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三十八話 シルベリア・カストロ

 ファルシオン王家は基本的に男尊女卑の思想が染み付いている。

 騎士や冒険者のような、魔力適性が関係する戦闘職のような例外を除き、ほとんどが「男性が働き、女性が家を守る」というスタイルで成り立っている。


 特に、貴族の場合。女性が当主になった例というのは、()()()()()()()()。もしも女性しか残されていない状態で当主が死ねば、娘の夫が当主になったり、それが無理なら他の家に統合されるのが普通だ。

 だから、俺は考えもしなかった。


 当主が女性という、通常ありえない可能性を。


「……私が当主となったのは、十五年前です」


 驚く俺をよそに、彼―――いや、彼女、シルベリア・カストロは話し始めた。


「十五年前、父はスラムの住人の襲撃にあい、他界しました。そして、当主の代替わりが急遽行われました……が、そのとき最大の誤算がありました。

 ……私の兄、リーベリオ・カストロが父と一緒に殺害されたことです」


 リーベリオ・カストロ。彼女が現在名乗っている名前だ。

 つまり、彼女は―――


「当時、当家には使用人がまだ何人か居ました。そして、彼らは当家がなくなれば仕事に困る……。

 結果、死亡したのは娘であるシルベリアだったということにして、私を『リーベリオ・カストロ』に仕立て上げたのです。幸い、私と兄は顔がよく似ていました」

「……あの魔法は」


「風属性中級魔法『ボイス・トリートメント』です。本来ここまで強引に使うものではありませんが……当時は執事がやってくれていました。彼に教わり、今は自分で」


 そう良い、シルベリアは手袋をめくって見せた。魔法使用の際の発光は手袋で抑えているのだろう。

 もっとも、薄い手袋では抑えられないのでおそらくは厚手の遮光素材だ。


「当時私は十一歳……おや、ちょうど今のあなたと同じ歳ですね。

 そう、十一歳だったのですが、女性だったため政治についての教育は受けておりませんでした。もちろん、使用人達だって知りません」


 女性は政治に関わらない。

 よって、男性が政治の勉強を受けるのに対して、女性は花嫁修業なんかを行う。あとは男を立てる方法、だとか。

 そんな状態で政治など行うと……


「当時の私は精一杯頑張ってひとつの結論を出しました。それが『領地の自由化』。税を格安にすることによって民の生活を安定させ、輸出入を促進しようと……結果は見ての通りです」

「……だからって、何故放置しているんだ?失敗したなら立て直せばいいだろう」


「その頃には当家にはお金も武力もありませんでした。金銭の不足から騎士が雇えず、使用人も次々と辞めていき……責任を果たすため私に『ボイス・トリートメント』をかけ続けていた執事も、一昨年他界しました」


 酷い話だ。要するに、使用人たちは自分の生活のため幼い少女に責任を被せ、賃金が払われなくなれば即座に捨てたのだ。

 ……それを考えれば、なるほど、この女性はむしろよくやったのかもしれない。


「それに、愚策だったとはいえ自由化は『やっていなかったこと』ではありましたから……もう私にはこれ以上思いつきません。改革を行う資金も武力もありません。だったら、今のまま貧乏でもだらだらして暮らそうかな、と」

「なるほどな。……まあ、あんたは結構よくやった方だと思う。政治に触れて間もない人間が有効かもしれない政策を出すってだけで充分すごい」

「愚策でしたけどね」


 つまり、彼女の現状は「なんとかできるならなんとかしたいけど、それをやる手段も資金も精神力も尽きた」ということだろう。

 ……だったら、都合は悪くない。


「そういうわけで、食料の支援は―――」

「つまり、なんとかすればいいんだな?」

「は?」

「俺がなんとかしてやる」


 俺は目の前の女性を見る。そして、目を見てはっきりと()()した。


「人手不足は一ヶ月でなんとかしてやる。その代わり、しばらくの間()()は俺の駒になれ」


―――――――――


 俺とシルベリアは、屋敷から出て馬車のもとへと戻ってきた。屋敷の騎士は全員気絶しているので、万一のことを考えると俺がそばに居る方が安全だ、という判断だ。


 流石に領主が覆面男と一緒に居るのは目立つので、彼女には()()してもらった。クローゼットにあった婦人服は、着られていないようで絶妙に風化していた。今の彼女はまあ、美形を除けば貴族には見えないだろう。


 俺はテレパシーでエルクに合図する。


『エルク。戻ったぞ』

『おかえりー。今開けるね』


 エルクが土壁を消し、表に出てきた。リヴィアも一緒に出てくる。スーベニアは寝ていた。

 エルクは嬉しそうに出てきて、俺に飛びつこう……として、俺の隣に立つシルベリアに気付いた。


「……びけい」

「……う」


 リヴィアが呟く。すると、エルクはショックを受けたような顔をして、目に涙を溜め、俺の胸をぼかぼか殴ってきた。


「浮気だー!カイン、信じてたのに!!私が居ない間にそんな美人と浮気するなんて!!ひどいひどいひどい!!」

「浮気相手だったらこんな堂々と連れてこないだろ……紹介しよう、彼女はここの領主、リーベリオ・カストロことシルベリア・カストロだ」

「え?」


 エルクは俺を殴る手を止め、シルベリアを見る。視線が集まった彼女は、胸に手を当てて礼を……しようとして止め、スカートの端をつまんで女性式の礼をした。


「ご紹介に預かりました、シルベリア・カストロと申します。……こちらの礼をするのは久しぶりですね」

「とりあえず、家を紹介してくれるらしい」

「あ……えっと、初めまして。エルク・フラッパーです。えっと……今はスカートじゃないので、男性式で失礼します」


 エルクは胸に手を当て、お辞儀した。男性式の礼だ。互いに慣れていない方式の礼をする、不思議な光景だ。


「……リヴィアです」


 リヴィアもつられて礼をする。……こうして見ると、貴族の作法というのは練習が必要なものだ。下手な礼だったが、シルベリアは気分を害した様子もなく、リヴィアにも礼をした。


「そんなに丁寧にしていただく必要はありませんよ。私、今日から皆様の駒になるのですから」

「へ?」

「そういうわけで、今日からここに定住できるぞ」


 エルクが素っ頓狂な声を上げる。まさかそんな話になっているとは思わなかったのだろう。

 正直、俺も思っていなかった。まさかあそこまで好意的だとは思っていなかったので、成り行きでこうなった。予定通りにいかないものだ。


「まあ、その辺は後で説明するとして……今は家を見て回ろうか。シルベリア、馬車に乗ってくれ。貴族式と違って乗り心地は良くないが」

「構いません。恐らく当家のものよりは快適ですので」

「え、えーっと……ど、どうぞ」


 エルクが戸惑いながらも馬車の扉を開け、案内した。そんなに丁寧にしなくていいって。

 シルベリアはエルクに礼を言って馬車に乗る。俺もそれに続き、最後にエルクが馬車に乗った。


「……後でちゃんと説明してもらうからね」

「……うん。勝手してごめんなさい」


 エルクの視線が痛い。が、むしろ予想以上の結果をもぎ取ったのだから問題ない、はずだ。


 リヴィアはスーベニアを起こす。スーベニアは立ち上がり、大きなあくびをした。……と、乗せてやらないと。

 俺はリヴィアをレビテーションでスーベニアの背中に乗せてやる。その光景をシルベリアが興味深そうに見ていた。


「……それが、超能力というものなのですね」

「あれ?カイン、シルベリアさんに喋ったの?」

「ああ。その方が都合が良くてな」


 シルベリアには超能力を一通り教えている。駒になって貰う上で単に都合が良かったのと、おそらく彼女は本当に誰にも漏らさないだろうからだ。

 話を通じて、そしてその最中のテレパシーを通じて、俺は彼女が信用できると判断した。それに、秘密を打ち明けてくれた以上、こちらも明かさないとフェアじゃない。


「しゅっぱつ、しんこー」


 リヴィアが間の抜けた声でスーベニアを進めた。


「とりあえず、どっちだ?」

「そのまままっすぐ進んでいけば一軒目に着きます」

「わかった」


 正面に座るシルベリアに尋ね、リヴィアにテレパシーで指示を出した。……しかし、本当に人が居ない。家を見ていく間に住民は見られるのだろうか。


「……それにしても、微笑ましいですね」


 シルベリアが俺たちを見ながら笑う。俺とエルクのことだろう。


「おふたりは、恋人関係にあるのですか?」

「こいびと……そ、そうだよ!カインは私のだよ!」


 エルクが俺の腕を抱いてそうアピールする。……だから、浮気じゃないって。

 ……そういえば。


「シルベリアは、そういった相手は居ないのか?」

「カイン!?」

「いや、違うから。浮気じゃないから……。そうじゃなく、屋敷にはシルベリアと騎士しか居なかった。年齢的には結婚していてもおかしくないと思うが……」


 怒るエルクの頭を撫で、なだめる。

 シルベリアは二十六歳。貴族としてはとっくに結婚していてもおかしくない。

 シルベリアは「そうですね……」と、寂しそうに言った。


「普段男性として生きているものですから、結婚は難しいかと……子どもも、養子をとる選択肢はありますが、跡継ぎは要らないと思っているので」

「そうなのか?」

「ええ。……この領地も、もっとしっかりした方が統治すればもっと栄えるでしょうから」

「ふーん……大抵の貴族よりはマシだと思うけどな」


 まあ、確かに今の状況はそれでも解決する。領主が変われば、今の無い無い尽しの状態は終わるからだ。

 けれど、例えばミルガイア侯爵が統治することになったら。きっと改善はしないだろう。奴よりはシルベリアの統治の方がよっぽどマシだ。

 それに、まだ諦めるのは早い。


「まあ、ゆっくり考えればいいさ」

「え?」

「俺がこの領地を立て直した後に、跡継ぎのことは考えればいい」


 窓の外を見ながら言う。

 諦めるには早い。今、俺たちがやって来たこと。スラムの隣であること。シルベリアが領主であること。きっとそれらは全て、この領地を変える手助けになる。


 と、エルクに頭を叩かれた。


「バカっ!そんなかっこいいこと言って、シルベリアさんが惚れちゃったらどうするの!」

「い、いやそんなん無いって……第一、年齢が違いすぎるだろ」

「カインは歳の差があったら私のこと好きじゃなかったの!?」

「いや、そういう話じゃ……」


「ふふ。エルク様の言う通りですよ。歳の差は関係ありません。それに私、歳下が好きなんです」

「ちょっ……ほらー!!」

「い、痛い痛い痛い!」


 エルクが髪を引っ張ってくる。やめろ、禿げたらどうするんだ!


 シルベリアはその様子を楽しそうに見ながら言った。


「エルク様、大丈夫ですよ。流石に私もそれを見せられてカイン様を取ろうとは思いませんから」

『……同担、発見』

「またお前は訳の分からないことを……」

『一件目、着いたよ。多分あれだと思う』


 リヴィアにそう言われて、外を見る。

 そこには、想像以上に大きな家があった。少しボロボロだけど、まだ住めそうだ。


「……やっと、帰る家が出来るんだね」


 エルクはそう、嬉しそうに言った。俺はエルクの手を握る。


「そうだよ。俺たちの家だ」

「あら」

『……ぼくとスーベニアも忘れないでね』

「当たり前だろ」


 そうして、俺たちは念願の家探しを開始した。

 エルクの言う通り、帰る家ができるということに心が踊った。


 ……先生の家以来だった。

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