ」


 フラッパー卿が周囲を見回した。そして、一点で視線を止める。その先には、ミルガイア閣下が居た。

 「ふむ」と彼は頷き、僕の肩に手を置く。


「クライヴ君。私はまだ仕事があるので、この食事は私室で取らねばならぬのだ。良ければこの老人に付き合ってくれぬかね?」

「はい、もちろんです」

「うむ。では行こうか」


 食事は基本的に食堂で取ることになっているが、特別な事情があれば私室で取ることを許可されている。例えば、彼の言うように仕事が残っている場合など。だから、きっと仕事があるのは本当なのだろう。


「しかし、クライヴ君は益々名を上げているな」

「そんな……僕なんてまだまだ、とても」

「いや、謙遜することはない。君なら私の全盛期など、もう数年のうちに軽く飛び越えてしまうだろう」


 フラッパー卿に褒められるのは、嬉しい。やはり伝説の、歴戦の騎士だ。それに、尊敬している相手。そんな人に認められる。それより嬉しいことはない。


 フラッパー卿の私室に到着した。

 彼は僕を招き入れる。そして、僕らは向かい合ってテーブルに座った。


 彼はシチューの具を口に放り込み、書類を眺めながら言う。


「……レオンの件、知っているか?」

「レオン……とは、レオン・パスファインド卿ですか?それは……その、処刑されるという件でしょうか」

「そうだが、そうではない。……見たまえ」


 フラッパー卿が眺めていた書類を僕に渡す。僕は言われた通り内容に目を通す。そして、その内容に驚愕した。


「こ……れは……まさか、カインの無実を求める、嘆願書ですか!?」

「そうだ……レオンはカイン君が指名手配され、己の処刑の日が決まってから、カイン君の足取りを追うことはまったくせず、カイン君の無実を証明するため、力を尽くしていた」

「そんな……こと……」


 カインが、絶対に無実であると信じていなくては不可能だ。

 カインが無罪であるという前提のもとで行動している。それは、無尽蔵の信頼。

 なるほど、パスファインドの血を感じさせる。


「それで、見てほしいのはこの推理だ。ミルガイア閣下がエルクを手篭めにしようとし、カイン君がそれを助け、両腕を切り落とし逃亡……とある。この推理をどう思うかね?」

「……僕も、全く同じ推理をしていました」

「そうか!君のような天才少年が言うのなら間違いないな」


 凄い。パスファインド卿は僕のように断片的な情報を持っていたのではなく、何も無いところからここまで辿り着いたのだ。

 絶対的な信頼のもと、成し遂げたのだ。


「だがな。ひとつ分からぬ」


 フラッパー卿は難しい顔をして考える。


「ここ。カイン君が両腕を斬り落とし、逃亡した……この手段がわからぬ。カイン君はE級という話ではなかったか?君なら見当がつくかね」

「ふむ……大前提、ここに関しては出来ないとカインには反抗が不可能、ということになるで突っ込まれる部分ではないと思いますが」

「それは分かっている。これは単に老人の興味だ」

「ふむ……そうですね」


 そうして考えた。僕は考えをまとめ、フラッパー卿に発表した。

 ……そういえば、カインの能力とやらについて思考したことはなかった。せっかくだ。少し考えてみよう。


「逃げた方は、僕の部屋に現れた時に血の跡が一点にしかついておらず、扉とは別の方向に突然現れたため、座標を指定してそこに直接自身の座標を移動する能力、あるいは別次元内を高速移動する能力。ただ、後者だと流石に覚醒後すぐに使えるとは思えないから、前者かと」

「ふむ……つまり、瞬間移動か。強力だな」


「そうですね。こんな能力がもしあるのなら、簡単に逃げおおせてしまうでしょう。そして、この能力はかなり、信憑性が……高い」


 思考をした結果、それしか無いと思った。

 そんな能力を持っていて、カインが。エルクを連れて、守って。

 逃げられないわけが、あるか?


「では、腕の方はどうじゃ?」


「侯爵の両腕をちぎった方に関しては……『ちぎった』という動詞の通り、断面を見ると斬撃というより骨ごと力任せにねじり切った印象でした。先程の座標の能力であれば、おそらく断面は刃物以上に綺麗になるでしょうから、別の能力があるのだと思います。

 物体の空間への固定・運動を強制的に行う能力かと思いましたが、それならあんな腕の半端な箇所を切断するとは思えません。

 何より、切断箇所の両側に強い圧力がかかった形跡がありました。オーラのようなものを自在に出し、自在に動かし、自在に力をかける能力でほぼ確定かと。

 最低でもオーラはふたつ、普通に考えれば四つ以上は出せる能力かと思います。……下手したら無限かもしれませんね」


 話しているうちに、考えがまとまってくる。

 しかも、この能力は、極めて汎用性が高い。物体に力を与えるという性質上、シンプルゆえに汎用性が高すぎる。


「……もしこれだとしたら汎用性が高いですね。支点が必要ないとしたら空を飛ぶことや、工夫すれば熱を生み出して火をつけることもできそうです」


 自分に力をかければ、空が飛べる。

 例えば、摩擦なんかを生み出してしまえば、火がつく。

 凄いな、これ。凄まじい汎用性の高さだ。

 何より、魔法とは全く違う技術であることが強みだ。


「……なるほどな。勉強になったよ」

「……いえ。こちらこそ、良いことを考えさせてくれました」


「お?……目が変わったな」


 そうだ。こんなにも強力で汎用性の高い能力をふたつも持っていて、カインが死ぬわけない。エルクを死なせるわけない。

 しかも、複数能力を持っていてこのふたつだけということも無いだろう。きっと他にも汎用性の高い能力が、あるいは尖った能力があるはずだ。ますます死ぬはずなんてない。


 だったら僕がやるべき事は、指名手配を早く取り消させること。それに、英雄となって、託された夢を叶えることだ。


「ありがとうございます、フラッパー卿!」


 僕は、返事も待たずに部屋の外へ出た。不敬だけれど、フラッパー卿は許してくれるだろう。

 それなら、訓練を行うだけだ。誰より早く強くなれば、誰より早く出世できる。そして騎士団長にでもなれば、ミルガイア閣下に意見することだってできるはずだ。


 訓練場へ向かうため、僕は食堂の横を通った。

 その時。


「ミルガイア閣下、報告します!」


 とある騎士が、ミルガイアに何かを報告していた。

 またミルガイアか。こんな愚物に構っている暇はない。

 けれど、僕はこの報告の続きを聞かなければならない気がした。


「カイン・パスファインドの目撃情報が入りました!」


 やっぱり、生きていたのか、カイン。


 大丈夫だ、カイン。君はミルガイアなんかに殺されはしない。


 カイン、君の無実は僕が証明する。だからその時まで、生き延びてくれ。

 そして、君に会ったら、その時言うよ。あの時言えなかった気持ちを。


『カイン、なんで―――』


『―――なんで一緒に来いって、言ってくれなかったんだ』


 大丈夫。僕なら何だってできる。

 君にも、エルクにも、何だって出来る。


 だって僕たちは、英雄になるんだから。

 本来は幕間で書くつもりでしたが、いい機会なので書きました。

 分かると思いますが、時系列的には先生のもとへ騎士が向かう少し前くらいです。クライヴくん、君はカインたちのの生存に喜んでいるけど、これから先カインくんたちは不幸の連続なんだよ。

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