三十五話 いつまでだって
翌朝。
……一睡も出来なかった。
まあいい、睡魔にもすぐに慣れる。人間っていうのは案外都合―よくできてるものだ。
面倒なので、髪も直さずに謁見の間へ向かう。フラッパー卿はそれを若干見咎めるが、口にはせず、座る。
エルクも一緒に歩いてきた。生気のない目で座る。……彼女も一睡も出来なかったようだ。
エルクを見ていると、決心が鈍る。俺はさっさと本題を切り出すことにした。
「フラッパー卿。それで―――」
「カイン」
エルクが俺の言葉を遮った。
やめてくれ。
「……なんだ、まだなんかあるのか」
「……私、一晩中考えたけど。やっぱり理由が分からなかった」
やめろ。
話しかけるな。
その声が、その姿が、その仕草が。
俺の心を鈍らせてしまうから。
「……は?聞いてなかったのか?面倒だって言ったろ。お前みたいな」
「そういうの、もういい!!」
エルクが怒鳴る。生気のない目じゃない。これは……本気の怒りだ。
「わかってるんだよ!手配書の件で巻き込まないようにしようとしてるのも、ミルゲイア侯爵を殺そうとしてるのも、それで負けて死のうとしてることも!全部わかってる!!」
「な……にバカな」
「そんなの、見てたらわかる!!」
エルクは涙を流した。
怒りながら泣いている表情。俺が見た事のない顔だ。
「ん……な、テレパシーも使えないくせに、何を」
「カインこそ私にテレパシー使ってよ!!私の気持ちも分かんないくせに私の幸せを勝手に語るな!!」
「な……」
「分かってるよ!カインは私にテレパシーも、サイコメトリーも、要求された時しか使わない!!どうせ先生に言われたんでしょ!?確かに私も見られたくないものあるよ、カインにだけは知られたくないところもあるよ!
でも、カインと離れるくらいだったら全部見せる!!」
エルクが俺に飛び付いてきた。あまりに不意打ちで、俺は避けられずそのまま食らってしまう。
地面に押し倒され、頭を打つ。
「私はカインと一緒にいたいの!!カインと一緒に居られないなら幸せじゃないの!!どんなに辛くても、どんなにしんどくても、カインと一緒にいられたらそれでいいの!!いつまでだって一緒に居たいんだよ!!」
「うるさい!」
サイコキネシスで力をかけ、回転する形で体勢を入れ替える。
「死ぬかもしれないんだぞ!明日死ぬかもしれない、明後日死ぬかもしれない、それが今日かもしれない!!俺のせいでそうなってるんだよ!!だったら、俺が死んででもお前を幸せにしてやりたいんだよ!!」
エルクの手首を地面に押し付ける。押さえつける。
二度と、俺を追って来れないように。
「俺が居なきゃ不幸の絶頂かもしれない、そんなの分かってる!でも十年もすりゃ俺の事なんて忘れるだろ!!
そしたらお前は、いい奴と結婚して、幸せな家庭を築いて、それでおばあちゃんになるまで生きて子どもに看取られながら死ねるんだ!!それが俺の望みなんだよ!」
「……そんなわけ、ないだろ……!」
エルクが俺の胸ぐらを掴む。さっきまでとは逆に、俺が地面に押し付けられる形だ。
「私は嫌だよ!カインが他の誰かのものになるなんて!カインはずっと私と一緒に居るんだよ!!カインは違うの!?」
「嫌に決まってんだろ!でも明日死ぬかもしれない生活をさせたくないんだよ!」
「なんで分かんないんだよ!!!」
そのまま、ゼロ距離で頭突きを食らった。
「〜〜!!」
痛みに仰け反ると、その隙を捉えたエルクが押し返した。
寝転ぶ俺の上にエルクが乗る体制になる。
頭を抑える俺の胸ぐらを掴み。
エルクは俺の唇に、自分の唇を重ねた。
「いつまでだって一緒にいたいって言ったでしょ!?人生全部一緒なら百歳まででも明日まででもいいってなんで分かんないんだよ!!」
エルクは泣きながら、唇を押し付ける。
甘酸っぱさとかそういうのじゃない、ただ唇を合わせ続けるだけのキス。
「明日死ぬんなら明日まで一緒がいいの!!
明後日死ぬなら明後日まで一緒に居たいの!!
今日死ぬんなら今日だけでも一緒に居たいの!!
起きたら最初にカインの顔を見たいの!!
ご飯を食べる時にカインと喋ってたいの!!
カインの声を聞いてそのまま寝たいの!!
生まれた時から一緒なんだから死ぬ時も一緒がいいの!!
毎朝ハグしてお昼にちゅーして夜にイチャイチャしたいの!!
おはようもおやすみもいただきますもカインと同時に言いたいの!!
風邪の時に看病したいの!!
何も無くてもあーんがしたいの!!
寝癖頭も伸びた髭も全部好きなの!!
一番可愛いって言われたいの!!
結婚しても子どもができてもおばあちゃんになって死ぬ間際でもいちゃいちゃしたいの!!
同じ名前で同じ家に住んでカインの苗字で来客対応したいの!!
私が掃除した家に住んでカインの料理を食べたいの!!
お金がなくても危なくっても一緒にいれば辛くなんてないの!!
全部私のになってほしいの!!
全部カインのになりたいの!!
一生ずっと一緒にいたいの!!
それが明日でも別にいいの!!
……どうしても復讐に行くんなら、一緒に来いって言って欲しいんだよ……
なんでスーベニアにだけ言うんだよ……
一緒に生きて一緒に死にたいんだよ……
なんで分かんないんだよ、ばか……」
そして、もう一度キスをした。
……もう、顔はエルクの唾と涙ででろでろだ。
「……ほんとに嫌なら、嫌って言ってよ……何でもするし何でも直すから……」
それでも諦めはしないのか。
もう、いいや。
格好つけて一人で死ぬのも馬鹿らしくなってきた。
もう自分の欲求に従うことにして、エルクを抱きしめる。
「……お義父さん」
「……なんだ」
檀上で一人笑いを堪えている騎士気取りに言う。
あんたの娘には騎士道の欠片も感じなかったぞ。
それともこれがあんたの騎士道か?
「……恋する乙女は、怖いです」
「そりゃ、私の娘だからな。義息子よ」
「婚約破棄、破棄で」
「任せておけ。何もしていない」
親指を立てるフラッパー卿。もうツッコむのも疲れた。
「エルク。エルク」
覆い被さるエルクの肩を揺らす。
「……なに?」
不機嫌そうに俺を見るエルクに、言う。
「ずっと一緒にいよう」
「うん」
「明日死ぬなら、明日まで一緒に居よう」
「うん」
「百年生きるなら、百年一緒に居よう」
「うん」
「離れるなんて、一生言わないから」
「うん」
「一緒に生きて、一緒に死のう」
「うん」
「……結婚しようね」
「……うん 」
俺は、エルクにテレパシーを使う。
『しあわせ』
たった四文字。
怖いことなんて、どこにもなかった。
―――――――――
「……エルクさん、離れて……」
「無理」
「食べにくい……」
「一生一緒って言った」
「リヴィアが見てるから……」
「だいじょうぶ。さいきん、とうぶん、たりてなかった」
確かに最近はシリアスばかりだった。
最後のコメディチックな展開は多分チョコレートを取り合ったところまで遡る気がする。まあ糖分か。
「ところでお前俺の事嫌いとか言ってなかった?」
「ボスとあねさん、ニコイチで、すき」
「あ、そう……」
「セットうり。カプおし」
「ついに俺が分からない言葉を喋りだしたか」
「♡」
「♡」
ついにハートマークだけで会話が成立するようになってしまった。リヴィアの猛勉強はなんだったんだ。
「ほれ義息子どもよ。食後の茶と煙草を持ってきてやったぞ」
「煙草人口はゼロ人です」
「煙草は私のだ」
「じゃあ言わんでくださいよ」
「茶も私のだからな」
「別んとこで飲んでくださいよ!」
さすがに冗談だったようで、お茶と和菓子が一人1つずつ置かれた。
お茶をすすり、和菓子を一口。あ、うまい。
「それで義息子よ。これからどこへ行くつもりだ?ここは騎士の出入りが多い。実際問題あまり長くは匿えんぞ」
「それなんですよね……パスファインド領も流石に警戒されてるでしょうし」
「明日死ぬなら明日死ぬまででいいんじゃなかったのか?」
「それ言ったのはこっちです。実際問題明日死ぬのも死なせるのも嫌です」
「まあ、そうだな……あまり騎士が出入りしなさそうな場所……まあ田舎の方が鉄板ではあるな」
地図の大体の範囲を指で示しながら言う。……先生の家も入ってるな。
「先生の家は?」
同じことに気づいたエルクが提案した。
「いや、あそこはなー……良いとこなんだけど、一回騎士が来てるから」
「あ、そっかー……先生の墓参りしたかったけどな」
「俺もしたかったけど、先生も捕まるリスク犯してまでしてほしくはないだろ。……んー」
「何か考えがあるの?」
エルクが身を乗り出す。考え、っちゃあ考えなんだけど。
「……実は一つ考えてるとこは、ある。けど、賭けなんだよなー……」
「どこだ?」
「……お義父さん行ったことあります?スラム」
「スラム、か」
フラッパー卿は顎に指を当てた。
「まあ……騎士はほぼ寄り付かん。まあ、そもそも一般人も寄り付かんからな。だが、まあ子どもが行くようなところではないな。ちなみに、何故スラムなんだ?」
「スラムって言ってもスラムのごく近くみたいなとこを考えてますけど……騎士が寄り付かないってのがひとつ。地価が安いのがひとつ。弱めの相手で戦闘訓練もしたいってのがひとつ、かなーと」
スラムの治安は悪いが、その実本当の強者はほぼ居ない。訓練を受けられる者がほぼ居ないからだ。
それこそ超能力でワンパンできない相手は居ないだろう。が、ある程度定住するなら超能力は隠したい。ほどほどにリスクがあって、最悪サイコキネシスでなんとか出来るなら死ぬことはない。戦闘訓練にはうってつけだ。
「地価が安いっていうのはなんで?」
「え、家欲しくない?新婚として」
「ボスも、いろボケてた」
「婚約なんだがなあ……」
まあ、この状況でテンションが上がらない男も中々居ないだろう。
金はどこかの宿屋からふんだくった金がまだまだある。地価が安いなら十分買えるだろう。
「あと、これはワガママなんだけど」
「え?」
「ほう?」
「俺の夢と目標を叶える手立てにしようかな、と」
夢物語だ。だが、少し面白いことを思いついた。
「スラムの英雄になって、強いやつは従えて、それでミルガイア家ぶっ壊そうかなって」
おまけ
早朝、私はベッドから起き上がった。
……一睡も出来なかった。欠伸をして、廊下へ出る。
……静かだ。今は泣き止んでいる時か。
コンコンとノックをして、開ける。エルクは昨日のままの格好だった。
けれど、目に光が宿っている。
「お父様」
「……行くのか?」
「うん」
「辛くてもか?」
「うん」
「死ぬかもしれなくてもか?」
「うん」
「……そんなにカイン君が好きか?」
「うん。私、カインと一緒に居たい」
「……そうか」
成長、と呼んでもいいのだろうか。
昨日のカイン君の決意は相当だった。
けれど、もし二人がまた和解できたなら。
きっと、もう離れることはないだろう。
さあ、見ものだ。カイン君が勝つのか、エルクが勝つのか。
惚れた弱みという言葉があるがこの場合はどっちが勝つのかね。




