12 スラム街
【デグンside】
翌日、僕はヘルという少女と一緒にスラム街まで来ていた。
「ボク、ちゃんとついてきなよー?」
ヘルは軽やかに壁を蹴り、屋根へと舞い上がった。それはもはや人間の業ではないのではないかと思わせる身のこなしだった。
「まったく、しょうがないなー」
ヘルは屋根から器用に降りてくると、僕を小脇に抱えて再び屋根へと登る。何度もここを往復しているのだろう。迷いなく同じ場所を蹴って登っていく。
「お前は何者なんだ?」
「か弱いスリの少女ヘルちゃんだよ」
「ボク、あの赤い倉庫街が見えるかい?」
「うん、見える」
「あそこの一番端の列の前から三個目の倉庫に、私の私物が置いてあるんだ」
そこに広がっていた景色は、スラム街の全貌を一望できるものだった。奥には赤いペンキで塗られたであろう倉庫街が見えている。
僕はヘルに小脇に抱えられ、次々と別の屋根へ飛び移った。この子は明らかに常軌を逸した身体能力の持ち主だ。B級の探検家でも、ここまでの身体能力を持つ者はいないだろう。それ故に感じる、この少女の異質さ。考えれば考えるほど、少女の正体は謎に包まれていく。
赤い倉庫街に到着したとき、僕は意を決して彼女に問いかけた。
「ヘル、お前は何者だ?なぜスリをしている?」
「それ聞いちゃうんだ。へぇ」
「いいよ、答えてあげる。私はそうやって育ったからだよ」
「私はスリや盗みの技術を親から叩き込まれた。それだけだよ」
そう言う彼女の目は、いつもより黒く淀んでいて、怒気すら感じさせるものだった。その返答を聞いて僕が驚き固まっていると、彼女は踵を返して倉庫街を進んでいく。
ある程度倉庫街を進んだところで、彼女は立ち止まった。
「ここだね」
彼女は懐から針金を2本取り出し、鍵穴に差し込んでカチャカチャと音を立てる。しばらくすると、ガチャリと音がして鍵が開いた。
その倉庫の中には、赤いローブと同じく赤いブーツ、壁に立てかけられた短剣などがあった。
「これを出すのも久しぶりだなぁ」
赤いブーツと赤いローブを身に着ける彼女。
「よーし、帰ろうかボク」
周りにある物は貴重品ばかりだった。どれも売れば数百万ドーラにはなりそうな代物ばかりで、中には数千万にまで達しそうな物まである。小袋を手に取り、その倉庫を出ていく少女。
「ボク、帰るよ」
そう言われ、僕は彼女の後をついていくのだった。
【ユウセイside】
デグンくんとヘルを送り出した後のことだった。
「ミトンさん、彼女のことですが」
「ああ、わかっている。かなりの実力者だな」
「恐らく全盛期の俺よりも強いぞ」
「まじですか」
「あいつから魔力を観測できなかったんです」
「無魔力症という可能性もあるが、暗殺者の可能性が高いか」
「あの実力なら暗殺者でもおかしくはないな」
「ここで話していても仕方ない。そろそろ時間だ、行くぞ」
「はい」
馬車に乗り込み、しばらく進むと内郭に入る関所が見えてきた。徹底的に身分制度が敷かれているのがわかる。ミトンさんが手形を出し、通過する。
すぐに大きな道から逸れて外縁部を進むと、大きめの屋敷が姿を現した。外観は中世の建物といった趣で、石材と木材で作られているのがわかる。
「あそこが大魔法使いラッド・トールの屋敷だ」
馬車を屋敷の敷地に停め、歩いて屋敷に向かうと、執事らしき人が出迎えてくれた。
「ミトン様ですね。そちらの方は?」
「面会に同席するユウセイという者だ」
「かしこまりました。応接室へどうぞ」
通された応接室は、本と絵画で飾られ、真ん中に机、その周りにソファーや椅子が4席ほど配置された部屋だった。
しばらくすると、応接室に気品ある男性が入ってくる。荘厳でありながら同時に気さくな雰囲気を持ち、淡い黄緑色の短髪に眼鏡をかけている。高価そうな装いだが、どこか親しみやすそうな人物だった。
「やあ、ミトン。息災かい?」
「おかげさまでね」
「そちらの子は初めて見るね。まずは自己紹介かな?」
「僕の名前はラッド・トール。善の都大魔法使い第八席次だよ」
「これからよろしくね」
「よろしくお願いします!」
「いい子だね。うーん、気に入った」
「君に合う魔導書を一冊あげよう」
「解析魔法」
「ほうほうほう、なるほどね」
「妖術師系なんだね」
「だったらこれがいいかな」
青みがかった灰色の表紙の本を差し出してくる。
「強化魔法教本だよ。これは妖術師の一番得意とする系統だ」
「ユウセイ、君には魔法の才がある。頑張って僕たちのところまで来なさい」
「失礼いたします」
「ジェーン、ちょうどいいところに来たね」
「なんでしょうか、ラッド様」
そんなことを言いながら、彼女は3人分の紅茶を入れ、お茶菓子を出してくれた。苦めの紅茶だ。菓子受けと同じ場所に置いてあったミルクを使って、ミルクティーにする。
ズズズ。
美味い。
お茶菓子はクッキーだった。
「ジェーン、あれを持ってきてくれるかい?」
「かしこまりました」
執事のジェーンさんが持ってきたのは、石が入った箱だった。
「これがいいかな」
ラッドさんが石を握ると、手の周りに魔力が集中するのが見える。
「これは鑑定石だよ。魔法使いに限り、系統と魔力量を測ることができる」
「これを首からかけておくといい」
俺は鑑定石を手に入れたのだった。




