【第三十四章】
【第三十四章】
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・昇。昇。ねぇ、昇。」
昏睡状態にあった昇が、夢を見始めた。それはとても懐かしい声であった。
「美々、なのか?」
「ひさしぶりね、昇。どうしたの?また、一人で背負っているのね。」
「美々!おおお、美々!またこうして逢えるとは!だが美々、儂は、儂はまた。」
壮年の頃、昇はある少女と恋に落ちた。親子ほども歳の離れたその少女は、守備を任された国境の町の長者の娘で、時折、昇に茶菓を運んで来てくれていた。その屈託のない笑顔は、策謀に明け暮れていた昇を癒し、明るい世界へ引き戻していた。長者も、昇の人格に惚れて込んでいたので二人の間を認めていた。やがて、二人の間に一人の男児が生まれた。それが仁である。
「ねぇ、昇。私が死んだあの戦と、また重ねているの?」
「儂の力が足らぬばかりに、お前や、長者殿や町の若者たちを、多く死なせてしまった。」
「仁を守ってくれたわね。仁はもう成人したのね。嬉しいわ。」
「でも、お前を!お前を永遠に失ってしまった!儂が判断を誤ったばかりに!あの時、儂に冷静さがあれば城門を開けなかったのだ。お前たちが死ぬこともなかったのだ。」
「仁を従者に預けた後、あなたは怒りに任せて、敵の街を3つ壊滅させたのよね。暴れ狂う嵐を呼ぶ龍と例えられたわね。誰にも止められなかった。手がつけられなかった。」
「儂の責任だったのだ。儂のせいで、お前を失ってしまった。」
「ねぇ。あの時、あなたは謀られたのよ。あなたの中にある優しさにつけ込まれて。」
「それでも儂の罪は許されぬ。」
「誰か、あなたを責めた?皆わかっていたのよ。今回も皆わかってくれているわ。」
「儂はまた、取り返しのつかぬことを。変化の少ない防衛戦維持。防衛軍の士気を保つなどと、もっともらしい事を口にしたが、本音は儂が憂さを晴らしたかったのだ。そのせいで、賛同してくださった方々の兵を多く損なってしまったのだ。儂の我儘のせいで。さらに放浪軍本体を叩くなどと豪語して、目を離した隙に返り討ちにあい、その約束も果たせず。」
「でも、あなたが寝ている間になんとかなったみたいよ。あなたが居なくても、なんとかなるのよ。仲間の力をもっと信じなきゃ。」
「儂は役目を果たせなかった。大事なものをまた、失うかも知れぬ。」
「あなたの仲間は、弱くないわ。現にあなたが寝ている間にも、みんな頑張っているわよ。」
「儂の力は不要なのか。」
「力は、もう良いの。他の方々が充分に武力を持っているわ。仁にも、ジィジと揶揄われているんでしょ。あなたはおじいちゃんなの。無茶しちゃかえってご迷惑。自覚してね。」
「では、儂の存在する意味は。」
「私はね。」
あの笑顔で続ける。
「強いあなたや賢いあなたに惚れたわけじゃないわ。そこに居てくれるだけで、安心できたの。今でも、あなたが生きていることが、それだけで私の喜びなのよ。」
「居るだけ。そんな理由で、儂は生きていて良いのか。」
「他の人がどう思うかはわからないけど、私はあなたが居るだけで、幸せだった。あなたの愛が私を満たしていたから。だから、さっさと目を覚まして、そこに居て良いか、みんなに聞いてご覧なさい。」
自らも陣を辞し病床に付き添う仁が、眠り続ける昇の開かぬ目蓋の内で、わずかに眼球が動き始めた事に気がついた。はたして、覚醒するのか。覚醒を神は許すのか。
【章末】




