二話 プロローグII
「坊っちゃま方!いかがでし……」
教会を出るなり、執事が駆け寄って来た。待っているというからどこかの店にでも入っていたのかと思ったけれど、外で待っていたらしい。
心配をかけさせた。
「クライヴは、特S級。エルクはS級。俺は……E級だったよ」
「そ、れは……」
執事が崩れ落ちる。自分の主が特S級なんだから、もっと喜んでもいいだろうに。
そして、彼は膝をついたまま、俺を抱きしめた。
強く、強く抱きしめた。
「カイン坊っちゃま……そんな……」
「……自分の主でもない俺のために、ありがとう。でも、いいんだ」
そう言うと、執事ははっとした様子で手を離した。
俺は、泣き続けるエルクと泣き腫らした目を隠そうとするクライヴに向き直る。
「お前らS級……クライヴは特S級だろ?凄いな。……お前らなら英雄になれるよ」
「カイン……」
「俺はE級か……戦うのは諦めなきゃな」
「カイン、そんなこと言うな!僕は、君と―――」
「クライヴ・ギルガルド様ですね?少しお話よろしいでしょうか」
クライヴが泣きそうな顔で俺の肩を掴んだ瞬間、背後から声が聞こえた。
「失礼、どなたですかな?今坊っちゃまは大切なお話をしている所です。出来れば邪魔をしないでいただきたいのですが」
「失礼……私、こういうものでございます」
振り返ると、上等な服を着たいかにもな男が俺たちを見下ろしている。そして、執事とクライヴだけでよかろうに、わざわざ俺たちにも紙を見せてきた。
紙は、身分証明書だった。彼は、王家の使いだ。
「ご存知かと思いますが、魔力適性が特S級と認められた方は王室騎士となる義務がございます。つきましては、これから王家にご出向いただけないかと」
特S級は、その存在自体が特別だ。
騎士に入れば最重要戦力となる。引退後は指南役としてこれ以上ない。子が出来れば、そちらも大きな魔力を持っている可能性が高い。
その計り知れない利用価値の見返りに、特S級には莫大な富と領地が与えられる。
目の前の少年は、もうすぐギルガルド辺境伯家の息子から、ギルガルド騎士爵家の当主となるのだ。
「おっと、それからそちらはS級のエルク・フラッパー様ですね?S級の方には出向や騎士となる義務はございませんが、お望みであれば騎士となる権利がございますし、報酬を貰った上で魔術師としての訓練を受ける権利もございます。よろしければご一緒にどうぞ」
「報酬を貰った上で……って、いいんですか?」
「もちろん。特S級の方のみならず、S級の方も力を磨いていただくことは国益となりますから」
クライヴは俺の肩を掴んだまま、俯いている。俺も居る前で自分たちの今後について話されるのが後ろめたいのだろう。エルクもどうすればいいのかわからないような、戸惑った表情で男と俺を交互に見ている。
俺はクライヴの手を肩から外し、代わりに俺の方からクライヴの肩を掴んで、真っ直ぐに目を合わせた。
「クライヴ。俺は諦めないよ」
「え……?」
「戦うことは出来ないかもしれない。でも、クライヴは騎士になるんだろ?もしエルクが冒険者になるなら、その2つはお前らに任せられる。だから俺は、それ以外の道で英雄になる」
「カイン……」
「三人組は卒業だ。俺たちは別々の道で、この国の三本柱になるんだよ」
振り返ると、エルクもじっとこちらを見ていた。エルクにも語りかける。
「そうだな……お前らじゃ手が届かない、内政とか、経済を動かしていくよ。そんで、将来俺の伝記が出た時はお前らのことも書いてやる」
クライヴとエルクは、俺をじっと見て、そしてぼろぼろと涙を流した。
「な、ちょ……」
「そうだ。君はそういう奴だったな」
クライヴは涙を拭いて、いつもの微笑みじゃなく、ニカッと笑った。
「分かった。じゃあ国内のことは君に任せて、僕は存分に腕を磨くよ」
「ああ。任せとけ」
そう答えると、クライヴは出向の書状を受け取って……そして、少し考えるように顎に手を当てた。
「クライヴ?」
「……カイン、さっきの言葉は本気だよね。そのために全力で努力をするよね」
「ああ……そのつもりだけど……」
そう答えると、クライヴはにやりと笑った。
「すみません、僕の……特S級からのお願いをしてもよろしいでしょうか?」
「は……内容によりますが……」
「無茶は言いません」
そう言うと、クライヴは上品に俺を指し示して、言った。
「ここに居る彼、カイン・パスファインドに最高の教育を受けさせてやってくれませんか?」
「な……お前……」
「経費は僕の騎士としての報酬から払います」
願ってもないチャンスだ。
けれど、流石にそこまで世話になるわけにもいかない。騎士になるなら色々金もかかるだろう。
俺は英雄になりたいが、クライヴの重荷になる気はない。
「大丈夫だよ。特S級の騎士は毎月家が建つくらいの報酬が貰えるらしいし、これくらいへっちゃらさ。あ、あとついでにそっちのエルクにも同じ教育を」
「えぇ!?私も!?」
「は……そういう事であれば構いません。経費もこちらでお支払いしますので、結構でございます」
「だってさ」
クライヴは笑う。俺とエルクは未だに状況が飲み込めないままだ。
「さ、じゃあ来週から三人で王宮生活だ。楽しみだなー」
そんなわけで、あれよあれよと俺たちの人生が決まっていった。
奇しくも、形は変わったけれど、それは間違いなく、俺たちの夢の第一歩だった。
―――――――――
その後、クライヴの出向が終わるのを待ってら俺たちはそれぞれの家に帰った。
道中、執事はずっと泣いていた。
というか、俺とクライヴが話してる時からずっと泣いていた。
「坊っちゃま方、大きくなられて……」としきりに呟いていたが、正直ちょっと怖い。でも、悪い気はしなかった。
別れ際、執事がクライヴに「いいご友人を持ちましたな」と言っているのが聞こえた。クライヴの身分は変わるけれど、まだ友達で居られるのだということに少しだけ安堵した。
そして、あれよあれよと一週間。俺たちが王宮へと向かう時が来た。
「か、かか、カインお前、きき気をつけろよ」
「うん、しっかり学んでくるよ」
「いや、お前それもだがそれだけじゃなくてだな……」
父様が喜びというより少し怯えた感じで言ってくる。言葉にならない父様の代わりに母様がとんでもない補足をしてきた。
「王宮には王家の方はもちろん、上級貴族の方もいらっしゃるでしょう?この国ではあの人たちの権力が強いから、不敬を働いたら最悪処刑されるわよ」
「しょ……!?」
「まあ子どもだから多少は見逃されるでしょうけど、首を飛ばされないようにね」
わざわざ首を指先ですっとなぞってからそんなことをのたまう。背筋が冷たくなった。どうして息子の門出で脅してくるんだ。
「ま……まあ元々戦場に行くつもりだったんだし、大丈夫大丈夫!」
「カイン、顔が青いぞ」
「ほんっと……気をつけてな」
兄様たちも心配した表情で俺を見送った。
正直怖い。けれど、これも英雄になるためだ。
「じゃ、行ってくるよ。年に二回くらいは帰って来れるらしいから、土産話楽しみにしてて」
「うむ。行ってこい、自慢の息子よ」
鞄を持って屋敷の扉を開ける。何故だか、いつもより少しだけ重く感じた。
「カイン!こっちこっち」
ちょうどクライヴとエルクが馬車に乗って現れた。
「こんな所まで来てくれるのか。いつもはもうちょっと行ったところで待つのに」
「僕ら専用の馬車らしいよ。見なよ、飲み物に軽食まで用意してある」
「なんか……王宮に行くんだなって感じるね」
エルクが若干不安そうな顔をしていた。俺は用意してある飲み物に口をつけ、一気に飲み干した。ぶどうの味が付いているようで、美味い。
「大丈夫だって!王宮に行っても、俺たちは三人なんだから!」
そう、才能の壁に阻まれても俺たちは変わらない。
三人でこの国の英雄になるんだ!
「……あ、そうそう。カイン、上級貴族とか王族に不敬をはたらいたら処刑されるらしいからね」
「私たちにも飛び火するかもしれないから気を付けてね」
「分かってるよ!皆どんだけ心配してんだよ!」




