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二十五話 もう呼ばれるはずのなかった名前

 出立の朝。空は綺麗に晴れていて、旅の再開を感じさせた。

 リヴィアには朝から申し訳ないが、馬車を取りに行ってもらった。その間に俺たちは荷物をまとめたり、チェックアウトの手続きをしておく。

 そして、チェックアウトの時間になった。

 店主に鍵を返す。


「世話になったな」

「もう来ないでください」

「俺が怖いのにそれを言えるメンタルは尊敬するよ」


 覆面越しに苦笑い。怖いもの知らずな男だ。シバキ回すぞ。


「あ、そうそう」


 思い出して、ポケットから金を取り出し、店主に渡す。それなりに多めの額だ。


「これは……?」

「チップだ。……口止め料、とも言う」

「チップなら昨日いただきましたが」

「部屋の飾り付けに対してだ」

「……ああ。気に入って貰えましたか」


 店主は金を受け取り、嬉しそうに懐に収めた。まあ、元はお前の金だが。


「あの小さい子……全員小さいですが」

「喧嘩売ってるか?」

「あの子を可愛がっている様子だったのでパーティなのかと当たりを付けたのですが……正解だったようですね」

「まあ、な」


 その時、奥から従業員が一人やって来て、箱を三つ置いていった。店主はそれを俺たちに手渡す。


「どうぞ」

「何だこれ?」

「お弁当です。残り物なので、お代はいりません。あなたたち以外にお米を好む方も居ませんし」

「いいのか?」


「……飾り付けもそうですが、こんな場所だと仕事ぶりを喜んでいただくことはなかなかありませんので。食事を運ぶ度に『美味かったよ』と言っていただけるのは嬉しいものです」


 俺はありがたく箱を受け取り、鞄に入れた。

 店主は笑って、腕をぐっと、力こぶを作るようなポーズで構えた。


「誰かのせいで経営は厳しくなりますが、必ず再建してみせますよ。なのでもう来ないでください」

「次は普通の客として来るよ」


 俺はエルクを連れて歩き、外に出る。


「色々あったが、いい宿だったよ。ありがとう」

「行ってらっしゃいませ」


 こうして、俺たちの度がまた始まった。

 一人の新しい仲間を連れて。


―――――――――


「……いや、一人と一頭だったな」

「ボス、どうした?」

「いや……でかいなと思って」


 スケッチと千里眼でしか見てなかったから気付かなかった。

 この黒馬、明らかにでかい。こいつなら三人乗りどころか七人乗りくらいなら余裕で引けそうだ。

 ぶふん、と大きな鼻息が顔にかかる。生温くて絶妙に不快だ。


「ま、これからしばらく一緒にやるんだ。仲良くしよう。飯はいっぱい食わせてやるから」


 ぽん、と馬の胴を軽く叩いた。

 すると、使うつもりは無かったのだが、サイコメトリーが発動した。

 馬の記憶が、流れ込んでくる。


―――目の前で刺され、倒れ行く男。

―――「行け」「お前だけでも逃げろ」

―――「今までありがとう。お前のおかげでここまで来れたよ」


「……そうか。お前も助けられなかったのか」


 そのままでは届かないので、背中に乗って頭を撫でてやる。馬は気持ちよさそうに鼻を鳴らした。


「これからは俺たちがご主人様だ。厳しい旅だけど、よろしくな」


 馬はヒヒン、と勇ましく嘶いた。


「……のれない」

「あ、そうか。……大丈夫なのか?落ちないか?」

「えーと……」


 頭をつつく合図。テレパシーを使う。


『鐙を短く改造してもらったから、大丈夫だと思う』

「そうか。でもそのせいで乗れないな……仕方ない」


 俺は馬の背中から降り、周りに誰も居ないことを確認して、レビテーションでリヴィアを持ち上げる。


「わ!」

「ほれ」


 馬の背中に下ろしてやると、リヴィアは楽しそうに笑った。少し高い高いをしているような感覚になる。


「もっと、やって」

「今度な。……あ、そうそう。これ地図と、あと飲み物な。現在地がここで……目的地がここ」

「とおいね」

「まあな。急ぐ旅じゃないから、疲れたら言ってくれ」

「わかった」


 俺は後ろに周り、馬車に乗り込む。カーテンが付いていて、ちゃんと外から中が見えないようになっている。注文通りだ。安心して覆面を外す。


「お疲れ様」


 一足先に乗っていたエルクが俺を労ってくれた。俺は椅子に座る。


「それで、どっち先に行くの?」

「そうだな……こっからだとちょっと遠回りになるけど、先に俺の方から行っていいかな」

「いいけど、なんで?……あ、さては早くお父様たちに会いたいんでしょ」

「それもあるけど……なんだろうな」


 今朝、出発の準備をしてから、感じていたこと。


「なんか、早く帰らなきゃいけない気がするんだ」


「……ふうん?」


「ボス、じゅんび、できた?」

「大丈夫だ!」

「じゃあ、いくよ」


 馬が歩き始めた。座面が大きく揺れる。エルクが少しバランスを崩すのを、俺が肩を支えて止めた。


「大丈夫か?」

「うん。……へへ、なんか馬車に乗ると思い出すね」

「何を?」

「適性検査の日と、王宮に向かった日」

「あー……確かに」


 俺たちの夢が始まった日。

 ……まだ、英雄になれると思っていた日。


 俺とエルクとクライヴの三人から始まって、クライヴが居なくなって。

 先生と三人で暮らして、先生も居なくなって。

 そして、リヴィアが来て。また三人になった。


「……結局俺たちは三人組になる運命なのかもな」

『今は三人と一頭』

「ああ、すまん。そうだな」


 馬車は揺れて騒音が発生するので、リヴィアとテレパシーを繋ぎっぱなしにしておく。会話は俺を通して三人で。

 その分リヴィアの思考は常に見えているわけなのだが、リヴィアには「別に気にしない」と言われてしまった。会話に混じる方が大事らしい。


「……しっかし、快適だな。中が見えないから隠れる必要も無いし、あの地獄みたいな宿泊もする必要ないし」

「セントラルシティまでは本当に……大変だったね……」


『……どんな旅してたの?』


 リヴィアが興味深そうに聞いてくる。


「騎士に見つかったらまずいから、森とかの中を隠れながら進んで、食べ物が買えないから動物を狩って、寝る時は穴の中で……穴だから雨の日は水漏れがすごいし……」

「動物が狩れた時はよかったよね……私、初めてバッタとかトカゲとか食べたよ……」


『実はぼくより過酷だった可能性ある。屋根の下で寝れたし、最低限のご飯あったし』

「いや、私は豚の餌よりはトカゲの方がマシかな……」

「エルクがベッド出してくれてなかったらもっとキツかったんだろうな……」


 それに比べて今は談笑する余裕さえある。揺れやら騒音やらの問題はあるけれど、行きに比べれば天国だ。

 パスファインド領まで、およそ二週間の旅路。

 随分と快適な旅になりそうだ。

 それはもちろん、リヴィアと馬が居てこそだ。


「リヴィア、本当に疲れたらいつでも言ってな」

『わかってる。今はまだ全然平気。ぼくも、この子も』


 馬車の揺れに混じってぶひひん、と誇らしげな声が聞こえた。自慢げだ。


「ね。この馬の名前決めない?」

「ん?あー……確かに。長い付き合いになりそうだしな。『馬』じゃ可哀想だ」

『この子に聞いてみる?』

「いや、動物の気持ちはサイコメトリーでしか分からないから、こっちの言葉を伝える方法が無い……あ、いや待てよ」


 なんなら動物は言語を介した思考をしないから単語を聞くのは難しい、のだが。

 この馬には前の主人が居る。前の主人の記憶を探れば、何と呼ばれていたのかが分かるかもしれない。


「せっかくだし前のご主人様が呼んでた名前で呼んでやろう。こいつもいくつも名前があるのも嫌だろ」

「いいね!そうしよう!」

『じゃ、一回止めるね』


 馬車を一回停止させ、一応覆面を被って外に出る。

 馬はぶひん?と不思議そうに息を吐いた。なんかこいつわざわざ心を読まなくてもちょっと感情がわかるな。


「よし、お前を正しい名前で呼んでやるからな」


 馬の胴に触れる。そして、サイコメトリーを発動。


―――目の前で倒れる男。


 う……やっぱりこのシーンからか……そうだよな、忘れられないよな。

 俺は胴体を撫でてやる。


―――男を斬った相手を見る。


 ……さっきと違う記憶。犯人の顔も見てるのか。


―――騎士の鎧。そして、その胸の紋章。


「……!」


 思わず手を離してしまう。


「ボス?」


 頭上からリヴィアの心配する声。


「……やっぱり、つらい、おもいで?」

「いや……ああ、そう、だな」


 声が跳ねる。額から汗が垂れてきて、初めて自分の体から汗が噴き出していることに気付いた。


 忘れもしない紋章。

 見るだけで吐き気がする紋章。

 何よりも強く、記憶に残っている紋章。

 先生を殺し、俺を、エルクをこんな状況に追い込んだ貴族の、紋章。


 この馬の主人を殺したのは、ミルガイア家の騎士だ。


「……なんか運命を感じるな」


 俺をとエルクの先生の仇で、今俺たちが道を閉ざされている元凶。

 リヴィアを奴隷にしたペランティの親玉。

 そして、この馬の大好きなご主人様を殺した憎い相手。


 俺は記憶を読み続ける。主人の死の記憶を超えると、その後は主人との楽しい思い出ばかりだった。

 主人と遊ぶ楽しい思い出。主人に世話をされる幸せな思い出。主人を乗せて走る、誇らしい思い出。

 その中で、馬の主人は何度も、何度も、思いを込めて名前を呼んでいた。


「そっか、いい名前じゃないか。スーベニア」


 スーベニアが振り向いた。もう呼ばれることのない、誰も知るはずのない名前。たった一人の人間しか呼んでくれなかった名前。

 サイコメトリーで伝わってくる。スーベニアは、元の主人に呼ばれた気がしたのだ。


「ごめん。俺はお前の主人じゃないよ。でも安心してくれ、スーベニア」


 怒りは、ずっと俺の胸の中にある。

 普段は抑えている感情が、噴き出すのを感じる。


 どれだけの不幸を積み重ねれば気が済むんだ。


「あいつらは、ミルガイアはいつか、俺が殺すから」


 スーベニアが大きな声で嘶いた。大丈夫、少しだけ待たせるかもしれないけれど。


「ボス……?いま、なんて」

「いや、なんでもない。こいつ、スーベニアって言うんだってさ」

「スーベニア!いい名前だね!」


 今はまだ、知らせなくていい。

 俺のエゴだけど、もう少し笑っていたい。


 きっとこの笑顔は、長くは続かないから。

カインが聞かなかったので書いてませんでしたが

カインたちがチェックイン

→ジェイコブが遊びに来る

→変わった客でも来たかと雑談

→覆面の子ども二人組が来たと店主が言う

→ジェイコブが正体に当たりをつける

→パトロンの立場をチラつかせ、マスターキーを強奪(店主は止めた)

→ジェイコブが盗賊団を抱き込み、襲撃

という形です。

パトロンはペランティ伯爵家ではなくあくまでジェイコブなので、パトロンを失った上現金の七割を持っていかれたこの宿屋は普通に行ったら潰れるんでしょうが、頑張って経営再建してほしいですね。

それにしても「敬語だけど教養はない」みたいなキャラは難しい

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