Survivor
その一連の光景を男は高台から見下ろしていた。街中にあって何故かここだけは崩れていない。
この災厄の起点となったその男は誰に言うともなくその想いを述べていた。
「季節が巡るように命が芽吹く……死からの再生。それこそが大地母神たる所以。なれば死力を尽くせ……」
その意思が通じたのかそれは起きていた。
死んだように倒れていたフンババが立ち上がる。
神は人の尺度ではものを見てはくれないらしい。
光が散るように神槍は再び神の手へと還っていった。
それに従い巨獣に空いた大穴はそこに砂が流れ込むようにして塞がっていく……
皆がまさか……という思いでそれを息を呑んで見つめている。
上がっていた勝鬨の声は次第に小さなものとなりいつしか消えていた。
膝を折り絶望と共にそれを見つめている。
皆が信じたく無いのだ。
どう見ても死んでいるように見えることもあって、この不可解な現象に戸惑いを隠せない。
半信半疑で皆が見つめる中……
「────────ォオオオオ!!」
叫びと共に刮目し、それは復活した。
†
「我が時間を稼ごう。お前達は逃げるのだ」
古代魔法によって自身も魔力が枯渇しているだろう女王がそう命令を下す。
「例え陛下の命とあっても、ここに逃げる者などおりません!」
しかし、皆がそれに異を唱える。疲れているのは皆同じだったが、エルフはプライドを重んじる種族だ。女王一人を残す事などあり得ない。それは己の死よりも崇高だと言わんばかりに……
「馬鹿者共が……よかろう、運命とやらに徹底的に抗って見せよう」
女王はそのペンダントを掲げると闇の鎧の封印を解いた。
噛り付く様にしてその結晶の一端を口に含む。
それを見ていた私は驚愕した。
何だと! まさか……そんな方法が、ちょっと期待してたのにッ!
私のそんな思いを差し置いて、鎧は変容する。
噴出するように闇属性の魔素が広がる。そして中から一筋の光明が生まれた。
結果女王は自身に勝った。
それは変容し変質していた。その身に纏うのは白銀の鎧だ。
それまで着ていたアルフヘイム正式軍装が変容し、白銀の翼が付いていた。
あまり変化が無いようにも見えるが、アルフヘイムの軍装にはハイエルフたる女王の、そしてエルフ達の矜持が宿っているのだろう。その力が伝わってくるような装いだった。
女王を中心に皆が攻勢に撃って出る。
さすが対神兵装と呼ばれただけあった。あるいは女王自身の力か……
女王の白銀の槍がフンババのその巨大な身体を少しづつ削って行く。
それにつれて次第にフンババの動きが弱まって行くのがわかった。
女王が何かしたのだ。
「神の枷Gleipnir!!」
女王がそれを告げると、巨獣は完全に静止した。
どうやら拘束魔法らしい。糸状の魔素が巨獣を中心に何本も巻き付いていた。
だが巨獣も拘束されながらも強引に暴れようとその口を開く!
「────────ォオオオオ!!」
その咆哮に応じて大地から水気が立ち上る!
「させるか! 神の傀儡!!」
女王が糸を操り強引にその巨獣の口を閉じさせた。
「今だ! かかれぇッ!!」
それに応じる様に双樹氏とその軍勢から全力の攻撃が着弾した。
ここに至ってはもはや剣士も魔導士も無い。
なりふり構わず皆が生きるための最善を尽くす。
双樹氏に続いて散華ちゃんが、蓮華姉さんが、藤乃が、ツヴェルフさんが……
それまで女王を護っていた者達も参戦した。
次第に巨獣は傷つき……誰もがそこに勝機を見てとっていた。
勝てる! 私でさえそう思えるほどの攻勢だった。
巨獣は動かない。
それは不気味なまでに動かない。それは例えるなら嵐の前の静けさだったのか……
ただ、それは怒りを溜めていた。
溜りにたまったマグマを吐き出すように……火山が噴火する如くに……
巨獣は全身から何かを吐き出した。
それは広範囲に及び、主に勝機を見て取り近づいた剣士達を襲撃した。
倒れていく……
散華ちゃんが。
蓮華姉さんが。
藤乃が。
双樹氏が……勝機を見て取り、なりふり構わず突撃した前衛達がその一撃で倒れて行く。
同じ様にそれを浴びたツヴェルフさんと女王だけが比較的軽傷だった。
「死の息かッ!? 陛下っ!!」
「ツヴェルフさんッ!!」
そのアルヴィトの声が聞こえたのか、女王が糸状のな魔素を操り倒れた双樹氏と数名の者達を退避させる。
私の声をきいたツヴェルフさんは散華ちゃん、蓮華姉さん、藤乃を抱えて離脱した。
ツヴェルフさんは自動人形……言わば泥人形の後継機だ。
同様に耐性があったらしい。ただ、呪いは受けてしまっている様子だった。苦痛にその美しい顔を歪ませていた。
女王は闇の鎧の波動がその死の息から護っていた。
しかし、その直後巨獣の尾が女王へと叩きつけられた!
巨大すぎてその尾までは女王の拘束が至っていなかったのだ。
退避させることに意識を取られていた女王は、それに弾き飛ばされ落ちていく。
闇の鎧は女王を護っていた。ただしボロボロに崩れ破その白銀の欠片を散らしながら……
神の力の前に闇の鎧は砕け散っていた。
落ちて行く裸身をアルヴィトは抱きかかえるように受け止める。
「本当に私はいつもこうした役回りなんですから……。エリス、後を任せます。受け取りなさい」
女王を受け止めたアルヴィトからそれがエリスへと渡される。
アルヴィトから渡されたそれは、紫の書だ。
戸惑いながらもそれを受け止めるエリスを尻目に、アルヴィトは早急に倒れた者達の治療に当たるのだった。
†
皆が傷つき倒れている。
倒れた散華ちゃん、蓮華姉さん、藤乃……その傍らに膝をつくツヴェルフさん……その姿が私を動揺させる。
立ち上がる者も皆、疲弊しきっていた。
見えていた勝機は絶望へと変わり、皆の心をへし折るには充分すぎるほどだった。
運命は本当に決まっているとでもいうのだろうか……
だとしたら我々の生に何の意味があると言うのか……
そこで演じられるのは歪な人形劇。
スクルドはこれを何度も見せられたのだろう。
「結局はこうなるのか……」
そのスクルドから、そう絶望の声が聞こえる。
私はそれと同じ事を強要してはいないだろうか……
たかが人形と弄んではいないだろうか……
私は瞑目して、そこには居なくなってしまった相棒に謝罪するように語り掛ける……
「ごめんね。泥人形さん……。帰ったらちゃんとしてあげるから、今は許してください」
そう、歪な人形劇にしてはいけない。
たとえ人形劇だとしてもせめて魂だけは込めてやろう。
私は目を見開くとフンババを見つめ決意を込めて言う。
「良いだろう。決着をつけよう……」
魔石核は砕け散った。
その代用に私の魔力を塊とすることでゴーレムの起動自体は可能だ。
はじめ魔石核が無い時、師匠に見せたことがある。だがそれは私自身が魔石核となるような行為だ。
当然、そのフィードバックは今までの比ではない。
自殺行為……そんな言葉がどうしても頭に浮かぶ。
「無茶ではありますが……ご主人様に従いましょう」
「仕方ないニャ」
それまで倒れていたリリスとクロが起き上がる。それは力を貸してくれる彼女達も危険にさらしてしまう行為だ。
「ありがとう」
だが、私は決意している。
運命が決まっているのならそれを破壊しなくてはならない。
それが生きるということだと私は思うから……
私の決意に呼応して脈動するかのように青の書が光を帯びる。
その私に並び立つようにしてエリスが隣に来る。
「先生に後を託された以上は無様な姿は晒せないわね」
そう言いながらエリスは紫の書を開いた。エリスとて先の古代魔法でほぼ魔力は尽きているだろう。
しかし、エリスは先の古代魔法の唄を謳う。
それに続くようにアリシア、ミスト、ゲンドゥル、ウルド、ヴェルザンディ、と残る力の限りを尽くして唱和していく……
スクルドは迷っていた様子だったが、その姉たちの様子を見て意を決してそれに加わる。
綺麗な声が流れるが、その消費される魔力量は膨大だ。皆疲弊しきっているのに無理をしている。
その想いを無駄にはしない。
私はエリスに合わせる様に詠唱を開始した。
「汝、土の塵をもって人を造りたまへり。
汝、わが臓をつくり、母の胎にてわれを組み成したまひたり。
汝の御目は未だ成らざる我が形を見たまひ、そのことごとくを汝の書に記されたり」
私の決意が詠唱を続けさせる。
「お前の声を私は聞こう……
お前の意思を私は聞こう……
お前の想いを私は聞こう……」
それは己の半身に伝えるように……そうした世界であって欲しいと願うように……
「形、成したる我が形────────青の薔薇騎士!!」
再び巨大な私の半身がそこに顕現した。
次第に整ってはいなかった巨人の形が崩壊し、形を整えていく……
そしてそこに顕現したのは青薔薇の装飾された鎧を身に着けた巨大な戦乙女だ。
それに呼応してエリスの声が響く。
「雷槍Gungnir!!」
戦乙女のその手に先の古代魔法を模した槍が顕現した。
そこからはエルフ達の全魔力が紫電となって迸っていた。
それはあるいはゴーレムの意思だったのか……
人形劇にしてはいけないから……
激昂した巨獣はその拘束を引きちぎると、憤怒と共に業火を撒き散らしながら突貫する!
激突の瞬間。
戦乙女の一閃、雷槍が風を斬った。
「!!」
巨獣に斬撃の巨大な斬痕ができていた。
それに警戒して巨獣が距離を取ろうとした。
「終わりだ」
その隙を私達は逃さない。
それは戦乙女の腰溜めから半回転するようにして繰り出された。
突き────────かつて散華ちゃんが槍をもった時のイメージだ。
それはまさに雷の如き速度と輝きをもって閃く。
神槍を模したその槍は見事に巨獣の大顎から尾まで貫通した。
巨樹は断末魔の叫びを上げることさえ許されずに大地へ倒れた。
戦乙女は油断なく残心をして警戒をする。
そして巨獣の命が消えて行くのを見てとると、こちらへと振り返った。
私と目が合う。
「良くやってくれた……ありがとう」
私がそう言うと、戦乙女は微笑む様にして風となって消えた。
倒れたフンババもまた大地に還るように崩れ消えて行く……
そこには巨大な岩の様な骨格だけが残り、それが確かに存在したことを示しているのだった。
大地母神の本質が再生にあるとしても消費された力はすぐには戻らない。
ましてや神とはいえ、いや神であるからこそ復活などそう何度もできるものではない。
いつの日にかまた復活を遂げるその日までこうして大地母神の鎧は眠りについたのだ。
私はそれを見届けるとその場に倒れていた。そのことに気付く間もなく意識は落ちていたのだった……




