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二十一話 はじめてのおつかい

 奴隷の首輪と被らないように、リヴィアの首に紐をかけて、そこに紙をかける。

 そこには、俺の字でこう書かれていた。


『主人の命で、馬車の見積もりをいただきたいです。よく走る馬をお願いします』


 最後に、適当な紋章を書き足しておく。貴族の紋章なんてどうせ皆大して知らないものだ。どこかの貴族が馬車を探してるんだな、と思ってくれればいい。


「……よし、完成だ」

『完璧』

「うーん……なんというか……」


 苦節10分。リヴィアはどこからどう見ても貴族に使われているかわいそうな奴隷の少女に返信した。


『ボス。これでご褒美くれる?』

『いいぞー。何が欲しい?』

『お菓子と、服』

「なんか、やだなあ……」


 エルクが頭を抱えている。ちょうど俺も犬を手懐けているような感覚がしてきたところだ。

 「旅のお供に軽食と、この奴隷用の丈夫な服も見繕ってやってください」と紙に書き足しておく。これで問題ないだろう。


『よし、じゃあリヴィア。この状態で表の通りに出て、馬車が売ってる店を見つけるんだ。帰りに服とお菓子の店も買ってくるといい』

『了解、ボス。任務遂行してくる』

『じゃあこれお金な。盗まれるなよ?一応千里眼で見とくから』

『がってん』


「なんか、おつかいを頼まれた娘とそれを見守るパパって感じだね」


 はっ、とエルクが口を押さえる。リヴィアの両親は既に亡くなっている。失言だ。

 言葉は通じなくても、何を言ったのかはなんとなくわかったのだろう。頭の良い子だ。

 リヴィアは、エルクの手を取った。


『今は、ボスがおにいちゃんで、姐さんがおねえちゃん。新しい家族ができたから、平気』

「……リヴィアちゃん」

「♡」


 手でハートマークを作るリヴィアに、エルクは頭を撫で、送り出した。

 リヴィアが外に出たのを確認して、俺は珈琲を二杯入れ、片方に砂糖とミルクをたくさん入れて、エルクに手渡す。エルクはそれに口をつけ、溜息を吐いた。


「……強いよね、リヴィアちゃん」

「そうだな。……でも、その強さは今までの不幸の裏返しだよ。……だから、俺たちが甘やかしてやらないとな」

「……そうだね」


 とはいえ、俺たちも彼女に仕事をさせてしまっている。

 リヴィアはまだ七歳だ。俺たちでさえ、それくらいの時は遊んでばかりいた。

 本当なら親に愛されて、楽しいことばかりのはずの歳に、彼女は不幸ばかり味わっている。


 いつかその分、たくさん幸せになってほしい。


「……お、リヴィアが表通りに着いたな」

「大丈夫かな……」

「今のリヴィアはどう見ても貴族の奴隷だからな。むしろただの獣人が歩いてるより安全だよ」


 貴族の奴隷を害することは、すなわち貴族の所有物を害することだ。

 例えば、どんなに馬が嫌いな人間だって貴族の馬にいたずらを仕掛けたりはしないだろう。ただその辺を歩いてる馬にならまだしも、だ。

 だからといって、被差別階級の獣人に優しくする人間も多くない。

 害さずとも、好きではない。だから、通常奴隷獣人は無視されるものだ。


 怖いとしたら、リヴィアが野良奴隷だと気付いて所有権を主張するやつが居た場合だが……野良奴隷と普通の奴隷に見た目の違いはない。あれだけ貴族の所有物だと主張していれば、まず大丈夫だろう。


「とりあえず大丈夫そうだな……あっ」

「な、なに!?どうしたの!?」

「転んだ……」


 リヴィアは段差につまづいて転んだ。一瞬周囲の目が集まる。一人の少女が心配そうに駆け寄るが、母親に止められた。

 悲惨な光景だが……リヴィアは慣れっこのようで、平気そうに立ち上がってすたすたと歩いている。


「だ、大丈夫なの?帰ったら回復魔法かけてあげなきゃ……」

「ま、まあ子どもはよく転ぶものだし……平気そうだから大丈夫だろう」


 それでも一応心配なので、千里眼を介してテレパシーを繋げる。……これ、めちゃくちゃエネルギー使うんだよな。


『大丈夫か?』

『ボス?……大丈夫。馬に乗ってる時は転んだことない』

『それは心強いんだが。痛かったら一回帰ってきてもいいぞ?』

『大丈夫、ちょっと擦りむいただけ。馬車の店、見つけたから行ってくる』


 リヴィアはそう言ってひとつの建物に入っていった。その姿に迷いはない。ちょっとだけ心配しすぎたかもしれない。


「今店に入ってったよ」

「だ、大丈夫かな?騙されたりとか……」

「いや、まあそもそも言葉が通じないから騙しようがないとは思うが……」


 リヴィアはあくまで仲介人。契約内容は紙か何かに書いて俺たちに渡してくるだろう。

 ついでに、商人からすると奴隷は大抵貴族の代理なので普通に良客だ。大概優しくしてもらえる。

 俺はテレパシーでリヴィアに語りかける。


『値段とかはいったんいいから、良さそうな馬を見繕ってくれ。そればっかりは俺たちには分からないから』

『了解、ボス』


 リヴィアは三頭ほどの馬に目をつけたようだ。指さして店主にアピールしている。


「……あ、しまった。馬車の規模書くの忘れてた」

「どういうこと?」

「大人数が乗る馬車なら二頭の馬とかに引かせなきゃいけないだろ。馬が何頭要るのかも分からないし、付ける車の大きさも分からない。そしてリヴィアにはそれを伝える術がない」


 仕方ない。あまり気は進まないが奥の手を使うしかないようだ。

 テレパシーでリヴィアに語りかける。普段は意味を直接送っているが、テレパシーは音声として声を脳に送ることも出来る……多分リヴィア以外には使わないやり方だ。あと何故か魔力消費が大きい。

 昔先生に言ったら「txtファイルよりwavファイルの方が容量が大きいからな」と言われた。よくわからない。


『リヴィア。店主に俺の真似をして話してくれ』

『了解』

『見繕った馬を一頭指さして、「この馬と」』

「コノウマト」

『別の馬を指さして、「この馬と」』

「コノウマト」

『最後の馬を指さして、「この馬を」』

「コノウマ……オ」

『「一頭ずつ」』

「イットーズツ」

『「見積もってください」』

「ミツモッテクバサイ」

『「馬車は」』

「バシャー」

『「三人乗りで」』

「サンニンノイベ」

『「お願いします」』

「オネガイシヤス」


 伝わっただろうか。千里眼は音は聞こえない。ちゃんと発音できてたか怪しいが。

 ……あ、店主がリヴィアの頭を撫でて、飴をもらっている。大丈夫そうだ。

 リヴィアが頭をつんつんとつつく。俺はテレパシーを使った。


『どうした?』

『飴、もらった』

『そうかそうか。よかったな』

『食べていい?』

『いいぞ』


 うーん。エルクじゃないが、父親の気持ちになってきてしまった。父様も俺を初めてのお使いに送り出すときこんな気分だったんだろうか。

 ふとエルクに目をやると、なんだか少しむっとしていた。


「なんだ?」

「別にー。なんか、カインが見たことない顔してるなって」

「いや、さっき言われた通りだよ。なんか父親の気持ちになってきて。ちょっと自分の時のこと思い出してた」

「ああ、あの時……」


 俺の時はどうだったっけ。五歳くらいの時だった気がする。

 ああ、そうだ。エルクとクライヴと一緒におやつを買いに行ったんだ。

 懐かしい。あの時は確か。


「エルクが転んで大泣きしてたな」

「変なこと思い出さないでくれる?それで言うなら、カインはそれ見て笑ってたよね。クライヴはハンカチを差し出してくれたのに」


「今思うと婚約者としてあるまじき行動だな……」

「そう言うけど、カインは結構最近までそうだったよ。私の胸が小さいってからかってきたの、まだ忘れてないからね」


 う。

 そう思うと、この一年ちょっとで俺も随分大人になったものだ。王宮生活と先生の教えのおかげだろうか。

 なんとなく、エルクの胸に目がいく。エルクは少し顔を赤くして、腕で胸元を隠した。


「……どこ見てんのさ」

「うっ、いや……変な意味じゃなく」

「……そりゃ、そんなに変わんないけどさ」


 エルクは自嘲気味に笑う。

 男の俺にはなんて言えばいいのか分からないので、エルクの頭を撫でておいた。


「お、見積もりが終わったみたいだ」

「どんな感じ?」

「リヴィアが心なしか得意げに歩いている」

「え、なにそれ。私も見たい」


 なんか、凛々しい。肩で風を切って歩いている。

 店を出て、リヴィアは頭をつついた。「ここの出来が違うんだよね」みたいなことを言いたいのかと思ったが、テレパシーの合図だ。


『ボス。見積もり終わった。紙いっぱい貰った』

『よしよし、よくやったぞ。その紙はなくさないようにな』

『わかった。服とお菓子、買っていい?』

『いいぞ』


「なんて?」

「服とお菓子を買ってくるそうだ」

「よっぽど楽しみなんだね……かわいい服買って貰えるといいね」


 確かに。かわいい服にしてやってくださいとでも書くべきだっただろうか。


「無事服屋に着いたみたいだな」

「よかった。あ、じゃあリヴィアちゃんにこう伝えて」


 エルクは俺に耳打ちしてきた。防音室二人きりなので特に意味は無い。

 言われた通りのことをリヴィアに伝える。


『よしリヴィア、エルクからの指令だ。今から言うことを伝えるんだ』

『わかった』

『「いっぱい」』

「イッパイ」

『「可愛く」』

「カーイク」

『「してください」』

「シテクバサイ」


 最後にお辞儀をしていた。うーん、俺から見ても可愛い。

 反応は……おお、女性の店員さんが、なんか心臓を撃ち抜かれたようなモーションで呻いている。大成功だ。


「どうだった?」

「ハートを撃ち抜かれてた」

「やっぱり。リヴィアちゃん可愛いからね。私も見たかったよ」


 エルクは得意げだ。さっきのリヴィアと被って、少し笑えてしまう。

 流石にリヴィアの着替えを覗く訳にもいかない。俺は一度千里眼を切った。

 少し息をつく。頭が少しくらっとした。


「おっ、とと……」

「大丈夫?」

「ちょっと脳が疲れてきたかな……昨日の今日だし、エネルギー消費のでかいやつを使ってるから」

「これ食べる?」


 エルクは置いてあった砂糖菓子をつまみ上げた。


「はい、あーん」

「ありがとう……うん、美味いな」

「ごめんね。もうちょっとだけ頑張って」


 砂糖菓子の甘みが染み渡る。少しだけ元気が出た。

 五分ほど待って、千里眼を再発動する。ちょうどリヴィアは頭をつんつんつついていた。店員が不思議そうに微笑んでいる。


『似合うじゃないか』

『ボス。なかなか繋がらないから何かあったかと思った』

『ごめんごめん。リヴィアの着替えを覗くわけにはいかないからな 』

『ぼくは別に気にしない。……あ、でも浮気だ』

『別に浮気じゃないけど、エルクに怒られそうだからな。……服はいいと思うぞ。ちゃんとお金払えよ』

『わかった』


 リヴィアは店員にお金を払い、店を出た。……店を出る時、店員が自分の頭をつついていたのが気になる。癖か何かだと思われたんだろうか。


「どんな服だった?」

「あー、なんて言うんだろ……ツナギ?牧場の人が着てるみたいな」

「うわ!絶対かわいいじゃん!リヴィアちゃん早く帰ってこないかな〜」

「……まあ、一応言ってみるよ」


『リヴィア、エルクが早く帰ってきてほしそうだ』

『やだ。お菓子買う』


「絶対にお菓子を買うそうだ」

「よっぽど楽しみなんだね……」


 リヴィアは製菓店に入った。店員は微笑ましそうにリヴィアを見ている。


『リヴィア。何が欲しいとかあるか?』

『チョコレート』

『じゃあチョコレートください、だ。店員さんに言ってみろ』

『わかった』


「チョーレート、クバサイ」


 リヴィアはチョコレートのコーナーに案内された。

 色んな種類があって迷っていたが、結局一番大きいのを買っていた。食い意地の張ったヤツめ。


『あ、そうだ。ついでに俺たちのも買ってきてくれるか』

『どんなの?』

『そうだな……俺のは甘そうでたくさん入ってるやつ。エルクのはなんかクリーム系の甘いやつと、あとプリンで』

『わかった』


 言われた通りのものを探すリヴィア。何を買ってきてくれるか見ないでおこうと思ったが、リヴィアは大袋の砂糖を買おうとしていたので流石に止めた。確かに甘そうでたくさん入ってるけども。


 お金を払って店を出る。かなり多めに持たせたから足りたようだ。というか、あれで足りなかったら買いすぎだが。


 リヴィアは帰路に着く。その間に、ちょっとした提案をしてみた。報酬は俺のお菓子を分けることで。


 しばらく待つと、リヴィアは扉を開けて俺たちの部屋に帰ってきた。


「おかえり」

「お疲れ様、リヴィアちゃん」


『今だ!』

『おーけい、ボス』


 リヴィアがエルクにお菓子を手渡す瞬間。


「イッパイ、カーイク、シテクバサイ」


 そんなことを言わせてみた。服屋で言った、エルクが聞きたがっていた呪文。


 ……効果はてきめんだったようで、エルクは胸を抑えながらその場に倒れ伏した。

 リヴィアはエルクからご褒美にプリンを一口貰っていた。服とお菓子が手に入って、リヴィアはご満悦そうだった。

多分本編に関係の無い裏設定

・千里眼は人を追尾することはできません。カインはGoogle Mapの矢印を押すような感じで見る地点をこまめに移動させながらリヴィアを追跡しています。なので、突然鷹に高速で連れ去られたりしたら見失う可能性があります。

・テレパシーは音声形式(先生風にいえばwavファイル)で受信することもできます。一度先生の思考を音声形式で読み取ったところ、カインには意味が通じませんでした。先生は思考や会話を本人的には日本語で行っているようです。何らかの魔力を介さない方法によって自動翻訳がなされていると思われます。

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