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二十七話 『虫の知らせ』

 エルクの妙案によって俺たちの食生活は劇的な改善を遂げ、俺たちの旅路は順調そのものだった。

 もちろん、日によって進みは違う。騎士を避けて進んでいると、多少ばらつきはでる。


 けれど、その分の遅れはスーベニアが解決してくれた。

 スーベニアは本当に優秀な馬だ。普通の馬よりも早く歩き、普通の馬よりも長く歩く。そのおかげで、俺たちは一日に進める距離を長く取れた。

 それでいて本人(馬)は疲れた様子もない。運命的な出会いに違わず、最高の働きをしてくれている。


 そんなわけで、俺たちは予定通り、二週間ほどで馬車の旅を終えようとしていた。


 小さな事件が起きた。


 順調に行けばあと一日ほどでパスファインド領に着く。そんな時のことだった。

 スーベニアが突然足を止めた。


「……スーベニア?」


 ブルン、と鳴くスーベニア。その声には、何故だか少し怒りがこもっているように見えた。

 スーベニアは目の前の一点を見つめている。

 その先を見ると。


「……!」


 あれは……ミルガイア家の紋章……?

 どうしてミルガイア家の馬車がここに?いや、それよりも。


「エルク。『アースシャッター』でスーベニアの周りを囲ってくれ」

「え?なん……」

「早く!」

「う、うん……」


 エルクが『アースシャッター』を使う。馬車の周りが高い土の壁で囲まれ、俺たちの視界は塞がれた。

 もちろん、スーベニアの視界も。


 俺は馬車から飛び降り、前方のスーベニアのもとに向かう。レビテーションで浮かび、スーベニアの頭を抱いた。

 スーベニアの息は荒い。馬の高い体温がさらに上がり、鼻息は熱いくらいだ。けれど、そんなこと構いはしない。


「ごめん、スーベニア。今は我慢してくれ。今喧嘩を売っても意味はない。いつか、いつかちゃんと倒すから、だから、今は……」


 きっと言葉は伝わらない。

 でも、俺の必死の説得を、スーベニアは耳を傾けて聞いていた。

 次第にスーベニアの呼吸が落ち着いていく。スーベニアは頭の良い馬だ。主人の仇を目の前にしても、ちゃんと俺の話を聞いてくれる。


 千里眼で壁の奥を見る。先程のミルガイア家の馬車は足を止め、突然現れた土の壁をしばらく訝しんでいたが、しばらくして、道の先へと進んで行った。


 スーベニアは残念そうに座り込んだ。リヴィアをサイコキネシスで降ろし、俺も地面に降りる。、


「ごめんなスーベニア、我慢させて。ちょっと疲れただろ。このまま休憩しよう」


 ぶふん、とスーベニアは鼻息で返事をした。そしてそのまま寝転んで、休憩し始める。いい子だ。


「ボス、なにが―――」

「……馬車に入ろうか。ちょっと休憩しよう」


 俺はリヴィアの言葉を遮る。リヴィアは何が言いたげだったが、深く突っ込んでは来なかった。


 馬車の中に入ると、エルクが慌てた様子で俺を迎える。


「カイン?さっきのは―――」

「うん。説明するよ。とりあえずしばらく動けなくなったから、しばらく休憩にしよう。……エルク、珈琲を入れてくれないか?」

「う、うん……」


 笑顔を作ったつもりだ。けれど、エルクもリヴィアも、少し怖がっているようだ。

 ……ピリピリしてしまっているのだろう。ミルガイア家の騎士を見たあとだ。

 深呼吸をして少し落ち着く。スーベニアにああ言った手前、俺が落ち着かないわけにはいかない。


 エルクが珈琲の準備をしているのを見ながら、どう言ったものか考える。どう……それに、どこまで言ったものか。

 スーベニアの主人のこと。ミルガイア家の騎士が居たこと。そして、この先にはパスファインド領があること。それしか、無いこと。


 俺は考える。


「……また、隠し事?」


 エルクが俺に珈琲を手渡して、そう尋ねる。

 俺は気まずさにエルクから目を逸らして珈琲を啜る。エルクは隠し事を嫌う。セントラルシティでもそれで怒られたものだ。


「……まあ、そうだ」

「カインは人よりたくさんのことを知っちゃうから、そういうのはきっと多いんだと思うけど……でも、辛いなら、私にも話してほしいな」

「ぼくも、はなしてほしい」


 リヴィアもそう言う。


「たぶん、スーベニアのこと、だよね」

「……そうだ」


 勘のいい子だ。スーベニアといい、どうしてこうも優秀な奴が集まってくるんだろう。


「……ちょっと持っててくれ」


 エルクに珈琲の入ったカップを渡し、馬車を降りてスーベニアのもとへ向かう。


「スーベニア。言ってもいいかな。お前の主人のこと」


 スーベニアがこちらを見た。

 俺はスーベニアと目を合わせる。


「簡単に触れられたくないのはわかってる。俺も、見てしまって悪いとは思ってる……でも、エルクもリヴィアも、知りたいと思ってる。何が起きたのか……お前に何があったのか。

 絶対に蔑ろになんてしない。だから……」


 スーベニアは、俺に頭を差し出した。

 サイコメトリーをしろということだろうか。

 俺はスーベニアの頭に触れ、その中を覗く。すると。


―――スーベニアの毛並みを整えるエルク。

―――毎日懸命にスーベニアに乗るリヴィア。

―――スーベニアに飯をやる俺。

―――皆で囲んだ食卓。


 この二週間の思い出たちだった。


「……そっか。スーベニア。お前、もう俺達のこと―――」


 ぶひん、と鼻を鳴らし、スーベニアは頭を戻した。気持ちよさそうに眠っている。

 その顔に、先程までの怒りの色はない。


「……ありがとう。スーベニア」


 礼を言って、馬車に戻る。


「……はなし、ついた?」

「うん。仲間だから、言っていいってさ」

「スーベニア……」


 リヴィアは鼻をすすった。俺も少し、泣きそうな気持ちだった。


 そして、俺は話した。

 スーベニアの主人は、ミルガイア家の騎士に殺されたこと。

 突然ここにミルガイア家の馬車が現れたこと。

 ミルガイア家の紋章を見て、スーベニアが我を失いかけたこと。

 そして、ミルガイア家の行き先は、俺の実家。

 パスファインド家しかありえないこと。


「そっか。それで……」

「みるがいあけ、って?」

「そっか。リヴィアは知らないよね。」


 リヴィアはできるだけ感情を殺して、努めて冷静に言う。


「ミルガイア家は……私に酷いことをしようとして、逆恨みでカインを指名手配して、リヴィアを奴隷にしたペランティの親玉で……私たちの、大事な人を殺した人たちだよ」


「そっか、それで―――むぐ」


 俺はサイコキネシスでリヴィアの口を閉じる。そして、テレパシーを使い、語りかけた。


『リヴィア。もしかしてあの時、スーベニアに言ったこと……』

『……聞いてた。聞き間違いかな、と思ったけど』

『エルクには言わないでくれないか?』

『……なんで』

『俺の、わがままだ』


 エルクにはまだ聞かれたくない。

 きっと、聞いてしまったら、エルクは―――


『……チョコレート、譲ってもらったから』


 リヴィアは不満そうにしながらも。


『今度は、ぼくがボスのわがままを聞く』

『……助かる』


『でも、ボス。あんまり姐さんにひどいことしないでね。ぼく、ボスも好きだけど、姐さんのことも好きだから』


『……わかってる』


 エルクは、俺とリヴィアが何かを話していることには気付いている様子だった。

 けれど、それに突っ込んで尋ねはしなかった。代わりに、別の質問をする。


「……それで、どうする?」

「え?」

「ミルガイア家がパスファインド領に行ってるんなら、私達もパスファインド家に行くのはリスクが高いよ。なんたって、カインを指名手配してる張本人なんだから」

「……そうだな」


 それでも、俺はパスファインド家に戻らなければならない気がする。

 なんだかんだ、俺たちはほぼ最速で進んできた。もちろん騎士を避けてきた分のロスはあるが、そもそも馬車は一日に進める距離がある程度決まっている。それを超えると馬が―――スーベニアが疲れてしまって、最悪故障するかもしれない。それは最悪の事態だ。


 スーベニアはむしろよく頑張ってくれている。だから、ここまでほぼ最速で来れた。


 それでも、俺の胸騒ぎは止まらない。急いでパスファインド家に行かなければならない気がしている。


 でも、そんな不確かな感触に皆を付き合わせるわけにはいかない。

 ここから先は、明らかに危険だ。


「……うん。ここは引き返し」


 言いかけた瞬間。


 『カイン』


 俺を呼ぶ声が聞こえた。


「……父様?」

「え?」


 今、確かに聞こえた。

 聞き間違えるはずもない。十年間、毎日聞いてきた声。


 そして、俺の視界は突然乗っ取られた。


 視界が切り替わる。馬車の狭い空間から、ぼやけた景色。これは―――ぼやけていてもわかる。パスファインド領。パスファインド家の屋敷の前だ。


「カイン?どうしたの?」


 エルクの声が聞こえる。


「わからない。千里眼……?いや、でも、こんな、勝手に……」


 そもそも、俺の千里眼じゃまだこんな場所は見えないはずだ。距離が遠すぎる。

 だんだんと視界がはっきりしてくる。エルクの声が遠くなり、音まで聞こえてきた。ノイズ混じりの音声が、映像が、クリアになってくる。


『これより、パスファインド家当主』


 父様の名が呼ばれた。

 完全にクリアになった視界。その中心に、父様が居た。

 木で出来た台に父様が乗せられ、枷で体の動きが封じられている。

 上には大きな刃。


 これは―――処刑台?

 呆然とする俺に、知らない声が心無い言葉を浴びせた。


『レイン・パスファインドの処刑を始める』

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