二十二話 仲間と名前
おつかいの後、俺とリヴィアは疲れたので昼寝を決行した。……心配だからってちょっと超能力を使いすぎた。下手な戦闘よりエネルギーが持っていかれた気がする。
ただでさえ、昨日はテレポートやアポートを使っていたので疲労困憊なんだ。あと、地味にリヴィアとの会話が全部テレパシーなのもきつい。
というわけで、リヴィアが買い物をしている間にこんなものを用意した。
『リヴィア。お勉強の時間だ』
『お勉強?』
俺は一冊の本をリヴィアに手渡した。
宿屋の店主に頼んでいたものだ。内容は、獣人奴隷に人間語を教えるための教本である。
……本自体割と高級品で、そして奴隷を使う者には結構需要のある内容なので結構値は張った。すぐに飽きてしまうようなら、俺が獣人語を覚えるのに使おう。
『なにこれ?』
『エルクと喋れるようになる魔法の本だ』
『すごい。やる』
リヴィアは素直な子で助かる。
別に俺たちが獣人語を覚えてもいいのだが(多分一週間もあれば意思疎通くらいは出来るようになる)、人間語が喋れる獣人というのは結構需要が高い。
獣人は魔力が使えない代わりに種族として身体能力が高かったり、五感が鋭いからだ。労働力として有用なのである。
あ、そうだ。ついでに教えとくか。
俺はエルクを指さした。
「エルク」
「エ、ル、ク」
「そう。エルク・フラッパー」
「エ、ル、ク、フ、ラ、ッ、パ」
「姐さん」
「ア、ネ、サ、ン」
「何教えてんの!?」
「いや、こいつそう呼ぶんだよ……」
テレパシーで補足もしてやる。エルク・フラッパーが名前。姐さんがリヴィア的呼び方。
次に、自分を指さす。
「カイン」
「カ、イ、ン」
「そう。カイン・パスファインド」
「カ、イ、ン、パ、ス、ハ、イ、ン、ド」
「ボス」
「ボ、ス」
「リヴィアちゃんってそんなキャラ濃かったんだ……」
実際獣人はどういう教育をしてるんだろうか。上司をボスと呼ぶのが普通なのか?
リヴィアは本を読みながら夢中で勉強していた。ノートは無いが、紙束と鉛筆を店主に用意させているので、それも渡しておく。
「じゃ、こっちはリヴィアが見てきてくれた馬を選ぶか」
「そうだね」
リヴィアが持ち帰ってきた見積書を見ながら話す。ご丁寧に馬のスケッチやオプション、「オススメ!」など店主の意見も書かれていた。商魂たくましくて素晴らしい。
リヴィアが選んできた馬は、綺麗に白・黒・茶で色が分かれていた。値段は白馬が一番高くて、黒馬がひときわ安い。
「そういや、黒馬は不吉なんだっけか」
「教会ではそう言われてるらしいね」
ファルシオン王国には至る所に教会がある。……のだが、実は信者自体はあまり多くない。
どちらかというと文化に根ざしている感じで、もちろん熱心な信者は存在するものの、普通の民衆は結婚式や葬式、あとは適性検査の時に訪れる程度である。
ただ、一応国教なのでなんとなく不吉だ、とかはみんな気にするのだろう。逆に白馬は縁起が良いとされている。
ちなみに、騎士は白馬にしか乗らない。そういうルールがあるそうだ。
『値段はわからないけど、黒い馬が一番良さそうだった。若いし、パワーがある』
『そうなのか?』
「オススメ」
お、早速ひとつ単語を覚えたらしい。妙な単語だが、客商売を見越した本なんだろうか。
『合ってる合ってる。偉いぞ。実は黒が一番安いんだ。ファルシオン王国では黒馬は不吉だから』
『そうなの?じゃあ一択だと思う。それになんか……』
『なんか?』
「サビシイ?サビシ、ソ?」
『な感じだった』
寂しそうな感じ、か。黒馬の資料を見てみる。
「お買い得!」とデカデカと書かれている。まあ確かに、黒馬であることを考えてもかなり安い。それ以外に気になるところは……
と、備考欄の一文が目に留まる。
「どうしたの?」
「……この馬、前の主人が死んでるんだそうだ」
「え……」
主人を死なせて生き延びた馬というのは、縁起が悪い。なぜなら、守るべき主人を見捨てて一頭で逃げた忠誠心の低い馬だとみなされるからだ。
何があっても主人を送り届ける、それが出来ないなら一緒に死ぬ。それが馬に求められている仕事だ。
馬を人間の相棒だと言う者も居るが、俺からすればそんなのは詭弁だ。一方的な信頼もあったものである。
『生存本能が強いのは、いいこと』
リヴィアが本を読みながらテレパシーで言う。
『馬は戦わない。ただ逃げるだけ。馬が必死に逃げるなら、人間は振り落とされなければ安全に帰れる』
『……確かにな』
『ぼくは、その馬がいいと思う』
「……私、この黒い馬がいい」
エルクもそう主張した。
「何でだ?」
「……先生が殺された時、もう誰も死んでほしくないって思った。前のご主人様が亡くなって、寂しそうにしてるんなら……同じ痛みを知ってるなら、きっとこの馬も、同じ気持ちだと思う」
「……そっか」
二人ともこの黒馬にしたいようだった。多数決ならもう決まりだが、ふたりとも何故か俺を見る。
俺は溜息を吐いた。
「……まあ、安くて性能がいい馬なら反対する理由もない。それに、不吉な黒馬ならわざわざ近付いて来るやつも少ないだろう」
「じゃあ……」
「ああ。この馬にしようか」
エルクが喜ぶ。リヴィアも満足気だ。
……そもそも、俺は馬のことはよく分からないのでリヴィアの決定に従おうとしていた。それに、そうじゃなくても黒い馬を選ぶつもりだった。
俺のサイコメトリーは、動物にも作用するかもしれない、と先生が言っていた。
試したことはないが、もしそうなら俺は馬と心を通わせてしまう可能性がある。
……もう、心を通わせた相手が目の前で死ぬのはゴメンだ。
どうせ全滅する状況なのなら、せめてこの馬だけでも逃げて欲しい。
俺は心から、そう思う。
「そうと決まれば、そうだな……三日後に出発の予定でいこうか。それまではゆっくり休もう」
『……ということで、リヴィア。悪いけど明日それを伝えに行ってくれるか?』
「カシコ、マリ、マシタ」
『……またお菓子も欲しい』
『あと帽子も買おうか。日差しの下で馬に乗るのは辛いだろうし』
『かわいいのを買ってくる』
『そしたらエルクが喜ぶよ』
休みだと言いつつ、リヴィアには色々強いてしまってるな。お菓子くらいいくらでも買ってやろう。
お菓子を食べながら勉強を続けるリヴィアを二人で眺めていると、唐突にリヴィアが呟いた。
「……ケン」
『ん?どうした?』
『ボスの剣、すごくいい物。姐さんの杖も』
『ああ、まあそうだな』
「なんて?」
「俺たちの武器が良いものだって褒めてくれてる」
「あ……へへ。先生のプレゼントだからね」
そういえばデイヴにも良いものだと言われた気がする。向こうの剣は刃こぼれしていたけど、俺の剣は傷一つないし、多分俺が……下手すると先生が思ってた以上に凄いものなんじゃなかろうか。
『確か、エルクのは世界樹の枝から削り出したとか聞いたな……俺のはヴェルク・ヘーパイストスとかいう刀匠の』
『ヴェルク・ヘーパイストス!?』
リヴィアがすごい勢いでこっちを向いて、俺の手から剣を奪い取る。そして、剣を抜いてまじまじと見た。
『……すごい、本物。初めて見た』
『わかるのか?そういうの』
『ぼくのパパ、鍛冶師。ヴェルク・ヘーパイストスは伝説の刀匠』
そう言うと、リヴィアは興奮しながらヴェルク・ヘーパイストスについて語り出した。
『この世に本物の刀匠は二人しか居ないと言われている。それが、ヴェルク・ヘーパイストスとリジッド・ヴルカヌス。
分かりやすいところでいくと、ヴェルクは魔王ゲラルドが持つ魔剣ヴォルガンドの、リジッドはそれを倒した英雄ブランシュが持つ聖剣シュシュエリーの作者』
予想以上に凄い代物だったようだ。魔剣ヴォルガンドの名は俺も知っている。世界最強の剣と謳われるものの、現代には残っていない伝説の剣だ。
だが、少し肩を落とす。
『……代表作、魔王の剣か……』
『言いたいことはわかるけど、ヴェルクの剣を持った英雄だって沢山居る』
『いや、まあ先生の贈り物だし何でもいいけどな』
ただ、なんとなく先生が俺に魔王になることを望んでいたような気がしてしまう。実際は一番いいのを頼んだだけだが。
リヴィアはエルクの杖のことも話す。
『世界樹ってことは、その杖も精霊王レ・モドゥフィエーヤの作品。世界樹に選ばれた者だけのために作られる特製品だから、おそらくそれも誰か著名な人が使っていた杖』
エルクに伝えると、「そんな凄い杖だったんだ……」と驚いていた。
『それで、二人とも銘は何なの?』
リヴィアは興味津々といった様子で尋ねる。と言われても……。
『銘は……な。俺たちにこれをくれた人はそれを伝えずに亡くなったから』
『銘はそもそも持ち主が付けるもの。前の持ち主が居ても、基本的に名前は更新されていく』
『そうなのか……』
『伝説級のものなら前の銘を引き継ぐこともあるけど、二人とも知らないなら付けた方がいい。不便だし、銘を付けることで武器が応えてくれるようになるとされてる』
ということらしい。エルクにもそれを伝える。が……
「なんか、ちょっと小っ恥ずかしいな」
「何かに名前を付けるなんて初めてだしね」
それに、欲を言うなら俺は先生に名前をつけて欲しかった。
その方が、先生に付けてもらった名前に見合うために、とやる気になったはずだ。先生は、いつも俺たちを導いてくれたから。
『普通はどんな風につけるんだ?』
『決まりはないけど……何か意味を求める人が多い。目標とか……「平和」とか「強い」とかいう意味の言葉をもじって付ける人が多い印象』
俺なら……「英雄」とかか?微妙にピンと来ないな……
エルクにも伝えてみたが、やはりピンと来てないようだ。
『あとは……例えば英雄ブランシュのシュシュエリーは、奥さんの名前の「エリス」をもじって入れたらしい。ブランシュは愛妻家で有名だし、そういう人もいる』
『って言ってもな……』
『「エルク」も愛称にすればエリー。なんなら、お互いに「エルク」「カイン」って付ければいい』
『おま……』
「なんて言ってるの?」
「あ、えーと……」
「♡」
「やめろそれ!」
ここぞとばかりにハートマークをアピールしてくる。こいつ絶対からかってるよ。
エルクにも一応こういう例もある、と伝える。エルクは顔を赤くして、「それは……」と躊躇っていた。
「あ、でも。いいんじゃないか?」
「え!?」
「あ、いや、違くて。そういう意味じゃなく……ほら。導いて、見守っていてほしい人が居るだろ」
「あ、そういう……確かにね」
俺たちは同じ人物を思い浮かべる。
俺たちにこの武器を与えてくれた、見守っていて欲しい人。
『決まった?……剣は〇〇の剣、杖は〇〇の杖って名付けるのが一般的』
「よし、じゃあこいつは今日からミカガミの剣」
「この杖は今日からミカガミの杖、だね!」
『……なんだけど』
『ん?』
『ヴェルクの作は例外的に、魔剣〇〇と呼ぶのが一般的』
つまり……
『だから、その剣は「ミカガミの剣」ではなく、「魔剣ミカガミ」』
『嘘だろ』
先生、すみません。
もしも俺が英雄になったら、あなたの名前は魔剣の銘として残り続けることになってしまいました。
先生「あたしの名前、毒島とかじゃなくてよかったな……」




