四十三話 三人と、一頭
「こちらが先程届いた『奴隷の首輪』でございます」
シルベリアがそう言って俺に大きな袋を手渡した。
……これ全部『奴隷の首輪』だと思うと、なかなかぞっとしないものがある。
「計何個買ってきた?」
「百個です、もう少し買う予定だったのですが、教会に断られたそうで……。使用しなかったお金はお返しいたしますね」
百個、つまりこれで百人の奴隷が出来るわけか……。
正直、この領地の余りきった土地を考えると、足りない。が、スラムにどれだけの犯罪者が居るのか自体、あまり分かっていない。
俺とエルクだけで犯罪者の連行をするなら使い切るのに時間はかかるだろうし、一旦十分だろう。
俺は中身を確認し、「屋敷で保管しといてくれ」と袋を返す。俺が持っていても意味は無い。
「そういえば、この領地の人口はどれくらいなんだ?」
奴隷を従えて終わりではない。この領地の人間を養い、他の領地に生産物を売るところまで考えなければ意味がないのだ。
奴隷百人はいいが、それである程度国内分の自給くらいは賄えないと意味がない。まあ、大丈夫だと思うが……。
「百人と少しくらいですね。騎士と私を抜いて、ですが」
「なるほど、百人と少し……百人!?」
予想を遥か下回る数字に驚愕する。
男爵領・騎士爵領は領地が狭く、人口も少ないものだが、それにしたって千人から一万人程度の人口は居るものだ。その中で百人……国内最少なんじゃなかろうか。
「百人に対して奴隷百人なら、まあ領内分の食糧生産くらいは余裕だろうな……というか、ほとんどは輸出することになるだろうな」
「そうでしょうね。……あ、ただこれはきちんと領民として登録されている人間の総計です。勝手に住み着いている者が居た場合、もう少し多いかと」
「それでも多すぎるくらいだよ。大体それを食わせる義務は無いしな」
「それから」とシルベリアは質問を重ねる。結構本気で俺たちに賭けてるようだな。いい傾向だ。
もしくは、単にやることが久々に出来て張り切っているのかもしれない。
「奴隷の扱いについては、どうしましょうか」
「奴隷の扱い?単にお前の所有する奴隷ということじゃダメなのか?」
「そういう意味ではなく、労働環境についてです。大切な資源なのですから、使い潰すわけにはいきませんから」
なるほど。要は奴隷の上手い使い方を教えろ、ということか。
取らぬ狸の皮算用ではあるが、早めに考えておくのはいい事だ。
「今はどうしようと思っている?」
「領民と同じように扱うわけにはいきませんから、ある程度悪い環境を作るべきかと」
「そうだな。それはそうだろう」
奴隷が自分よりも良い暮らしをしている、と領民に思われるのは流石にまずい。それなら奴隷になってしまおう、と思う輩が必ず出るからだ。
奴隷は人口としてカウントされない。これ以上人口を減らす訳にはいかない。
「そうだな……まあ、働ける程度の食糧と狭い集合住宅でも与えて、たまに菓子でもやれば十分じゃないか?奴隷としては十分厚遇している方だろう」
「そうですね、ではそのように」
「それよりも、大切なのはその後だ」
「というと……?」
いくらスラムが存在するとはいえ、奴隷にできる人数には限りがある。そして、奴隷には刑期がある。
つまり、刑期を終えて奴隷から解放された者たちをこの領地に留めておく必要があるわけだ。逆にそれが出来れば、人口の増加だって見込める。
「奴隷から解放された者がここに住み続けたいと思うようにしなければならない。……さしあたって、提案したいことがある」
「何でしょうか?」
「獣人差別の完全撤廃だ」
獣人の犯罪率は、比較的高い。これは獣人差別が根付いていることによるものだ。生活に困り、犯罪を行わざるを得ない状況になって犯罪者となるパターンが非常に多い。
また、そういった獣人たちは行う犯罪が軽微だ。ほとんどが窃盗。であれば、一、二年程度で刑期は終わる。
犯罪者が住民となった場合の治安への影響も少ない。スラムの犯罪者にも獣人は多いはずだ。おそらく、最も最初に引き込むべき相手となるだろう。
といったことを、シルベリアに説明する。
「なるほど、それは確かに……」
「俺たちも獣人を優先して捕まえる。
……いっそのこと、領民に獣人解放宣言でも出してやれ。感情は変わらなくても、領地としての姿勢を見せれば必ず差別意識は低下する」
「かしこまりました。幸い領民の獣人差別意識は強くありませんし、その点は問題ないでしょう」
少し意外だ。差別主義者で有名なオスカル侯爵領が比較的近いので差別意識が根付いているものかと思ったが。
ある意味で僻地中の僻地なので、そういった大衆意識とは無縁なのかもしれない。
「他にも考えていることはあるが、とりあえず何人か奴隷を連れてきてから話す。……ああそうだ、頼んでいたものは買ってきてくれたか?」
「はい。……なんというか、カイン様はお二人を本当に大切にしておられるのですね」
シルベリアが意地悪く笑う。うるさい。
実の所、獣人差別の撤廃については、リヴィアを守る意味もあった。
おそらく、これからリヴィアが独り立ちすることになったとして、それでも彼女はこの領内に住み続けることだろう。あるいは、付近の領地に。その時、獣人だからといって辛い思いをしてほしくない。
だったら、早いうちに意識改革をしてしまおうという話だ。
……今回買ってきてもらったもので、その辺もバレているのだろう。
「騎士たちにお宅まで運んでおくよう言っておきますね」
「ああ、助かる。……俺たちの家を改造した騎士、何者だ?さっさと建築士として雇うべきだろ」
「私もそのように言っているのですが、騎士として働きたいそうでして……」
まあ、本人の希望なら仕方ない。俺としては予想以上の働きに感謝するばかりだ。
「じゃ、今日のところはこれで。地下通路から帰らせてもらう……あ、そうだ。本を借りたいんだが」
「もう読み切ってしまったのですか?当家のものであればご自由にお持ちください」
許可が出たので、書斎で何冊か読んだことのない本を借り、帰宅する。
今日はパーティの予定だ。準備をしてしまわねば。
―――――――――
「ボス、おかえり」
「……お前ずっとそこで待ってたのか?」
「リヴィアちゃん、パーティが待ちきれないみたいだよ」
俺が地下通路から出てくると、入口の前でリヴィアが座って待っていた。くすくすとエルクが笑う。
部屋を見回すと、簡素ながらパーティ用の飾り付けがされていた。エルクがやったのか、リヴィアがやったのか。料理への期待値が上がっている気がしたので、少し緊張感が芽生えた。
「リヴィア、ほれ。お土産だ」
「クッキー!!」
「どうしたの、それ」
「パーティをすると言ったらシルベリアがくれた。いつものよりちょっとだけ上等だそうだ」
「へえー。シルベリアさんにはちゃんとお礼しないとね……。あ、地下通路どうだった?」
「……安全すぎて怖いくらいだ。快適性にまで気を配ってあった」
暗闇の中でも安全に歩けるように手すりが設置してあった。そう近い訳でもない屋敷にまで穴を掘って手すりをつける。これだけでもどれほどの労力が必要なのだろうか。想像もできない。
俺は地下通路の扉を閉め、少し体を伸ばしてからキッチンへ向かった。気付けばもう夕方だ。料理の準備をしなければ。
「荷物は届いたか?」
「あ、さっき騎士さんが渡してくれたよ。結構な量だね」
「大人が居ないとはいえ、三人分だしな。保存がきくものばかり買ってきたし」
「早く領内でご飯が買えるようになるといいね」
とはいえ、それにも時間がかかるだろう。野菜ですら開墾から始めるならそれなりの時間が必要だ。肉を食えるようになるのはいつになるだろう……数年で出来ればいいな。
俺は荷物の中から小包三つを取り出してポケットに隠し、残りをキッチンへと運んだ。
キッチンではエルクがお湯を出して待っていてくれていた。
「何作るの?」
「あんま凝ったものは作れないけど、そうだな……鶏の丸焼きとフライドポテト、それから揚げパンでもあればパーティっぽくはなるか?」
「ありゃ、じゃあお湯いらなかったか」
「いや、鶏の下処理に使うよ。ありがとう」
俺はエルクに礼を言いつつ、鶏を丸ごとお湯に漬けた。羽根をむしりやすくするためだ。後で下茹でをする時にもまた出してもらおう。
揚げパンは先生のところで初めて食べたが、当時俺とエルクはその味に感動した。あれは甘党には是非食べて欲しい。リヴィアにはいつか食わせたいと思っていた。
俺が調理するのをエルクは横で見守る。彼女は基本的に料理を手伝わず、必要なものがあれば出してくれる程度だ。なんでも、「自分が関わると料理が不味くなる」と思っているらしい。そこまで卑屈にならなくても、とは思う。
そうして数時間後、パーティメニューが完成した。
皿に盛り付け、テーブルに運んでいく。その姿をリヴィアは涎を垂らしながら眺めていた。嬉しそうで何よりだ。
「ま、いつかのパーティの時よりは随分質素だが」
「ぜんぜんいい。おいしそう……」
「そう言ってくれたら作った甲斐があるな」
リヴィアは料理に伸びそうになる右手を左手で抑えている。早く食べたいが、俺とエルクが席につくのを待っているらしい。
俺たちは気持ち急ぎながらドリンクを用意し、席につく。
「……えー、じゃあ、いただきます」
俺は手を合わせ、リヴィアを横目で見ながら宣言した。その瞬間、リヴィアは涎を垂らしながら獣人の敏捷性を活かして鶏の丸焼きに手を伸ばした。……これだけ速く動けるならまあ、俺たちがスラムにいる間も大丈夫だろう。
「ほらリヴィアちゃん、よだれ……」
「むぐ、あねさんありがとう」
エルクがハンカチでリヴィアの涎を拭く。最近はほぼお母さんになってきた。本来はエルクが拭いてもらう側の年齢だろうに……俺もそうだが。
「リヴィア、ちょっと落ち着いたか?」
「うん。ボスがてをとめろというなら、しぶしぶしたがう」
「じゃあ渋々従ってくれ。エルクと一緒に考えて、お前に服を買ってきたんだよ」
「ほんと?」
「ああ。せっかくのパーティだし、ちょっとお洒落して楽しもうぜ」
「リヴィアちゃん、きっと可愛いよ」
というわけで、俺は廊下に出ておく。リビングでは女性陣が着替えていることだろう。俺がいない間にリヴィアがこれ幸いと料理を平らげていないことを願うばかりだ。
廊下で、俺も着替えておく。リヴィアに、と言ったが、服は俺とエルクの分もあった。単にプレゼントという意味合いもあったのだが、シルベリアに「領民に見せるために正装は持っていた方がいい」と言われ購入したものだ。
……年齢的におそらくすぐに着れなくなるので、あまり上等なものではないが。
「入っていいよー」
エルクの声が聞こえたので、リビングに入る。
中では、ドレス姿のエルクとリヴィアが待っていた。
「おお……見違えたな」
「カインもスーツ似合ってるよ」
お互い安物の簡素なものだが、そもそも今まで着ていたのがボロボロの旅用の服。比べるのもおこがましい。
化粧なんかはしていないが、これを見るとエルクやリヴィアにはあまり必要なさそうだ、と思う。エルクに聞くとそんなことない、と言うだろうが。
「……うごきづらい」
「でも可愛いよ、リヴィアちゃん」
「そうそう。似合ってるぞ」
「ならいい。たべていい?」
「あ、ちょっと待ってくれ」
俺はリヴィアを止め、庭に出る。
「ぶひん?」
スーベニアが不思議そうに首をもたげた。ちなみにスーベニアのもとにはちょっと高級な牧草を置いている。せっかくのパーティ、こいつだけ何もないのは寂しいからな。
「ちょっとじっとしてろよー」
俺はポケットから小包をひとつ取り出した。ひとつはスーベニアのためのプレゼントだった。
「……よし、完成」
首にちょん、と蝶ネクタイを付けてやる。とは言ってもただの長いリボンなのだが。
黒い毛に赤い蝶ネクタイが映える。なんとなく、スーベニアも普段よりきちんとした格好に見えるものだ。
「よし、食べていいぞ」
「ぶひひん」
心做しかちょっと嬉しそうだ。……牧草を食べる姿が豪快で、ちょっと蝶ネクタイが取れそうな気がして心配だが。
「スーベニアも、せいそう」
「ふふ、可愛いね」
「せっかくだからな。それに……リヴィアにはこれ」
俺はリビングに戻ると、ポケットから二つ目の小包を取り出した。
中身を取り出す。と。
「……これ、どれいのくびわ?ボス、またぼく、どれいにするの?」
「いや、違う違う」
そこには『奴隷の首輪』……にそっくりな首輪。いや、あえてチョーカーと呼びたい。
俺はリヴィアが付けている『奴隷の首輪』を外してやる。
「確かに奴隷だと思わせた方が都合がいい時もあるけどさ。……なんとなく、付けてるの嫌だろ?」
「ぼくはきにしない……けど、うれしい。ありがとう」
「ちなみに、内側に書いてあるこれ、読めるか?」
「……リヴィア!」
「そう、偉い偉い」
リヴィアは気にしないと言うが、どちらかと俺が嫌だった。もうとっくに仲間なのに、一人だけ奴隷の首輪を付けているという状況が、なんとなく。
とはいえ奴隷の首輪を付けている方が都合がいいことは多いので、せめてそんな機能のない、普通のチョーカーにしてやりたかった。その証拠が、外から見えない部分に刺繍された「リヴィア」という名前だ。
リヴィアは嬉しそうに新しいチョーカーに付け替えた。
「よかったね、リヴィアちゃん」
「食べていいぞ」
「きょうは、いいひ」
リヴィアは豪快に料理を食べ始めた。……なんかスーベニアと同じ感じだ。せっかくのドレスを汚してしまわないだろうか。
リヴィアを眺めながら席に座り直そうとするエルク。俺はその左手を取って、最後の小包を開けた。
「リヴィアには、これを」
「……これ」
「俺も同じやつだ」
小包から指輪を取り出し、エルクの左手、薬指に通した。そして、俺も同じ、左手の薬指に指輪を通す。……少し照れる。
エルクは指輪を眺めながら、嬉しそうに笑う。
「シルベリアを連れて来た時、浮気だって言ってたからさ。形式だけでもちゃんとしようと思って。……装飾も無い、安物だけど」
「ううん。……嬉しいよ」
「そっか。ちゃんとした奴は、いつか二人で買いに行こうな」
「うん……うん」
リヴィアは指輪を眺めて、少しだけ涙を零した。俺はその手を取り、キスを落とす。
ちょっとキザだけど、そうしたいと思った。
・補足
ファルシオン王国の人口はおよそ百万人ほどと言われています。世界有数の大国です。
奴隷は刑期が終わり解放されると、住む場所をある程度選べる特権があります。元の領地に戻るとなると、道中で死ぬおそれがあるためです。
元奴隷が定住するには書類を提出する必要があります。リヴィアはまだ出してません。いずれ出すんだと思います。




