サバイバル(十三)
意気込んだは良いものの……現状、私には厳しい相手だ。今の私はゴーレムが倒されて代わりの魔石核が無い状態だからだ。
私の魔法が青の書によって強化されていると言っても、アレを相手に撃ち込んだところでどれほどの効果があるか疑問が残る。……それは他の魔導士達も同じだった。
スクルドの予知は対策を立てるために大いに役に立った。
奴は口から火を噴き、咆哮で洪水を起こすことがわかったからだ。咆哮は詠唱魔法の一種だと推測できる。他にブリュンヒルデが浴びた死の息も気をつけなくてはならない。
さらに何故敗北したのか詳細を聞いたら、お前は見づらいんだよ!と毒づかれた。
それであっ! と思い出したのだが、そう言えばアラネアに腕輪を返してなかった。返そう返そうと思って懐にしまってあったのだ……後で返しに行こう。
ともかく現状では戦いが始まってしまえば、私達は防戦一方になってしまうだろうことが予想される。
「やはりどこからか魔石核を調達せねば……」
そう考えているところへ丁度、アルヴィトやって来た。
「ソニア・ロンド。先の戦いでは見事でした」
「ありがとうございます。……結局、負けてしまいましたが」
「敗れたとは言っても、こうして話ができるのは貴女が時間を稼いでくれたおかげです。感謝します」
そう言ってアルヴィトは畏まってお辞儀をするので、私もお辞儀を返しておいた。
先の巨人が戦ったのは街中からも見えていたらしい。フンババが見えていたなら当然か……
アルヴィトには聞きたいことが沢山ある。特に紫の書に関してだが……
「アルヴィト……」
「聞きたい事はわかっています。ですが、今はその時間すら惜しい。この戦いが終わったら必ずと約束します。ですので必ず生き延びてくださいね」
「わかりました」
アルヴィトは半ば引退の身とはいえ、この国の重臣だ。こうした場合にこそ働かねばならない。つまりは忙しいのだ。
「それと一つお願いがあります。あのゴーレムをもう一度使って欲しいのです。あれは戦力の要になりますから。もちろん手伝いはさせていただきます」
「私もそうしたいのですが、要の魔石核が破壊されまして……」
「わかっています。代用品で申し訳ないのですが、今、領主に掛け合って用意してもらっています。直に届くでしょう」
「そうですか! ありがとうございます!」
あの場には女王陛下も居たので、先に手を回してくれていたらしい。一応はこれで魔石核の問題は解決した。代用品と言ったところにやや不安は残るが、この際贅沢は言ってられないだろう。
「本来であればちゃんとした物を渡したいのですが、ここでは王都より遠く運搬だけで何日もかかってしまいますから……協力をお願いしておきながら申し訳ございません」
「いえ、何も問題ありません。使えれば良いのですから」
しまった。不安が顔に出ていたのだろうか。私は慌てて弁明した。
「そう言ってもらえると助かります。時間があればこのまま話をしたいところですが、今はすみません」
「いえ、気にしないでください」
私がそう返すと一礼してアルヴィトは去っていった。
アルヴィトが去ってよりほどなくしてそれは私の許へと届けられた。
先の話の魔石核だ。お婆ちゃんの遺したものより幾分か劣って見えるが、届けてくれた領主の使いの話では今用意できる最上のものらしい。領主も頑張ってくれたそうだ。
「君の為にも最善を尽くそう」
私がそう約束すると届けてくれたエルフメイドはやや頬を赤く染めながらも満足して帰っていった。確か前夜祭で案内してくれた娘だ。
「しまった……つい、格好をつけてしまった」
やはりエルフメイドは素晴らしい。この世の至宝だ。
至宝は守られなくてはならぬ。
私は戦いの決意を新たにするのだった。
†
私はアラネアの寝ている病室へと見舞いに顔を出す。
ここも絶対安全とは言い難いが、領主の館は街の最奥の小高い丘にあるので、街中ではここより安全な場所はない。
リーヴの街は森からの魔物に備えて城塞都市としての機能を果たせるようになっているため防御機能は高い。もっともあれほどの規格外は想定してはいないだろうが……
ブリュンヒルデが隣で寝ているので、静かにアラネアへと歩み寄る。
「アラネア調子はどう?」
「はい。だいぶ良くなりました」
「悪いね。調子が悪いのにまた働かせてしまって……」
「いえ、このくらいは大丈夫ですよ。むしろ昔の夢が叶ったと言いますか……」
「そう。それは良かった」
アラネアと話ている間に、隣から「んー、んんー」と呻き声が聞こえてくる。
ブリュンヒルデだ。
きっと離せ、解放しろと言っているのだろう。
ブリュンヒルデはうるさいので猿轡で口を塞がれていた。そしてその肢体は拘束されている。
そう、疲れているアラネアに無理を言ってブリュンヒルデを拘束させているのだ。それはもうガチガチに。
なぜそうなったかというと、こいつは絶対安静にもかかわらず病室を抜け出して女王陛下を護ろうとするのだ。それはもう美しい話ではあるが……正直、邪魔だ。
そう言うわけでブリュンヒルデはアラネアの糸でベッドへ縛り付けられていた。これには皆の了承を得ている。もちろん女王陛下公認だ。
アラネアは昔の夢が叶ってご満悦だ。うむ。ブリュンヒルデ、美しいぞ!
「ああ、そうだ。アラネア助かったよ。バタバタしてて返しそびれる所だった。それとごめん、街中なのに大丈夫だった?」
私はそれを返す。アラネアの腕輪だ。
アラネアはそれを受け取ると腕に嵌める。人型に戻ったアラネアは少し寝やすそうになっていた。
人用のベッドなので仕方ないが、アラネアにはこうしたことが多々ある。それに街中では魔族は絡まれやすい。特にアラネアの様に外見がわかりやすい魔族は。
もう少し早く返せば良かったな……
「はい。皆さんそれどころではありませんでしたので、服で隠せば大丈夫でした。それよりもこれはお役に立ちましたか?」
「うん。とてもね。ありがとう」
「どういたしまして」
アラネアはそう言って微笑む。アラネアはやはりそれを役立つと思って渡してくれたらしい。
緊急時ではあったが、そこには穏やかな時が流れる。
ただしそれは隣からの「んー!、んんー!」という呻き声が無ければだが……
「アラネア……悪いけど、引き続きブリュンヒルデの監視もお願い。寝てしまっても良いから。いや、仲良くなった方が良いかな? 過去に因縁があった様だし……」
「でも……わたしにできるでしょうか?」
珍しくアラネアが不安をのぞかせる。過去の失敗が尾を引いているのだろう。
私は元気づけるように言った。
「大丈夫だよ! 全責任は私が取ろう! 好きなようにやればいいさ」
「わかりました。頑張ります!」
アラネアは自信満々に頷いた。本当にアラネアは役に立ってくれている。
私は満足して病室を後にした。
後にブリュンヒルデの絶叫らしきものが聞こえてきたのは、きっと気のせいだったに違いない……
†
このリーヴの街には数多くの冒険者が集まっている。
冒険者という名の通り、多くの者が冒険を経て集う。よってその種族は様々だ。それはここアルフヘイム王国領内でも違いは無い。
冒険者達は己の実力と功名心など様々な物を秤にかける。
そして最終的に行きつく先は概ね皆同じだ。
金か命か……
この二つを秤にかけて決断を下す。
そして……
「ああ。これは……無理だ」
その冒険者は己の決断の失敗を悟り、絶望と共にその一言を残してその身は土へと還った。
そう、文字通り土へと還ったのだ。粉砕され圧し潰され、それはもう粉々に。
それはその仲間達も同様だった。そしてそれはその場だけに止まらず、悲劇は至るところで起こった。
己の腕を過信した者に、神は容赦のない鉄槌を下して回ったのだ。
「ぬう。やはり止められんか……」
その指揮をとっていた男、双樹は焦りと共に吐き出した。
「許せ……だが、やらねばならぬ!」
そう、ここはもう街の外壁目前。
ここで止めなくてはさらなる大惨事が起こることは間違いなかった。
今も外壁からは様々な魔法や矢が射かけられていたが、そのどれもが功を奏しているとは言い難かった。
何しろ相手は巨大で、まるで山に向けて撃っているようなものだからだ。
「地母神の化身だったか……実際、そのまま山が相手のようなものだ……くっ!?……まずい! 防御!!」
防御の号令が全隊へといきわたると同時にそれは起きた。
「──────────────────ォォオオオオ!!」
轟雷の如く巨獣が吼えた!
すると巨獣の前方に何本もの巨大な水柱が大地より発生していた。
それは中空まで立ち昇るとそのまま落下した!
水柱は街の外壁を易々と乗り越え街中まで侵入すると、まるで大蛇の如くに暴れ回り破壊の限りを尽くす。
水の大蛇達は一頻り暴れまわり建物という建物を破壊すると、外壁を内側から破壊して流れ出て行った……
そして……残ったのは無残に破壊された市壁と街の残骸のみだった。
外壁近くに布陣していた大半の軍勢がそれによって流されてしまった。
町民は一応の避難は終わっているはずだが、訳あって残っていた者が居ないとは限らない。
しかし、今はどちらも安否を確認している暇など無い。
巨獣が再びその歩みを開始したのだ。崩れた外壁は易々と突破され、その巨体は街全体を圧し潰しながら進む。
強烈な一撃ではあったが、洪水からの防御が間に合った者達は生きていた。対魔法結界が水魔法を霧散させていたためだ。
「生き延びましたか……しかし、これはキツイ」
私の近くで、それをやったのはミスト将軍だ。しかし荒い息を吐き出しながら言うそれはとても苦し気だった。もちろん私達も手伝ったが、それでもこの有様だ。
あの威力ではとても街全体など守りきれないとの判断で各個に対応させるしかなかった。
しかし、流されてしまった者も多いだろうことはここからでも見て取れる。
私のいるここは領主の館の広場だ。ほぼ最奥にあるここは小高い丘の上にあるので街全体が見渡せる。
街は絶望的なまでに破壊されそれはもう酷い有様だった。
何しろここまで水は届いたのだ。ミスト将軍が霧散させなければ館は破壊されていただろう。
私達はここで予定通りエルフの秘奥義を発動させるため準備していた。
聞けば一撃必殺の本当の切り札でここは絶対死守しなくてはならない場所だ。今、私達はその護りに入っている。
「いきなりやってくれましたね……」
その感想はアルヴィトのものだったが、皆の気持ちを代弁していた。
残念ながらリーヴの街は壊滅した。
だが、皆の士気は衰えてはいない。
衰えてはいけない。
ここに集まっているのはそうした立場の者達だ。巨獣はもう目と鼻の先に迫って来ている。
「この街を奴の墓標へと変えてやれ! 全軍、反撃開始だ! 神を討つ!」
女王陛下の号令が下される。
それに呼応して洪水を耐え凌いだ猛者たちの軍勢が雪崩を打って巨獣へと反撃を開始した。




