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一話 プロローグ

「カイン、そろそろ出るよー」

「も、もうちょっと待ってって!」

「だから昨日ちゃんと早寝しろって言ったのに……」


 寝癖をつけたまま慌てる俺に、幼馴染のクライヴとエルクが扉の前から呼びかける。


「ほら、あと10分で馬車が出るよ」

「カイン、君に付き合って僕まで遅刻するつもりは無いからな」

「悪かった、もう出るって!行ってきます!」


 そう言い残し、俺は大慌てで屋敷を出た。父様と母様、そして兄様たちが苦笑いで俺を見送る。本当は「寝癖くらい直してから行け」と言いたいのだろう。不甲斐ない弟でごめん。

 馬車に飛び乗って、やっと一息つく。その様子を見て、エルクがくすくすと笑った。


「なんだよ」

「カイン、正装似合わないね」

「うるせえ」


 何故俺がこう急いでいたのか。それは今日、王都で適性検査が行われるからだ。そこで俺たちの今後が、夢の一歩目が始まる。

 ……はずだったのに、俺が寝坊したせいで前途は多難だ。

 エルクの軽口にもう一人の幼馴染、クライヴがフォローを入れた。


「カインに正装が似合わないというより、寝癖に正装が似合わないだけだと思うよ。寝癖を整えれば十分似合ってるさ」

「そういうお前は随分着慣れてるよな」

「そりゃ、僕みたいな美形は何でも似合うものさ」

「うっぜえ……身長伸びなきゃいいのに」

「僕に限ってそんなことありえないよ」

「……私も身長大きくなるかなあ」


 エルクは少し俺たちを見上げながら言う。

 俺たちくらいの年齢で女子の方が小さいというのは少し珍しい。それくらいにエルクは小柄だ。


「エルクは身長より胸だろ。ドレスに詰め物してんのバレてんぞ」

「はあ!?うるさいな!ドレスはこうやって着るものなの!」

「カイン、幼馴染だからって限度はあるものだよ」


 クライヴが冷ややかな目で見てくる。エルクが俺に似合ってないって言ったのは許されたのに。不平等だ。


「それに、心配しなくても僕らはまだまだ大きくなるよ。実際、あの頃よりは随分大きくなった」


 そう言うと、クライヴは少し遠くを見つめた。


「何年待ったっけか」

「五年くらいじゃない?五歳くらいだったと思う」

「そうだね。五年。僕たちからすれば実に人生の半分だ」


 五年前。俺たちが五歳の頃。

 家の領地も年齢も近い俺たちは、家の格に差はあれど、よく一緒に教育を受けていた。


 そんな中、その一環で聞かせてもらった英雄たちの物語。


 ある者は人喰いの(ドラゴン)を殺した。

 ある者は魔王と呼ばれた男を討伐した。

 そしてある者は、一人になっても戦い続け、敵国をうち滅ぼした。


 伝説の英雄たちの逸話を聞いて、俺たちはそれぞれ強烈に憧れた。


「カインは何になりたい?」

「俺はやっぱ冒険者だな。ドラゴンを倒したい。クライヴは?」

「僕は騎士だな。冒険者は家が許してくれないだろうし……国をもっと良くしていきたいしね。エルクは?」

「私は……うーん、まだ考えてるけど、お父様はなるなら騎士になれって」

「そうか……何にせよ、今日僕たちの英雄譚の1ページ目が刻まれるんだ」


 クライヴが右手を差し出す。俺とエルクはそれに自分の手を重ねた。

 三人の手が重なる。少し気恥ずかしい。


「おっと……1ページ目は君たちと出会った瞬間からかな」

「覚えてねえよ」

「1歳になるより前から一緒でしょ」

「かっこいいことを言ったんだから腰を折らないでくれるかな」


 そして俺たちは重ねた手を、一斉に天にかざした。


「僕たちは絶対に、夢を叶える!」


 クライヴが吼えた。俺たちは笑いあって、そして語り合った。不安と緊張を誤魔化すために。

 ほかの同乗者から少し笑いが起きたが、そんなこと俺達には気にならなかった。


 適性検査。これは、それぞれの魔力をランク付けする残酷なシステムだ。

 魔力適性はS〜Eに分かれ、最下級であるD・Eランクはほとんど魔力を持たない。そうなれば身体強化魔法さえも使えない。英雄はおろか、冒険者や騎士になることさえも難しくなる。


 そして、この国の人口のおよそ七割はDランク以下だ。Sランクなんて一万人に一人居るかどうかと言われている。

 確率だけで言えば、俺たちのうち一人は冒険者にすらなれない。

 けれど、俺たちは心の底から願っていた。

 この三人、全員がSランクだと告げられることを。


―――――――――


 王都は賑わっていた。当たり前だ。この日は身分も関係なく、国中から十歳になる子どもが集まる。となれば保護者だって一緒に来ることも多い。商人たちにとって、今日は年に一度の商機なのだ。


「いい街だよね」


 クライヴがぽつりと呟いた。クライヴの家の領地―――ギルガルド辺境伯領は比較的のどかな街だ。王都はおろか、その辺の伯爵領に比べても田舎だといえる。少し都会に憧れがあるようだ。そういう所も、昔から変わらない。


「坊っちゃま方。教会はこちらです」


 クライヴの執事が俺たちを先導する。今日は彼が俺たち三人の保護者だ。子ども三人連れて人混みの中を歩くというのは俺にも分かるほどに激務だろうが、彼には俺たちの安全がかかっている。

 頑張って欲しい。英雄になる前に死にたくはない。

 執事は歩き出そうとして、すぐに止まった。俺が後ろを振り返ると、エルクが俯いて立ち止まっている。


「どうした?エルク」

「ちょっと……緊張しちゃって」


 エルクは座り込んでしまった。ともすれば男に見えそうな短髪から覗く顔は、少し青い。


「エルク。ほら。こんなので怖気付いてちゃ英雄になんかなれないぞ」


 俺は手を差し出した。エルクがそれを握って、おずおずと立ち上がる。


「俺たちなら大丈夫だ。行こう」

「……うん」

「たまには婚約者らしいことをするんだね」

「うっせえ」


 執事が改めて俺たちを先導する。無表情のようだったが、なんとなく髭の奥で口が歪んでいる気がした。

 なんとなく恥ずかしくなって手を離しそうになるが、エルクの手が震えているのに気付いて、握り直した。


「坊っちゃま方。こちらが本日の会場でございます」


 執事が手で指し示す先には、大きな大きな教会があった。うちの屋敷もそれなりに大きいが、それとは比べ物にならないくらいの大きさだ。


「……クライヴ。お前の屋敷とどっちがでかい?」

「流石に比べ物にならないよ……君たちは?」

「俺たちの家がお前の家よりでかい訳ないだろ」


 クライヴの家は辺境伯家。俺の家は男爵家。エルクの家は騎士爵家。これでクライヴの家の方が小さかったらある意味謀反だ。

 まして領地隣だし。うちの先祖もそんなギャンブルをしてまで広い家に住みたくはないだろう。


「さ、入ろう」

「私は外で待機しておきます。行ってらっしゃいませ」


 執事は恭しく頭を下げた。禿げ上がった額には少し汗が浮かんでいる。彼も不安なのだろう。


「ありがとう」


 俺たちは彼に礼を言った。小さい頃から一番面倒を見ていてくれた彼に。今、最も心労をかけているであろう彼に。


 教会に入ると、中には大量の椅子が置かれていた。ここで待機しろということらしい。よく見たら奥に行くにつれて椅子のグレードが上がっているようだった。身分順に座れということか。


「席は指定されているみたいだし、ここからは離れ離れだね」

「エルク。俺がいないからって不安で泣くんじゃないぞ」

「な、泣かないよ!カインこそ、私たちに適性で負けても泣かないでよ!」

「ちょっと負けてるくらいならなんとかなるからな。俺の剣術の腕は知ってるだろ」

「剣術じゃ僕も敵わないからね。じゃ……また、後でね」


 いつものように微笑んで、クライヴは教会の奥に向かった。

 いや、いつものように、ではない。少しだけ表情が固かった。


「クライヴ!」


 俺が呼びかけると、クライヴがこちらを振り向いた。


「俺たちは皆、親も兄弟も魔力適性が高いんだ。良い結果が出て当然なんだから、慌てんな!」

「……そうだね。ありがとう」


 魔力は遺伝する傾向がある。

 必ずではないけれど、その事実は俺たちに希望を与えていた。


 それぞれ席に座って待つこと数十分。適性検査が始まる。


「では、まず……エディ・ファルシオン。来なさい」


 一番最初はエディ・ファルシオン……様。このファルシオン王国の王子だ。とはいっても第七だか八だけど、今ここにいる中では最も位が高い人間だろう。

 ちなみに、教会の司祭というのは権力の外に居るので敬称と敬語を免除されている、らしい。こういう式典以外では使うらしいけど。


 エディ王子が壇上に立つ。司祭が木で出来た杖を手渡すと、王子が念を込めるような動作をする。すると、程なくして杖が輝き出した。司祭はそれを見て、羊皮紙に何かを書き、王子に手渡した。


「エディ・ファルシオン。A級だ」


 A級。S級に次いで高ランクだ。英雄になるならA級は欲しいところだな、と思いながら見る。

 エディ王子の髪色は緑。ということは風属性の適性が高いのだろう。

 ちなみに俺は黒。土属性の適性だ。クライヴは金髪だから雷属性、エルクは青だから水属性。何故かこう決まってるんだそうだ。


「では次……」


 つつがなく検査が進行していく。俺は自分が手を握りしめていることに気付いた。クライヴやエルクにああ言いながらも緊張していたらしい。まったく、我ながら小心者だ。意識的に手を開く。


「……大丈夫だ」


 父様はA級。母様はB級。兄様たちもA〜B級だ。

 大丈夫に決まってる。


「E級!」


 どくん、と心臓が跳ねた。壇上の子どもは苦笑いしている。

 基本的に、E級になっても大きな支障はない。そもそも人口の七割は魔力をほとんど持たないのだ。少し自衛手段に乏しいだけだ。だから、壇上の彼は苦笑いをするだけで悔しがったりはしない。残念だな、という程度だろう。


 騎士になろうとしなければ。

 冒険者になろうとしなければ。

 英雄にでもなろうとしなければ、必要のない才能だ。


「次、エルク・フラッパー」


 エルクの名前が呼ばれた。身分順だと思っていたがそうでもないらしい。王子が最初とだけは決まっていた、とかだろうか。

 エルクは不安げに立ち上がり、壇上へと向かった。手と足が一緒に出ている。緊張しているようだ。


 周囲からは笑いを噛み殺すような音が聞こえたが、俺には少しも笑えなかった。

 緊張するほどに、本気なのだ。

 それは、俺たち三人みんな一緒だ。


 エルクが杖を握る。そして、目を閉じた。

 杖は、煌々と輝き出した。司祭ははっとした顔をして、そして書き殴るように紙に何かを書き出す。


「エルク・フラッパー……S級!」


 おお、と小さいながら歓声が上がった。俺は拳を握りしめ、ガッツポーズをした。

 まず、一人目がクリアだ……!


「えっ…………ひぐっ」


 壇上を見ると、エルクは泣き出していた。まさかS級とは思いもよらなかったのだろう。

 S級は身分によらず騎士になれる。宮廷魔術師として政府お抱えの指南役にもなれる。どう転んでも人生は薔薇色だ。

 もちろん、英雄にだってなれる。


 その後も検査はつつがなく進行していく。エルクがS級という事実は、俺の胸になんの根拠もない希望を抱かせていた。

 そして、次に呼ばれた名前は。


「次。クライヴ・ギルガルド」


 クライヴだった。

 彼が立ち上がると、周囲から溜息が零れた。……相変わらずの美形で同年代を落としまくっているようだ。

 腹立つな。A級って言われてちょっと落ち込んでしまえ。


 クライヴが杖を受け取る。その顔にいつもの微笑みはない。流石に奴も多少は緊張しているようだ。

 もちろん、俺も緊張している。


 クライヴが杖を握り、目を閉じる。杖を握る手にはどことなく力が入っているように見えた。


 次の瞬間。

 辺りは一瞬、真っ白に染まった。


「な……」


 目がチカチカする。視界が戻ると、クライヴは何が起きたか分からないようで、目を丸くしていた。目を閉じていたからか。

 司祭は倒れ込んでいる。もろにあの光を食らったなら仕方ないだろう。


 S級と言われたエルクとすら比べ物にならない光。

 つまり……


 司祭がよろよろと立ち上がり、紙に書き殴る。


「クライヴ・ギルガルド……と、特S級!」


 わあっ、と歓声が上がった。

 特S級。それはS級を超えるとされる幻のランクだ。


 S級というのはそもそも、「A級以上」を指す。つまり、S級の中でもランクがあるのだ。中でも特S級は、通常のS級とは比べ物にならない魔力を持つとされる存在。前回特S級が出たのは確か30年前くらいになるはずだ。

 それに、クライヴが……。


「なんだあの光……」

「まさか特S級が出るなんて」


 今までは黙っていた者たちが一斉に出した。当然だ。特S級は国の宝とすら言われる存在だ。そんな者が出るとすら普通は思わない。


 クライヴは一瞬だけ普段は見せない本気の笑顔を見せ、顔を赤くして咳払いをした後、一礼して壇上から降りる。その様子に周囲の熱が湧き出るのを感じた。


 少なくとも、この会場で今、クライヴは英雄だった。


「……さて、次!カイン・パスファインド!」


 ついに来た!

 俺は何度か手を握っては開き、身体の力を抜いてから立ち上がって、壇上に向かった。後に英雄になる男の最初の舞台だ。格好悪い姿は見せられない。


 心臓がばくばく跳ねる。まるで会場全体に響き渡るみたいだ。俺は一度深呼吸して、少し落ち着く。

 壇上からは待機している人間の顔が良く見えた。


 最前に座るエディ王子が目に入った。少し憮然とした表情だ。滅多に出ないS級どころか、特S級まで出たのだ。A級の王子としては不服だろう。

 少し後ろに目を移す。


 クライヴはいつになく真剣な眼差しだ。「僕たちは英雄に相応しい魔力を得たぞ。あとは君だけだ」と聞こえてくるようだ。

 エルクは泣きそうな顔で手を合わせている。自分の番は大成功で終わったのに、大変な奴だ。


 二人の真剣な眼差しは、俺に勇気をくれた。

 そうだ、不安がることはない。俺は強運な男だ。

 貴族の子に生まれ、良い教育と良い環境に恵まれた。

 剣術も座学も、何だって出来た。

 長男じゃないから家に縛られることもない。

 何より……最高の仲間が、二人もいる。

 この程度の試練、試練にすらならない。


 俺は杖を受け取り、目を閉じた。

 この目を閉じるシステムは自分の光が視認できないからもどかしいな。

 ……それにしても、まだか?さっきまでは十秒もかからなかったはずだが。……なんのかんの言って、緊張しているから妙に長く感じるのかもしれない。


 そう思っていると、頭上から司祭の声が聞こえた。


「カイン・パスファインド……E級だ」


 その宣告に、俺は目を開いた。

 視界には、見慣れたエルクの涙と、初めて見るクライヴの涙が映っていた。

しばらくは毎日投稿の予定です。書き溜め分がなくなったら都度投稿になります。

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