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三十一話 エルクの気持ち

 私とエルクちゃんは、お義母様に歓待されていた。その姿に呆れたお義兄様たちは、とっくにどこかへ行ってしまっていた。


 お義母様は楽しそうに……本当に楽しそうに、私たちの旅の間の話を聞いている。

 少しだけ、昔を思い出す。私たちがその日どんな風に遊んだのか、お義母様は聞きたがった。私たちの小さな大冒険を、私たちよりも楽しんで聞いてくれていた。


 けれど今の私は、昔のように一緒に笑うことはできなかった。


「……お義母様。お願いがあります」

「なに?エルクちゃんのお願いならなんでも聞いちゃうわよ〜?」


 お義母様は、昔から私を可愛がってくれている。カインを愛していて、そのカインの婚約者だから、だと思う。

 でも、今私はカインの婚約者なんだろうか。


 わからない。けど、失いたくない。そう思って、お願いをした。


 最初は軽い感じで聞いていたお義母様だけれど、私の真剣な表情を見て、真剣な顔をしてくれた。

 ……大人だ。

 子どもの言うことを、同じ態度で……それ以上の感情を込めて聞く。それが出来る人がきっと、大人なんだろう。


 私はしっかりと、頭を下げてお願いする。


「カインを、止めてください」


「……順を追って説明してみて」


 当たり前だ。それだけ言われても何を言っているのかわからないだろう。

 けれど、真剣な気持ちは伝わったみたいだ。

 お義母様は話を聞いてくれる。

 ……今のカインと違って。


「……カインが、具体的に何をしようとしているのかは分かりません」


 カインは何も言ってくれない。何も教えてくれない。

 リヴィアちゃんは何か知ってるみたいだけれど、口止めされているみたいだ。やっぱり何も教えてくれない。


 きっと、カインは私が嫌いだから教えてくれないんじゃない。私が大切だから教えてくれないんだ。それはなんとなくわかる。

 リヴィアちゃんにも本当は教えたくなかったんだと思う。でも、何かのミスで聞かれたとか、イレギュラーがあったんだと思う。

 それに、リヴィアちゃんにも多分、具体的なことは教えていない。そんな気がする。


「でも……多分、とんでもないことをしようとしてる……」


 多分、私たちのためだ。

 いつからかな。……多分、私が侯爵から助け出された、あの時から。

 あの時から、カインは自分を勘定に入れるのをやめた。

 自分が幸せになるためじゃなくて、私を……私たちを幸せにする為だけに動き出した。


 思えば、カインはいつだって行動していた。

 先生の家で力を蓄えていた。

 逃げ延びるために必死に計画を立てていた。

 馬車の中で周りを警戒しながら、平気そうな顔をして笑ってた。

 ……そして、いつも傷ついていた。


 そして、それはどんどん加速してる。カインはどんどんボロボロになって、それでも私たちのために動き続ける。そして、心配をかけないように平気な顔をして笑うんだろう。

 誰よりも傷ついているのに。

 誰よりも自分を消費しているのに。

 ……それは、私にとっては全然嬉しくない。


「それを、させたら……多分、カインと、会えなくなる、気がする……」


 気づけば、私の目からは涙が溢れていた。

 止まらない。止まらない。


 悔しい。


 カインにとって守られる対象でしかないのが、悔しい。

 自分の存在が、カインを苦しませているのが、悔しい。

 私じゃカインを止められないのが、悔しい。


 ……カインが一人で傷つこうとしているのが、悔しい。


 涙がどんどん溢れてくる。……駄目だ。カインならこんな姿、人に見せない。

 カインは、泣かない。泣いたら私たちが心配するから。

 そんなカインが涙を流して激昂した時……お義父様が処刑された時。


 どんなに辛くて、どんなに傷ついていたんだろう。


 泣いたっていいのに。そしたら、私が慰められるのに。


「お義母、さま……わたし、カインと、いっしょに、いたいよ……うぇ、え」


 かっこ悪い。私に出来ることは、泣いて縋ることだけだなんて。

 それでも、出来ることがあるなら。

 カインのために出来ることがあるなら、何でもやりたい。

 カインと一緒に居るためなら、何だってするよ。

 だから……


「……エルクちゃんは変わらないわね」


 お義母様は、少し困ったように笑った。


「リヴィアちゃんは、どう思う?」


 そこで、リヴィアちゃんが話を振られる。

 私が泣いているからか、話し出す前から少し涙目だ。

 ……ごめんね。心配かけて。


「……ぼく、ボス……カインが、なにするか、しってる」


 リヴィアちゃんが自供した。

 やっぱり知ってた。でも、リヴィアちゃんは止めていたはずだ。あの時、馬車の中で。テレパシーだけど、きっと。それは、なんとなく雰囲気でわかった。

 つまりそれは、カインがしようとしていることは、止められるようなことだということだ。


「でも、それ、むりで、そしたら、ボス、どうなるか……わかんなくて」


 リヴィアちゃんも泣き始めた。わかってる。きっと私たちが思ってることは一緒だ。

 カインを止めたい。

 カインと一緒に居たい。

 ……カインに、幸せになってほしい。


「でもボス、いうなって。とめたいけど、きいてくれなくて……う、あああ。ボスがかわいそうなの、やだ……」


 今のカインは、私たちの話を聞いてくれない。私たちの幸せを勝手に決めてるから。

 だから、何か言っても心には響いてない。

 私は、言ったのに。

 あの日、カインが居るから幸せだって、言ったのに……


「……そっか。二人ともごめんなさいね。うちの息子が」


 お義母様は、泣く私たち二人を優しく抱きしめた。

 お母さんって感じの香りがする。

 私も、いつかこんな風になれるのかな。


「……あの子ね、英雄に憧れてるでしょ?」


 お義母様が、カインのことを語り始める。


「あの子、英雄になりたいって言い出してから一直線なの。寝ても覚めても英雄になることばっかり考えて、挙句の果てに魔力適性がE級って言われたら今度は内政で英雄になる!とか言って、王宮まで行っちゃって……」


 わかる。カインはいつだってそうだ。

 それは良いところでもあるけれど、悪い所でもある。何かを決めたら他のことが何も見えなくなるんだ。

 ……そう考えたら、話を聞かないのは昔からかも。


「でも、あの子今英雄になりたいとか……そこまで思ってないと思うの。きっと、それより大切なものが出来たからだと思う」

「それより、大切なもの……?」


「あなたよ。エルクちゃん。きっと、あの子今あなたを幸せにすることしか考えてないの。……もちろん、リヴィアちゃんもね。だから、自分を大切にしろって言われても聞かないのよ」


 そりゃ、私は大事にしてもらってる。

 いつだって私を優先してくれる。


「エルクちゃん、カインのことが好き?」

「……はい」

「どうなりたいの?」

「……結婚したい、です。できなくたって、ずっと一緒にいたいです。

 ……離れたくない、いなくならないでほしい……」


「それ、カインに伝えた?」

「……カインがいてくれるから、幸せだ、って」

「あら。……でもそれじゃあの子には伝わらないわね。もっとちゃんと、思ってることを伝えないと」


 じゃあ、何て言えばいいんだろう。

 期待する私をよそに、お義母様はそこで切って、手をぱん、と叩いた。


「……でも、ここまでね。ここから先は自分で考えなさい」

「なんで……お義母様は、カインのこと、止めたくないの……?」

「止めたいわよ。可愛い息子だもの。でも、全部考えたら私の言葉になっちゃう。それじゃあの子には響かないの」


 そう言って、お義母様は私の手を取った。

 もう片方の手で、リヴィアちゃんの手も。

 温かい。なんでだろう。全然違うはずなのに、ちょっとカインの手に似てる気がする。


「……皮肉なものよね。母親は子どもに幸せになって欲しいって思ってるのに、そう思って言う言葉ほど伝わらないの。ほんと、損な役回りよ」

「そんなことないです。カインは、お義母様のこと大事にしてる」

「それなら嬉しいけど。でも、今あの子が暴走してて、それを止められる人が居るとしたら。

 ……それはあなた達しか居ないのよ。エルクちゃん。リヴィアちゃん。だって、あの子の頭の中にはあなた達しか居ないんだから」


 お義母様は私たちに微笑む。

 安心する笑顔だ。

 ……カインは、聞いてくれるのかな。

 この気持ちを、全部伝えてもいいのかな。


「……さ、分かったらお風呂に入ってきなさい!

 長旅疲れたでしょ?今日はゆっくり休んで」


 そう言って、お義母様は私たちをリビングから追い出した。


 言われるがままに二人でお風呂場に入る。

 服を脱ぐと、思った以上に汗をかいていた。旅のこともあるけれど、緊張したからだろう。

 鏡を見たら涙の跡もある。……これは、カインには見せられない。


「……ボスママは、ああいったけど」

「ボスママって」


「……ぼくは、とめられるなら、あねさんだけだとおもう」

「……なんで」

「あねさんは、やっぱりボスにとって、とくべつ」

「……そうかな。今はリヴィアちゃんも特別だと思うよ」


「そうだとおもう。でも、ボスはぼくを、しあわせにしたいと、おもってるけど、たぶん、いっしょにいたいとは、おもってない」


「……」


 それはそうかもしれない。

 私と一緒に居たいと思ってくれてるかは分からない。

 でも、カインは明らかに、リヴィアちゃんに対しては独り立ちすることを望んでいる。


「ぼくも、おもってない。でも、ボスとあねさんは、ふたりで、しあわせになってほしい。きっと、ふたりとも、ほんとうは、そうおもってる」

「そうかな……私はともかく、カインの方は分からないよ」

「……たぶん、そういうとこ」

「え?」


「ふたりは、よくにてる……たぶん、ぎゃくのたちばだったら、あねさんも、おなじことする」


「……そう、かな」


 逆の立場だったら。考えてみる。

 カインが襲われてて、助けようとしたら私が指名手配されて。それで、ふたりで旅をして。


 ……そっか。

 もしかして、カインは自分が指名手配されてるから、私を巻き込んだって思ってるのかもしれない。だから、自分より私を助けないと、って。


「……するかも」

「やっぱり。だから、あねさんは、きっと、ボスのきもち、わかる」

「……そうかも」

「だから、ふたりはおにあい」

「そんな……」

「♡」

「久しぶりだねそれ」


 ……でも、少しわかった気がする。カインが自分のことを考えない理由。


「……ありがとう、リヴィアちゃん」

「じゃ、きょうのでざーと、ちょうだい」

「多分ねだったらおかわりくれると思うよ……」


 私たちはお風呂場に入った。

 声が響くようになる。リヴィアちゃんはお湯を頭から被った。犬耳がぴくぴく動く。


「……ボスを、たすけて。ぼくは、たぶん、むり」


 リヴィアちゃんはそう呟いた。

 なんだか、泣いている気がした。

視点が変わるのはあまり好きではないのですが、今回はどうしても入れたい話なので書きました。

後々入る幕間を除き、最初で最後にするつもりです。

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