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エリカ(erika)は本来ドイツ語読みだとエーリカと読むのが正しいのですが慣例にならってエリカと表記しています。
まず、我が家の外観を描写する仕事を片付けなければならない。こんなの本当はどうだっていいんだが小説にありもしない現実味を求めている読者の声はとっても大きいんだ。我が恋人よ。 日記風の小説に書かれている無意味な日付の設定を書かされている気分だよ。ん? 小説内で言及されている日付を重要視している研究書はいくらでもある。それはどう考えるのかって? 彼らは作品に対して創造主の意図を超えた無意味な意味(この文句には疑問符をつけておこう)こじつけたがる性格なんだ。作品が書かれた当時の民俗的事情や政治体制、はたまた作者の出生の背景なんかと照らし合わせて、虚構の外側にある世界と作品内の世界に関係を見出そうとする。一流の作家にとってそれは最大の侮辱だよ。読者に対してとってもひねくれたウルリーケ! じゃあ小説を読むときに重要なことってなんなの? それは次の機会に書くとしようか、私の雲雀ちゃん。
それでは早速とりかかるとしよう。それでは読者の皆さん、慌てずに、走らずに、押さずに、順番通りに、一列に並んでください! 他の通行人の方々にご迷惑のなきよう、よろしくお願いします。そんなことがあれば住民方の、私ことウルリーケ主催の教会案内ツアーに対する印象が悪くなってしまいますからね。 私の頭の中が窮屈で少々疲れたでしょうがあともうひとふんばりですよ。頑張ってください! あいてっ(後ろ向きに歩いていたために列の前方から歩いてきた見憶えのある男の子とぶつかる)、おっと失礼。言ったそばから私が歩行者的交通事故を起こしてしまうとは不覚です。あ、そこのあなた、文章を勝手に飛び越してはいけませんよ。いさかさ退屈だとしても根気強く一行一文字を読んでいかなければなりません。人間には絵画のように時間的感覚を無視して小説を概観できるような便利で素敵な知覚器官が備わっていないのですから。あとそこのいさかさくん、バレないとでも思いましたか? ちゃんと元通りのいささかくんに戻ってください。言葉とは順番が命なのです。
それでは気を取り直して。街並みを見て頂ければわかるようにこの計画都市は中近代をイメージして設計されました。いささか(いい仕事だ!)古めかしい造りに趣向を凝らしているこの街は歩き回るだけで時代遅れのロマンチズムに浸ることができると評判で観光地としても人気があり、初めて訪れたのに帰ってきたという感覚を観光客に与えるようです。私はあまり詳しくありませんが、人はどこか見憶えがあるものに対してある種の快感を覚えるよう遺伝子に刷り込まれているらしく、そのような空間にまるで根拠のない居心地の良さを感じるそうな。私はその話を聞いたとき、読者が「共感を覚えた」と感想でのたまうような、寓意的思想的でマヌケ面をさげたつまらない小説の群れが大口を開けている光景を思い浮かべた。ファロス島で居を構える海の老人。
さて、あとは白樺に挟まれたこの日当たりのいい煉瓦造りの細い通りを抜けると教会につきます。この道は教会にしか通じていないので街の住民たちは教会通りと呼んでいます。教会の敷地ではないのですが住民たちの認識としてはこの道に入った時点でもう神の家に足を踏み入れているという認識のようです。
五十メートルほどの道のりを経てようやく到着です。通りはそのまま教会敷地内へと続くアーチで飾られている私が手入れした自慢の花道に変わります。通路右側に植えられています腰の高さの低木、愛くるしい桃色とも高貴な紫色とも判別のつかぬ色合い見せるこの世界で最も美しい花はかの騎士の国の言葉で荒野と呼ばれているものです。永劫の時間に生命を与える荒野(無意味で、遠回しで、この上なく明快な言い回し)。左には奇しき白薔薇の群れ、どうぞその脂ぎった鼻を近づけて匂いを嗅いでください。感じるでしょう? 処女マリアの息吹を。その清純な陶酔を。
花道を抜けますとここからは道が二つに分かれます。右手に見えますぼーっと突っ立っているのがメインとなる礼拝堂(ここからは見えませんが建物の奥には背の高い老齢の楡が一本だけ生えています)、左手の少し遠くに見えます赤茶色の建物が私たちの住居となる牧師館です。まずは礼拝堂から見ていきましょう。
ゴシック建築に特徴的な無駄に細くて長い柱に無駄に高い天井に無駄に華美な装飾。正面から見上げるとその高すぎる高さのせいかこちらに倒れ込んで来るようにも見えます(西洋人は天井に憧れすぎだ)。西に設けられた入口の上にはステンドグラスがはめ込まれた円形のバラ窓があり、中に入ると身廊と手すりで仕切られた拝廊。隅にはきっと誰も利用することがないでしょう空っぽの聖水盤がそっけなく置かれています。身廊に入るとやはり高い天井。広々とした空間。薄汚れた便所の個室が最も落ち着く私にとってこの虚ろな空間の支配的空気はとっても尿意を誘います。あ、そこのあなた、ここは禁煙ですよ。そしてさらに奥に進むと身廊と翼廊が交差する部分になります。その奥には三角形の聖母子像とチャペルが放射状に突き出した祭壇がありますが私にはこれ以上足を踏み入れることができません。なぜなら、私はまさにこのクロッシングで、『私のエリカ』を見出したのですから。人間と、人間ではないものとの交点。私はこの場所に足を踏み入れれば、途端にこの魂を焼き尽くされてしまうでしょう。それも本望なのですが、いかんせん私にはまだやるべきことがあるのです。




