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十五話 二人の部屋

 日の出とともに俺たちは目覚める。朝食は昨日獲った猪の肉を焼いたもの。

 これで手持ちの食料は底を尽いた。が、食事の当てはあるので今日のところは心配する必要は無い。


 エルクは昨晩からきちんと眠っていたものの、やはりそれでも体調が優れない様子だ。


「エルク。昨日言った通り今日はしっかり休もう。必要なら明日も」

「本当……?私なら大丈夫だよ!まだ全然……っと」

「無理しなくていい」


 エルクは気丈に振る舞うも、ふらつく。

 これだけの旅路で疲れない方がおかしいのだ。冒険者だって普段は宿で寝ている。穴の中で疲れが十分に取れるわけがない。


「ちゃんと宿は取ったから、たまには休もう。それに、この先どうするかも決めないとな」

「……うん。ありがとう」

「というわけで、今日はこれを着けてくれ」


 エルクに昨日俺が着けていた覆面を渡す。

 俺のは別でもう一つ用意しておいた。顔を見せる訳にはいかない。……必然的にエルクのは片目が隠れているが、特に意味は無い。


「なにこれ?」

「覆面だよ。顔を見せるわけにはいかないだろ」

「へえー。何で作ったの?」

「ズボンの膝から下。だから、ほら」


 半ズボンになった下半身を見せる。とはいえ、これじゃ森を行くのは厳しいから新しいズボンも用意しなければならない。


「わ。なんかカインの匂いがする……そっちのは色が違うね。それにちょっと柔らかい……?何で作ったの?」

「……内緒だ」


 エルクに新しい覆面を渡さなかった理由が、素材だ。

 何で作ったのかはあえて言わないが、これを頭に被るのは物凄く不快で抵抗があった。けれど、流石にエルクにこれを着けさせるわけにはいかないのだ。

 そのせいで、どことは言わないが少し心もとない気がしてならない。どことは言わないが。


「もうすぐだな……そろそろ行こうか。宿に案内するから着いてきてくれ」

「うん」


 エルクとともに、昨日と同じルートで宿屋に向かう。とはいっても、昨日と違って明るい上二人なのでより慎重に。

 子どもの2人組ということで、昨日と同じように裏路地でも声をかけられたが、適当にあしらっておいた。


「なんか怖いところだね」

「まあ、後ろ暗い連中が使うとこだしな」

「……やっぱり怖いところだね」

「ま、ある意味俺たちも後ろ暗いわけだし……ここだ」


 歩くこと数分で宿屋に到着した。

 ……あ。


「……エルク、ちょっとごめんな」

「ん?わ、わ、何?」


 サイコキネシスでエルクの耳を塞いでおく。流石にあれを聞かせるのは抵抗がある。防音室に入るまではこのままにしておこう。

 音が聞こえなくなってあたふたしているエルクの手を引いて、宿屋に入った。


「いらっしゃい。……覆面が増えてるんですね」

「覆面が違って紛らわしいが、俺が昨日来た方だ。約束通りチェックインを頼む」

「へい、食事は何時にお持ちすれば?」


「昼食は13時、夕食は20時に。……あ、そうだ。昼食の時に丈夫な服を用意しておいてくれないか?代金は払う」

「へい、わかりました。じゃ、こちらが鍵です。部屋はここですね」


 壁に書かれた地図をもとに、俺はエルクを連れて部屋へと向かった。……相変わらず耳に悪い宿屋だ。


 部屋に入って扉を閉めると、先程までの嬌声が嘘のように静かだ。そういえば、風魔法に範囲外からの音を遮断する魔法があった気がする。それを使っているのだろうか。

 エルクのサイコ耳栓(今命名)を外すと、エルクは物珍しそうに部屋を見回していた。妙なものがあるかもしれないのでやめてほしい。


「覆面外していいぞ」

「いいの?」

「じゃないとくつろげないだろ。サイコメトリーで軽く調べてみたけど、監視とかもなさそうだし」

「そう。じゃあお言葉に甘えて……」


 ちなみに、サイコメトリーを使った結果、今までの利用者達の使い方が流れ込んできた。

 特にベッドの使用に忌避感が生まれたが、幸いシーツは交換されているようだったので忘れることにする。


 覆面を外すと、なんとなく視界が広がった気がした。エルクは片目が塞がれていたので余計にそう感じているだろう。

 部屋は思っていたよりも清潔だった。内装も必要十分で、軽食や飲み物も完備。もちろん水道はないが、風呂もある。大量に水が入った桶があるので、それでなんとかしろということだろう。うちはエルクが出してくれるが。


「久しぶりに一息つけたな」

「この宿屋に感謝だね」

「そうだな。今のところ変なとこもないし……値段もこういうとこにしては良心的だし。いい店だよ」


 ぐっ、と背筋をを伸ばす。バキ、と背骨が鳴った。やはり疲れていたらしい。


「せっかくだし、お風呂でも入って来ようかな……って、一人になるの危ないかな?」

「いや、大丈夫だろ。隠し通路とかもないし……一応俺が入る時は千里眼でこっちの部屋も警戒しとくよ」

「ありが……」


 ぴしり、となにかに気づいたようにエルクは言葉を止めた。何か変なものでもあったか?


「エルク?」

「……カインの千里眼って、遮蔽物とか関係ないんだよね?」

「そりゃ、遮蔽物に左右されるなら普通の目と変わんないし……」

「……覗かないよね?」

「覗くか!さっさと入ってこい!」


 エルクは顔を赤くしながら風呂場へと消えていった。

 ……いや、正直見ておきたい気持ちもある。というかなんなら一緒に入りたいくらいだ。……変な意味だけじゃなくて。


 エルクから目を離すのは不安だし、怖い。今までの水浴びは服を着たまま一緒に入っていたが、それじゃやっぱりエルクも休まらないだろう。それに、汚れだって大して取れない。せっかくの風呂、エルクに疲れを取ってほしいのだ。


 先生の言葉が思い出される。


 『共依存』


 今も、俺たちはそうなんだろう。むしろ悪化すらしているかもしれない。

 それでも、今はふたりで生きていくために、こういう警戒はし続けないといけない。それがエルクを守ることに繋がるのだから。


「……ふう」


 風呂場の水音を聞きながら、俺はベッドに寝転び、息をつく。

 なんだかんだ、一人の時間がないというのは俺にとってもストレスだったのだろう。精神的に疲れていたのかもしれない。


 頭がぼーっとして、瞼が落ちていく。やばい、まだ警戒を……

 しかし、抵抗虚しく俺の意識は闇の中に消えていった。


―――――――――


 目を開くと、エルクの顔があった。


「あ、起きた?」

「……!すまん、どれくらい寝てた?」

「いいよ。カインも疲れてるでしょ。何かあったら起こすから」


 エルクはそう言って俺の頭を撫でた。

 そこで気付いた。俺が頭を乗せているそれは、エルクの太ももらしい。

 恥ずかしくなって眠気が飛んでしまった。慌てて頭を起こそうとするが、エルクに止められる。


「いいから。もうちょっと寝てれば?」

「いや……その……」

「ふふ、なんか久しぶりにカインのそういう顔見た気がする」


 エルクは笑った。


「そうか?」

「カイン、ずっと怖い顔してるから。なんか、張り詰めてる感じで……」

「まあ、そりゃ……」

「たまにはゆっくり休んで。そうだ、マッサージしてあげよっか」

「マッサージ?」


 聞き慣れない言葉だ。

 エルクは俺の頭を持って普通の枕に下ろし、うつ伏せになるよう要求した。困ったことに、少し残念だ。


「先生に教えてもらったんだよ。身体を揉むと疲れが取れるんだって」

「へえ……って、いいよ。エルクだって疲れてるんだし」

「じゃ、後で私にもやってよ」


 そう言って、エルクは俺の脚を揉み始めた。痛いような、気持ちいいような、不思議な感覚だ。


「……い"っ!!」

「ほら、じっとして、力抜いてー」


 かと思えば、時折激痛が走る。これは正しいんだろうか。

 エルクは一生懸命に俺の身体を揉み続ける。痛いが……先生も「家事に文句をつけるな」って言ってたし、とりあえずそのままにしておくことにした。


「ふう。片脚終了。どう?」

「どうって言われても……お?おお?」


 脚を上げてみると、なんとなく軽い気がする。本当に効果はあるようだ。


「よし、じゃあもう片脚もやるね」

「なんか申し訳ないな」

「あとで私もやってもらうためだよ」


 そう言って、エルクは作業に入った。


「……なんか、硬いね」

「そりゃ、鍛えてるからな」

「そうじゃなくて、なんか……男の子って感じ。私の身体と全然違うよ」

「そんなもんか」


 俺は先生の授業を思い出した。第二次性徴を経て、男の体は筋肉が付いて硬く、女性の身体は脂肪がついて柔らかくなる。俺も少年の身体から男性の身体に変化してきているのだろう。


 それに付随して先生に教えてもらったことを色々と思い出し、少し顔を赤くした。そもそも、冷静になると身体を揉まれているこの状況は結構恥ずかしい。

 顔を上げてみると、エルクも同じ思考の流れに至ったのか、少し顔が赤い気がした。


 それにしても、マッサージは気持ちいいものだ。疲れが取れるのもあるし、なんというか……身体をくまなくエルクに触られるということに、妙な快感がある気がする。

 俺はエルクにバレないようにこっそりと居住まいを正した。力を抜けと言われても、難しいものだ。


 そのまま腰のマッサージ。エルクが俺に跨って、腰を押すように揉み始める。

 俺は出来るだけ脳を空っぽにする。そうしないと、エルクが跨っている部分に神経が集中してしまうのだ。

 幸せだけど、早く、早く終わってくれ……!


 そうして俺が欲求と戦っているうちに、背中、腕のマッサージが終わった。


「おお……なんか、身体が軽い」

「でしょー?先生にも褒められたんだよ。じゃ、次前側ね」


 諸事情により今は仰向けになりたくないので断っておいた。エルクは最初譲らなかったものの、「お返しの時、エルクの前側は触れないから」と言うと、少し顔を赤くして黙った。

 というわけで、交代。


「……」

「どうしたの?早くー」


 ……触っていいのだろうか。

 いや、いいのだろう。普段抱き合って寝てるじゃないか。でもなんか、それとは意味合いが違う気がする。

 とはいえ、こうしていても仕方ない。ひとまず、エルクがやっていた通りに脚から始める。


「ひゃっ、ちょ、くすぐったいよ」

「ご、ごめん」


 というか、そもそもやったことがない。エルクは先生にやっていたようだが、俺はマッサージというものの存在を知ったのすらついさっきだ。

 とりあえず脚を揉んで行くと、なんとなく筋肉の流れがわかってきた。その中に固まっているような部分がある。これを揉み解せばいいのだろうか。


「……ふ、う」


 エルクの口から声が漏れる。


「う、あ、そこ、気持ちいい」


 やばい、一発で変な気分になってきた。エルク、頼むからこっちを向かないでくれ……!


 鋼の意思で脚のマッサージを終わらせる。……特に脚の付け根がやばかった。あんなのほぼ尻じゃないか。


「どうだ?」

「おおー……軽くなったよ!さすが、才能あるね」


 脚をばたばたと動かすエルク。俺はそのまま腰のマッサージに入った。

 エルクに跨り、腰を押す。……硬い。やはりあれだけ歩いていると腰に負担が行くのだろう。


「あっ……」

「ん?どうした?」

「い、いや、なんでもない!そ、それより、どう?やっぱり柔らかいでしょ?」

「まあ……そうだな」


 腰はかなり固まっていて、指が全然入っていかない。それでも表面は柔らかかった。これが男女の違いということだろうか。

 エルクが腰をもぞもぞと動かす。……その動きは危険なのでやめて欲しい。


「重くないか?」

「だ……大丈夫。今ちょっとこっち見ないで」


 エルクの様子は若干おかしいが、腰、背中、肩、腕とマッサージを進めていった。

 正直ちゃんと出来ているのか不安だったが、肩をぐるぐる回して喜んでいるエルクを見ると効果はあったらしい。


 やり遂げた……。

 色んな意味で達成感があった。戦いに勝利した時のような感覚だ。


「さっすがカイン!マッサージで食べていけるんじゃない?」

「マッサージ界の英雄……悪くないな」

「競技人口、今のとこ二人しかいないけどね」


 さて、元気になった身体とは裏腹に……というか、元気になりすぎた身体を隠しながら、俺は立ち上がって風呂に向かった。ひとりで落ち着いていれば少しは鎮まるだろう。


「あ、お風呂?」

「うん。汗かいたし入ってくるよ」

「……」


 エルクは黙った。


「どうした?」

「いや……あの、せっかくだし」

「?」


 エルクがもごもごと何かを言い淀んでいる。いつも割とはっきり言うエルクには少し珍しい。

 自分の後に風呂に入られるのは恥ずかしい、とかだろうか。


「あの……せ、背中流そうか?」


 エルクの言葉は、俺の予想の斜め上をいっていた。

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