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二十六話 ぼくらのサバイバルライフ

 特に何事も起きず、一週間が過ぎた。

 事件も起きず、事故も起きず、正体がバレることもなく。ただ三人で談笑して、疲れたら停めて休憩して、夜になればみんなで眠る。平和だ。なんて素晴らしい日々だろう。こんな日々が続けばいい。


 ただ、一点。

 俺達には深刻な不満があった。


「……ボス。ぼく、ちょこれーと、たべたい」

「我慢してくれ……俺も食べたい」

「……干し肉、硬いね」


 俺たちは、飯に飽きていた。


「ぶっひひん」


 スーベニアはなんでもなさそうに道端の草を食べている。くそ……!これだから草食動物は……!


 俺たちはセントラルシティで食料を買い込んだ。行きに地獄の食事をしてきた俺とエルク。文字通り豚の餌を食わされていたリヴィア。旅の途中、満足に飯が食える。それだけで恵まれていることだと思っていた。


 けれど、現実は非情だった。

 俺たちは、以前と違って余裕を手に入れてしまったのだ。

 心に余裕がある。すると人間は娯楽を求めるようにできている。栄養補給の食事にすら、楽しみを求めるようになっていくのだ。

 おまけに保存食は、固いパンと干し肉。これが毎日毎食続く。味が代わり映えしないのだ。


「思えばあの頃はバリエーション豊かだったよな……」

「猪に鹿、バッタにトカゲ、食べられそうなものはなんでも食べてたもんね……」


 ある意味ギャンブル性があったともいえる。今日食べるものは美味いのか、が至上命題だったからだ。


 思えば、店主がくれた弁当。あれは美味かった。だがあれがいけなかった。

 あれのせいで俺たちの脳は「旅の途中でも美味いものが食える」と判断してしまった。脳が旅だからと諦めることをやめたのだ。


「くそっ!全部店主のせいだっ!」

「カイン!?厚意に文句を言い出したら終わりだよ!?」


 こうなればいい加減何とかするしかない。幸い近くには森がある。何かしらの動物は居るはずだ。


「俺はこの食事をなんとかするぞ!今から俺は狩りに行く!」

「えっ、ちょ……大丈夫なの!?」

「いや、だって……」


 俺は横目でリヴィアを見る。


「ぶたの、えさしか、しらなかった、ころに、もどりたい……」

「めちゃくちゃ悲惨なこと言ってるぞ」

「もしかして私たちのあのパーティがリヴィアを苦しめたの?」


 俺も限界、エルクも限界、リヴィアも限界。じゃあもう限界だ。

 そもそも食事とは楽しいものでなくてはならない。「いただきます」から「ごちそうさま」まで笑顔でなくてはならないんだ。先生がそう教えてくれた。


 こんな死んだ目をしてパンと干し肉を噛みちぎるだけの作業を食事だと定義してはいけない。

 俺はリヴィアの手から干し肉を取り上げた。


「リヴィア、そんなものもう食べるな!俺がなんとかしてやる!チョコとは言わないが、干してない肉を食わせてやる!」


 そう宣言すると、リヴィアは目を輝かせ、そして俺に抱きついてきた。


「ボス。いっしょう、ついてく。なんでもする」

「……本当に辛かったんだね。ごめんねリヴィアちゃん……」


 というわけで。

 俺たちは二手に分かれることになった。


 まず、エルクにはスーベニアを見ていておいてもらう。

 スーベニアだけを残していくと、もしかしたら置いていかれたと勘違いしたスーベニアがどこかへ走り去ってしまうかもしれない。そうなれば俺たちは足を失うし、スーベニアにそんな不安を与えるのも忍びない。


 なので、エルクにはスーベニアと一緒に待っていてもらう。

 エルクが居ることで置いていかれた訳では無いと思わせ、万一走り去ろうとした場合は、土属性中級魔法『アースシャッター』で周囲を囲み、止めてもらう役目だ。これはエルクにしかできない。


 そして、俺とリヴィアは狩りに行く。

 リヴィアは犬獣人だ。その嗅覚は人間の俺よりも何倍も鋭い。水浴びが出来ない日は露骨に機嫌が悪くなるほどに鋭い。

 そして、今彼女は食事への不満から精神的に飢えている。どんな獲物も今の彼女の鼻からは逃れられない。


 しかし、彼女は戦闘能力に乏しい。そこで俺だ。

 人目のない森の中なら、俺の超能力は存分に使える。リヴィアの鼻で獲物の大まかな位置を探り、千里眼で正確に補足し、近づいてサイコキネシスで一撃。完璧だ。

 さらに、機動性も抜群だ。こんなに飢えているのに何故かテレポートは使えないが、サイコキネシスで邪魔な枝や草をかき分け、必要ならレビテーションで浮きながら進むこともできる。リヴィアは軽いので、常にサイコキネシスで俺が運ぶ。


 完璧なプラン。これで獲物が取れなきゃ嘘だ。


「さあリヴィア!飯を取りに行くぞ!」

「がってん!」

「行ってらっしゃ〜い」


 そうして森に入った瞬間。


「あっ」

「え?」


 雨が降り出した。


「わ、雨……何してるの。早く馬車の中に入って!」


 振り返ると、リヴィアが馬車に戻っていく。屋根の中で雨を凌ぐという考えだ。


 一時中断。俺たちは馬車に入り、作戦を練る。

 ちなみにスーベニアは快適そうに昼寝中だ。馬はなんか雨に強いらしい。


「リヴィア、雨具あるよな?」

「あるけど、あめじゃ、はな、きかない」

「え、まだ行く気なの……?」


 当たり前だ。俺たちの心の飢えはもはや干し肉では癒せない。


「辛いのはわかるけどさ……そうだ、干し肉をお湯で茹でてみるのはどう?柔らかくなるし、味が濃いからスープにもなるかも」

「エルク、外は雨だ」

「あ、そっか……」


 そういう名案は晴れている時に言ってほしかった。


「ぐるる……」

「り、リヴィア!大丈夫、ちゃんと何とかするから!」


 上げて落とされたリヴィアの機嫌が悪い。こんなことなら希望を与えるんじゃなかった。


「そうだ。狩りは無理でも、果物とかどうだ?雨の中でも比較的安全に採れるし、美味いものも多い」

「……そんなことない」


 リヴィアが言った。「さいこめとり、して」と言われたので、リヴィアの頭に触れてみる。


―――集落で暮らしていた時の記憶

―――お腹がすいて適当な果物を食べた記憶

―――あまりの酸っぱさに涙が出る記憶

―――腹を下してのたうち回るほど辛い記憶


「……くだもの、ひとが、つくるから、うまい。やせいを、なめては、いけない。ましてや、かじっては、いけない」

「おお……そんな洒落た言い回しまで出来るようになって……」


 リヴィアの言語能力は順調に上がっている。食事のストレスを勉強で発散していたのかもしれない。


 とはいえ、植物はリスクが高いことも確かだ。植物は微妙な毒を持っていることも少なくない。旅の途中でそれこそ下痢にでもなろうものなら、待っているのは地獄の日々。まして今日は雨だ。


「もう、スーベニアを、たべるしか……」

「リヴィアちゃん!?」

「待て待て」

「……じょうだん」


 冗談を言える程度にはメンタルが回復したらしい。

 何かなかったかなあと食料袋を漁る。出てくるのは干し肉、パン、干し肉、干し肉、干し肉、パン、パン。


「……お?」


 ギラリとリヴィアの目が光った。俺はさっと袋の中に手を戻す。


「……ボス。なに、かくした」

「い、いや、何も……干し肉だけど」

「いや、ぼくにはわかる。いま、いっしゅん、ちょこれーとの、かおり」


 そう、出てきたのはチョコレートだった。

 リヴィアの大好物。しかし、俺にとっても好物だ。

 旅の準備中、軽食にと用意したものだ。しかし、食事があまりにも味気ないので、一瞬でなくなった。ここにあるのは間違いなく最後の一粒だろう。


「……あー、超能力の使いすぎで脳が疲れてきたなー」

「うそ。きょうは、はじまった、ばかり。ボス、それくらいで、つかれない」


 駄目だ。もう誤魔化せそうにない。


「……はい、チョコレートが出てきまし」


 殺気!

 俺は手を引き、リヴィアの噛みつきを回避する。


「……ボス。それ、ちょうだい」

「ま……待て!味気ない食事で我慢してるのはみんな一緒で……」

「……ころしてでも、うばいとる」

「お前……!」

「……ボスのにくも、たべる」

「それは話が変わってくるだろ!」

「……あの」


 スーベニアは冗談なのに俺は本気なのか。


「いや……そ、そうだ!リヴィア、じゃんけん知ってるか!?じゃんけん!」

「そんなもので、まけたからって、ぼくが、あきらめられるとでも?」

「くそ、『諦めない』んじゃなくて『諦められない』のか……!」

「……あのさ」


 最早その食欲はリヴィア本人にすらコントロールが出来ないらしい。

 くそ、戦うしかないのか……!こんなことで……!


「ボス……ごかくご」

「くそ、リヴィア……!せっかく仲間になったのに、こんなことで殺し合うのかよ!」

「もう、まてない。いくぞ、ボス」

「くそ……うおおおおお!!」


 リヴィアが俺が与えたナックルダスターを装着し、俺に殴り……いや、フェイントで右手に噛み付こうとする。俺がそれにサイコキネシスで応戦しようとしたところで……


「カイン?」


 隣から聞こえる冷たい声。

 俺ばかりかリヴィアも止まり、ぎぎぎと横を向く。

 エルクは笑顔だった。しかし、声はこの世のものとは思えないくらい冷たい。


「カイン、なんで私がその争いに参加しないかわかる?」

「いや、あの……」

「リヴィアちゃん、可哀想だよね?飢えてるのを我慢しようとしたところをカインが助けてくれると思ったのに、裏切られたんだよ?」

「いや、それは、雨が……」

「そこに出てきた大好物のチョコレート。でもカインがそれを独占しようとする。私、さすがにひどいと思うな」

「いや、でも、俺も……」


「カイン?リヴィアちゃん、可哀想だよね?」


「……リヴィア、これ、あげるよ」


 手の中のチョコレートをリヴィアに差し出す。若干溶けたが、まだ形は保っている。十分に食べられるだろう。

 リヴィアはそれを大切そうに、ほんの小さなひと口をかじって、そして、正気に戻った。


「……ボス。あねさん。ごめんね」

「いや、いいんだ。食べなさい。俺が悪かった」


「……これ、ちっちゃいけど、みんなでたべよ?」


 俺は目の前のリヴィアが天使に見えた。

 俺は……俺はこんないい子を……陥れたのか……!


 リヴィアに感謝して、俺もほんの小さなひとかじりをしようとした所で。


「いいよ、リヴィアちゃん。大事に食べて」


「ほんと?」

「うん。リヴィアちゃんが一番チョコレート大好きだもんねー」

「うん!ぼく、ちょこれーと、だいすき!」


 エルクが打ち砕いた。


「え、エルク、それは、あんまり……」

「で、二人とも正気に戻ったところで提案なんだけどさ」


 エルクは傍にある建物を指す。


「あれ、民家でしょ?リヴィアちゃんにあそこに行ってもらって、お金と食べられるものを交換してもらえばいいんじゃない?」


「……」


 リヴィアを可哀想に思ったおばあちゃんがたくさん食べ物を売ってくれました。

 その日の晩御飯は、ふかふかのパンと干してない肉、そしてデザートにりんごが付いてきました。


 こうして、俺たちの食事情は一時的に改善されたのだった。


―――――――――

おまけ


「よしよし。カインは優しいね。ちゃんとチョコレートリヴィアちゃんにあげたもんね」

「いや……俺は……チョコレートなんかにムキになって……リヴィアにはたくさん食べさせるって言ったのに……」

「ボス、ボスのりんご、たべていい?」

「いいよ、いっぱい食べてくれ……」

「もぐもぐ……おいしい……しあわせ……」

あれ?リヴィアが犬獣人っていう描写した……よね?初出じゃない……よね?

ちなみにこの期間のうちにリヴィアは野良奴隷から卒業しました。でも首輪はまだ付けています。奴隷だと思わせた方が都合がいい時があるからです。

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