進軍
整然と隊列を組んだ盾兵がリズム良く軍靴を鳴らして進んで行く。
それを先導しているのは、最前列を任された双樹率いる部隊だ。
華咲の門弟や元部下達は双樹の帰還に大いに喜び、また涙し、参戦したのだった。
それは双樹もまた同様で、その結束の固さが表れていた。
もしかしたら双樹氏の方も張り切っているのかもしれない。
アストリアへの帰還に加えて、娘二人が見ているしな……。表情には出さないが……
不意に遭遇した魔物達は盾兵が抑えている間に、その隙間を突くようにして槍兵が血祭りにあげる。
盾兵が抑えられないような大型の魔獣が出ることもあったが、その場合は後方のアルヴィト率いるエルフ軍からの弓や魔法による援護射撃が的確に入った。
見事な連携でダンジョン表層の大隧道の敵は瞬く間に駆逐されていく。
怪我や疲労で動けなくなった者達は直ちに後方へと戻され、交代が前に出る。
そうして最前列は常に万全の体制が築かれていた。
これが用兵だと言わんばかりのその洗練された指揮に否応なく士気は上がっていた。
つまりは無敵だった。ダンジョンへ入った私達は快調に進んでいた。
私の方はというと、横道から不意に現れる魔物を部下達が屠るだけの簡単なお仕事だ。
横道などから来る魔物はあまり強くない。大抵は本道の魔物に道を譲ってしまっているからだ。
魔物同士にも縄張りのようなものがあって、強い魔物には近寄らないのだ。
そうはいっても、かつてのデュラハンのような例外がないとは限らないので気をつけてはおく。
ほぼ全てアウラとグレイスが片付けてしまうが、私もそれなりには活躍しておく。
後で文句を言われないためという消極的な理由だ。
まだ先日手に入れた魔導書『青の書・外典』に慣れていないためでもある。
そうして進むうちに、次第に『青の書・外典』が馴染んできていた。
『青の書・外典』……その由来は不明だ。ただ青の書に酷似している。書かれている内容は同じものもあったり違うものもある……
ただ使っているとそれとなく感じるものはある。これはどうやら青の書の予備のような存在らしい。
さらに小さい頃は未熟で気が付かなかったが、これは結構ヤバい代物だった……
青の書よりクセが強いというか……。例えるなら暴れ馬のような……。非常に扱いづらいものだった……
「お婆ちゃん……。子供になんてものを渡してんだ!? そりゃ禁書庫に入るわ!」
なんてこったい……幼い頃は気付かなかったが、お婆ちゃんも相当ぶっとんだ性格だったのか……
小さい頃は魔力量も多くなくて全く気付かなかった……
ただ毎日喜んで魔法の練習をしていたのは覚えている。
それにどうやらまだ力が封印されている様子だ。
お婆ちゃんが一応子供でも制御できるようにと安全装置的なものはつけたのだろう。
何かあったら怖いので、今はこのままにしておく。
これならクロ達はもう治ってるのでは? と思わざるをえなかった。
「連れてきても良かったのかもな……」
そう思いながら脇を見れば二人の修道女……
アウラとグレイスだ。私を護るように警戒している。
「いや、これで良かったのかも……」
「何か?」
「ああ、うん。よく働くね?」
「ありがとうございます」
アウラは警戒したままだったが、グレイスは良く気づく。いや、アウラが警戒しているからグレイスが気付けるのか……
二人のおかげで助かっているのは間違いなかった。家の三魔族の代わりをよく努めてくれている。
おかげでゴーレムさんの出番もないので顕現させていない。ダンジョン内では扱いづらいこともあるためだ。
結構な大部隊なので私達のパーティーメンバーはバラバラに配置されている。指揮する者が必要だからだ。
それでも女王陛下と散華ちゃんは最重要防護対象なので、その一団は隊列の中央付近。藤乃とツヴェルフさん、そしてブリュンヒルデが率いる両国の近衛騎士団ががっちりと守りを固めている。
それを挟むように前方は双樹氏の隊、続いてミスト将軍、アルヴィト。後方は私達、最後方にアリシア先輩、エリスの隊だ。
グランさん、アンナさん、クリスティ、アリス、リリィの騎士団幹部は居残り組だ。
断罪の剣の脅威にさらされている今、国防の要の騎士団を動かすことはできないとの判断だ。
今頃は国王代理の華咲翁の許で働かされているだろう……ご愁傷様です。
まさか、散華ちゃんのお爺さんが動くとは思わなかった。
伝説の冒険者であり、教授、お婆ちゃん、鍛冶屋のドヴァンさん達と共にこのダンジョンでも遺跡を発見している。
散華ちゃんに頼られたことがよほど嬉しかったのか……妙にはりきっていたのです。
もしかしたら断罪の剣の件を片付けてしまうんじゃないだろうか……。そう思えるほどだった。
その手足として働かされるグランさん達には同情を禁じえなかった。
そうして順調に進んでいたが、私の心中は穏やかではなかった……
どうしてもアウラとグレイスの二人を目で追ってしまう。
その度に私にはチクチクとした痛みのようなものが感じられた。
まさか……二人を好きになってしまったのか!?
と最初は動揺したが……そんなはずもないかと思い直す。別に嫌いなわけでもないが……
認めねばなるまい……修道女姿の二人に師匠を思い出していたことを。
あえて師匠の話題を避けていたのだということを……
心を落ち着けてしっかりと自身と向き合うとそれが見えてきた。
順調に進んではいたが、大部隊であるのでどうしても進軍は遅くなる。
表層を抜けたところでその日は休息となった。
皆が野営の準備をする中、私は意を決して二人の許へ行く。
二人は驚いた様子で私を迎えた。
「隊長……何か?」
グレイスの問いに、どう切り出すか……。考えるまでもなく口から言葉がでていた。
「少し話をしましょう」
そう私が真剣に言うと、二人は神妙な面持ちで頷いた。
「隊長は私達を避けているのかと……。出会いは衝撃的でしたが……」
「うむ。あのときは凹んでいたのだ。青の書を奪われ、師匠には去られた。そのせいで悪いことをしたとは思っている気もする」
「いや、それ思ってないだろ!?」
赤毛め! こう何というか、うやむやな感じでその件を終わらせようとした私の配慮がわからないのかっ!?
「隊長……確かに私達は悪いことをしました。その件は正式に謝罪いたします。もちろん許されることではありませんが……」
グレイスの真摯なその言葉にはアウラも黙って同意を示した。
「ですから……。アイリーンの弟子だと言うなら尚更、道を誤らぬようにお願いいたします」
「グレイス……」
隣のアウラが何故か感動していた。
「ふう。師匠の名を出されてはぐうの音も出ないな……。わかった。私も正式に謝罪する。申し訳なかった」
グレイスはその言葉に穏やかに微笑む。それは私に、やはり師匠に似ていると思わせた。
「結構です。やはりアイリーンの弟子ですね……。正直あの時は少々面食らいましたが」
どうやら向こうも同じようなことを考えていたらしい。つい口が軽くなる。
「うむ。私もグレイスは似ていると思っていた。身体の方も……」
「ほう? 身体が何だって?」
あっ……と思い失言に気づいた時には遅く何故かアウラが怒っていた。
グレイスは俯きがちに恥ずかしがっている。
「大変結構なものをお持ちでございました……?」
正直って大事ですよねって話だったよね? 違う?
「んん──────!!」
グレイスは恥ずかしさの為か、赤面した顔を修道服で隠すようにしゃがみ込んでしまった。
それをアウラが抱き留めると私をキッと睨みつけてくる。
「ああ、いや、そんな事より話を……」
「断る!」
「ですよね……」
どうしてこうなった……?
結局その場は立ち去ることにした。折を見てもう一度話し合うしかないだろう。
そうしてソニアが立ち去ると、ため息と共にアウラはぼやく。
「本当にアイリーンの弟子か? 私には信じられないが……」
「まあ、性格までは似ないでしょうから……ですが、気になる子だということは確かですね」
落ち着きを取り戻したグレイスはそんな感想を漏らしていた。
それにはアウラも少し驚いた様子だったが、何も言う事はなかった……
†
その大隊列を遠くから見守る一団がある。
「おいおい。こんなのどうしろってんだよ。この前より増えてるじゃねえか……」
そう毒づいたのは、教主より命令を受けたヴィアベルだ。
「深層に近づけば少しは減るかね……」
それは魔物に殺されたり、退路や補給の確保のために人員を割くだろうと踏んでのことだ。
「黒の書を手に入れるまでは手を出すなって話だしな……。まあ、のんびり行くさ……」
幸い魔物はほぼ駆逐され、たまにしか遭遇しない。
ヴィアベルの一団は潜むように、つかず離れずでついて行くのだった。




