罪業
途を見失い彷徨う女の影が、その死者の国にたどり着いたのは必然だったのだろうか。
影は救いを求めるように、静かに鎮座する聖像に祈りを捧げる。
周囲に傅くのは無頭の騎士達。
それを傍目に見れば、女の影はまるで冥府の神に仕える巫女のようでさえあった。
その祈りに応えたのもまた偶然ではなかっただろう。
停滞した時の中で、その聖像は確かに同情を示した。
途を見失った者同士の同情を。
彷徨う者同士の共感を。
あるいはその責任の一端を感じた故だったのか……
冥府の女神は庇護するように憐憫した。
そうして失っていた自我を取り戻したのは祝福なのか罰なのか……
女の影にもそれは分からなかった。
†
私達は既に中層へと至っていた。このダンジョンは五層と言われているので丁度中間だ。
そして以前の散華ちゃん達の事前調査が正解なら、この層の最奥に黒の書があると目されている。
場合によっては黒の魔女との対面も……
ただ私達はここまで怖いくらいに順調だった。
それは大いに士気を高めはしたが、私には不安も増大させていた……
かつての失敗が脳裏をよぎる。
私は「いや、大丈夫だ。もう失敗はしない」と言い聞かせるように進んでいた。
軍隊はここへ来るまでにほぼ半数となっている。補給線の維持のために各所に置いてきたためだ。
中層ともなるとさすがに魔物達も強くなり、未だ死者こそ出ていないものの、怪我をした者や実力的について来られない者などの離脱者はちらほらと出始めていた……
「まるでふるいにかけられる気分だな……」
そう誰かが言ったように私達は選別されるようにして進んでいた。
何度目かの離脱者達を後方へと送り、地上へ帰す。
そうして慎重にしばらく進むと私達はその場所へと至った。
「ここだ。いや、ここからだ。皆気を引き締めろ! 行くぞ!」
散華ちゃんの号令が全隊へと伝えられる。
その奥が、散華ちゃん達の事前調査で判明している場所だった。
細い道を抜けた先は広間となっており、無数の首なしの騎士達が陣取る場所だ。
私達はその広間へ侵入し布陣する。
それに呼応するようにデュラハン達は隊列を組んで待ち構えていた。
そこからはデュラハン達の本気が伝わってくる。よほどこの先には行かせたくないらしい。
布陣を終えて両軍は睨み合い、突撃の号令を待つ。
†
散華は悩む。
人が人を率いる以上、国内の有力者達の支持は欠かせない。だが、このところの失態でその目は厳しいものとなっている。
それはソニアの失態に限らない。監獄においてアイリーンを護るため警備は万全を期した。だが、断罪の剣は想定を上回る力を持っていた。
意表を突かれたこともある。この国へはダンジョンを目的に多くの冒険者が入国する。警備を厳重にするにしても限界があった。故に惨劇は起きてしまった。
そして今回のまるで断罪の剣の要求を呑むような形の出兵に、当然疑問の声は上がっていた。
また、この地方はダンジョンで成り立ってきた面を否定できない。
ダンジョン攻略……大抵の場合はその深奥に要因となっている魔素の吹き溜まりや、高魔力存在などが発生、もしくは存在しているのでその排除。
それは一方で、それを行ってしまえばこの国は貧しくなるのではないのか? そうした懸念は否定できなかった。
疑念は更なる疑念を生む。
黒の魔女一人を助けるために誰かが死ぬとしたら、そこに意味はあるのか?
さらには黒の書などという一冊の魔導書に兵の命をかけさせるべきなのか?
王として突きつけられた課題は容赦なく散華を責め苛む。
「私は取り返しのつかない失態を犯しているのではないか?」
それを何度自問したことだろう……
その一方で、確かにダンジョン攻略によって安寧は得られる。
そして女王の悲願を叶えることによって、アルフヘイム王国との絆も固く結ばれる。
その成功によって、国内の有力者達を黙らせることも可能だろう。
絶対条件として成功すれば、だが……
故に失敗は絶対に許されない。
結局のところ、それは進むべきか否か……
どうやら天秤の女神は二者択一を迫るのが好きらしい。
「私は決断したのだ!」
散華は瞑目していた両眼をカッと見開く。睨みつけるような視線は敵を見据えて。
挫けそうになる意思をねじ伏せるようにして、散華はその意思を先祖伝来の黒刀「濡羽鴉」に込めて構えた。
そしてそれを前方に突き出して号令した。
「全軍突撃!」
応! と応える声は雄叫びとなって、全軍は砂塵を巻き上げながら突撃した。
†
雄叫びと共に駆け向かうアストリア、アルフヘイム連合軍に待ち構える首なしの騎士団は悠然とそれに応じる。
事前調査のおかげで数はこちらが多いものの、デュラハンは不死者の仲間だ。
不死者、それは数の恃みを容易に覆す。そこからの余裕が確かに感じられた。
先鋒として双樹氏の部隊が突撃する。それが押しとどめられると、後方からアルヴィトの魔法部隊から援護射撃が入った。
無数の魔法による火炎弾が中空を飛び炸裂する。
数体を倒したものの、すぐにデュラハン達は盾を構えて対応した。その盾によって火炎弾は弾かれる。
またデュラハン達は不死者らしく、傷ついても怯まない。
その結果、一進一退の混戦となっていた。どちらが勝っているか、わからない。
敵も本気だった。すでに何人もの犠牲者が出ている。
私達も戦場を駆け回るようにして戦う。
そんな中、アルヴィトの指示によって大魔法が完成する。
生まれた業火は先ほどの比ではない。
それが炸裂すると多くのデュラハン達を薙ぎ払った。
そうしてようやくこちらが押し出し始める。
このまま押し切れるか? 誰もがそれを思っただろう……
ところが、やはりそれほど甘くはなかった。
にわかに後方の兵士達の一画から怒鳴り声が聞こえて来る。
「馬鹿野郎! やめろ!」
「こっちは味方だぞ!」
そんな声があちこちで聞こえて来る。
発狂したように仲間に向かって襲い掛かって来る者が、何人も出ていた。
「気をつけろ! 悪霊がいるぞ!」
それに気づいた兵士が叫ぶ。中層まで残ったのはやはりそれなりにできる者達だ。
悪霊のせいで押していた軍は完全に足踏み状態にされてしまった。
前だけでなく、周りも気にしなくてはならなくなったためだ。
悪霊……直接攻撃力は持たないものの、その場の雰囲気、空気に干渉して対象の恐怖を助長し、発狂させて生気を奪う。
それを操っていた巫女のような女の影を、私は遠くに見つけた。どうやらあれが指揮官らしい。
私はそれを見つけてしまった……
「来ルナ! 私ヲ見ルナ!」
激昂したように女の影が叫んでいる……
周囲の喧噪もあって、その声は私までは届かなかったが、その叫びは哀切に満ちていて深い拒絶の意思だけは伝わっていた。
それに呼応するように倒されたデュラハン達は息を吹き返す。
さらには死んだはずの味方の兵士が立ち上がった……その屍はもちろん敵として。
「おいおい、マジか……」
「屍霊術……生ける屍……」
兵士達がざわざわと絶望の声を上げる。
周囲の雰囲気が冷え切ったものへと変貌し、士気が急速に萎んでいく。
その場の異質さに私達は否応なく気づかされていた。
そんな中、私は未だその女の影に目をくぎ付けにされていた。
「そんな……そんなことがあるのか……」
衝撃のあまり私は思わず立ち竦む……
女の影、おそらくそれは悪霊なのだろう……
その姿に私は見覚えがあった。
それは私に、私の罪業をこれでもかと叩きつけてくる。
「まさか……彼女なのか……?」
その場所はデュラハン達の壁を抜けた先で、ここからでは確実にそうだとの判別はできない。
しかし、私を動揺させるには充分だった。充分過ぎた……
そしてそれは死者の国を土足で踏み荒らす行為を、私達が行っていることに気づかせる。
だが、そうして私が止まっても軍は止まらない。止められない。
私はどうしたらいいのか?
あまりの驚きで思考の停止した私には答えが出るはずもなく、呆然と立ち尽くすのみだった。
「隊長! 気をしっかり持ちなさい! 呑まれないでください!」
グレイスの叱咤に私はハッとする。
そう、平静を失った者から悪霊はその牙を剥くのだ。
私の近くに寄っていた悪霊をグレイスが払う。危ないところだった……
やはり悪霊は修道女が苦手らしい。
アウラは魔法で燃やすようにして生ける屍を葬る。
グレイスは癒すようにして飛び交う悪霊を散らせていった。
アウラとグレイスの二人の活躍で次第に混乱が収束していく。さらにアルヴィト率いる魔法部隊がそれを後押しした。
悪霊と生ける屍が居なくなったことでこちらも勢いを盛り返した。
私が立ち止まれば、その負担は他の兵士へとのしかかる。
そうして死んだ兵士はまた敵となって牙を剥く。できあがるのは負の連鎖だ。
部隊長でもある私が止まることなど許されない。
私は苦虫を嚙み潰したような思いを抱きながらも、戦い抜くことを決意する。
「今は止まれない!」
そこからは只々、戦い抜いた。
そんな中、私が見据える先は一つだった。
しかし幸いと呼ぶべきか、劣勢を悟った女の影は首なしの騎士達に守られるようにして奥へと逃げて行った。
壮絶な死闘の末、私達は大勢のデュラハン達を打ち破る。
しかし無傷とはいかなかった。
デュラハン達の我が身をも顧みぬ戦いぶりに、何人もの死傷者が出てしまっていた。
それほどまでにデュラハン達にも守りたいものがあったのだろう。
戦いの後、また屍霊術に操られないように死体は簡易的に火葬する。
しばらくの休息と軍の再編の後に、私達は目的の場所へと進んだ。
途中で残りのデュラハン達と遭遇したが、すでに勝敗は決している。
殿のように残った敗残兵のデュラハン達を葬るのは容易だった。
そうして辿り着いた先。
「これも……遺跡なのか?」
洞窟の壁面にまるで彫られたように石柱が埋まっている。足元もいつしか石畳へと変わっていた。
所々にレリーフが彫られ、かつて崇められていたのだろうと思しき崩れた神像なども放置されていた。
石柱は等間隔に並びながら奥へと続き、その先は石造りの巨大な階段となっている。
さらにその先、明らかな人の手による巨大な建造物がある。
それを例えるなら聖殿、あるいは神殿。
しかし、そのどれもが傷つき、半壊している。
薄暗い洞窟内にあって、それはまるで冥府の神殿だった……




