十三話 優しい人、立派な人
先生の部屋の、ベッドの下。
言われた通りの場所を探すと、大きな包がふたつ出てきた。
ラッピングを剥がすと、中には剣と、杖がそれぞれ入っていた。
そして、それぞれメッセージカードが同封されている。
『カイン君へ。伝説の刀匠が作った逸品だよ。いつかのマグカップと違って本物だから、大事にするといい。これでエルクと、そして自分を守るんだ』
『エルクへ。世界樹の枝から削り出した逸品だよ。そのまま殴れるくらいに丈夫だから、カイン君が浮気でもしたらこれで殴ってやれ』
「……先生らしいな」
「そうだね」
先生は、安物と最高級品しか買わない極端な人だった。買い換えが前提のものは安物、一生使うものは最高級品を買うんだ、と言っていた。
剣も杖も、良いものはきちんと手入れすれば一生使える。それに、俺たちの命を守るものだから、妥協なんてしなかったのだろう。先生は、いつも俺たちのことを一番に考えてくれていたから。
剣を抜いた。美しい直剣だ。一切の飾りを省き、機能美だけに特化している。同じ高級品でも、騎士が持つ豪華に飾られた剣とは真逆だ。
こういうところも、先生らしい。
「……先生」
涙が零れそうになった、その時。
『この店で一番いい剣をくれ!』
先生の声が、確かに聞こえた。
「……え?」
困惑する声に横を見ると、エルクにも聞こえているらしい。きょろきょろと辺りを見回していた。これは……
俺は手に持った剣を見る。
サイコメトリーとテレパシーの、暴走……?
『なんだ先生、威勢がいいなあ。あんた戦闘なんか出来ねえだろう』
『プレゼントなんだ。命を守るためのものなんだから一番いいものを買った方がいいに決まってるだろう?』
『一番良い剣ねえ……ならこれだな。伝説の刀匠、ヴェルク・ヘーパイストスが打った一振りだ。鑑定書もあるぜ』
『ほう、それは凄い。ならそれを貰おう』
『豪気だねえ……言っとくが、宝の持ち腐れってのもあるんだぜ?』
『そんな心配は無用だよ。あの子は天才だ。英雄にだってなれる男だぞ』
『そうかい……先生がそんなに言うなら凄えんだろうな。そら、見積もりだ』
『うっ……少しまけてもらえないかい?』
『分割でもいいぜ?』
『いや……払うよ。後で金を持ってくるから、しっかり整備しておいてくれ』
『はいよ。毎度あり』
これは先生の……いや、この剣の記憶だ。
だから、先生の顔だってよく見える。
先生にまた会えたような気がしてきて、俺は手に持った剣を思わず抱きしめた。
「……エルク。その杖も」
「……うん」
エルクは涙を拭って、杖を俺に手渡した。
『この店で一番いい杖をくれ!』
剣を買う時と全く同じテンションの先生の声が聞こえた。少し面白くて、俺たちは吹き出した。
『なんだい、あんた魔法なんか使えないだろう』
『プレゼントだよ。魔術師の女の子にあげるんだ』
『へえ。その子はどんな杖を使ってるんだい?』
『普段は使ってないよ。だから、初めて触れる杖を最高のものにしてやりたい』
『なるほどねえ……ならこれがあるよ。世界樹の枝から削り出した、この世にふたつと無い杖だ。そこまで大きくないから、まあ……初心者が使うもんじゃないけど、初心者でも使いやすいだろう』
『ほう、それはあの子に相応しい杖だな。それを貰おう』
『だけど、気をつけなよ。魔術師にとって杖は補助でしかないけれど、それでも使うと使わないとじゃ大違いだ。こんないい杖いきなり持たせたら、力に溺れるってこともあるんだよ』
『そんな心配はいらないさ。あの子は優しくて、人のために力を使える子だ。これをあげれば一層努力して、カイン……大事な人を守るために使ってくれるよ』
『そうかい……よっぽど惚れ込んでるんだね。じゃあはいこれ、見積もり』
『うっ……これも高いな……』
『あんたがうちで魔術の研究をしてくれるんならタダでもいいよ』
『いや、今は大事な研究をしているんだ。払うから手入れをして待っていてくれ』
『ふうん。なんの研究だい?』
『それは企業秘密だ。それじゃ、少し待っていてくれ』
「先生……私……」
エルクは泣き出してしまった。
俺はいても立ってもいられず、エルクの肩を抱く。
「エルク。最後に、この家の先生との思い出を全部、取りこぼさないように、見て行こう。きっとこの力は……そのためにあるんだ」
「……うん」
そして俺たちは、家のひとつひとつに触れて、その度に泣いた。
半日以上かかったけれど、先生との思い出を振り返るには短すぎるくらいだった。
家中のものひとつひとつに先生の思い出があって、その全てに俺たちが居た。
それが嬉しくって、同時に哀しかった。
もう、先生はいないから。
「……エルク。この家での一年は、幸せだったな」
「うん」
「思い出が沢山詰まったこの家を、出たくないよな」
「うん」
「……でも、もうここには居られない」
「……うん」
「この家を出よう。きっとすぐにまた騎士が来る。ここに住み続けて騎士に襲われることは、きっと先生は望んでいない」
そして、少し薄暗くなってきた頃。
俺たちは荷物をまとめた。
来た時に比べて、少し狭くなった部屋。俺は少し背が伸びたんだと気づいた。
リビングに横たわる先生の身体。
エルクはその腕から髪留めを取って、手首に付けた。
俺は先生がいつも着ていた白衣を割いて、剣帯にした。
「先生と一緒に居たい」と、エルクが提案したことだった。
俺たちは、二人で先生の亡骸を抱える。
そして穴を掘って、庭に埋めた。墓石は無いので、代わりに先生がいつも座っていた椅子を置いておいた。
一緒に先生が遺した煙草と、珈琲豆を埋めておく。これで先生はいつもの席で、珈琲を飲みながら煙草を吸えるだろう。先生の大好きな習慣だ。
俺は一本抜き取っておいた煙草を咥え、火をつけた。
「う……げほっ、げほ」
「カイン……」
「確かに、身体に悪そうだな。これ」
火のついた煙草を土に刺す。日本では喫煙者が亡くなった時、こうして弔うんだそうだ。
煙が上がる。いつも先生が吸っていた、先生の匂いだ。俺たちの大好きな匂いだ。
先生との思い出が記憶から引き出される。それを噛み締めているうち、俺たちはここから動けなくなってしまっていた。
そうして先生との別れを惜しんでいると、後ろから声がした。
声は少しだけ、震えている。
「君たちは、先生のところの……どうしたんだ」
振り返ると、八百屋の倅だった。
箱に野菜を沢山詰めて持っている。そうか……今日は野菜を届けてくれる日だったか。
「……まさか」
「八百屋さん。もう野菜を届けてくれる必要はありません」
「嘘だろ」
「先生は、死にました」
八百屋は箱を放り出して走ってきて、そして俺たちの顔を見て……全てを悟ったような顔で、崩れ落ちた。
俺は彼に全てを話した。俺たちの素性のこと、先生が俺たちを治し、守って、教えて、そして殺されたこと。その全てを話した。
彼は相槌も打たずにそれを聞いて、そして、聞き終わった後に、ぽつりぽつりと話し始めた。
「俺な、娘が居るんだ」
八百屋は涙を流さず、ただじっと座って、先生の墓を見ていた。
まるで、先生がまだその椅子に座っているみたいに。
「先生が来たばっかりの頃、娘が高熱を出したことがあってな……その時先生は、どうも冷たい目ぇしててよ。俺は正直、嫌いだった。
でも他に医者は居ねえから、先生のところに連れてきたんだ。先生は苦しむ娘のそばにつきっきりで、必死になって治してくれたよ。
でもしがない八百屋だからよ……俺の家にゃ金が無かったんだ」
彼は、俺たちにではなく先生に話しているような、そんな感じがした。
俺たちと同じだ。先生との思い出を、振り返っているんだ。
「俺はそれを隠してたけど、娘が治ってからそれを告白した……卑怯だよな、でも最初にそれを言ったら治して貰えねえと思ったんだ。
先生は言ったよ。『金なんかいらないから、頑張った娘さんに何か買ってあげてほしい』ってな。
だから俺は、ずっと野菜を届けてたんだ……少しでも先生に借りを返したくてよ。
でも……先生、俺まだあんたに借りを返せてねえよ。なんであんたみてえな立派な人が……」
それでも、八百屋は泣かなかった。ただ、悲しそうな、何かを堪えるような顔をして、震えるだけだった。
「……君らは、これからどうするんだ」
「……何も決めてません」
「早くこっから離れた方がいい。騎士を返り討ちにしたんだろ?すぐまた追っ手が来る。
要るならその野菜、持ってけ。どうせ先生にやる予定だったもんだ。君らが食うなら、先生も喜んでくれるだろう」
俺は八百屋にかける言葉を持っていなかった。彼の悲しみは、きっと俺たちと同じものだ。俺自身、何を言ってほしいのか分からない。
だから俺は黙ったまま、彼の言う通りに野菜の入った箱を持って、立ち去ろうとした。お礼すらも、言えなかった。
「お前らのせいだと思うなよ!」
八百屋は声を上げた。
「お前らが来てから先生の目は変わった。死んだような冷たい目から、あったかい、楽しそうな、生きてる目になったんだ。
先生はお前らのせいで死んだんじゃない。お前らが来てからの一年間、やっと生きることが出来たんだ。
……仇討ちなんて、考えるな。お前らはまず自分が生きることを考えるんだ」
八百屋は矢継ぎ早に、そう言った。
「……ありがとうございます」
俺たちは、その場を去った。
背後から、すすり泣く声が聞こえた。俺たちの前だから、我慢していたんだろう。
俺たちも泣いた。
「八百屋の倅さん、いい人だったよな」
「うん。自分のことを卑怯者だって言ってたけど、私は優しい人だと思う」
「なんであんな人が泣いて、先生みたいな立派な人が死んで、それで……あんな奴らが好き勝手にしてるんだろうな」
「……」
行くあてもないまま、とにかくその場を離れる。
出来るだけ人通りを避け、隠れるように歩いていく。
そして、道を曲がって、少し細い道に入った時。一人の女性が目の前に居た。
彼女は俺たちの顔を見て、驚いた顔で立っていた。
「あんたたち……なんで……」
「あなたは……?」
「まさか、騎士から逃げきったの……?」
「……カイン、もしかしてこの人」
「ああ。多分、この人が……」
女性は恐怖した顔で、それでも俺たちの前から動こうとしない。
「貴族を殺した暗殺者……あんたみたいな奴が居たらこの街は終わりよ!もうすぐ騎士がまた来る!それまでせめて、あたしが……」
「……先生は、死にました。騎士に、殺されました」
「先生が……?あんたたち……!やっぱり先生の財産を狙って来たのね!あんたたちが殺したのに騎士になすりつけようったって、そんなので騙されないわ!」
「……どいてください。あなたは悪くありません。あなたはきっとこの街を守ろうとしただけだ。大事な人を守りたい気持ちは、立派です」
「うるさい!来るなら……」
「もう一回言う。どけ」
女性が硬直した。目を見開いて、身体ががくがくと震えている。
「あなたは悪くなんてない。だから傷つけたくないんだ。でも、今は機嫌が悪いんだ。それ以上喋らず、どけ」
「あ、う……」
女性はへたり込んで、言葉を発することもできなくなってしまった。
俺たちはその横を通り抜けて、また歩き出す。
「カイン……?」
エルクが俺の袖を引いた。
「……ごめん。怖かったよな」
「ううん……」
「大丈夫。エルクだけは守るから」
エルクの頭を撫で、それから俺たちは歩き出した。
一年を過ごしたこの地を離れて、新たな地へと。
いつか、安心して暮らせる日を夢見て。




