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青の魔女  作者: ズウィンズウィン
第三章 魔窟編(下)
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冥界

 魔女は永い夢を見る。

 茫漠とした精神の海においては、自我すら己のものかあやふやだ。

 かつて存在した確固とした想いは、時の彼方に塵と消え。

 身体に開いた大穴の燃えるような痛みだけが、自身の存在を証明していた。


 魔女は永い夢を見る。

 悪夢でさえ、それを認識できないほどに。

 それは永劫の牢獄だった。

 そこには幸も不幸も何もなく。

 ただ永遠の停滞だけが存在していた。


 それでも時折、魔女は微かな自我を手繰るように引き寄せる。

 身体は動かずとも想いだけは伝わるように。

 巻き込んでしまった者達への贖罪の詠唱を……


 その嘆きに応じるかのように首なしの騎士達は跪く。

 擬似聖槍に穿たれた聖像を讃えるように。

 鎮魂歌(レクイエム)を謳うように……

 そこは一つの冥界だった。



 周囲に侍(はべ)る首なしの騎士達は彼女の罪そのものだ。

 屍霊術(ネクロマンシー)……

 その禁忌の術に手を伸ばしたのは何故なのか……

 わかりきった事だ。

 その悪夢だけは何年、何百年経とうと何度も繰り返し見せられているのだから。

 後悔……悲嘆……。そして憤怒。



 幸せな家庭があった。

 とは言っても、ごく一般的な幸せだ。

 それは人によってはつまらないと断じてしまうほどの小さなものだ。

 だが、その幸せは無残に踏みにじられる。


 その国は栄華を極め、あらゆる繁栄を謳歌した。

 それが行き着く場所は当然の帰結だったのか……

 栄華極めし魔導文明は敢然と世界の理に反旗を翻し始めた。


 模造女神……女神を真似て作られたそれは世界の理をその掌中におさめ、新しい神となるはずだった。


 故にその天稟(てんぴん)を持つ者が集められる。

 不幸にして、その一人にその男の娘は選ばれてしまった。

 男は仲間を集め国に反旗を翻す。そこに集ったのは同じ境遇の者達だ。


「これほどの傲慢、神はお許しになられるのか……」


 男の嘆きに神は応えなかった。

 途方に暮れた男が行きついた先はある魔女の許だった……


「娘を取り返したい。力を貸してほしい」


 男の真剣な訴えは魔女の心を動かした。

 よって彼女はその男に一つの鎧を与えた。闇の鎧と呼ばれるものだ。

 魔女は知っていた。己の力が強大すぎることを。故にそれ以上の助力を行うわけにはいかなかった。


 そうして送り出したが、男は帰っては来なかった。

 気になって急ぎ駆け付けた魔女が見たのは、首を刎ねられた死体とその前に佇む娘達だった。

 男は娘に剣を向けることはできなかったのだ。


 反対に娘達には自我がなかった。

 故にその凶行はなされた。

 自身の親達を殺してしまうほど自我を喪失した娘達。

 十二柱の模造女神。


 その時、魔女の中で何かが破壊された音がした。

 その時の感情は言いようのないほどの怒りだったろうか……。あるいは悲しみか……


 「世界は美しくあるべきだ……」


 その想いだけは今も変わらない……

 男達の代わりに魔女は戦った。

 否、男達と共に魔女は戦った。


 それ故の屍霊術。それが魔女の罪。

 その戦いは壮絶を極め、一つの都市を吹き飛ばした。

 そして魔女は自身と共に模造女神達を封印した。



 それが魔女の見る悪夢。

 過去に起こした罪の記憶。


 大規模な屍霊術の代償として既にその身も不死者(アンデッド)。

 擬似聖槍に貫かれた魔女は動けない。だが、死ぬことも無く永遠の長い眠りにつく……

 その聖槍の持ち手は十一体の石像。かつては模造女神と呼ばれた者達。

 相打ちの結果がそこにはあった。


 首なしの騎士達はそれらを護り、嘆き、賛美する。

 そこは一つの冥界だった……



 †



「確かに感じるな……懐かしい匂いのようなものを」

「そうですね……」


 女王とアルヴィトは魔窟(ダンジョン)へと降り立つと、確かにそこに残滓のような何かを感じ取っていた。


 ダンジョン表層。

 硬い岩肌が延々と続くその様は、地獄への入り口を思わせる。

 周囲一帯は薄ぼんやりと苔が発光していて比較的明るいものの、遠くを見通せるほどの光量はない。

 視線の先は不安をかきたてるような暗く大きな闇が広がっている。

 それは容易に心を折るのに充分すぎるほどだったが、アルフヘイム兵に動揺は無かった。

 それはひとえにその指導者への絶対的な信頼のためだろう。


 その指導者たるアルフヘイム女王は昔を懐かしむように続ける。


「おおよそ千年……。長いようで短かったとも言える。人間の五十年が夢、幻の如くならばそれも当然か……」

「エルフ族は聖樹の加護を受けて長命とはいえ、その感覚はあまりに人間的……。光陰矢の如しと言いますから」

「だが、待っている方にはあまりに長すぎるのかもしれぬな。「待たせ過ぎだ」と怒られるだろうか?」

「おや? あの方は、そんな方でしたか?」

「いや、違ったな……フフ。どうやら我も浮かれてしまっているらしい」


 わずかだが、確かに感じる懐かしい波動に女王は確信を得ていた。悲願達成を間近にその喜びが表れていた。

 それはアルヴィトも同じだった。 


「はたしてこれが我等の最後の冒険になりますでしょうか……」

「最後になるかはともかく……」


 そこでエルフの女王は言葉を区切り一息つくと、決意を込めて言う。


「……私はこの戦いの終わりを機に退位する」

「そうなりますよね」


 その確信と決意を込めた話にアルヴィトは驚かなかった。


「ふん。わかっていたような口ぶりだな?」

「わかってましたよ。緑の書を譲った時から……」

「そうか……だが、それはお前が紫の書を譲ったせいでもあるがな」


 そこでアルフヘイム女王とアルヴィトとの談話に微かな笑みが生まれた。

 それは互いに長い年月を乗り越えた深い懐古と、同情が入り混じった笑みだった……


 しかし、その話の流れに異を唱えざるを得ない者が後ろに控えている。


「お待ちください! それはどういうことですか……!?」


 驚いて、それを言ったのはブリュンヒルデだ。

 そんなブリュンヒルデの目を見て、女王はしっかりと意思を伝える。


「ブリュンヒルデ……お前に後を託す。それを覚えておくのだ」

「そんな……私はまだ!」


 ブリュンヒルデの肩に女王の手が乗った。それは優しく諭すように……


「我は固執のあまり在位が長すぎた。さらには此度(こたび)も言ってしまえば我のわがままだ。我等はもう潮時なのだ……」


 ブリュンヒルデは助けを求めるようにアルヴィトを見るが、瞑目したアルヴィトは頷くだけだった……


「しかし……」


 そうしてブリュンヒルデはなおも食い下がろうとするが……


「必死に女王たらんと、あがいている者がいる」


 指し示すかのように女王の視線が向かった先はこの国の王、華咲散華。

 つられてブリュンヒルデもその視線を追う。

 そこでは散華の指示によって、ダンジョンへと降り立った者達から順に隊列が組まれていた。


 女王を至高と考えるブリュンヒルデにとって、それは拙いものではあったが……

 なぜか目が惹きつけられる。そしてしばらくそこから離すことができなかった。


「お前もそうあるべき器なのだ……」


 それを意識させられてはブリュンヒルデとて己の我を通すことに躊躇(ためら)いを感じていた。

 同時に対抗心のようなものを覚えずにはいられなかった。


「……正直、納得はできません。ですが、陛下にそこまで言われては尽力せざるを得ません」

「うむ。今はそれで良い。いずれにせよアルフヘイムへ無事に帰還してからのことだ」

「はい……」


 ブリュンヒルデはそこに明確な答えを見いだせずにはいたものの、期待には応えたいと思うのだった。

 こうしてこのダンジョン攻略戦はエルフ族にとっても岐路となることが、確約された。


「いよいよか……」

「ええ。参りましょう」


 女王とアルヴィトの期待に応えるように全ての準備が整い、合図が送られる。

 ダンジョン内をアストリア、アルフヘイム連合軍は進軍を開始した。



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