三十話 計画
慣れ親しんだ間取りを抜け、行き慣れた書斎へ向かう。
なんというか、懐かしいな。昔はここに入り浸って、中の本を読み漁ったものだ。
それで、中の人は誰だろう。クライヴ……ではないか。クライヴなら「多分」なんて言わないはずだし、エルクも連れていくよう言うはずだ。
ま、開ければわかるか。
扉を開ける。中は窓が空いていたようだった。
風が吹き込み、緑色の髪が揺れる。部屋の中の人物は、風の動きによって扉が開いたことに気付いたらしく、俺と目を合わせた。
そこに居た人間の顔を見て、俺は驚愕した。
「カイン……?カイン・パスファインドか……!?」
「……エディ、王子?」
そこに居たのは、あの日、俺をスカウトしてくれた人。
同い年の、A級。この国で九番目に偉い人。
エディ・ファルシオン王子殿下だった。
「エディ王子。お久しぶりです。王子におかれましては……」
「いや……よしてくれ」
あの頃の週間で体に染み付いた挨拶をしようとするが、王子は疲れた顔でそれを制した。
「今、君に敬われても居心地が悪い……」
「王子?」
「……いや、すまない。先に言うべきだったな」
王子が椅子から立ち上がり、そして。
俺の前に跪く。
「ちょ……」
「すまなかった。僕は……無力だ……!」
「あ、頭を上げてください!」
第八王子が指名手配中の犯罪者に頭を下げる。なんと不気味な光景だろうか。
こんな所を誰かに見られたら誤解されてしまう。俺はともかく王子を椅子に座らせ、自分は向かい側の椅子に腰を下ろした。
「……それで、なんなんですか。王子」
「……そうだな、どこから説明したものか……うん。まず、カイン。僕はあの日何があったのか、一部を除き完全に把握している」
エディ王子は、そうはっきりと言った。
王子は、確信を持った推理を語る。
「あの夜のきっかけは、まずレプシー・ミルガイア侯爵がエルク・フラッパーに暴行しようとしたことだ」
「……はい」
「幼児性愛者で有名な侯爵のことだ。おそらく部屋に連れ込もうとしたんだろう。その瞬間にたまたま立ち会った君は割って入り、侯爵からエルクを取り戻し、その際に両腕を切断した」
合っている。
「その際の叫び声によって騎士がやって来たので、君たちは逃亡した……単純な話だが、そういう推理だ。違うかい?」
「いえ、全て合ってます」
「……そうか……」
エディ王子は机に突っ伏した。
なんというか、あの頃の王子とは違う感じだ。砕けているというか……本当に疲れているのだろう。
「ふう……これを君に伝えられたことが唯一の収穫だな」
「は?」
「この推理を行ったのは僕じゃないんだ……。
……君の父上、レイン・パスファインドさ」
意外な名前に衝撃を受ける。いや、ずっと引っかかっていた。
『お前はやってなかった』
『俺は賭けに勝った!!』
あれは確信が無いと言えない台詞だ。つまり、父様は俺の無実に、辿り着いていたんだ。
でも、そうなると話がおかしくなってくる。
「……それで、ここからは自分の無能を晒す話なんだが」
王子は申し訳なさそうに言う。そうされるとかえって少し恐縮してしまう。
「まず、君の指名手配と同時にレイン卿にはひとつの命令が出された。内容はこうだ。『一年以内にカインの身柄を引き渡さない場合、投手としての責任を取りレイン・パスファインドを死罪とする』とね」
「そんな……」
「これに対し、レイン卿は君がそんな事をするはずがない、と思い、君の捜索を一切行わず、代わりに別の切り口から攻めたんだ」
「別の切り口……?」
「ああ。それが『カイン・パスファインドの無罪を証明する』ということだ」
俺の指名手配がなくなれば、俺の身柄を引き渡す理由がなくなる。そうすれば、当然父様の処刑もなくなる……なるほど、出来るなら最高の作戦だ。穴がないとすら思える。
しかし。
「……でも、父上は……」
「……レイン卿は非常に有能な人物だった。君の無実のため即座に推論を立て、その証拠を集めた……そして、君の無罪を願う嘆願書を議会に提出した。
議会には僕も出席していたんだが……驚いたよ。僕がどれだけ頑張っても出来なかったことを、彼はものの数ヶ月で……しかも公務をこなしながらやり遂げたんだから。
……彼の嘆願書は完璧だった。穴がないように思えた」
だが、嘆願書は通らなかった。
「先程の推理で、僕は一部だけ分からなかった部分があると言った。
……それは、『どうやって侯爵の両腕を切断したのか』そして、『どうやって逃げおおせたのか』。……どちらも、E級の君には間違いなく不可能だ」
「……でも、不可能なら」
「そう。不可能とするならそれはむしろ推定無罪の証明になる。が、議会……つまり、ミルガイア侯爵をはじめとする上位貴族達はそれを『証拠不十分』として棄却したんだ」
無茶苦茶な話だ。どう考えても結論が先に来ている。
俺を殺したい、父様を殺したい。それが先に来ているとしか思えない。
「議会で棄却に反対したのは僕だけだった……結果、棄却が採決され、君の父上の処刑は……止められなかった……!すまない……すまない……!」
王子は何度も頭を下げる。本当に辛そうだった。
きっと王子はずっと俺の潔白を証明するために必死に頑張ってくれていたんだろう。
なら、王子は何も悪くない。
「王子が悪いわけじゃありません。王子は俺の味方をしてくれた。それだけで俺は……救われます。
王子も、父様も、俺を信じてくれている。それだけでも俺にとっては……」
「……言い訳になるが、今の上位貴族は前にも増して腐っている。ミルガイア家が力を持ちすぎているんだ。……それも、セラフィム閣下が亡くなられてからだ……!」
聞き逃せない言葉が出た。俺の心が、またざわつく。
「……待ってください。今なんて言いました?」
「……知らないのか?」
ギリ、と王子は歯を鳴らした。
「ジーク・セラフィム閣下は亡くなられた……君が暗殺したことになっているが、状況から考えて、殺害したのはミルガイア侯爵だ…… 」
ぎり、と奥歯を噛む音が聞こえた。
……頭がクラクラする。
まさか、セラフィム侯爵までも……?
しかも、俺が殺しただって。
馬鹿言うな。俺は、セラフィム閣下に世話になって……
エディ王子は崩れ落ちる俺の肩を起こす。
「……おそらくだが、ミルガイア侯爵は君に両腕を殺したことを『侯爵暗殺計画』として一連の犯行に見せかけ、セラフィム閣下を暗殺し、君に……」
「……いえ、その辺はいいです」
……ああ、もう、いいや。
あんな男の思惑なんて、計画なんて、知りたくもない。
面倒だ。
気持ち悪い。
俺は肩に置かれた王子の手を払い、向かい合う。
「カイン……?」
「王子。いくつか質問に答えてくれますか?」
「あ、ああ……」
雰囲気の変わった俺に、王子は後ずさった。きっと俺の怒気に気づいたのだろう。
けれど、それももうどうでもいい。
俺は気にせず、質問を始める。
「まず、エルクについてです。仮に俺が捕まったとして、エルクはどうなりますか?」
「……指名手配されているのは君だけだ。仮にミルガイア家やそのゆかりの家の騎士に直接捕まったとしたらどうなるかはわからないが……」
第一条件クリア。
「次に、もし俺だけが捕まった場合。エルクはその後も追われ続けることになりますか?」
「いや……おそらくその時点でエルクは追われなくなるだろう。現在君と一緒にエルクも捜索されているのは、あくまで『重要参考人』としてだ」
第二条件クリア。
「最後の質問です」
ごくり、と王子の喉が鳴る。何をそんなに恐れているのだろう。俺が王子になにかする訳がないのに。
「俺がミルガイア家を皆殺しにした場合、どうなりますか?」
「な……」
王子は言葉を失う。
過激な発言であることは自覚している。が、おそらくこれが聞けるのは、王子にだけだ。
ここで王子に会えたのは、間違いなくラッキーだ。
王子は言葉を探して、答えた。
「……ミルガイア家はこの国の最大勢力だ。ミルガイア家の人間が、一人に皆殺しにされたとしたら……おそらく、国は君の機嫌を取りに来るだろう。だが……不可能だ」
「不可能、ですか」
「ああ、不可能だ!一人でそれができるなら、極論この国だって滅ぼせる!だから、考え直せ!それはただの無駄死にだ!」
「……ところで、王子って今どれくらい強いんですか?」
「……?騎士団の……そうだな、半分よりは上だと思うが……!?」
俺はサイコキネシスを使って、王子の首を軽く締める。
喉が狭まり、笛のような音が鳴った。
殺したいわけじゃない。俺はすぐにサイコキネシスを解いた。王子が激しく咳き込み、その場にへたり込む。
「……これが、俺がミルガイア侯爵の両腕を切断した能力です。超能力と言います」
「超……能力……?馬鹿な、こんな力、聞いた事も……」
「今は諸事情あって力が弱まっていますが、本来なら今ので殺せています。他にも、相手の心を読んだり、空を飛んだり、一瞬で遠くへ移動したりできます」
「そんなの……なんでも、ありじゃないか」
「……もう一つ質問です、王子。今の不意打ち、どのレベルまでなら通用しますか?」
王子は圧倒されながら、それでもしっかりと考え、そして答えた。
「もし本当に相手が死ぬ威力があるのなら……そうだな、90%は今ので殺せるだろう。だが……残りの100%は、間違いなく殺せない。
……そして、そいつらが殺せないなら、ミルガイア家は潰せない……!」
「うん、まあ。そんなもんでしょうね」
俺は椅子に座って手を広げた。
王子は立ち上がり、自分も座り直す。
「手荒な真似をしてすみません。王子が居る間に色々と聞きたくて」
「……まったく。首を絞められたのは初めてだ」
「俺も王子様の首を絞めたのは初めてです」
「……それ以外は絞めたことがあるのか?」
どうだったか。小さい時にクライヴにやったことがあるかもしれない。
「……ま、僕と君の仲だからな。許そう。それで?今ので納得してくれたか?」
「いえ、ミルガイア家の襲撃は、します」
「は!?まだ分からないのか!?君だけでミルガイア家を潰すのは無理だ!」
「失敗してもいいんです」
「……は?何を言って」
「計画はこうです」
俺は考えていた計画の内容を話す。
誰かに全容を話すのは初めてだ。
だって、エルクとリヴィアは絶対に止める。その二人以外に、信用できる人間もいなかった。
だから、粗があるなら教えて欲しい。
全力で修正するから。
計画を聞くと、王子は椅子から転げ落ちた。
その顔は、恐怖に歪んでいる。
「それなら……どう転んでも、君の目的は……いや、でも、それじゃ、君は……」
「どうですか?」
「……合理的だ。だが……それは、君は……どうやっても不幸になるじゃないか……!」
「……俺の幸せは、勘定に入れてません。そんなの、もうどうだっていい」
「……そうだ!名案がある!僕が君たちを匿ってやる!」
「……それで王子にどんな得があるんですか」
「僕が政治の実権を取れるよう、君がこっそり助言をくれればいい!そうすれば……」
「根本的な解決になってませんよ。それじゃエルクは幸せにならない。……何十年も閉じ込められたままの生活は、王子なら幸せですか?」
「でも……」
用は済んだ。これ以上は無駄だろう。分かってほしいとは思っていない。
俺は立ち上がり、出入口の扉を開ける。
「ま、待て!待ってくれ!」
王子は慌てて立ち上がろうする……が、バランスを崩し、それでも這って俺の脚を掴み、止めた。
「どうしても、やるのか……?君は命が惜しくないのか……!?」
「……そんなの、もうとっくにどうでもいいです」
「けれど……」
「覚悟はとっくに済ませました。あとは、実行するだけです」
「……僕は!」
それでも、王子は俺の脚に縋り付くようにして、止める。
その姿に、少しだけエルクが重なる。
エルクもきっと、なんとしてでも止めようとするだろうな。
「君に、死んで欲しくないんだ……!君は、僕の初めての友達だから……!」
「……すみません、王子」
俺は王子を見下ろし、そして、笑った。
「俺は、あいつらの英雄になりたいんです」
そう言うと、王子は観念したように脚を離した。
「……僕は、死にゆく友一人も、救えないのか……!」
「……エルクとリヴィアと、クライヴを守ってやってください」
書斎を出て、扉から手を離す。
「それで俺は、救われます」
書斎の扉は、音を立てて閉じた。




