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三話 王宮の暮らし

 王宮に住むようになって一週間が経過した。

 二人は騎士候補、宮廷魔術師候補としてそれぞれ身分があるようだが俺はどうなるのだろうと心配していたものの、どうやら俺は食客という扱いらしい。

 客、らしい。

 ちなみにクライヴの。


 そんなわけで、俺達には私室が与えられることになった。

 クライヴの希望で部屋は三人隣同士だ。元々住んでいた屋敷からすると手狭に感じるが、それでも一人で住むなら広すぎるくらいだった。


 怯えていた王族や上級貴族に関しても、住んでみると基本的に会うことはあまり無かった。たまにすれ違う時には廊下の隅で頭を垂れていれば問題ない。


 例外はエディ王子だ。彼は俺たちと同い年。いい機会だからということで教育を一緒に受けている。隣の机に王子が居るというのは妙な感じだ。

 向こうも同い年の人間が隣にいるというのは新鮮なようで、時折視線を感じる。


 授業中は生徒として完全に同格の扱いなので、エディ王子がわからないところで俺たちも分からないふりをする、というような気遣いも必要ないらしい。

 むしろエディ王子は上昇志向が強く、よく俺に分からない所を聞きに来た。これには少し驚いた。

 王族というのはふんぞり返ってる印象だったし、実際適性検査の時もムスッとしていたので、そういう人なんだと思っていたが。


「僕は継承順位が低いからな。王を継ぐために手段は選んでいられない。必要なら頭も下げるさ」


 ということだった。若干いけ好かないイメージだったけれど、話してみると思った以上に好感の持てる人だった。

 とはいえ、他の王族はそうはいかない。エディ王子が例外なだけで、基本的にはふんぞり返ってる人達だ。失礼があれば容赦なく首を飛ばしてくるだろう。そうはなりたくないので、俺はすれ違う度に頭を下げた。


 対照的に、上級貴族には色んな人が居た。

 授業初日、一人のおっさんが授業を見に来た。講師はその顔を見て一瞬びくっと身を震わせたが、おっさんが手を振ると、声を震わせながらも授業を始めた。


 五時間以上にわたる授業が終わり、講師が退出すると、おっさんが王子に話しかけた。


「エディ王子、ご健勝なようで何よりでございます。ところで、こちらの三人は?」

「うむ。特S級のクライヴ・ギルガルドとS級のエルク・フラッパー。それにその二人の幼馴染のカイン・パスファインドだ。E級ながら、内政でこの国の英雄になろうとしているらしい」


 王子がニヤニヤと笑いながらとんでもない紹介をした。


「ちょ、王子……」

「へぇー!そりゃあ立派なガキ共だ!」


 そう言うと、彼は俺たち一人一人と握手を交わした。


「俺の名前はジーク・セラフィム!お前らみたいな立派なガキ共に会えて嬉しいぜ!」

「ジーク……セラフィム!?って、それ侯爵の名前じゃ……」

「おうよ!だけど人前じゃなきゃ近所のおじさんって感じでいいぜ!何しろ未来の英雄サマなら今から媚び売っとかなきゃいけねえからよ!」


 笑いながら背中をバシバシ叩いてくる陽気なおっさん。めちゃくちゃ偉い人だった。

 けど、なんというか接しやすい。俺たちのことを買ってくれているみたいだ。


「あ、でも他の貴族にはちゃんと頭を下げとけよ。うちの貴族はその辺厳しいからな……下手したら打首だ」

「それ本当なんですか……」

「まあなあ。奴ら自分たちのこと神かなんかだと思ってやがるからな……まあよっぽどじゃなきゃ俺が庇ってやるから死罪はねえよ、俺が居たらだけどな」


「それでは、僕は先に失礼する。公務があるのでな。侯爵、またいずれ」

「ええ、お疲れでしょうが頑張ってください」


 セラフィム侯爵はそう言って王子を送り出すと、俺たちに向かい合った。


「はー、しかし特S級にS級、それに英雄志望ねえ……今年は随分有望だったんだな」

「あ、こっちの二人も英雄志望です。それぞれ騎士と冒険者で」

「ちょ!?」

「か、カイン!?」

「はっはー!そりゃあいいな!」


 侯爵は豪快に笑うと、さっきまで王子が座っていた椅子に脚を組んで座る。それ不敬とかにならないんだろうか。


「三人揃って英雄志望か。いいねえ……ガキはそれぐらい言わねえとな」

「僕たちは本気ですよ」


 クライヴが真っ直ぐに言う。知られたからにはしっかりと言う。いつも通りのクライヴだ。

 もしくは、彼を信用出来ると睨んで仲間に引き入れようとしているのか。


「分かってるよ。お前らは目が違う……大言壮語だけのガキと違って、マジだ。今どき珍しいな……今そんな目してる奴は、あとはエディ王子くらいだろうよ」

「王子が?」

「ああ。奴は本気だぜ。第八王子だが、本気でこの国を変えようとしてる。だから俺はあいつを気に入ってんだ」


 セラフィム侯爵の顔が変わった。笑顔から、真剣な無表情に。


「王子はこの国の腐った上層部を誰よりも間近で見てきた。むしろそれしか見てないと言ってもいい……だから俺は嬉しいんだよ。お前らみたいなガキが王子の友達になってくれたのがな」

「友達……」

「ああ、友達だ。仲間は大事だぜ?一人じゃ挫けそうになっても仲間が居れば前を向ける。だから、お前らは王子と同じ方向を見てやっててくれ」


 侯爵の真剣さが伝わってくる。

 真剣だから、俺も真剣に話すことにした。


「そんなに言うのに侯爵は、この国を変えようとは思わないんですか?」

「おー?それ聞くかぁ?」


 侯爵は頭をガシガシとかいた。クライヴとエルクが不安そうに俺を見ている。

 心配しないで欲しい。

 真剣な相手に真剣に返さないなら、それこそが何よりの不敬だ。


「俺はな……自分で言うのもなんだが、良い領主だよ。領民からの信頼も厚い」

「じゃあ……」

「だからだよ。俺はうちの領民が誰より大事になっちまった。俺が表立って動いて負けた時、あいつらを守ってやれる保証がねえ」


 でもよ、と侯爵は続ける。


「だから、勝ち馬だと思ったら俺は乗るぜ。お前らが本当に英雄サマになった時には絶対に力を貸すし、それまでは俺がそれとなく守っててやる。だからお前らは今は全力で成長しろ」

「……はい」

「じゃ、俺はもう行くわ。頑張れよー」


 侯爵は立ち上がって、部屋から出ていった。後には俺たち三人だけが残される。


「……あんな人も居るんだな」

「ね……腰抜けちゃったよ」

「上級貴族って感じのしない人だったね」


 流石のクライヴも圧倒されているようだった。

 なにしろ、オーラが違う。

 もしかしたら、時代が違えば、彼こそが英雄になっていたのかもしれない。そんな気になった。


 そんな俺たちが椅子に座って呆けていると。


「そこの。エルクとクライヴと……何といったか」


 部屋の外から声が聞こえた。

 振り返ると、いかにも上級貴族といった出で立ちのこれまたおっさんが来た。でっぷりと太っていて、頭は禿げ上がっている。けれど、身につけているものはどれもひと目で高級品だとわかるほどに豪華だ。


 俺たちは慌てて椅子から降り、頭を垂れた。「ああ、いい」と彼は手で遮る。


「私とジークは子ども好きだからな。そこまでしなくていい。それで、えーと……」

「申し遅れました。カイン・パスファインドと申します」

「ああ、そうだカインだ。どうにもその二人に目がいってしまってな……初めましてになるな。レプシー・ミルガイアだ。侯爵位を預かっている」


 ミルガイア侯爵。当然知っている。若干黒い噂こほあるものの、そこまで表立ってどうこうというものもない領主という印象だ。侯爵として、それなりに重めの税と、侯爵としてはそれなりの領地。というのは思うことすら不敬だろうか。


 印象としては上級貴族然としたふんぞり返ってる感じの貴族というイメージだったが、思ったよりフランクだ。


「それで、そこの二人は今から訓練じゃなかったか?遅れると心象が悪くなるぞ」

「あっ、そうだった!」

「……色々あって忘れてた。ミルガイア侯爵閣下、ご助言ありがとうございます」

「良い。道は分かるか?送って行ってやろう」

「よろしいのですか?」

「うむ。久々のS級と特S級だ。今のうちに媚びを売っておかなければな」


 気さくに笑うミルガイア侯爵。案外接しやすい人だ。が……クライヴの目が鋭いのが気になる。

 クライヴの人を見る目は確かだ。さっきのセラフィム侯爵に関しては信用した目をしていたが……


「ではお言葉に甘えさせて頂こうかと。エルク。行こうか」

「うん」


「よしよし、短い道中だがせっかくだ。少し話そうではないか。なに、少しくらい遅れても私の威光で何とかしてやるさ。それと……そう、カインだったな。お前は私室に戻るのか?」

「その予定でございます」

「ならば私の侍女に送らせよう。せっかくの授業だ、食事まで自習でもしているといい」

「ご厚意痛み入ります」


 侯爵が手をぱんぱんと叩くと、部屋の陰から一人の女性が出てきた。

 彼女が「こちらでございます」と指し示す方向へ行く。ちょうど二人とは逆方向だ。


「じゃ、二人とも頑張って」

「そっちもね」

「カイン、後で分かんないとこ教えてねー」


 そう言うと二人は歩いていった。

 俺も部屋に帰ろう。

 そう思って歩き出したところで。


「カイン!」


 クライヴに呼び止められた。


「どうした?」

「……いや、なんでもない。()()()()()よ」

「……?おう」


 王宮の中で部屋に戻るのに気をつけるも何もない気がするが、クライヴがそう言うのなら一応気をつけておくことにしよう。

 侍女に先導され、歩きながら少し考える。


 クライヴは、おそらくミルガイア侯爵のことをあまり信用していないようだ。俺から見ると気さくなおっさんという印象だったが……クライヴの勘はよく当たる。

 特に人に対しては。

 こういう、人を見る目というものも養わなきゃいけないな……


「二人もの侯爵閣下に出会うとは、忙しい日でございますね」


 歩きながら侍女が話しかけてきた。俺が難しい顔をしているので気を使ってくれたのだろう。


「そうですね。光栄なことですが、正直少し気疲れしてしまって……」

「しかし、王宮に住むのであればこういったことも増えていきますよ。侯爵どころか国王と話す機会さえあるかもしれませんから」

「それは……光栄すぎて落ち着かないでしょうね」


 苦笑いすることしか出来ない。ここには学びに来ているだけ。これ以上の気疲れはごめんだ。

 とはいえ、内政を担当するなら偉い人との会話に慣れておく必要もあるだろう。いい訓練だと思うことにする。

 侍女が「こちらです」と道を指し示す。俺よりしっかり把握している。


「凄いですね。来たばかりの人間の私室を覚えているなんて」

「…………そうですね、これも侍女の務めですので。それに、御三方はお部屋が隣ですので覚えやすかったというのもございます」

「ああ、確かに」


 突然来た子ども三人組が隣室というのは確かに目立つだろう。目立つだろう、が。

 少し引っかかる。侯爵は俺の名前を覚えていなかった。そんな人間の部屋を覚えるだろうか?隣接する三部屋、それぞれの個室まで覚えている様子だ。

 それに、今の回答に一瞬言い淀んだのも気になる。


「こちらでよろしいでしょうか?」

「はい。ありがとうございます……っと、ここはエルクの部屋ですね」

「おや?そんなはずは……」

「ん……あ、すみません。勘違いしたみたいです」


 やはりしっかり個室まで覚えているようだ。

 疑念を悟られないよう、僕は侍女が開けた扉の奥に入ろうとする。


「……あの、カイン様」

「はい?」


「……お気をつけ下さい」


「え……」


 それは、先程クライヴにも言われた言葉。

 呆ける感情とは裏腹に、思考はフル回転する。

 そうだ、あの時……


『私と()()()()子ども好きだからな』

()()()()()()()()に出会うとは』


「……セラフィム閣下と鉢合わせるのを避けた?セラフィム閣下が退出する前から……様子を伺っていた?」

「……お気をつけ下さい」


 侍女はそう言って扉を閉めた。バタン、と音を立てて彼女は見えなくなる。一応、鍵をかけておく。

 向こうはクライヴとエルク、特S級とS級だ。まだ大した魔法は使えないだろうけど、滅多なことは無いだろう。クライヴは剣術も強い。

 むしろ危険なのは……


 一応、警戒したまま過ごしていたが、その日は何もなく終わった。

 緊張する夜だった。

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