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三十三話 フラッパー領の裏切り

 朝、馬車の準備をして、出発しようという時になって、少しだけ迷う。

 もう一泊しておこうか。


 きっと、もう母様にも、兄様や姉様にも会えない。

 それに、エルクと仲直りしたい。

 一晩明けても、エルクの期限はまだ直っていなかった。朝から口を聞いてくれない。そのことに俺はとても傷ついていた。

 喧嘩したままなんて、嫌だ。


 そう思って……でも、それは甘えだと自分を落ち着ける。

 もう一泊したら、どんどん名残惜しくなってくる。

 それに、エルクと喧嘩しているのは悲しいけど……でも、これからのことを考えればむしろ都合はいい。

 それなら、上手く運べるかもしれないから。


「カイン!」


 スーベニアと出発の準備をしていると、母様が見送りに来た。


「本当にもう行くの?もう少しゆっくりしてからでも……」

「いや、名残惜しくなるし……それに、やらなきゃいけないことがあるんだ」


「……そう」


 母様は餞別に、と三人分の弁当を渡してくれた。ありがたい。これで昼食には困らない。


「あと、昨日はごめんなさいね」

「いや、それ訳わかんないんだけど……」

「でも、これは真面目なアドバイスなんだけど」


 弁当を取ろうとすると、母様がひょいっと避けた。

 ……母様、こういうことする人だっけ?いや、昔からイタズラ好きだった気がするな。


「もうちょっと、エルクちゃんの気持ちも考えてあげてね」


「……わかってるよ」

「わかってたら言ってないわよ」

「……それでも、わかってる」


 母様から弁当を奪い取る。なんか、反抗期の息子っぽくて少し恥ずかしくなってしまった。


「エルクちゃん」


 母様がエルクを呼ぶ。エルクは少し離れた場所で振り返った。


「……よろしくね」

「……はい」


 二人は少し仲良くなったらしい。

 昔は一方的に母様が可愛がってた印象だけど、昨日なにか話したのだろうか。


「カイン!」


 数人分の声が聞こえた。屋敷の方からだ。

 見ると、窓から兄様たちが顔を出していた。


「元気でな!」

「……兄様たちも、元気で!」

「また、帰ってきてね」

「……うん」


 もしかしたら、母様は俺が何をしようとしているのか分かっているのかもしれない。

 それでも、俺はもう止められない。


 ……さようなら。

 母様。兄様。姉様。

 ……父様。


「さ、行こうか。エルク」

「……」


 エルクは相変らず口を聞いてくれない。こんなに怒らせたのはいつぶりだろう。

 悲しい反面、少しだけ安心する。

 これからの計画が上手く行きそうだと。


「ボス。もくてきちは?」

「ここだ」

「となりだ」

「ああ。だからほんとに短いぞ」

「らく」


 俺たちは馬車を走らせた。家族たちはまだ手を振っている。

 俺も手を振り返した。

 誇り高きパスファインド家に。


―――――――――


 ほんの一時間と少しだが、移動中俺とエルクは一切口をきかなかった。

 たまに重苦しい空気に耐えきれなくなったリヴィアが「あの……」と口を開くが、それにだけ返事して、俺とエルクは一切会話しない。

 悲しい。昨日の夜はあんなに楽しかったのに……

 でも、仕方ない。


 俺はテレパシーでリヴィアとだけ会話できるので、気まずいながらも暇にはならないまま過ごした。

 そのまま、何事もなく到着。


 フラッパー領は、何も変わっていなかった。美しい街だ。花の良い香りがして、そこら中で剣の打ち合う音が聞こえる。まさに騎士の名門といった感じだ。


「とうちゃく」

「ありがとう、リヴィア」

「お疲れ、リヴィアちゃん」


 二人でリヴィアへの労いの言葉をかける。そこの言葉が被ったことに気付き、エルクが顔を背けた。

 ……可愛いくらいだけどな。


 エルクが正門をノックする。と、すぐに一人の騎士が出てきた。


「どちら様で……うわっ!」


 妙にでかい馬と、覆面の子ども三人組。まあ驚かない方がおかしい。

 エルクが代表して騎士に話しかける。


「あの……フラッパー騎士爵はご在宅ですか?」

「あのね、君たちここは貴族様の家だから早く……ん?」


 子どものいたずらだと思いあしらおうとする騎士。しかし、何かに気付いたようで、態度が変わった。


「……あの、もしかして、エルク様……です、か?」

「! ……えっと、あの、人違いかと……」

「私です!マルスです!おわかりになりませんか……?」

「え……マルス……さん?」

「エルク様……!よかった……!!よく、ご無事で……!!」


 マルスと呼ばれた男は目にいっぱいの涙を浮かべ、エルクを抱きしめる。エルクは再会を嬉しそうに、マルスを抱き返した。

 ……ちょっとだけ、面白くないな。


『嫉妬?』

『……まあ、そう』

『喧嘩中なのに』


 うるさい。


 マルスという名前には聞き覚えがある。エルクの側近だ。が……あんな姿ではなかった。

 記憶の中のマルスさんは、筋骨隆々でガタイの良い人だ。武器も、俺の身長ほどある大振りの大剣だった。間違っても、あんなに痩せ細ってはいなかったし、レイピアを下げてもいなかった。


 ……きっと、余程心配したのだろう。

 よかった。これなら……


 と、マルスさんが俺に目を向ける。


「もしかして、そっちの君は、カイン君か……?」

「……はい」

「そうか、やっぱりそういう事か……」


 マルスさんがぷるぷると震える。俺も少し震えた。


 さて、マルスさんにはある悪癖がある。エルクを溺愛するあまり、婚約者である俺を蛇蝎のごとく嫌っているのだ。

 そして、大人気なく恵まれたフィジカルで俺を追い払う。

 ……そして、彼はお義父さんにボコボコにされる。それでもやめない、まさに悪癖。今思うとなんでこの人側近だったんだろう。


 つまり、この後の展開は俺にとっては懐かしくも恐ろしい―――


「よくぞ、よくぞエルク様を守ってくれた……!」


 んん!?

 おかしい、指名手配されてるわけだし前以上に苛烈に責められると思ったんだが……!?


「君はフラッパー家の誇りだ!かつての私は、なんという過ちを……」

「あ、あの……マルスさん、お義父さんに……」

「あ、ああ。すまない……。フラッパー卿はこちらだ。案内しよう」


 マルスさんは冷静さを取り戻したらしく、俺たちを案内するように屋敷へと入っていった。

 ちなみに俺はまだ落ち着いていない。ついに俺を暗殺しようとしたマルスさんの作戦かと思った。

 エルクも目を見開いて俺を見ていた。信じられない光景らしい。もちろん俺の方が信じられない。

 けれど、マルスさんを待たせるわけにも行かないので、とりあえず彼について屋敷へと足を踏み入れた。


 フラッパー邸は、半分ほどが騎士舍だ。

 ゆえに、たくさんの騎士が常駐している。……騎士から逃げ続けてきた俺にとっては、少し心臓に悪い。


 そして、その騎士たちはガシャンガシャンと訓練の音を立てながらも俺たちに奇異の目を向ける。

 これだけ人目があると覆面を外すわけにもいかないからしょうがないが……流石に居心地が悪い。


 そんな時間を数分、ようやく到着したのは謁見の間。

 フラッパー卿は騎士たちにとっては伝説だ。だからこんな大仰な部屋を作って伝説っぽさを演出することで新たな騎士を呼び込んでいるらしい。商魂たくましいことだ。


 その最奥、数段高い場所に座る人物がいる。

 その人物は、俺たちを確認すると、エルクそっくりの顔で目を見開いた。


「そなたは……まさか、エルク!?エルクか!!」

「はい!お父様、帰りました!」

「エルク!よく帰ってきた!!」


 エルクがフラッパー卿に抱きついた。フラッパー卿も本当に嬉しそうに、目に涙を浮かべている。

 伝説の騎士も、娘にはデレデレか。少しいいものを見た気がする。


「となると、そなたは……」

「はい。カイン・パスファインドです」


「そうか……!やはりそういうことだったか!!義息子よ、よくエルクを守ってくれた!!」


 俺も抱きつくべきかと思ったが、流石に抵抗があった。フラッパー卿は手を広げていたが。

 落ち着いた様子の俺を見て、フラッパー卿は笑顔を解き、真面目な顔になる。


「……父上のことは?」

「……知ってます」

「そうか……本当に残念だった。ということは、あの件についても……」

「やはり、フラッパー卿も……?」

「どうした。よい、昔のようにお義父さんと呼べ」


 相変わらず、強面な見た目に反してフランクな人だ。

 そうか、二人は推理を共有していたのか。俺が妙に歓迎されていた謎が解けた。


 フラッパー卿は落ち着いた顔で、顎に手を当てる。


「ふむ……まずは、そうだな……おそらくお主達がいちばん聞きたいであろう、クライヴ君のことから教えてやろう」


「クライヴの!?」


 エルクと声が被った。エルクはぷいっと顔を背ける。

 フラッパー卿は娘の顔に不思議そうな顔をしつつ、エルクを下ろし、俺の隣に座るように言った。エルクが渋々隣に座る。


「彼は、やはり例の事件の煽りを受け、微妙な立場に立たされていた……が、王立騎士始まって以来の天才と言われる実力でもってその全てを黙らせ、順調に出世をしている。

 ……あ、いや、順調とは言えんな。様々な妨害は受け続けている」


「そうか……クライヴが……」

「まあ、彼は心配ない。あの圧倒的な実力と高潔な精神を併せ持つ男だ。そうそう罠にかかるようなことはあるまい」


 フラッパー卿が豪快に笑う。

 妨害は受けているようだが、なんとかクライヴもやっていけているみたいだ。

 ……よかった。

 俺のせいでクライヴの英雄街道を邪魔するわけにはいかない。多少の妨害はあるそうだが、順調に出世しているというのなら……あの時、クライヴを置いてきたのは正解だったようだ。


「……クライヴ君も心配しておった。彼にのみ、君たちの訪問を伝えても良いか?」

「もちろんです」

「そうか。きっと喜ぶ。本当は会わせたかったものだがな。……彼も君たちの汚名を雪ぐのに尽力しておったのだが、やはりまだ影響力が足りぬでな……」

「それこそ無茶な話ですから。気にしてないと伝えておいてください」


「うむ、伝えておこう。……そうそう、彼の関連でひとつ、尋ねたいことがあるのだが」

「……?はい」


 クライヴのこと?なんだろう。口ぶり的に現状についてはむしろフラッパー卿の方が知ってるそうな気がするが。

 フラッパー卿は髭をいじりながらにやりと笑う。


「聞きたいのは、カイン君。君の能力についてだ」

「!」


 俺の表情が変わったのを見て、フラッパー卿は愉快そうに笑った。


「まあ、例の推理の矛盾点……『腕をちぎった方法』と『逃げおおせた方法』についてだな。クライヴ君はその内容についても推理しておった。この老人のために答え合わせをしてはくれんかね?」

「……この世で、知ってる人間が我々の他に一人しかいない情報なので、クライヴ以外の誰にも教えないというのなら」


「無論だ。彼の推理をそのまま言うぞ。『まず、カインは魔力を持たないので、魔法でないことは大前提』」


 おお、モノマネだ。この状況で笑いより驚きが勝つほどクオリティが高い。よっぽど普段から話してるんだろうな。


『逃げた方は、僕の部屋に現れた時に血の跡が一点にしかついておらず、扉とは別の方向に突然現れたため、座標を指定してそこに直接自身の座標を移動する能力、あるいは別次元内を高速移動する能力。ただ、後者だと流石に覚醒後すぐに使えるとは思えないから、前者かと』

「だそうだが……どうだ?」

「えー……」

「……合ってます」


 厳密な定義や原理は俺自身分からないが、少なくとも現象だけ見れば百点だ。

 あれだけの情報からよくもまあ……しかも王宮から逃げた時は無我夢中で窓から飛び降りた覚えがあるが。


『侯爵の両腕をちぎった方に関しては……「ちぎった」という動詞の通り、断面を見ると斬撃というより骨ごと力任せにねじり切った印象でした。先程の座標の能力であれば、おそらく断面は刃物以上に綺麗になるでしょうから、別の能力があるのだと思います。物体の空間への固定・運動を強制的に行う能力かと思いましたが、それならあんな腕の半端な箇所を切断するとは思えません。何より、切断箇所の両側に強い圧力がかかった形跡がありました。オーラのようなものを自在に出し、自在に動かし、自在に力をかける能力でほぼ確定かと。最低でもオーラはふたつ、普通に考えれば四つ以上は出せる能力かと思います。……下手したら無限かもしれませんね』


「だそうだ」

「……すご」

「ご名答です」


『もしこれだとしたら汎用性が高いですね。支点が必要ないとしたら空を飛ぶことや、工夫すれば熱を生み出して火をつけることもできそうです』


「とも言っておったが」

「……もう、怖いよ!」

「いやー……俺あいつのことナメてたかも」


 まさかこれだけの情報からふたつ……というか実質的に四つも能力を解き明かされるとは。これは推理力とかそういう次元の話なんだろうか?

 驚きを通り越して戦慄する俺たちの顔を見て、フラッパー卿は豪快に笑う。


「ふははははは!やはり奴は傑物だな!見たことも聞いたこともない能力を状況証拠だけで解き明かすとは!」

「恐ろしいですね……見られてもバレなかったくらいなんですが」


「ついでに、『もしそんな能力があるとしたら、今もなお生きたまま逃げおおせている可能性は十分ありますね』だと。奴は君たちが生きていることを確信していたよ。本気で嬉しそうにしておった。会ってもおらんのにな」

「傍から見たら夢見がちな少年ですが、合ってるんだからとんでもないですね……」


 なんなら、他に能力があることまでバレてそうだ。二個あって三個あることを考えないクライヴではあるまい。


「ふははは!さて、盛り上がってきたところで……そろそろ本題に入ろうか」

「え?」

「む?用があるから来たのではないのか?何の用もなくこんなリスクのある場所に来るとは考えにくいが」


 笑顔だが、瞳の奥は笑っていない。……食えない爺さんだ。


 超能力の詳細の答え合わせしたのまずかったかな、と少しだけ思う。

 ……まあ、いい。

 どうせ、もう関係ない。


「フラッパー卿」

「お義父さんと呼べと言っとるだろう」

「……単刀直入に聞きます。いつまで匿って貰えますか?」


「……ほう」


 フラッパー卿の目がギラついた。


「タダでかね?私も君たちを守ってやりたいのは山々だが、指名手配犯を匿うというのはなかなか我が家にとってもリスクが高い。それで、見返りは何なのかね?」


 フラッパー卿が立ち上がる。エルクは少し不安そうに俺を見た。

 ……大丈夫。


「エルクだけならまだしも、カイン君。指名手配犯を匿っていることがバレれば、私も処刑されてしまう。そんなことタダでできると思われては―――」


「いえ、指名手配犯を匿う必要はありません」

「は?」


 袖が引かれる感触。


「カイン?」


 エルクがなにかに気づいた様子で、張り付いたような空っぽの笑顔で、俺の顔を見る。


「カイン……やだよ……?」

「俺を匿ってもらう必要はありません」


 フラッパー卿はまだ言っている意味が分かっていないようだ。目を丸くして俺の言葉の続きを待っている。

 袖が引かれる力が強くなる。

 エルクの顔はどんどん不安に染まっていった。


「カイン……ねえ、カインってば」


 エルクが、ついに俺の両手で引き始めた。

 けれど、俺はその一切を無視し、フラッパー卿に向き直る。


 もう、止まらない。

 止まれはしない。


「エルクを、お返しします。()()()()()()

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