三十六話 永遠の誓い
「ま、スラムに行くだけなら大した危険もあるまいよ。プライドの高い上級貴族の騎士が寄り付かないのは確かだ。とりあえず行ってみるといい」
と、いうことなので。
俺たちは再度馬車の旅に相成ったわけであった。
「スーベニア」
俺は出発前に厩に居たスーベニアを連れてくる役割を買って出た。少し話したいことがあったからだ。
奥に向かって寝転んでいたスーベニアが頭を上げる。
「ごめん。……ミルガイア家に復讐は、出来なくなった。でも、いつか……ぶ」
スーベニアが立ち上がった。尻尾が揺れ、俺の顔にぶつかる。
「ブフッ」
「……そうだな。ごめん。俺、お前を言い訳に使ってたのかもな」
復讐者同士、と思っていた。だからスーベニアのためでもある、と思っていた。
あの時じゃれついて来たのは、遊びたかったんじゃなくて、きっと止めたかったんだろう。
復讐は、したいけれど。
それが復讐じゃなく、自殺だというなら俺でも止める。
「……行こうか。次はある程度定住したいと思ってるんだ。もちろんお前の馬小屋も作ろうな」
「ヒヒン!」
今、きっと俺は復讐者ではなくなったのだろう。ミルガイアは許せないし、殺したいほど憎いけれど。
エルクのおかげで、復讐よりも自分の命の方が大切だと思えたから。
馬車に乗って再出発。俺たちは懐かしき故郷に別れを告げた。
「クライヴの実家にも行きたかったね。もしかしたら本人も居るかもしれないし」
「いや、クライヴは今は領地を貰ってるはずだからどうだろうな……というか、あいつの領地って今どこなんだろう」
「この地図古いもんね」
『……あの、ボス。姐さん』
「ん?」
『流石にそこまでいちゃつかれると、むかつく』
馬の背中に座るリヴィアからクレームが入った。
御者様の機嫌を損ねる訳にはいかないので、エルクは俺の膝の上から降り、横にちょこんと座った。
「そもそも、なんで見えてるんだよ」
『後ろは気にしてる。その度に目に入って、目障り』
「目障りってそんな……最近喧嘩してたし、関係も進展したし、ちょっとくっつきたいな〜って」
『言っとくけど、あれで一番迷惑したの、ぼく』
ぐうの音も出ない。あれに関してはリヴィアだけは何も悪くない。ただ被害を被っただけだ。
離れると、なんというか、少し肌寒い。さっきまであった温もりがなくなったからだろうか。
エルクの方を見ると、所在なさげに体を揺すっていた。
『……まあ、手を繋ぐくらいなら許容する』
その言葉に、俺たちは喜んで互いの手を取って。
……昨日の不眠と疲労から、気付けば眠っていた。
―――――――――
「ひとが、がんばってるとき、ねるとは、いいどきょう」
「ごめんなさい……」
そして、リヴィアに怒られた。
流石に失礼だったと思うし、俺が寝ると騎士を避けて通ることも出来なくなる。いくらなんでも安心しすぎだ。
「いや、でもその、昨日寝てなくて……」
「いや、そう、自業自得だし言い訳するわけじゃないんだけど、不可抗力っていうか……」
「ぼくもねてない」
「え、そうなの?」
「あのじょうきょう、ボスとどうしつで、ねれるわけない」
それはそうかもしれない。
っていうか気づけよ俺。どんだけ追い詰められてたんだ。
「……いそぐりゆう、いまはないよね」
「まあ、そうだな」
「わかった。じゃあきょうは、おひるねタイム」
そう言うと、リヴィアは馬車に入り……かけて、やめた。前方に回り、スーベニアを馬車から外す。
「こっちでねよ、スーベニア」
「え?馬車で寝ないのか?」
「……けんかされるくらいなら、いちゃつくほうがいい」
リヴィアはスーベニアの首を枕にして寝転ぶ。草の中なので、思いの外寝心地は悪くなさそうだ。
「でも、めにはいると、めざわり。おひるねちゅう、いちゃいちゃすればいい」
「じゃあ俺たちが外で……」
「ふくめん、かぶって、ねるき?」
「いや……そうだな。気を使わせて悪いな」
「……そもそも、ふたりについてきた。ふたりのなかは……いいほうがいい……」
リヴィアは眠った。本当に眠かったようだ。無理をさせて申し訳ない。こうなるなら一度俺の実家に帰るべきだっただろうか?
「……なんか、リヴィアちゃんに気を使わせちゃったね」
「ちょっと調子に乗りすぎたな」
「流石に自重するね……」
二人で馬車に入り、寝転んで簡易な毛布を被る。普段寝る時はここにリヴィアが居るのだが。
……相変わらず床が硬い。布団くらい買うべきかな。
「なんか、完全に二人きりで眠るのって久しぶりだね」
「ん?……確かに。セントラルシティが最後かな」
「ちょっと嬉しいかも」
向かい合ってエルクが笑う。なんというか、あの一件以来エルクは険が取れたような感じがする。
元々穏やかな性格だが、安定したというか。
……いや、俺が不安定だったから、エルクも不安定だったのかもしれない。
「こう穏やかだと馬車の旅もいいよね。見つかる心配もあんま無いしさ」
「確かにな。……いっそ馬車を豪華にして、移動しながら生活するか?バレるリスクも少ないし、スーベニアならもう少しでかくても引けるだろ」
「それもいいけどね。リヴィアちゃんとスーベニアが大変だし、補給が大変だから現実的じゃないと思うよ」
「あー、そっか……」
名案だと思ったんだけどな。
余程治安が悪かったり、伝手があったり、余程の田舎でない限り、未だに俺たちは街に入って買い物をすることができない。
永久に歩かされるスーベニアとその操縦をするリヴィアも可哀想だ。楽しそうなんだがな。
「あーでも、手配とかなくなったら旅はしたいかも。温泉とか入りたいなー」
「いいな。その頃には俺も自由にテレポート使えるようになってるかもしれないしな。そうすれば楽だぞ」
「えー……それは流石に旅の醍醐味が無くない?道中の景色とかさ」
「大丈夫、それはこの馬車旅で死ぬほど見るから」
「……確かに」
リヴィアは苦笑いした。
その時、ふと動かした手がリヴィアの手に当たる。びくっと二人の体が跳ね、心拍数が上がった。
……なんか。
改めて意識すると、ちょっと気まずいかもしれない。
俺、こいつと結婚するのか……。
「へへ、なんか緊張するね」
「俺も今そう思ってた」
「なんとなく関係変わったし……あ、もちろんいい方にだけどね?」
エルクは俺の手を取った。指を絡めて、手を繋ぐ格好になる。
「……昨日はほんとに、不安だったから。その前も、突然どこかへ行っちゃいそうだったし。だからそういうのが無くなって、一緒に居られるんだーって安心したから、今すごく楽しいし、幸せ」
「……ごめん。」
「許さないよ」
エルクが俺の頭をつつく。
「カインはテレパシーがあるから、私がどれだけ一緒に居たいかとか、離れたくないかとか……カインのことが好きか、とか。そういうのわかるけどさ」
「……言っとくけど、普段は使わないぞ。見られたくないものもあるだろうし」
「そりゃそうだけどさ……そうは言っても不安になった時とか、ギクシャクした時とか、見れるじゃない?でも、私はそういうの直接見れないからさ。
……だから、『ごめん』だけじゃなくて、ちゃんと言葉にして、言ってほしい」
きっと、気持ちを伝えるなんてことは、普通の恋人たちが毎日経験しているであろうステップ。
でも、そんなことが、俺は出来てなかった。ちゃんと伝えることも、ちゃんと聞くことも。
「エルク。多分だけど、俺、きっとバカなんだと思う」
「うん」
「英雄になりたいんじゃなくて、人のために何かをしたい。みんなの復讐がしたいんじゃなくて、みんなの心を守りたい。
……エルクを幸せにしたいんじゃなくて、エルクと俺で、幸せになりたい。
……方法が分からないから、目を逸らしてただけだった」
「しかも、その方向に一直線だからね」
「……逆だったんだよな。
人のために全力だから、英雄になるんだ。
みんなの心を守るために、復讐するんだ。
俺も幸せだから、エルクが幸せになるんだ。
……やっとわかったよ」
「……うん」
エルクは絡めた手を、ぎゅっと握った。
おれはその手を握り返す。
「エルクのこと、もう一生離さないよ。お前が大事だ。一緒に居たい。一緒に幸せになりたい。いつまでかかるか分からないけど、幸せにする。俺も、幸せになる。
……だから、許してくれるか?」
「……まだ分かってないの?」
エルクが手を離し、むっとした顔で俺の顔を覗き込んで、目を閉じる。
その顔が可愛くて、俺はキスをした。
エルクは幸せそうに笑って、身を寄せてきた。背中に手を回す。エルクも同じようにする。
「私は、カインと一緒にいるだけで幸せ。手を繋いでるだけで幸せ。ぎゅっとしてくれたらもっと幸せ。キスまでしてくれたら最高に幸せ。
そばに居て、体温を感じられたら、それが一番幸せなの。
……カインが居なくならないんなら、あとはそれがいつまで続くか、それだけだよ」
「でも、俺はエルクをもっと幸せにしたい」
「私も、カインをもっと幸せにしたい。……ほら、おんなじだよ」
エルクの体温が心地いい。体温が混ざりあうのが、もっと心地いい。
エルクが居て、俺も居る。だから、きっとこんなに心地いいんだ。
「……約束して」
「うん」
「崖から落ちるなら、手を引いて。
命を賭けるなら、一緒に賭けて。
地獄に行くなら、一緒に落として。
一人の幸せより、同じ不幸を味わわせて。
二度と一人にしないで。一緒に居て。
それで、いつか。
……一緒に死のうね」
「うん。約束するよ」
「……私、夢があるんだ。一緒に長生きしたい。それで、おじいちゃんとおばあちゃんになって、同じベッドで寝て、同じ夜に、一緒に天国に行くの」
「……難しいな」
「でも、一番幸せだよ」
「そうだな。……そうなれるといいな」
まずは今日、隣で寝よう。
それを一生続けよう。
それがきっと、一緒ってことだ。
なんか恋愛ラノベみたいだ。当初は主人公がチート超能力で無双する話を思い描いていたのに。




