サバイバル(十四)
スクルドの予知のおかげで、相手の手の内は一応は判明している。
防げるかどうかはまた別問題ではあるが、知らないよりは全然ましだ。
何しろ相手は神だ。どれほどの力を秘めているか計り知れない。警戒は必要で、油断などもってのほかだった。
女王陛下の号令の下、双樹氏を筆頭に生き残った軍勢は再び攻撃を開始していた。
「奴の攻撃の起点は頭部だ! 回り込め!」
「絶対に下は通るな! 圧し潰されるぞ!」
怒号のような指示が飛び交う。
しかし、そう簡単に回り込めるほどの大きさではない。
フンババの口から業火が吐き出される度に命が散った。そして時に圧し潰され、逃げるのに間に合わなかった者は死の息に倒れていった。
だが、それでもその軍勢は果敢に立ち向かう。刻一刻とその数を減らしながらも攻勢を緩めない。緩めてはいけない。
剣や弓など物理的な攻撃はほぼ効いていない様子だ。何しろ相手は山だ。それこそ達人と呼ばれるクラスでなければ通用しない。
例えば双樹氏、蓮華姉さん、藤乃、ブリュンヒルデあたりか……散華ちゃんとツヴェルフさんも入るかもしれない。だが、この大半が不調か離脱しているという状況だ。
もちろん私たちの知らない冒険者達や軍の中に逸材がいてもおかしくはないが、神を相手にそれが期待できるほど甘くもないだろう。
そして奴には剣士殺しの死の息がある。迂闊に近寄るなとの厳命が下してあった。故に遠距離攻撃が主体となっている。
よって必然的に剣士達は魔導士達の守りに入った。魔導士達は攻撃ばかりではなく魔法防御も担っているので剣士と魔導士は一蓮托生だった。
魔導士達のありとあらゆる魔法がフンババへと向けられた。軍勢から放たれたいくつもの魔法が着弾しフンババの身体から土煙を上げる。拘束魔法がその歩みを遅くさせる。
それらは効果があったとは言い難いものの、確実に嫌がっているのが見て取れた。
「押しまくれ!! くっ……またかッ……防御!!」
その号令が届くやいなや……フンババの口から轟炎が吐き出される。それはもう薙ぎ払うという勢いでこちらの軍勢を蹴散らしていった。
魔法防御に失敗した者達が次々に蒸発するように消えていく……灰に還る……
防御に成功した者達でもその恐怖に怯え逃げ出す者が後を絶たない。だが、そうした者達は格好の標的となってしまう。そしてまた塵となって消えて行った。
人が神に抗うというのは傲慢だったのか? 誰もがその想いを抱いた事だろう。
だが、そこで手を止めれば終わりだ。そのまま生が終わるという意味で。
一通り薙ぎ払うとフンババはまたその歩みを進める。半壊した街をさらに粉々に砕きながら、それは私達のいる領主の館へと次第に近づきつつあった。
それは私達を標的に定めたというよりは全てを壊すという行動からだったろうか。
フンババの巨大な目がこちらを認識した。
「行くよ。リリス、クロ」
「はい。ご主人様」
「はいニャ」
リリスとクロから私に魔力が供給される。さすがは魔族というべきか、それは神の血をひく散華ちゃんやハイエルフである女王と全く引けを取らないものだった。
私は厳かにエルフメイドから渡された魔石核を掲げる。
そう、言わばこれはエルフメイドからのプレゼント……その想いが力に変わる!
たとえお婆ちゃんの遺したものより数段劣っていたとしても、これにはエルフメイドの想いが詰まっているはずだ! ……領主? 誰それ?
フンババは私のことを覚えていたのだろうか。
目つきが鋭くなったかと思うと、その怒りを露にするように大口を開き大量の火炎を吐き出した。
その業火は全てを焼失させながら私へと迫りくる……
しかし、それは突如出現した土壁によって阻まれた。
それは巨大な壁だ。
否、それは背中だった。巨大な背中だ。
そして今再び巨人が大地に立つ──────────
「汝、土の塵をもって人を造りたまへり」
私は想いを込める様にして厳かに詠唱を始める。
「汝、わが臓をつくり、母の胎にてわれを組み成したまひたり」
私はゆっくりと正確に威厳を振り撒きながら詠唱を続ける。
「汝の御目は未だ成らざる我が形を見たまひ、そのことごとくを汝の書に記されたり」
青の書が詠唱に従い光を帯びる。その力が私からゴーレムへと伝わっていく……
「『未だ成らざる我が形』!!」
後詠唱……私が格好をつけるために編み出した秘奥義だ。
魔法の大半の部分を先に無詠唱で形づくっておくのがポイントだ。そして後は通常の詠唱で補強するのだ。そうすれば見るものは魔法が発動した後から詠唱を開始した様に見える。ただし、その威力は通常詠唱と変わりない。
つまりは何だか格好良さげな演出が可能なのだ!
「ご主人様のその頭のおかしいほどのこだわりは素敵です」
リリスはうっとりとしてそう言った。そうであろう……しかし、リリス君それは誉めているのかね?
「危ないニャ! 死ぬかと思ったニャ! ご主人様はアホなのかニャ! そんな手品、今は必要ないニャ!」
一方、こちらは直截的だった。残念ながらクロには風流というものは早すぎたか……
ともあれ今は言い合いをしている場合ではない。私はフンババと巨人へと集中を戻す。
攻撃を防がれたフンババは苛立ちながらも再び現れた巨人に驚きと警戒の色を滲ませていた。
「さあ……行くよゴーレムさん。再戦だ」
その私の意思が伝わる様にゴーレムは奮い立つ。
そして巨人は巨獣へと猛然と突撃した。
私に与えられた任務は足止めだ。それはエルフ秘奥の古代魔法を確実に当てるために必要なことだった。
女王陛下とアルヴィトを中心に既にその詠唱が始まっている。
それは唄のように流れ、私を鼓舞した。
エルフの古語らしく私には意味はつかめないが、綺麗な声が流れていた。アルヴィトが言うには讃美歌だそうだ。散華ちゃん達はその護衛に入っている。
清流のような澄んだ唄の流れる中、巨人と巨獣は激突した。
これに応じる様に、どうにかフンババの側面から後方に張り付いた双樹氏率いる軍勢は巨人に再三の攻撃を開始した。
しかし側面はともかく後方はその巨大な尾が鉄槌の如く振り回され被害が広がっていく。
しかも彼らが苦労して大きく回り込んだとしても奴はたった一歩で向きを変える。それはもう首を振る様に容易く……
攻撃に苛ついたのか、今もその向きを変えようと……
「させるかぁああ!!」
巨人の剛腕が奴の首の根を掴み、それを封じた。
そのまま突き上げる様にして上を向かせる。
こいつの口は封じなくてはならない! そこが攻撃の要だからだ!
巨獣はそれを激しく嫌がり、身体を回転させるように暴れまわった。
街は見る影も無く破壊されていく……しかし、今は気遣ってなどいられない。
離れては組み付き、巨人は巨獣の口を塞ぐように立ちまわる。
それによって攻撃の大半を封じられた巨獣はその体重を活かした突進が攻撃の主体になっている。
その度に私に激しいフィードバックが還って来る。それは私に力を貸しているリリスとクロへも流れて行く。
「ぐッ……!!」
「……これはきついですわねッ!」
「耐えるニャッ!」
巨獣の攻撃は単調に陥ってはいたが、何度も続けばこちらの意識が刈られそうになる。
そうした時にどうしても隙ができてしまっていた。
だが、巨人の動きが鈍くなったと悟ると、その隙を埋めるように双樹氏率いる軍勢からの魔法攻撃が着弾して私達を援護する。
それにはさすがに戦い慣れているなと私も感心していた。
それが何度も続くと巨獣はその怒りを露わにした。
今までため込んだ力を解放するような全力の突進が繰り出された!
これは拙いと判断できるが、こちらにも余裕は無い。
「!! 耐えろッ……!! リリスっ……クロっ……!?」
そこでリリスとクロの二人が前に出て私へのフィードバックの大半を受け流した。
しかし、それは自身の身を盾にするような行為だ。
それによってリリスとクロは力を使い果たすと倒れていた。
流れる唄がかろうじて、落ちそうになる私の意識を引き留めている。
その攻撃に耐えた巨人は巨獣にがっしりと組み付いていた。
エルフ達の唄が佳境を迎え、天空に浮かんだ魔法陣へと巨大な魔素が形を成して行く。
さすがにフンババもそれに気づき、組み付かれながらもさらに一段とその力を強めて暴れだした。
「くっ……! このっ! 逃がさないッ!!」
巨獣を押さえつける巨人からの私へのフィードバックが尋常では無い。
私も必死に耐える。流れる汗が尋常ではなくなっている。
朦朧としかける意識に喝を入れる様に私は叫んだ。
「リリスとクロの想いを無駄にはしないッ!!」
私は懸命に耐え……どれほどの時間が経っただろう。
いつしか唄が止んでいた。
そして女王陛下のその声が私の許へと届く。
「穿て神槍!! Gungnir!」
天空に浮かんだ魔法陣から一条の光が落ちた────────
突き立ったそれは巨大な輝く槍だ。
それは見事に巨獣の中心を刺し貫いていた。
巨獣はその槍で標本のごとく大地へと釘付けにされていた。
「────────ァァアアアアアア!!」
断末魔の悲鳴の様な咆哮を上げると巨獣は地に伏した。
曇天からは雨が降っていた……
巨獣は最後の力で洪水を起こそうとしたのだ。
ただそれは叶わず、雨粒だけが落ちて来ていた。
「勝ったか……ゴーレムさん、良くやってくれた」
私は息を吐き出すようにしてそう言葉を残す。
そのまま倒れ込むように膝をつき、荒い息を繰り返した。
巨人もその言葉に満足するように膝を折るとそのまま沈むように土へと還った。
残された魔石核は風に流されるようにボロボロと崩れていった。既に限界を超えていたのだ。
古代魔法を放ったエルフの集団もみな膝をつき、倒れ荒い息を吐き出している。
魔力が底をついたのだ。あれほどの魔法を放てば当然の結果だった。
まさしく一撃必殺。次弾は無かった。
「勝ったぞぉおおおおお!!」
どこからか勝鬨が上がる。
だがそれはどこか信じられず、疲れ切っていたのと相まって沸き立つようなことはなかった。
散った者、倒れた者は多い。雨はそれらを平等に濡らしていく……
その爪痕はあまりに深く、皆がその勝利を信じられずにいた……
ただ、皆はそれを信じたかったのだ……




