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青の魔女  作者: ズウィンズウィン
第三章 魔窟編(下)
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対話

 表層を突破した私達は、上層への入り口に数隊を残して、退路と補給線の確保をする。そうして私達は再び進軍した。

 私達は上層も快調に進む。とはいえ、さすがに表層のようにはいかず、休み休み進むこととなった。


 あれから私は休みの度にアウラとグレイスの二人と話をしようとするのだが、できずにいた。

 グレイスと話そうとすると、決まって赤毛(アウラ)が邪魔をしてくるのだ!

 そして赤毛は私と話をする気が無い。

 何なのか! 憤慨しそうです。


「落ち着け、私は師匠の話がしたいのだ……」


 決してグレイスを狙っているわけではない! ……はず。

 邪魔をされると余計に盛り上がるわけではないのだ! ……と思う。

 本当に何なのか!? 赤毛の策略か!? 本当に好きになっちゃうぞ!?


 落ち着け……。明鏡止水だ……


 グレイスと話をするためにはまず赤毛を落とさなくてはならない。

 将を射んとする者はまず馬を射よだ……


 そう、奴は馬だ。赤毛馬だ。

 ……うむ。そう思えば、なにやら可愛い気もしてくる。


「赤毛馬って暴れ馬に似ているな……。と、そんなことより具体的にはどうすればいいのか……」


 馬だから毛並みを撫でれば喜ぶんじゃないだろうか……

 馬だしな! なんだかいけそうな気がする!


 妙な自信と共に、馬にまったく詳しくない私が導き出した答えはそれだった……


 表層より苦労したものの、ちょうど上層も抜けて野営の準備に入っていたので私は早速実行に移す。

 私はアウラを生暖かい目で見つめながら、行動を起こした。


「隊長……なぜ私の髪を撫でる……。やめろ! その気持ち悪い目もやめろ!」


 失礼な! とは思ったが、ぐっとこらえる。

 しかし、思いのほか抵抗が激しい。後ろ脚で蹴られそうになるのを躱す。

 やはり暴れ馬……


「まあ、いいから。ほら、グレイスも……」


 私はどうにかなだめて、赤毛馬の毛並みを整えるように撫でてやりながら、グレイスにも手伝うように言う。私だけでは暴れ馬の赤毛馬は抑えられないのだ。


「えっ……私もですか!?」

「グレイス……止めろ」

「馬には褒美を与えねばならぬのです」

「何を言っているのかわかりませんが……褒美ですか、わかりました」


 驚きながらもグレイスは私の指示通りその髪を撫でる。


「あっ……」


 それには少し気持ちよさそうにする赤毛馬。


 あからさまに反応が違うな! よし、グレイスそのまま攻め続けろ!


 目配せしてグレイスと頷き合うと二人でその行為を続ける。

 効果の不明な私と違って、グレイスはまるで慈母のように撫でている。

 そのまましばらく続けると赤毛馬は気持ちよさそうに放心状態になった。


 グレイスの効果覿面すぎるだろ……。魔法か? だが、好都合だ。


「グレイス……そのままで聞いてください」

「ええっ!? このままですか!? この状況の意味がわからないのですが?」


 私だってわからないよ! ただ、わかることもある。


「赤毛馬……いえ、アウラが邪魔をしない今がチャンスなのです」

「何か気になる言い回しがあったようですが……。わかりました」


 私達はどういうわけか赤毛を撫でながら話を進めた……


「話というのはもちろん師匠のことです」

「そうですよね……わかってはいたのですが、アウラがなぜか警戒するものですから」


 赤毛馬め! 勘だけは鋭いらしい……

 師匠が居なかったらグレイスを好きになっていたかもしれぬ。

 そんなことをその赤毛を撫でながら思う。


「それでアイリーンの何が聞きたいのでしょう? と言っても、私達もここしばらくは会っていませんが……」

「知っていることで良いのです」

「わかりました……ただ、決して良いものではない事は覚悟しておいてください」

「はい……」


 グレイスは語った。師匠の幼少期から【殺人人形】と呼ばれるように至った経緯まで……


 それはアリシア先輩やエリス達と似た境遇だったが、ただ処刑人として育てるという一点が違っていた。

 そうして成長すると当然のように暗殺任務を任されることになる。


「自分で言うのもなんですが、私達は優秀でした。とりわけアイリーンは特に。それがアストライア様の目に留まった。それから彼女の直接の指導を受けることになったのです」


 そしてついた異名が【殺人人形】。それにはやはりあの女が関わっていた。

 現教主アストライア、あの女が師匠をそうしてしまった。


「確かに我々の教義には過激な所があります。しかし、それを民衆が望んだのもまた事実……。故に慎重を期していたはずなのですが、間違ってしまうものですね……」


 グレイスは深い悔恨とともに語り終える。

 それはショックであり同情さえしたものの、それによって私の中で何かが揺らぐようなことはなかった。

 現に同じ経験をしたグレイス達に私の態度が変わることは無い。

 それが、確認できたことに安堵を覚える。


 そしてやはりあの女……。奴が師匠を歪めてしまうことがわかった。

 決着をつけなくてはならない。


 しかし、話の中で他の六剣聖については出て来なかった。だから念のために聞いておくことにする。


「ついでに聞いておくけど。六剣聖筆頭の人、名前なんだっけ……会ったというか見ただけでほぼ無視されたけど……」

「ヒュムネですか……。それで良く生きていられましたね……」

「運が良かった点は否定できない。伝言役として生かされた……」

「黒の書ですね……聞いています。しかし、アストライア様が黒の書を欲しがるとはとても思えませんが……白の書ならまだしも……」


 不意に白の書と聞いて思わず反射的にビクッとしてしまう私。

 手練れのグレイスがそれを見逃すはずもなく。


「まさか、知っているのですか!?」

「え、ええっ……知らないよぉ?」


 華麗な演技でとぼけてみる。


「……致命的に嘘が下手過ぎです」


 なんだと!? クール美少女の私がそんなはずはない! ……と思いたい。


「そうですか……ですが、その情報は武器にもなります」

「それって、アストライアは白の書を探してるってこと?」

「おそらく……確証はありませんが……」


 なんて事だ! 家が危ない!

 いや、まだ知られてはいないだろう。そこで生活していた私ですらついこの前、知ったのだ。

 それに、もう中層へと入ろうとしている。今更帰れない。


 ならば今は家の三魔族を信じるしかないだろう。例え知られたとしてもクロとリリスの二人がいればそうそう遅れは取らないはずだ。アラネアも直接戦闘には向かないが、罠は得意だ。

 それにクロは言っていた。


「ここより安全な場所なんてないニャ……」


 今は信じて進むだけだ。


 それに白の書の話は散華ちゃんにさえ伝えていない。

 知っているのは、今家にいるクロ、リリスと、その場に居たツヴェルフさんだけだ。散華ちゃんには隠すつもりは無いが、今は伝えない方がいい気がした。


 というのも最近の散華ちゃんはどこかピリピリとしていて余裕がなさそうだったからだ。

 微妙に私のせいの気がしなくもないので、話をするならダンジョンから帰ってからだと思う。

 とはいえツヴェルフさんには、とくに口止めはしていない。聡明な彼女が話すと決めたならそれはそれで構わないと思うからだ。


「ともかく絶対に口外はしないでください。それより筆頭の話でしたね……彼女については昔から居たとしか……。アストライア様の姉妹のような存在でしょうか……。あるいは育ての親。前教主だったとの噂もありましたが、詳しくはわかりません」

「そう……他に注意する人物は?」

「危険人物と言えば、やはり六剣聖、ヴィアベルでしょうか……。ですが、彼女とは私達が決着をつけます」


 グレイスはその瞳に己の意思を込めて語る。

 そこには並々ならぬ決意を感じた。因縁があるのだろう。


 私は情報を整理するために聞いた。


師匠(アイリーン)、アウラ、グレイス、ヒュムネ、ヴィアベルが六剣聖で合ってる?」

「ええ。そうです」


 五人だな……。教主アストライアが入るなら六人だが……筆頭の人が畏まっていたのは覚えている。どうやらそうではなさそうだ。


「じゃあもう一人いる?」

「はい。名前はシュテルン。私達と直接の関りはありませんでしたが、実力者です。彼女もまた私達同様に『赤の書』の捜索を任されていたはずですが……」


 そう言えば赤の書もあったな……アルヴィトから聞いた話では、絶対に手を出すなって話だったが……

 その話に触れたグレイスの表情は曇っていた。


「どうやらしばらく音沙汰が無いようなのです」

「……そう」


 邪魔をされないならありがたいが、いわくつきの赤の書の捜索を任されて音沙汰なしとか……

 怖いな……。絶対に赤の書には手を出さないようにしよう。


 思わず私は『青の書・外典』を触っていた。

 グレイスはそれを見て言った。


「それは青の書ではないのですね。ほぼそのままのように見えますが……」

「うん。アルヴィトも知らないらしい」

「そうですか……博識の彼女でも……」


 アウラとグレイスはアルヴィトに連行されたせいで、しばらく共に過ごしている。それ故の感想だった。


 ともかく師匠のことをより詳しく知ることができた。

 私は感謝を述べると、天幕(テント)へ戻ることにした。


 グレイスは律儀にまだアウラの毛並みを撫でている。対して私の手は止まっている……


 手が疲れたのだ!


「手が疲れたので後はグレイスにお任せします」

「ええっ!? 隊長……それはちょっと酷いですよ?」

「アウラの表情を見てください……」


 アウラはもう睡眠状態にあった。それはもう気持ちよさそうに寝ている。


「気持ちよさそうに……」


 真面目な性格が仇となってグレイスはその手を止められないようだった。その辺りも師匠と似ている気がした。

 私は後を任せて戻ることにする。何度も言うが、手が疲れたからだ! 



 話を終えたソニアは設営されたテントへと戻って行った。

 それを見送るとしばらくして、グレイスはいつまで髪を撫でていれば良いのだろうと疑問に持ち始めた頃……

 アウラは気が付いた。


「はッ!……私はいつの間に寝ていたんだ?」

「疲れていたのでしょう。私も手が疲れたので寝ます」

「お、おう……」


 グレイスもテントへと入って行った。

 なぜ手が? とは思ったアウラだった……



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