十四話 セントラルシティ
行くあてのない旅路。俺たちはとりあえず北へと向かっていた。
このまま北上していくと王宮へと近付いていくわけだが、先生の居た街はファルシオン王国のほぼ南端。国を出ないのであれば、行先は自ずと北へ絞られた。
道中、できるだけ超能力は温存していた。もしもエネルギーが枯渇してしまうと、俺は昏睡して動けなくなる。
そんな時に騎士と鉢合わせたら、抵抗すら出来ない。それが最悪の自体だと判断して、索敵のための千里眼以外は使わないことにした。
千里眼の範囲は少し伸びた気がする。先生を殺された、あの時からだ。おそらく、あの時はリミッターが解除されていたんだと思う。使おうと思えばテレポートも使えただろう。
多分そのリミッターが付け直される時、上限が緩和されたのだろう。
現在テレポートが使えるかはわからない。変に使うと動けなくなる可能性があるので、試していない。けれど、なんとなく使えない気がしていた。
最初のうちは八百屋に貰った野菜を食べていたが、すぐになくなった。それからは動物を狩って、食べていた。
ろくな調味料もないので、焼いて食べるだけ。肉は不味かったけれど、できるだけ無駄のないように食べた。
時には虫やトカゲなんかも食べた。初めて食べるものだったが、当然美味いわけもない。
最初の頃に食べていた野菜が恋しい。先生とエルクと、三人で食べていた食事が恋しい。
睡眠は、エルクの魔法を活用して安心して行った。
森の中で、中級土魔法『ディグアース』で土を掘り蓋をして、サイコキネシスで空気穴を作り、その中で『ウォーターボール』のベッドで眠った。おそらく、そうそう見つかることは無いだろう。
水のベッドは柔らかいけれど、それだけでは寒いので、俺たちは二人で身を寄せあって眠った。一日中歩き続けるので、疲労は溜まり、俺たちは毎日、不安を感じる間もなく眠りについた。
そんな生活を続けて二週間と少し。俺たちはとある街に到着した。
それが、セントラルシティ。ファルシオン王国の中心からやや南。そこに存在する、物流の拠点だ。
国が所有する土地であるため騎士の出入りも多く、指名手配されている俺は近付きづらいが、それでもこの国を通らなければここよりも北に向かうことはできない。
つまり、ここに来てついに俺たちは行先を決めなければならなくなったのである。何も考えずに隠れて進んでいられる日々は終わった。辛いけれど、頭を使わなければならない。
その日の夜。いつも通り俺たちは土の中に隠れた。俺は今後の行き先を決めるべく、エルクに話しかける。
「さて、ここまで来たわけだけど……これから、どこへ行こうか」
「うん……あ、ごめん。……なんだっけ?」
見ているだけでも分かる。エルクはもう体力の限界に達しつつある。
元々運動が得意な方ではないのに加えて、周囲の警戒や寝る場所の準備、さらには心労が祟っている。むしろ、ここまで来れたのが奇跡だ。
休まずここまで来たのだから休日くらい作ってやりたいのだが、『ディグアース』は夜中なら誤魔化せても、昼間だと誤魔化しきれない程度に痕跡が残る。穴の中で騎士に囲まれるなんて、御免だ。
つまり、この無茶な行軍は結局のところ成り立っていない。それに気付くのが遅れてしまったのだ。
俺はエルクを抱きしめた。汗の匂いがつんと香る。定期的に水浴びはしているが、毎日する余裕はないのだ。
「エルク、大丈夫か?ごめん、無茶させてるよな」
「大丈夫だよ。それにカインこそ無理してるでしょ。ずっと千里眼で安全な道を探してるの、気づいてるよ」
エルクは懸命に笑顔を作る。楽しいとか、面白いから笑うのではない、安心させるためだけの笑顔。
その顔が、先生の最期に重なった。
「……エルク、大丈夫だ。明日は何とか休めるようにするよ」
「そんなの、出来るの?」
「ああ、任せとけ。俺が何とかするよ」
そう言って頭を撫でると、安心したのかエルクは眠ってしまった。
水のベッドに寝かせて、俺は一人外出の準備を始めた。
土の中にエルクを残し、ひとりで外へと抜け出す。土をかぶせ、サイコキネシスで固めた後空気穴を開ける。これで問題ないだろう。月明かりに照らされる中、俺は金の入った袋を開いた。
中には俺が元々持っていた金、そして先生が遺してくれた金が入っている。そもそも俺たちは店に入れないので、金を使う機会なんてない。だから、それなりの金額だ。
俺は袋を閉じ、履いているズボンの裾を切り落とした。半ズボンになってしまうが、その分の布で顔を隠せる。髪も染め直すことができず大分黒い部分が増えてきたので、隠したいと思っていたところだ。
覆面は片目を隠す仕様にする。戦闘が起きたら不利になるが、一つ理由があった。
この二週間、千里眼を使い倒して新たに得た技能がある。
それは、『片目千里眼』。
千里眼を片目だけ発動して、自分の視界と千里眼を両立させることができるのだ。これを利用して、片目はエルクが隠れている場所を映し続ける。何かがあった時にすぐに察知するためだ。
便利なスキルだが、エルク曰くこれを使っている間は目の焦点が合わず気持ち悪いことになっているらしい。その違和感を消すため、千里眼にする方の目は隠しておく。
片目を隠した覆面の、ぼろぼろの子ども。見た目は悪いが、今から行く場所には身嗜みなんて関係ない。
今から行く場所は、荒くれ者の住処。
セントラルシティの暗部だ。
―――――――――
千里眼で人が居ないことを確認し、レビテーションで壁を超える。いい機会なので一応テレポートも使ってみたが、案の定今は使えないみたいだった。
人に見られないよう路地を抜け、裏路地へと入る。そこは一際暗い、まさしく"暗部"だった。
「誰だてめえ」
ふと声をかけられる。声がした方向を見ると、ラフな服装に長髪、腰に細い剣を下げたいかにもな荒くれ者がこちらを見ていた。
ちょうどいいな。
「あ?ガキじゃねえか……覆面のガキとは、随分と珍しい客だな」
「宿を探している。どこかに泊まれる場所は無いだろうか」
「あ?そんなもん表通りにいくらでもあんだろが」
「訳あって表の店は使えないんだ」
「へえ……訳ありか。深くは聞かねえが、そうだな……いい場所があるぜ。送ってってやるよ」
会話が成立するが、暗部の人間であることも手伝い、信用できる人間には見えなかった。
一秒たりとも油断せず、俺は目の前の相手にテレパシーを使っておく。
右腕。
「奴隷市場になァ!」
男は剣を抜きざまに俺に斬りかかってきた。
もちろん読めている。右腕を狙った横薙ぎの一撃をしゃがんでかわし、足払いで倒れ込んだところに剣を突きつけた。
「もう一度聞く。どこかに泊まれる場所はあるか?」
「あ……す、すいやせん……案内します、こちらへ……」
『しめた、このままアジトに案内してボコってやりゃいい!不意をつかれてやられたが、集団ならガキ1匹どうにでもなる!』
はあ、と溜息を吐く。やっぱり暗部は悪人だらけだ。
「盗賊団、とかか?」
「あ、え……何を」
「なるほど。十虎団というのか。アジトは南側にある廃棄された炭鉱の中」
ダサい名前だ。おまけに炭鉱の中って、知らなくても行くわけないだろ。結構遠いし。
俺は男を睨みつけ、低い声で言う。
「盗賊団なら、潰してしまっても構わないな?」
男は体を震わせ、素直に言うことを聞く気になったようだった。
……この間の女性といい、威圧感でもついたのだろうか?あまり怖くなるとエルクに嫌われそうだ。気をつけておこう。
「俺は宿は知りませんが、この情報屋に聞けば分かるかと……」
「分かった。行っていいぞ」
「へえ!ありがとうございます!」
……こんな三下感強かったっけ。
目の前の建物が本当に情報屋であることを確認して、俺は建物の扉を開き、中の女性と相対した。
「邪魔するぞ」
「あら……これは可愛いお客さんね」
目の前に居るのは、妖艶な女性だった。
可愛いお客さん、とは。やっぱり子供の身体だとナメられるのだろうか。レビテーションとサイコキネシスで大人を装うことも出来なくはないが……色々問題があるのでやめておくことにする。
「裏の宿屋とかって、あるか?」
「あら、ここは情報屋よ?道案内だとしてもタダじゃ教えらんないわ。いくら出せるの?」
「……金はある」
「ふうん。そうね……」
そして、女性が提示してきた額はあまりにも法外な値段だった。
彼女の頭の中を覗いてみると、本来の価格の20倍強。あまりにも吹っかけすぎだ。
「……流石にその値段は出せないな。他をあたるよ」
「あら、諦めがいいのね。ちょっとくらいならサービスしてあげるわよ」
「値段を下げてくれるのか?」
「値段は下げないけど、ちょっとだけ楽しませてあげるわよ?」
ちょっとだけゾッとした。今この女性にサイコメトリーをしたら一体どんな光景になるのだろう。
エルクに怒られそうなので、できるだけ素っ気なく断る。
「生憎まだ子どもなんでな。興味ない」
「あら。ちょっとくらい興味あるでしょ?」
「少なくとも、年増には興味無いな」
ブチ、と聞こえた気がした。やべ、煽りすぎたか?
「あっそ。じゃあお好きにどうぞ。次来た時は二倍の価格にしてあげるわ」
「もう来ないよ。価格が二十分の一なら払おうと思ったけどな」
「な……」
絶句。おっと、喋りすぎた。
扉を開けて、外に出る。情報はテレパシーで手に入れているから別に金を払う必要も無いんだが、泥棒みたいでちょっと気が引けた。適正価格なら払おうと思ったが……吹っかけてきたのは向こうだ。これくらいはいいだろう。
宿屋は四軒隣。情報屋が知っていた通りの店に入る。
「いらっしゃい」
「……」
中に入った瞬間、響き渡る嬌声。まあ、裏路地なんだから予想していたが……建物の外には漏れないのに入った瞬間こんだけ聞こえるってどういう防音構造なんだ。
「……宿を借りたい。今日じゃなく、明日だ」
「何時間で?」
「時間?」
「うちは一泊じゃなく時間単位なんです」
なるほど……主にこういう用途で使われる宿屋なんだろうな……
店員が紙をよこした。普通に一泊するとして、12時間くらいか?それで換算すると、普通の宿屋の約2倍ほどの料金。高いといえば高いが……
「随分良心的だな」
「こんなとこじゃあ、皆娼婦の方に金を使いたいですからね」
「なるほど、確かに」
食事だって皿より食材に金をかけたくなるものだ。やることが同じなら、場所はあればどこでもいいのだろう。
「じゃ、明日……もう今日か。今日の朝10時から明日の朝10時までの24時間で予約しておいてくれ。ちなみに、防音室とかあるか?」
「ありますよ。高くなりますが」
「そっちで頼む」
「お盛んですねえ。食事はどうします?」
「冗談はやめてくれ。悪いが、疲れてるんだ……。食事も付けておいてくれ」
「へい。じゃあ10時にまた来てください」
裏路地のくせに随分と良心的な店だ。あるいは、パトロンでも居るんだろうか。
……ありそうな話だ。貴族連中が使ったりするんだろう。
まあそういうのは今はどうでもいい。今はエルクを休ませるためにこの店を利用するだけだ。
同じルートで拠点に帰る。エルクはまだ眠っていた。……何も無くてよかった。
明日は俺にとっても久々の休息だ。もちろん警戒は必要だが、せいぜいゆっくりさせてもらうとしよう。
エルクの隣で目を閉じると、俺はすぐに眠りに落ちた。




