三十九話 カストロ領改革計画
「んー……二軒目がいちばん良かったな」
「私もそう思う」
「ぜんぶひろかった」
「ではそちらに致しましょうか……ちなみに、理由をお聞きしても?」
馬車で領地をぐるりと一周した結果、俺たちが出した結論は二軒目の家だった。
理由を聞いてくるシルベリアに、俺は答える。
「位置だな。屋敷や検問所から遠くてスラムに近い。どこかから客が来ないとも限らないからな。たまたまバッティングしたら終わりだ。逆に、俺たちがやろうとしていることから考えれば、スラムに近いのは都合がいい」
「ということは……やはり、本気なのですね。あの計画は」
「当たり前だ」
「あの計画……?」
エルクが「計画」という単語に触れる。
「まあ、ここに来る前に言ってたやつだよ。治安維持から人材確保に変わったが問題ない」
「ああ、じゃああの時言ってた『考え』ってやつ?やっぱりスラムが関係してるんだ」
「そうだな。詳細としては……」
「あ、それでは一度屋敷に戻りませんか?その間に私、騎士に命じてあの家の掃除をさせておきますから」
シルベリアが手を叩いて俺たちに提案する。
「いいのか?」
「ええ。皆様が居てくだされば守りは十分ですし……。せっかくですので、お茶にいたしましょう。少ないですが、お菓子もお出しします」
「おかし!」
リヴィアが飛びついた。最近食べられなかったからな……。
そしてこれからもしばらく難しいかもしれない。すまない、リヴィア。
「じゃあ、お言葉に甘えようか。その時に説明するよ」
「わかった。よかったね、リヴィアちゃん」
「スーベニア、いくよ!」
リヴィアがスーベニアを急かす。が、スーベニアの歩く速度は全く変わらなかった。
―――――――――
「駒になれ……とはどういう意味でしょうか?」
「文字通りだ。俺が人手を増やしてやるから、その代わりこの領地の改革を任せてくれ」
カストロ家の屋敷、その執務室。気絶した二名の騎士は未だ目覚めない中、俺はシルベリアと話す。
「……しかし、人口はすぐにはどうにもなりません。それに、領地の改革といっても、失礼ですがカイン様になんとかなるとは……」
「……指名手配される前の話だが、俺はエディ第八王子にスカウトされている。それに、今は亡きジーク・セラフィム侯爵閣下から色々仕込んでもらった」
俺の経歴の中で、最も説得力が出そうな二人を挙げる。「まあ」とシルベリアは言ってくれたが、こんなもの口ではなんとでも言える。
大切なのは、俺に何が出来るかだ。
「順を追って話していこう。まず、何をするにしても足りないのは人手だ。治安維持、食糧生産、財源確保……全てに人が必要だ。土地は余っているから、人手さえあればどうとでもなる」
「ええ。ですが、人口増加には時間がかかります。他の領地から移住させるのも基本的には禁じられていますし、第一この領地にわざわざ来たいと思うか……」
「当面足りないのは、人手だ。人口じゃない」
要は、労働さえできればいいのだ。正規に人口を増やさなくても、やり方はある。
そして、それにこの土地はうってつけだ。
「奴隷を使えばいい」
「奴隷!?しかし、そんなもの買う余裕は当家には……」
「買わなくていい。隣はスラムだ。犯罪者はいくらでもいるだろう」
シルベリアは驚いて、紅茶を少しだけ零した。……上品な女性には珍しい。
つまり、計画はこうだ。
まず、犯罪者のリストを用意させる。貴族の身分なら、警戒のため必ず持っているはずだ。パスファインド家にもあった。カストロ家に無いとは考えづらい。
次に、スラムの中から犯罪者を見つけ出し、『奴隷の首輪』で奴隷化する。
通常、犯罪者を奴隷にする際、選択肢は二つ。自分で使うか、売るかだ。そしてその選択が出来るのは、捕まえた人間のみだ。
ついでだが、指名手配されている人間なら奴隷にしたことを証明できれば金も手に入る。一石二鳥だ。
あとはその奴隷をカストロ家所有の労働力として働かせればいい。食糧生産も治安警備も従順に行わせられるわけだ。
生産した食糧は外に輸出してしまえば現金になる。あるいは生産性を上げるために住民に還元してもいい。
「なるほど、それなら確かに、理論上は……」
「差し当たってやって欲しいことは二つ。ひとつは、犯罪者リストの用意。もうひとつは『奴隷の首輪』の大量購入だ」
『奴隷の首輪』は、教会へ行けば普通に購入できる。この領地には教会が無いようだが、近くの領地へ行けばすぐに手に入るだろう。犯罪者の処置という特性上、貴族は特権で安く買える。
「……気になるところが、二点」
シルベリアが言う。真面目に検討してくれているらしい。
世間では怠け者という評価だが、実物はそうでもない。
「ひとつは、『奴隷の首輪』について。正直なところ、カイン様が思ってらっしゃる以上に当家にはお金がありません。一個二個の購入ならまだしも、大量購入となると……」
「必要なら俺たちの持っている金を使えばいい。かなりあるはずだ。使う先も無いし、返してくれれば……ああ、そうだ。じゃあついでに食料品とか、必要なものをリスト化しておくからそれも一緒に買ってきてくれ」
「……わかりました。もうひとつは、カイン様。あなたが犯罪者を捕まえられるほど強いのかについてです」
シルベリアが机から俺の手配書を取り出した。……持っていたのか。よっぽどミルガイア家が嫌いなようだ。
「失礼ですが……これにはっきりと、あなたの魔力適性はE級とあります。先程の戦いの際も魔法を使っていなかった様子ですし」
「ここの騎士を全滅させたのじゃ不満か?」
「はい。スラムに住む犯罪者には当家の騎士たちの比ではないほど強い者がたくさん居ます」
「防衛能力が足りてないな」
「スラムの者にとっても、私を襲う価値はあまりないので」
そう自重げに笑うシルベリア。まあ確かに、襲って手に入るものは少ない食料と少ない金。
下手に殺して次の領主が来たら、今の放置されている環境は変わるかもしれないと思えば、メリットは薄いか。
「……まあ、俺だけ隠し事ってのもフェアじゃないか」
俺は椅子から立ち上がった。
そして、シルベリアに自分をよく見ているよう指示する。
「……?はい」
「いくぞ。一、二の」
三、と言う頃には、俺はその場から消えていた。シルベリアが俺を探す。俺は執務室の外から扉を開けて入室した。シルベリアは驚きで声も出ない様子だ。
「これが、俺が持つ魔法とは違う能力……『超能力』というらしい」
「超能力……」
「他にも色々あるぞ」
俺は順に実演していく。サイコキネシス、テレパシー、アポート、パイロキネシス、レビテーション、サイコメトリー……ついでに、サイコキネシスによる擬似肉体強化も。千里眼は実演が難しいので、除外。
「そして最初に見せたのがテレポート。瞬間移動する能力だ」
そう、俺はエルクとの和解後、超能力が完全に回復した際、テレポートが使用できるようになっていた。それに伴い、アポートも使える。
とは言っても、自由に出来る訳じゃない。移動はごく短距離に限られるし、現状自分を対象にしかできない。他人のテレポートや、誰かを連れて一緒にテレポートするのは難しいようだ。
ただ、物体であれば重いもの以外は可能なようだ。
それに、分かっていたがやはりテレポートはエネルギー消費が激しい。乱発するのは難しいようだ。
……案外、クライヴの言う「別次元を介して移動している」という説は正しいのかもしれない。
これらの制限はアポートも同様。やはりこのふたつの能力はほぼ同じものらしい。
「今までこの超能力を使って戦ってきた。そうだな……ジェイコブ・ペランティの騎士は十人まとめて倒した。
知ってるかは分からないが……なんて言ったっけ……ああそうだ、デイヴィッドとかいう奴は強かったな」
「……なるほど、確かに強力ですね」
「あと、うちにはエルクというS級魔術師も居る。不満か?」
「いえ……誰も知らない奥の手があるというのは、やはり強力ですから」
シルベリアは俺の手を取った。握手の格好になる。シルベリアの方が身長がかなり高いので、少し不格好だが。
交渉成立、ということだろう。
「わかりました。私は今日からあなたの駒です。あなたに従います」
「助かる。それじゃ、その旨を仲間に伝えに……騎士は気絶してるから危険か。一緒に来てくれ、シルベリア」
「かしこまりました。お供します」
という経緯で、シルベリアは俺の駒になったわけだった。
―――――――――
「という事だ」
「……つまり、スラムに入って犯罪者を捕まえて、手下にするってことだね」
「そういうことだな。……まあ、大抵はただの犯罪者だ。そう苦労しないだろ」
説明が終わった頃、執務室の扉がノックされた。シルベリアが帰ってきたようだ。自分の部屋なのにノックするとは、律儀なことだ。
「失礼いたします。家の掃除は騎士に頼んでおきました。明日から住んでいただけるかと」
「おお、助かるよ」
「それから、こちらが当家にある最新版の犯罪者リストです」
どん、と机の上に分厚い本が置かれる。久々に見たが、相変わらずファルシオン王国は平和ではないようだ。
とはいえ、中を見てみるとほとんどは窃盗などの軽い罪だ。刑期もそこまで長くない。それに、犯人が捕まっていない事件が全て並んでいるので、一部はもう既に死んでいるだろう。
俺は端から目を通しながら、シルベリアに質問する。
「『奴隷の首輪』の用意は?」
「手配しました。騎士を一人向かわせます。先程いただいたリストのものも一緒に手配させていただきます。……つきましては、この程度お借りすることになります」
「ん……ああ、構わない。後で借用書を用意しておいてくれ」
「利子はいかがにしますか?」
「そっちからしたら無駄になるかもしれない出費だ、無くていい……気にするなら、一割増で返してくれ。期限は……まあ、三年もあれば十分だろ」
「では、そのように。明日から向かわせますので、早ければ明後日の昼頃には届くかと」
「分かった。届いたら連絡してくれ」
「つきましては、皆様本日は当家にお泊まり下さい。豪華ではありませんが、お食事も出させていただきますので」
「助かるよ」
「ごはん!」
「やったー!ありがとうございます!」
……よし。
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「では、そちらはお持ちください。照合に必要になるかと思われますので……」
「いや、いい。覚えた」
「はい?」
「うわー……カイン、先生のとこでも同じことやってたよね……」
「……じゅうじんご、おぼえてみる?」
獣人語か。勉強してみるのもアリかもしれない。
実際、犯罪者の中には獣人も居るはずだし。
「疑うなら問題でも出してみてくれ」
「で、では……ええと、二年前の犯行で、罪状は窃盗。刑期は二年。人間族の当時28歳。出身はペランティ伯爵領」
「ケイムス」
「……二十八年前、元伯爵家次男であるヨーデル・ペランティが起こした事件の罪状は?」
「殺人、強盗、強姦、密輸入。刑期は六十一年」
「……百四年前、主犯ペルスと共謀し強盗・殺人を行った当時十七歳の青年は?」
「レイシオ、刑期は十九年」
「……正解です。そこまで覚える必要があるんですか……」
また魔力以外は天才だと証明してしまったようだ。
シルベリアはリストを片付け、紅茶を一口飲んだ。少し疲れたようだ。
「……会話をしながらあの時間で全て覚えるとは。ミルガイア侯爵はとんだ判断ミスを犯したようですね」
「違いないな……権力を上手く使えば俺とエルクとクライヴの三人とも使うことだって出来たろうに。……まあ、いつかは滅ぼしてたと思うが」
「クライヴ?って、クライヴ・ギルガルド騎士爵ですか?」
おや、意外なところに食いついた。
「知ってるのか?」
「もちろんです。王室騎士始まって以来の天才ですから……お知り合いなんですか?」
「幼馴染だよ。あいつのおかげでしばらく王宮生活していたんだ」
「なるほど……とんでもない幼馴染も居たものですね」
あの事件が無ければ、今頃俺たちはどうなっていたのだろう。
クライヴは今と変わらず騎士……いや、妨害が減ってもう少し楽に出世できているか。
エルクは冒険者として名を轟かせていたのだろうか。訓練がしっかり受けられているはずだから、もっと多くの魔法も使えていただろう。それとも、結局俺と離れることを嫌って宮廷魔術師にでもなっていたかもしれない。
俺はエディ王子と組んで、この国の腐敗を正していたのだろうか。……俺に指図されて動くエディ王子という構図は、今想像しても笑えるな。
……けど、それらはもう手に入らない未来だ。
などと考えていると、エルクは俺の肩に頭を置いてきた。
「……でも、あのままだったらきっと私たちはこんなに進展してないよ」
「……そうかもな」
「だから私は、結構満足してる」
「そっか」
エルクは、たまにテレパシーでも使ってるんじゃないかと思うくらい俺の気持ちを読んでくる。
それだけ、見てくれているのだろう。
俺は、感謝を込めてエルクの頭を撫でた。
「……お邪魔ですかね。リスト、片付けて来ますね」
「……ぼくもいく。おかね、よういしとく」
「ありがとうございます、リヴィア様」
気を使わせてしまったらしい。申し訳ない話だ。
「……スラムの探索は、一人で行くの?」
「うん?そうだな……」
リヴィアをどうするかを悩む。家が手に入れば、エルクが土魔法やらでしっかり強化してくれるだろう。そうなれば、あまり心配する必要は無いはずだ。
それか、心配なら探索の間は屋敷に置いておくのも手だ。どちらにしても、わざわざエルクに家に居てもらう必要は、あまり無い。ある程度安心して住むこともできない家なら住む意味もないし。
「いや。エルクも一緒に来てくれるか?」
「ほんと?」
「ああ。それで、なんかあったら一緒に死んでくれ」
「……うん」
エルクは満足気に、また俺の肩に頭を置いた。
ゆっくりと時間が流れる。
きっとあの事件が無かったら。まだ王宮に居たのなら。
こんな時間も無かったのかもしれない。
今最も気をつけているのはエルクのデレ具合です。
常にデレデレみたいなキャラにはしたくないけどデレデレの方が可愛い……難しい




