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十七話 幸せな夢

 しばらくベッドでそうしていると、ちりんと呼び鈴が鳴った。

 俺は覆面を被り、寝ているエルクに布団を掛けて顔が見えないようにして、一応出れないようサイコキネシスで端を固定してから玄関に向かう。


 扉を開けると、朝対応してくれたのとは異なる店員が手に食事を持っていた。なんというか、店主よりも育ちが良さそうだ。


「お食事をお持ちしました。それから、頼まれていた服ですが……こちらでよろしいでしょうか?」

「ああ、助かるよ。手間をかけたな。君が買ってきたのか?」

「その通りです。サイズが分からなかったので少し大きめのものを購入しましたが……」


 一応確認してみる。今俺が着ているものに近い、アウトドア向けな服が二着。ついでに下着類まで用意されている。


 軽く合わせてみた感じ、少しだけ大きいものの特に問題はなさそうだ。エルクも今や(悔しいことに)俺と身長はほぼ変わらないので問題ないだろう。少なくとも、今俺たちが着用している大きすぎるバスローブよりは余程着やすいはずだ。

 念の為サイコメトリーもしてみたが、特に何か細工がされているということもない。


「うん。問題ない。いくらだった?」

「こちらが領収書でございます」


 領収書を受け取る。俺はそこに記載された金額に加え、食事代程度の金額を上乗せして支払った。


「少し多いようでございますが……」

「チップだ。手間をかけたからな。それで飯でも食ってくれ」


「それは……ありがとうございます。では、こちらがお食事です。……あ、それから、一応お飲み物はアルコールから牛乳にしておりますが、問題ございませんか?お取替えも可能でございます」

「いや、今後も牛乳でいい」

「かしこまりました。それではごゆっくりどうぞ」


 店員はそう言って扉を閉めた。俺は鍵をかけて、食事をテーブルに持っていく。


 しかし、店主に比べて随分と礼儀正しい店員だったな。身なりも綺麗だ。

 なぜこんな所で働いているんだろう、と不思議に思いつつ、俺は覆面を外し、エルクを起こしに行った。


「エルク。起きろ、食事が届いたぞ」

「ん……あ、おはようカイン」


 エルクがベッドから身を起こす。俺は手を洗ってから、食事にひとつひとつ触れていった。あまりお行儀がいいとは言えないが、一応変なものが入っていないようサイコメトリーをしておく。

 結果は、特に問題なさそうだった。

 ……なんというか、本当に良い宿だな。これだけ何も無いと警戒しているのが馬鹿らしくなってくる。何故こんな場所で経営しているのだろう。


「大丈夫そう?」

「だと思う。食べるか」


 メニューはホワイトシチューにパン、サラダ、牛乳。デザートにプリンまでついている。食事も大した料金は取られなかったのに、豪勢なものだ。


「わ、美味しそう」

「そうだな。強いて言うなら米がよかったな……」

「先生のところだとお米ばっかりだったもんね」


 一年にわたって米食を続け、米の美味しさを知った俺たちにとって、今や主食は米が一番だ。

 もちろんこの世界では米は一般的ではないので、これからもパンを食べ続けることになるだろう。遺憾だ。


「いただきます」

「いただきます」


 これも日本の習慣らしい。日本では食べ物に感謝するという意味で食前にこういった挨拶をするのだそうだ。

 なんとなく気に入って先生の真似をしていたら、いつの間にか定着してしまった。今では言わないと落ち着かない。


「ん!美味しいね!」

「うん、美味い……というか、まともに料理された食事が久しぶりすぎてなんでも美味く感じてるだけかも」

「まあまあ、美味しいならいいじゃん!」


 美味い食事というのはそれだけで俺たちのテンションを上げさせた。なんというか、人間に戻ったような感じがする。

 奴隷が刑期を終えて食べる食事はこんな感じなんだろうか。……自分を奴隷に例えるのも切ないが。


 俺たちはデザートまであっという間に平らげ、ベッドで食後の一休みをしていた。


「美味しかったー」

「皿が捨てるだけっていうのもいいな。高級な食器に比べて贅沢感は無いが、回収の手間がないから俺たちも店も楽だ。よく出来てる」


 まあ、目的としては食器の交換で利用者たちの行為が中断されるのを嫌ってのことだろうが。

 とはいえ、扉を開ける度にいちいち覆面を被らなければならない俺たちにとって、皿の回収がないのはとても便利だ。ありがたく享受しておこう。


「あ、そうだ。服」

「服?」

「俺たちの服、もうボロボロだったろ。新しいのを買ってきてもらうよう頼んどいたんだよ。一応サイズが合うか着てみよう」


 俺は玄関へ向かって、先程置いた服を持ってきた。下着類ごと持ってきて、片方をエルクに手渡す。


 ちなみに今の俺はぶかぶかのバスローブを羽織っている以外何も身につけていない。諸事情によりパンツが無くなったので仕方ないのだが、スースーするし危険なので早く着替えたくてしょうがなかった。

 ちなみにエルクは魔法で洗濯・脱水が出来るのでバスローブの下も普通に着ていると思われる。諸君、夢を壊してすまない。


 同じ部屋で着替えるわけにもいかないので脱衣所へ向かい、着替える。

 少し大きいが、裾と袖を折ってしまえば特に問題なく着られる。生地も丈夫そうだし、長く着れそうだ。一応剣帯を付けて剣も吊るしてみたが、ずり落ちるようなこともない。着心地も悪くないし、フードが付いているのも地味にありがたい。


 ……しかし、下着ってこんなに安心感があるんだな。失ってわかるその偉大さ。


 エルクも着替えが済んだようなので、部屋に戻ってみる。


「おお、大丈夫そうだな。似合ってる」

「結構かわいいよね!カインも似合ってるよ!」


 エルクがはしゃいでいる。やはり女性は新しい服にテンションが上がるらしい。……そういえば以前も服やアクセサリーをたくさん持っていた。貴族の嗜みだと思っていたが、単におしゃれが好きなのだろうか。


 俺は別に見た目に頓着はしないが、エルクに似合っていると言われると、やはり少し嬉しい。


「でもちょっと裾引きずっちゃうなー」

「折ればいいだろ」

「裾折るのってなんか悔しくない?足が短いみたいで」

「分からなくもないけど、サイズがでかいんだから仕方ないだろ」


 エルクの言葉を無視してぶかぶかの裾を折る。いい感じの長さになったのだが、エルクはむくれていた。引きずって歩く方が悔しい気がするけど、そんなことないのだろうか。


 と考えていると、エルクはちらりとこちらを見て少し嬉しそうな顔をした。表情のよく変わるやつだ。


「今度はなんだ」

「いや、お揃いだなーと思ってさ」

「そ……れは、まあ、別のを買ってこさせるのも申し訳ないしな」

「そうだけど、結果論でも嬉しいんだよ!」


 エルクが俺の腕を引っ張り、ベッドに引きずり込む。先程とは逆に、エルクが俺を腕枕するような形だ。


「カインは嬉しくない?お揃い」

「いやまあ……ちょっとは」

「へへ、じゃあいい」


 変だ。風呂で背中を流しあってから、エルクを見るとドキドキする。エルクが笑うと嬉しくなる。

 エルクは覗き込むようにして、さらに俺の顔に自分の顔を近付けてきた。おお、睫毛が長い……


「カイン、眉毛がボサボサだよ。……っていうか、髪も伸びっぱなし。もう染めてた部分の色も抜けてほぼ金髪だし」

「あー、風呂入った時にやろうと思ってたけど、色々あって忘れてたな……」

「う、じゃあ私のせいか……でもダメだよ。貴族の息子として、身だしなみはきちんとしないと」


「そういや、エルクはしっかり整えてるよな。あんな生活でどうやって整えてたんだ?」

「それは土魔法でカミソリ、水魔法で鏡を作って定期的に」

「お前……俺にも後で一本くれ。とりあえず髭が剃りたい」

「よく見たらちょろちょろ生えてるね。大人になってるんだ」

「エルクもだろ。いつの間にか身長俺と変わらないしさ」

「へへ、そのうち抜いちゃうよ」


 エルクは笑って、そして唐突に俺の胸に顔を埋めた。心臓が跳ねる。聞こえてないだろうか。


「え、エルク?」

「なんとなくこうしたいなって思って。ダメ?」

「ダメじゃないけど……」

「じゃあいいじゃん。眠くなってきたし、このままお昼寝しよ?」


 確かに、俺もなんだか眠い。昼下がりの陽気のせいだろうか。

 この宿には危険も無さそうだし、たまには昼寝なんて贅沢をしてしまうのも良いだろう。


 エルクはもう眠っていた。俺もエルクの腰に手を回して、いつものように抱き合って眠る。

 ずっとこの時間が続けばいい、と思った。


―――――――――


 妙な感触と、気配で目が覚める。

 目を開くと、抱き合っていたはずのエルクは居ない。


「エルク?」


 辺りを見回して、俺が見たものは。

 眠ったままのエルクを抱えて窓から飛び降りる男だった。

カインとエルクは今のうちにいちゃついていてほしい

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