十話 三人の日常
目が覚めると、エルクは平静を取り戻していた。
俺たちは後日、再度訪問してきた八百屋の倅に謝罪した。
エルクには無理をしなくてもいいと言ったのだが、本人がどうしても謝罪したいと言うので、一緒に頭を下げた。
「俺もすまなかったよ。あんな事になるとは思わなかったんだ……気をつけるよ」
彼はそう言って、子どもの俺たち相手にしっかりと頭を下げた。
間違いをしっかり認めて、相手が誰でもちゃんと謝る。立派な人だと思う。
「坊主よお、お前には触ってもいいのかい?」
「あ、だ、大丈夫です」
「そっか」
彼は俺の頭を撫でた。
「俺が言えた義理じゃねえけどよ、しっかり守ってやれな」
「……はい」
彼はそう言って帰って行った。
確かに、先生の言う通りだ。
この世には悪い人も居るけれど、良い人も居る。
それからというもの、俺と先生は超能力の研究に励んだ。先生の知識にある超能力の中にも、使えるものと使えないものがあるみたいだ。
使えないものは主に三つ。
ひとつは、未来視。その名の通り、未来を見る能力だ。
先生が言うには。
「君の能力は、距離でエネルギー消費が決まる傾向がある。遠距離へのテレポートでエネルギー切れを起こした時みたいにね。
未来視は四次元の壁を突破して情報データを移動させる必要があるけれど、単純にそれに必要なエネルギーが足りないのだろう」
とのこと。つまり、今後成長に伴ってエネルギーが増えていけば使えるようになる可能性はあるらしい。……多分無理らしいけど。
次に、念写。先生が言うには、目の前に存在しない対象物を写真とやらに描画する能力らしい。
これが使えない理由は簡単。カメラとやらも写真とやらもこの世界には存在しないからだ。一応、紙に書く方法もあるらしいけれど、それはどうやっても難しくて、鉛筆から俺の下手な絵が出力されるだけだった。……ちょっと絵の練習しようかな。
最後に、治療。超能力で治療を行うことがあるらしいけれど、これも再現出来なかった。
これは理由がよくわからないらしい。仮説だが、俺の中に「治療は回復魔術で行うもの」という固定観念があるからだ、という説が有力だ。
なので、今後記憶を失うことがあって、その状態で試したら可能になるかもしれない……無論、そんな予定は存在しない。
一応、アポートという能力も再現は出来なかった。テレポートの逆で自分の元に物体を転送する能力だそうだが。
先生曰く、原理的にはテレポートと変わらないはずだからテレポートが出来るようになれば可能になるはずだということだ。
逆に、使えるようになった能力もある。
まずは、パイロキネシスと千里眼。どちらも非常に便利なスキルだ。特に、パイロキネシスのおかげで魔力の偽装ができるのは素晴らしい。代償として俺は髪を染め続ける必要があるけれど。
千里眼の限界は10km程度、らしい。見えたものを先生に伝えると、それくらいだと言っていた。大体馬車で一時間半くらいの距離らしい。
10kmの距離をしばらく見続けた結果、軽い疲労感と頭痛に襲われた。昏睡するほどではないが、エネルギー切れなのだろう。それを考えると、やはりあの時のテレポートは限界を大きく超えていたのだと思える。
テレポートと千里眼を使った時だけエネルギー切れが起きたということで、おそらくエネルギー消費の大きな割合を「距離」が占めているのだろうという仮説が生まれたわけだ。
ちなみに、千里とは500kmほどらしい。現状は二十里眼だ。先は長い。
そして、新しく出来るようになったのがレビテーション。空中を飛べる能力だ。
これもサイコキネシスの派生で、例の『手』を大きくして自分をぶら下げる、みたいなイメージで出来た。そのまま移動も可能……だけど、案外速度は出ない。俺の体重で速く移動するにはまだ出力が足りないようだ。上空に逃げられるのは有用だけれど、現状魔法や弓で狙い撃ちにされる未来が見える。
こうした出力の低さやエネルギーの限界は、先生曰く使っていくうちに伸びる可能性が高いらしい。成長でも伸びるし、今は脳にリミッターがかかっている可能性が高いのでそのリミッターが外れれば大きく増えるはず、とのこと。
最悪昏睡と引替えに強力な力が使えると考えたら、リミッターを外さないといけない場面も来るだろう。来ないよう祈るけど。
あとは、サイコキネシスを使用して身体を強制的に動かす戦い方の練習。こちらは難航している。
というのも、そもそも戦う相手がいないのだ。エルクは近接戦闘は苦手だし、先生は戦闘能力をまるで持ち合わせていない。
なので、今は基本動作を全てサイコキネシスで行う訓練をしている。おかげでよく転ぶし、ご飯を零す。大分慣れてきたが、それでも転ぶ。こちらも道のりは長い。
ただ、緊急回避は明らかにしやすくなった。訓練のためにエルクと先生に不意打ちで突然殴るようお願いしているのだが、最近はそれを回避することができるようになってきた。単純に、身体を動かすよりも動作が速く、その分反応が遅れてもいいからだ。
問題があるとすれば、身体の可動域を超えた動きになりがちなので身体の節々が痛むことだろうか……これも数をこなして、身体で覚えていくしかないだろう。
訓練のことばかりだけれど、もちろん訓練以外の活動もしている。
例えば勉強。元々勉強は得意だったが、どうもこの世界は日本に比べて知識水準が圧倒的に低いらしい。先生の持つ異世界の知識を教えてもらった。
もちろん異世界の環境が前提な部分もあったが(グラム法やメートル法について教えてもらったけれど、まずそんなに正確な測量が出来ないので意味がなかった)、特に算術や政治・経済はためになることが多かった。先生が言うには、この世界の算術は日本で僕たちくらいの年齢になれば出来ないものはそう居ない、というレベルのものらしい。すごい世界だ。
先生は俺たちの学習スピードに舌を巻いていた。分野は絞ってあるとはいえ、俺は二ヶ月ほどで高校卒業(18歳くらいらしい)レベル、エルクは中学生(13〜15歳くらいらしい)レベルの学力がついたらしい。
「カイン君はサイコメトリーで効率よく勉強が出来ているのだろうが、それにしたって二人ともおかしい」
とは、先生の言。
これは気分が良かった。久々に自分が魔力以外天才なのだという自覚が持てた気がする。自虐するわけじゃないが、クライヴなら一ヶ月で俺くらいになっていただろうけど。
面白かったのは、民主主義という国の在り方だった。先生の世界ではこれが普通らしい。
若干疑問な部分もある。民衆のほとんどは政治の実践的な知識を持たないはずで、そんな彼らが政治を行うというのは危険に思えるけれど、それは向こうの世界の知能水準の高さで成り立っているのだろう。多分。
とはいえ、ある意味理想的だとも思える。権力が集中しないなら、この国のように上位貴族による横暴は存在しえない。
いつかこの国もそうなればいいと思う。
エルクについて語っていなかった。
エルクは勉強に加えて、二つの練習をしている。ひとつは魔法の練習だ。
彼女は魔法の学習を途中でやめている。そのため、このままいくと新たな魔法が使えるようになることはない。
けれど、現時点でもかなりハイスペックだ。水属性と回復魔法は最上級、雷属性は上級、風以外の属性は中級。ちなみに、近接主体の冒険者だと得意属性以外の魔法は初級すら使えないということも多い。
それに、訓練の中断は悪い事ばかりではない。魔法は使えば使うほど精度が上がっていくのだが、騎士の訓練は色んな魔法が習得できることを重視している。そのため、既に習得した魔法を訓練するなら実は今の方が都合がいいのだ。
……まあ、大規模な魔法は訓練できないけど。
とはいえ、俺のような素人から見てもエルクの魔法の精度はどんどん上がっている。この間なんて、初級魔法の『ウォーターボール』でベッドを作って寝ていた。
サボっているだけにも見えるが、寝ている間も魔法を維持し続けるのは至難の業だという話だ。ついでに、無詠唱もいつの間にか習得していた。
おそらく、彼女の適性は水属性にかなり偏っているのだろう。髪の色も透き通った水色だ。関係ないかもしれないが。
もうひとつは、家事の練習だ。
なんで?と思ったが、先生の時間をできるだけ俺の超能力の研究に充ててほしい、ということらしい。エルクの訓練は一人でもできるが、超能力の研究は先生が居た方がいい、ということだそうだ。いじらしい。
ちなみに先生がこっそり教えてくれたのだが、もう一つ理由があるらしい。先生がエルクに「支える女」について吹き込んだらしい。
日本では変わってきているらしいが、この世界ではまだまだ「男が働き、女が支える」という思想が根強い。魔力適性が関係する騎士や冒険者は例外だが。
なので、言ってしまえばエルクの行動は花嫁修業のようなものらしい。いじらしい。
ちなみに、先生には一言「彼女の家事に文句を言わず、定期的に感謝の言葉を伝えろ」と教えられた。日本ではそれが原因でSNSなる場所で血みどろの戦争が繰り広げられているらしい。日本は案外恐ろしい国のようだ。
エルクの家事は、しかし文句を言うまでもなく完璧だった。特に効率が凄まじい。
食器洗いや洗濯は水魔法で乾燥まで手早く終わらせ、掃除もいつかのクライヴのように塵1つない状態に仕上げる。完璧だ。
ただ、唯一料理は苦手なようだった。彼女が料理をした日、教え通り俺は「美味いよ」と言ったが、先生は「不味い。カインは気を使っているだけだ」と言いやがった。
逆に、俺は料理が割とできた。その日以降、料理だけは俺がやっている。
そんな充実した、幸せな生活を送って約一年が経った。
俺とエルクは11歳になった。




