三十四話 裸の男たち
「……エルクを返すとは、どういうことかね?」
「その言葉の通りです。フラッパー卿。彼女を匿ってあげてください。ついでにそのまま婚約の破棄も」
「カイン……?怒ってるの……?謝るから……ね……?」
「……何を言っておるのか、分かっておるのか?」
「分かっていないとすれば、それはフラッパー卿だけかと」
伝説の騎士。流石に威圧感が凄い。
俺を見透かそうとしているのか。それとも、単に娘を無下にされて怒っているのか。
でも、どちらにしても引けない。
引けない理由がある。
だから、使えるものは全部使う、
テレパシーを使ってみる。が。
「……!」
頭痛がした。くそ……謁見の間が無駄に広いからエネルギー消費が大きい……!
「今、何をした?」
おお、バレた。凄い目で睨んできてる。
「いや、何をしようとした、が正しいか?」
「バレましたか。テレパシーという、相手の心を読む能力を使いました。少し射程範囲外でしたが」
「ふん。つまらん能力だが、わざわざ手の内を晒すのは、誠意か傲慢か……」
信用したかどうかも分からない。あえて本当のことを言うのも大切だ。択は散らした方がいい。
捨てるものはない。
エルクの保護さえ叶えば、それでいい。
「……一応、理由を聞こうか。ついでに、そこの可哀想なうちの娘の心でも読んでみたらどうだ?」
「うぇっ、う、う、えぇぇぇぇぇ……」
エルクは俺の膝に縋り付いて、泣きじゃくっている。
……正直、見たくない。
エルクが泣いている姿なんて、見たくない。
笑っていてほしい。
けれど、エルクが本気で悲しむことは分かっていた。エルクは俺のことを好きでいてくれるから。
だから、せめて、その「見たくない」という感情を、侮蔑の表情に変換する。
「……とっくに読んでますよ。相変わらず『捨てられたくない』とか『許して』とか……挙句の果てに訳も分からず急に機嫌を損ねる。もううんざりなんです……面倒臭い。気を使いながら逃亡生活する方の身にもなってほしいよ。ほんと―――」
そして俺は、ついに口にした。。
最も言ってはいけない。
最も言うべき言葉を。
「―――こんなの、助けるんじゃなかった」
ごめん。
嘘だ。
お前を助けてよかった。
あそこで動かなかったら、俺は自分を許せなかった。
今までの人生はエルクが居たから楽しかったんだ。
俺は恐る恐る、エルクの顔を見た。
「……」
……大丈夫。
これだって、侮蔑の表情に変換できる。
「……なるほど。私はお前を買いかぶっていたのかもしれんな」
フラッパー卿はそう、威圧感たっぷりに言った。
「ところで、カイン君。こんな可能性は考えなかったか?」
フラッパー卿が、後ろに立てかけていた槍を掴む。
そして、構える。
「ここで私がお前だけ捕まえて、ミルガイア卿に引き渡すという選択肢は」
怖い。
―――だけど、世界でいちばん怖いものはさっき見た。
エルクに嫌われる選択をした俺にとって、もう怖いものなんて何もない。
「曲がりなりにも一年も娘を守った男を簡単に切り捨てるフラッパー卿ではないかと」
「……ふん。下衆の癖に肝は据わっておるようだ」
当たり前だ。
そんなことでビビるようじゃ、こんなことやってない。
「……事態が事態だ。明日までに結論を出す。今日は泊まっていけ。……エルク、行くぞ」
「……カイン」
なんで。
エルクの言葉が、重くのしかかる。
……最悪だ。
こんなに、辛いなんて。
……まあいい。
どうせ、全部もうすぐ終わる。
この痛みも、苦しみも。全部それまでの辛抱だ。
最後には、エルクが幸せになると信じられるはずだ。
「……リヴィア。行くぞ」
リヴィアがとんとんと頭をつつく。
俺は無言でテレパシーを繋げた。
『臆病者』
それだけだった。
―――――――――
部屋に通された。リヴィアと同室。どうやら個室を与える価値もないらしい。
同室だが、会話は一言もない。
時間ができると、エルクのことばかり考えてしまう。
エルクを見たい。
エルクの声を聞きたい。
エルクに触れたい。
会いたい。
もう一度、好きだって言って欲しい。
それが出来ないなら、せめて、好きだって言いたい。
ありがとうって言いたい。
ごめんって、言いたい。
……大丈夫。
思い出だけあれば、生きていける。
どうせ大して、長くもない。
……こんな時に少しだけ、先生の気持ちがわかった。
早く死にたい。
食事が運ばれてきた。
食べる気がしなくて、しばらく置いておく。
どうせそのうち死ぬんだ、食べる意味もない気がする。むしろ、死に近づける分得だ。
気付いたら、テーブルの上の食事はなくなっていた。リヴィアが全部平らげたらしい。
『自分に酔った気持ち悪いマゾヒストに食わせるご飯はない』
『……』
『傷つくって分かってて、大事な人を傷つける人、嫌い』
『……』
『オマエ、キライ』
嫌われたものだ。
まあいい。後のことを考えれば、リヴィアにも嫌われた方が都合がいい。
リヴィアには悪いけど、エルクに嫌われるよりよっぽど気が楽だ。
「お風呂の用意が出来ました」
風呂、か。
この部屋に居るのも息苦しい。行ってくるか。
……と思ったら、大風呂だった。てかこれ騎士が使うやつだろ。
まあ、文句は言わない。服を脱ぎ、椅子に座って頭を洗い始める。
……そういえば、誰も居ないな。もしかして一番風呂か?
「本当だった、として」
ふと、突然後ろに気配が現れた。
全く気付かなかった。気付いたら殺せる位置にまで忍び寄っていた。
「テレパシー、とやらを使ったら、殺す」
おお、やっぱりこんなに威圧感があっても怖くないな。俺はもはや恐怖を飼い慣らしたのかもしれない。
「目に反応が出るのはテレパシーだけですよ」
「ふん。相変わらず肝が据わっておる」
「それに、テレパシー以外だってあります。ほらこんな風に―――」
サイコキネシスでイタズラをしかけてみ―――ようとした瞬間、拳が飛んだ。
風圧で、髪が凪ぐ。
「……次はないぞ」
「……なんで分かるんです?」
普通に気になったので、聞いてみた。サイコキネシスには使用前の反応とかは特に無いはずだが。
「あえていうなら、殺気だ。もっともお前に殺す気はなかっただろうがな」
「騎士の勘ってやつですか」
「今の私は騎士ではない。ただの裸の男だ」
甲冑を着てないから騎士じゃない、と。真面目なことだ。
「……裸の男として聞くが」
フラッパー卿は切り出した。……いや、本人曰く、裸の男か。
「本当の理由は、何だ」
「……裸の男が聞くんですか。それ」
「裸の男とて人の親だ。それはこの身が証明している」
「なるほど……。言ったでしょ。めんどくさいんですよ、あいつ」
「そんな演技で本当に騙せると思ったか?」
……少しだけ、恐怖を感じた。
さっきとは違う。本当に怒っている。
「望みを切り出す前に、覚悟の色があった。暴言を吐く前に、恐怖の色があった。エルクを見る時に、罪悪の色があった。
その程度の演技、市井の凡愚は騙せようと、戦場にて死合いを学び、社交場にて騙し合いを学んだ私には通用せぬ」
「……凄いですね。テレパシーですか」
「言っただろう。くだらん能力だと」
ふん、と鼻を鳴らし、フラッパー卿は続ける。
「……エルクは今、悲惨な状態だ」
顔色が変わった。怒りか、哀れみか……いや、戸惑い?
「突然泣いては魂の抜けたように黙り込む。そしてまた堰を切ったように泣き出す。うちの娘も馬鹿ではない。……お前がああいった下郎なら、ああはならん。それとも何か、お前は洗脳能力も持っているのか?」
「実はそうなんですよ」
「いつまでふざけているのだ」
ドン、と壁に拳を打った。
鏡どころか、壁まで割れる。何度か地面を殴ったくらいで骨が砕ける俺とは大違いだ。
「答えろ!!お前が、愛する女をああしてまで得たいものとは何だ!!」
「……巻き込みたくないんですよ」
観念して、話し出す。
愛する女、までしっかりバレていては、もう誤魔化せないだろう。
「手配書は俺だけを指してる。俺が先に捕まれば―――あるいは目の前で死ねば、手配書は解除される。だから、そうすればエルクは自由になる」
「そうとは限らんだろう」
「エディ王子に直接聞きました。俺の命ひとつで済むなら……それでエルクが、リディアが幸せになる権利を手に入れられるのなら、安いものだと。でもエルクを一人にする訳にはいかない」
「……だから、私に保護を頼んでひっそり自害、か」
ふん、と鼻を鳴らした。
「つまらんな。男なら戦って死ぬくらい言わんか」
「……実は、ミルゲイア侯爵に特攻を仕掛けようと思うんです」
「な……」
フラッパー卿は絶句した。
「……死ぬ気か」
「そう言いませんでしたっけ。……勘違いしないでおいてほしいんですけど、ミルゲイア侯爵のことは死ぬほど憎んでます。それこそ、目の前に突然現れれば殺してしまうかもしれないくらいに」
洗った髪をお湯で流す。赤い染料で湯が少し赤く染まる。……血みたいだ。
「エルクが居れば我慢できた。エルクを守ることの方が大事だったから。でも、どうせ死ぬなら、ミルゲイアも道連れにしたい。一人でも、多く……」
フラッパー卿が身震いした。武者震いだろうか?聞いてしまったらきっと敵にまわるんだろう。彼は貴族だから。
ああいや、今はただの裸の男だっけ。……まあどっちでもいい。めんどくさい。
「ミルゲイアに勝てば、まあ手配は取り消し、エルクは解放。負ければミルゲイアを殺した上で俺も死ねてエルクが解放。どっちに転んでも得な計画です」
「馬鹿な……それでは、わざわざエルクを傷つける必要が無いではないか!」
「エルクは俺が死んだら今の比じゃないくらい落ち込みますよ。だから先に嫌われておく必要があったんです」
「お前……心がないのか?」
「ありますよ。エルクを助けるのに必要ないから、無視してるだけです」
フラッパー卿の、俺を見る目が変わった。……テレパシーを使わなくてもわかる。恐怖の対象に変わったらしい。……今なら敵に回っても勝てるんだろうか。エルクの親だ、殺す訳にはいかないけど。
「……ふん、なるほどな。得心いった」
「エルクには内緒にしてくださいね」
「無論だ。裸の男とて、それくらいの騎士道は持っている」
俺は身体を洗い終わり、風呂場を出ようと扉に手をかける。フラッパー卿は湯船に浸かるようだ。
「……カイン君。お前は私の見込んだ以上の男だった」
「……はあ。どうも」
「だがな。人を見る目は無いようだ」
フラッパー卿は風呂に浸かり、俺の目を見て言った。
「エルクを侮るなよ。あやつは、恋する乙女だぞ」
ごめんなさい。リアルが忙しくて予約投稿分を更新するのを忘れていました。
これからまた毎日投稿にしていきますのでよろしくお願いします。
書き溜め分が不安になってきたので、しばらくは一話更新にさせていただきます。




