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三十七話 新天地を求めて

 スラム街はファルシオン王国の南西、その端に存在する。

 無論、正式名称ではない。国有の土地なので、正式名称は存在しない。「王都」とか「セントラルシティ」というのも俗称だ。もっとも、それ以外の名前で呼ぶ者は居ないが。


 スラム街とは、つまるところ貧民街だ。もちろん国がそう取り決めた訳ではなく、遥か昔に自然と形成されたものである。

 大昔、税を払えず逃げてきた者、罪を犯し逃亡中の者などが一斉に流れ込んだ土地。その理由は、その位置にある。


 スラム街は、隣国ボルゲイ王国の国土と隣接している。そして、ボルゲイ王国は我がファルシオン王国と長い対立関係にある。

 現在は表立って戦争などはしていないものの、その緊張した関係により、スラム街で行われる軍事活動がボルゲイ王国に対するものだと勘違いされる恐れがある。だから、ファルシオン王国はスラム街に手を出しづらいのだ。


 そのため、騎士もほとんど通らず、貴族は寄り付かない。俺たちにとって嬉しいことに、ミルガイア領は国の東北部、つまりスラムの反対側に存在するため、俺たちが住むにはうってつけの土地だ。

 唯一、スラムに隣接する土地であるカストロ男爵領の騎士は頻繁に近くへ来ると思われるが……。この領土にも問題がある。詳しくは後述しよう。


 そんなわけで、その素晴らしき大地、スラム街。その傍の街、カストロ男爵領へと俺たちは到着した。


「……ついた」


 そう言って、リヴィアが馬車を停める。目の前には検問所があった。

 ……のだが。


「カイン。あそこって、検問所だよね?」

「ああ。あそこを超えたらカストロ男爵領だな」

「でも、それにしてはなんか……人気がないような」


 検問所は通常、騎士が常駐しており検問を行っているものだ。例外はセントラルシティ。あそこは物流が多すぎて、経済が滞るのを回避するため検問を行わないらしい。そのせいで暗部があるのだが。

 検問では一人一人しっかりと確認されるので、今まで俺たちは行く先々で必死に回避してきたものだが……


「なるほどな……カストロ領、噂は本当らしいな」

「え?」

「後で話すよ。とりあえずリヴィア。中へ入ってくれ。検問は気にしなくていい」

「がってん」


 馬車を動かし、検問所を通る。案の定、そこには騎士の一人も居なかった。


「どういうこと……?」


 エルクが不思議そうに辺りを見回している。今までの常識と違いすぎるので、戸惑っているのだろう。

 そして、検問所を抜ける。


「なんていうか、ここ……寂れてるね」

「ひと、いない」

「これがカストロ領か……実際見ると、凄いな」


 街には通行人の一人も居らず、建物は風化している。まるで街全体がどよんとした雰囲気に包まれているようだ。


「……カストロ男爵は何代にもわたってスラムに近い領土を守り続けていたそうだ」


 俺は、聞き齧ったカストロ領の事情について二人に説明する。


「スラムと隣接する領土で、王都からも遠いということで色んな苦労があったらしい。

 人口減少やそれに伴う税収の低下、治安の悪さ……それを頑張って何とかしていたらしいが、現カストロ家当主、リーベリオ・カストロが継承し……なんというか、その辺の改善を諦めたらしい」

「諦めたって……」


「要するに、放置したんだそうだ。ある意味改革だが……幼少期から苦労する父親と、それでも貧しい家を見て育ち、頑張る意義を見失ったらしい。

 当然それで領地が成り立つ訳もなく、騎士も辞めていき、現在ここはふたつの意味で『スラムに最も近い街』と呼ばれている」


 人を見かけることがないのは、そういう訳だ。領地自体は男爵領として平均的だが、それに対して人口が非常に少ない。だから、中心地以外には人がほとんど居ない。


「なんていうか……いや、分からなくもないんだけどね」

「……たいだ」

「まあ、今の当主も手腕に秀でた人ではないらしいから……遅かれ早かれだったんだろうな」


 俺はリヴィアを馬車の中に呼ぶ。どうせ人なんて居ないので、警戒は千里眼だけで十分だ。

 そして、今後の方針について話し合う。


「今後の方針についてだが……まず、俺が考えてることから言っていいか?」

「うん」


「この領地を乗っ取ろうと思う」


 リヴィアとエルクが驚いたように俺を見た。その反応は予想していたので、俺は気にせず続ける。


「以前お義父さんに聞いたんだが……今、カストロ家に居る騎士は僅か10人。全員屋敷の警備をしているそうだが、練度は高くない。要は、領土を守るための騎士じゃなく、屋敷を守るための騎士なんだそうだ」

「それで10人って、むしろ多くない?」

「こんな土地だから、暴動を警戒してるんじゃないか?……で、10人くらい、今の俺なら楽に制圧できる。それで、カストロ男爵と交渉しようと思う」


 俺は指を二本立てた。


「強硬な手段を取るが、別にそんな無茶を言うつもりは無い。まず、俺たちがこの街の治安の改善を行う。

 代わりに、俺たちの家と安全の保証を要求するつもりだ」


「それ、むしろ要求が足りなくない?治安の改善って相当厳しいと思うよ。しかも騎士は使えないわけだし」

「それはプランがあるから大丈夫だ……と思う」

「ふーん……まあカインが言うなら大丈夫だと思うけど」


「正直、リスクはほぼ無いと思う。あるとしたら騎士が思ったより強いとか、それくらいだと思うが……

 反対意見が無いならこれで行こうと思うんだけど、どう思う?」


 そう聞くと、リヴィアがぴょこっと手を挙げた。


「ボスとあねさんが、やしきにいくあいだ、ぼくとスーベニアが、あぶない」

「それは俺も考えた。……正直噂以上の人気の無さだし、騎士も居ないから大丈夫だとは思うんだが」

「しょうじき、こわい」


「……エルク、離れないって言ったばかりで申し訳ないんだけど、お願いしてもいいか?」


 不足の事態―――例えば、たまたま他の領土の騎士がここに来ているとか、そういうのが無いとは限らない。しかし、スラムに隣接するカストロ領においてその可能性は極めて低いだろう。

 そうなれば、現実的な危険はむしろ、ここの住人だ。馬車を狙って襲ってくる可能性がある。集団だったとしたら、リヴィア一人で対処は難しいだろう。


 そしてたかが一般人、何百人束になってもエルクの足元にも及ばない。なにしろ水属性の最上級魔術師だ。どうとでもなる。

 問題は、俺がエルクと離れないという約束だが……


「いいよー」


 普通にすんなり受け入れられた。


「……あねさん、いいの?」

「うん。っていうかカイン、分かってるでしょ?

 離れないって言ったのは別行動しないって意味じゃなくて、ちゃんと帰ってくるって意味だって」

「うん、まあ。でも一応な」

「もちろん一緒に行動してたいけど、今後の私たちの生活とか、リヴィアちゃんとスーベニアの命とか、そういうのと天秤にはかけられないよ」


 リヴィアは傍らの杖を拾い上げ、『アースシャッター』を使った。馬車の周囲が土の壁に囲まれる。


「……まあ、これだけでいいと思うけど。それよりカインが気をつけてよ。一応騎士が10人居るんだから、油断しないようにね」

「うん、分かってるよ」


 そうして俺が立ち上がろうとすると、エルクが俺を見て、手を広げる。


「……いってらっしゃい」

「行ってきます」


 俺たちは抱き合い、そしてすぐに離れた。俺は覆面を被り、馬車の扉を開ける。


「……みせつけてくれる」


 リヴィアはなんとも言えない表情でそれを見ていた。


―――――――――


 屋敷は検問所からすぐだった。どう考えても外部からの敵に弱いが……おそらく、この街において現実的な脅威は外敵ではなくスラムの住人なのだろう。その証拠に、スラムの入口から対極に位置している。

 まあ、確かに外敵の侵入を警戒するなら、流石に検問所に騎士の一人でも配備するはずだ。


 逆に言えば、外から本当に人が来ないともいえる。本当に都合のいい街だ。


 屋敷の近くに着いた。意外と少し広い。クライヴの実家がこれくらいだったな、と思い出す。

 千里眼で内部の人間の位置を確認しておく。

 騎士は……屋敷の外に三人、三階の執務室に居るカストロ男爵と思われる男の側に二人、隊舎に五人。なんと屋敷の中には二人しか居ないらしい。


 ……うーん、確かにやる気が無さそうだ。制圧する必要も無いだろうが……後で来たら面倒だし、丁寧に一人ずつ潰していこう。


 とりあえず、屋敷の外に居る奴から片付けることにする。


 まず、外壁伝いに身を隠しながら進み、もう少しで通るであろう一人の騎士を待つ。

 そして、近くに来たところで一気に飛びかかり、首を絞める。もちろん殺す気はないので、さっさと気絶させ、近くのゴミ箱に放り込んだ。見つかったら後々面倒だからな。


 次。わざと少し物音を立てて呼ぼうと思ったが……反応すらしない。どんだけやる気ないんだよ。

 仕方ないのでサイコキネシスで左肩をちょんちょんと触ってみる。


「ん?」


 振り向いたところを、右から制圧。……やりがい無いなあ。

 首を絞めて気絶させ、やや心もとないが物陰に隠す。

 以前エディ王子の首を絞めたことを思い出した。……なんというか、あの時の俺は正気じゃなかった。色々と言ってしまったし……会うことがあればちゃんと謝っておこう。


 ラスト。残ったひとりは明らかに他の騎士達から浮いていた。今までと違って、多少音を出して良さそうだ。

 とは言ってもめんどくさいので大して工夫もしない。やることは同じだ。

 足音を立てないよう気をつけて距離を詰めつつ、サイコキネシスの用意。彼が俺に気付き始めた頃、俺はサイコキネシスで頭を掴んで、地面に引き倒した。

 脳震盪で失神していてくれれば楽だったのだが、ギリギリ意識があったので忘れず首を締める。こうなれば別に隠す必要も無いので放置。楽な仕事だった。


 あとは隊舎に居る五人組。彼らは仲良くカードゲームに興じていた。……まあ、ろくな仕事も無いだろうし、こうなるのは必然だろう。

 五人固まっているのが厄介だ。出来れば一人ずつ制圧したいが……サイコキネシスでやると下手したら殺しちゃうんだよな。後々の計画に差し障るし、理由なく人を殺したくはない。


 ……ちょっとしょうもない超能力の使い方を思いついた。やってみよう。


 まず、隊舎のすぐ近くには離れのトイレが存在する。俺はその屋根に隠れておく。

 そして千里眼で騎士たちを見ながら、その中のひとりを指定してできるだけ微弱にテレパシーを使う。


『トイレ行きたい』


 これで勘違いしてトイレに出てきてくれたらいいが……あ、一人席を立った。大丈夫そうだ。


 あとはトイレに来たそいつを気絶させ、裏に隠す。

 これを五回繰り返し、制圧完了。……思いつきだったが、案外有用そうだな、これ。


 さて、あとは二人だけだ。こればっかりは正面から相手するしかない。

 レビテーションを使い、三階の執務室の窓の外まで行く。あとは窓の鍵をサイコキネシスで開け、普通に開けて入るだけだ。


「どうもー」

「……!?子ども……?何者だ!」


 騎士二人が剣を抜き、俺に飛びかかってくる。二人同時ということで一人は行動を読むことは出来ないのだが……単に遅すぎるので、普通に躱し、一人のアゴに拳を入れる。それだけで立ち上がれなくなったようだった。

 立ち上がれない方の騎士を抱え、盾にしながら首を絞めておく。手が出しづらいらしく、そのまま一人は気絶した。


 残った騎士が一人で切りかかるが、一対一ならテレパシーが使える。その状況で攻撃が当たるはずもなく、隙を見て首を掴み、そのまま気絶。

 ……最悪サイコキネシスで二人とも吹き飛ばそうと思っていたが、楽勝だったな。


「で、あとはあんただな。リーベリオ・カストロ男爵」

「……」


 どさくさに紛れて逃げようとしていた男爵を捕まえる。彼は観念したように動きを止め、俺に向き直った。


「ちなみに、逃げても無駄だ。外の騎士は全員眠らせている。……信じて貰えないだろうが、手荒な真似をする気はない。話がしたいだけだ」

「……信じます。騎士たちもわざわざ殺さないように扱っていましたし。……もう逃げないので、手を離してくれますか?」


 おや。思ったより男爵は落ち着いているようだ。言われた通り手を離す。彼は笑って執務室の机に戻った。


「それで話とは……あ、そうだ。お茶などいかがですか?あまり上等ではありませんが、クッキーもあります」

「……変なものを入れるなよ」

「そんなもの当家には存在すらしませんよ。単に一緒に茶を飲む相手が欲しいだけです」


 彼は慣れた手つきで茶を入れ始めた。……というか、そういえば使用人の一人も居ない。まさか普段から当主自ら入れているのだろうか。


「どうぞ」

「……ありがとう」

「礼を言われるというのも久々です」


 男爵は笑う。どうも柔和な人だ。あまりこういう貴族を見たことがないので、少し毒気を抜かれた。少なくとも、権力闘争やらが得意そうなタイプには見えない。

 改めて男爵を見る。……随分若い。先生と同じくらい……おそらく、二十代中盤といったところだろう。

 貴族には美形が多いが、例に漏れず彼も美形だ。ただ、中性的な顔というのは少し珍しい。

 髪は金色。クライヴと同じ雷適正のようだ。


「あ……失礼。顔を隠しておきたければ無理をして飲む必要はありませんよ」

「いや……どうせ正体は明かすつもりだった。他言無用で頼む」

「かしこまりました」


 俺は覆面を外した。

 完全に黒に戻ってしまった髪。少し痩せたものの、変わらない顔つき。

 一目見て、彼は気付いたようだった。


「あなたは、もしや……」

「ああ。カイン・パスファインドだ。もちろん、同姓同名じゃない。手配書と同一人物だよ」

「それはまた、随分な大物が来たものですね」


 男爵は少し驚きながら、紅茶を飲んだ。俺も一応サイコメトリーで安全を確認する。その様子を男爵は不思議そうに見ていたが、特に触れることはなかった。

 紅茶を口に運ぶ。雑味が多く、美味いとは言い難い。良いものではないのだろう。微妙な表情を見て、男爵は微笑んだ。


「それで、話とは?生憎ですが、お分かりの通り金品などはありませんよ。匿うことは可能ですが、正直あまり長く匿うのは難しいかと」

「……随分親切にしてくれるんだな」


「他言無用にして欲しいのですが、ミルガイア家が嫌いなのですよ。かの家は我が先祖にこの土地を押し付けた家ですから」


 あっけらかんと言う男爵。その物言いが少し面白くて、笑ってしまった。


「俺も嫌いだよ」

「でしょうね。どうせ無実か、そうでなくても正当防衛でしょう?詳細は知りませんが、私はあの話を聞いた時、手を叩いて喜んだものです」

「ははは。あんた面白いな」


 良かった。これで馬が合わない人だったらこれからやって行けないところだ。少なくとも貴族然とした感じではないとは思っていたが……


「さて、要求をさせてもらう。……多分、土地は余ってるよな。家が欲しい。馬小屋と馬用のスペースがある家だ。あるか?」

「沢山ありますよ。昔、この領地がまともだった時代は馬を飼っている者も多かったものです」


「では、その家を適当に。それから騎士たちに俺……というか、俺たちを狙わないよう厳命してくれ。他の家の騎士に売るのも無しだ」

「構いませんよ。うちの領地が騎士を巡回させていないのは有名ですから、『知らなかった』で通ります。

 ……あ、手配書はこの領地に出回っていませんので、住民の前で顔を晒して構いませんよ」


 なんか思った以上にトントン拍子で話が進む。しかも住民は俺たちの顔を知らないらしい。思った以上の好条件だ。

 ……いや、こちらとしてはありがたいんだが。


「……それから、当面の食糧が欲しい。多少は持っているが、流石にそう沢山ある訳じゃない」

「……それは、正直厳しいですね」


 おや。一番簡単だと思っていた要求だったが、渋られてしまった。

 が、納得でもある。男爵は続けた。


「見ての通り、貧乏な領地ですから。余剰分が無いとは言いませんが……流石にタダというのは」

「土地が余ってるんだろう?いくらでも作れそうだが」

「絶対的に人手が足りません。農民も居ますが、ほとんど自給自足で精一杯です。当然税を上げることなど、とても」


「……なあ、なんでこの領地はこんなことになったんだ?」


 気になって、核心に触れる。

 目の前の男は、少なくとも無能には見えない。自領の状況もきちんと把握しているし、それを放置しようとするような性格にも見えない。

 彼は少し考えた後、「そうですね、平等にいきましょう」と笑った。


「あなただけ正体を晒すのも不公平ですし。……あ、もちろん他言無用でお願いします」


 そう言うと、彼は「あー」と声を出す。


 そして、ある一瞬を境に。

 高く、透き通った声に変化した。


「な……あんた、もしかして」

「ええ。私の本名は、シルベリア・カストロ」


 彼はにこりと笑い、上品に自分を掌で指した。


「聞いての通り、女性です」

すみません、また予約投稿忘れてました……

リアルが忙しくて推敲も出来ていませんし先の話も全然書けていません。やばい……

誤字とかあったら気軽に教えてください


・補足

検問の回避は、大体カインとエルクが馬車の底にサイコキネシスで張り付くことによって回避していました。

奴隷少女の一人旅ということで不審がられてはいましたが、首輪を外し、「奴隷狩りから逃れ、集落へと向かっている」と言うと今までは通れたようです。多分ミルガイア領とかは通れないと思います。

『奴隷少女の一人旅』ってなろうでありそうですね。

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