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一九九三年、私は牧師の娘として生まれた。父は改心してクリスチャンになった人間にありがちな穏健な男だった。父が担当しているプロテスタント教区は、私が生まれる二年ほど前から開発が進められた南ドイツにある新興都市で多くの人が集まる。街の人々には敬虔な子羊(失笑)も多く、毎週のミサには年寄りばかりとはいえ一定以上の人数が父の説教を聴き、聖歌を唄っていた(汚い)。私も幼い頃から集会に参加し、五歳のときに自ら決意して洗礼を受けることになる(が、その信仰もエリカと出会った時に捨てた。死へのイメージ。安っぽい、骨ばった神)。私が神の下僕になると言ったときの父の喜んだ顔は甚だしく不愉快なものだったので現在になってもよく覚えている。パリサイ人風のマムシのような顔。だがあの髭面の澄ましたユダヤ人よりはましなのは確実だが。
牧師というと生活があまり麗しくないという印象を持たれる方もおおいだろう。実際、信仰というものを奇特なものとして扱う人々が多い現代(彼らは自分たちが『科学』を信仰しているのだといつになったら気づくのだろうか)において牧師の生活を支える献金をしてくれる人は少ない。ドブの中で恍惚な表情をして金が降ってくるのを待っている神。だが、これは幸いと言っていいのか、私から見て祖父母にあたる母方の両親が宝石商として成功を収め、最近はワインの生産などにも手を出し始めて金をたんまりと持っていたのだ。加えて彼らは熱心な信者。言わずもがな。さらに言うと私たち家族の生活は祖父母の親切な献金と母の稼ぎによって裕福に保たれていたため、父は母に頭があがらなかったようである。
母は性別を男と偽って活動している小説作家だった。世界的に有名というわけではなかったものの国内ではそこそこ売れており、特に女性からの人気が高かった。貪欲で賢明な読者いわく「彼は女性の繊細な心を描き出すのがうまい作家だわ」とのこと(鼻で笑う私)。彼女もこのある意味で的確な評価には苦笑していたことを覚えている。以前、私が「読者を騙していることは良心を咎めないのか」という質問を母にしたところ、彼女はまた苦笑い(私は母のこの表情に対していつもムカつきを覚えていた。吐き気がする)をして「小説家は嘘をつくのが仕事なの」と答えた(また鼻で笑う私。月並みなことを)。母のことは嫌いではあったが、小説家としての彼女は個人的に高く評価していた。というのは、彼女の小説は話の筋を読ませるようなものが少なく、むしろその巨大な言語構築体の中での文章や言葉、約物、文字、ひとつひとつの転がし方を重視するものが多かったからだ。音楽、絵画、動画などと違い、小説は細部しか持ち得ない芸術であるということを知っていた母はそれらを踏まえたうえで細部を愛でるように執筆していた。
繰り返しになるが私は母が嫌いだ。だが同時にこのうえなく感謝もしているのだった。私が備えるこの粘液性の文学的特質は間違いなく母から受け継いだものだし『私のエリカ』をこの世に見出すことができたのは官能を鋭敏にするそれらの特質のおかげであることは疑いようがない。そうでなければ私はエリカを愛することもなかっただろう。ああ、エリカ、早くあなたのことが書きたい! ウェヌスも私が裁かれるのを待っている!
本来ならば私にとってエリカと出会う以前の記憶というのは誰でも知っている神話のようなものでわざわざ書く必要もないことだ。それは文学的な原型としてすでに『読者の記憶に刷り込まれている』ものなのであって、決して新奇なものなどではなく、読者の記憶に寄生して存在することができるものでしかない。つまり賢い読者である貴殿方は私の父がたらこ唇で、無様にのぞく歯が黄色くて、頬が黒くこけ落ちて手も脚もやせ細っている無意味な禁欲をこじらせた薄っぺらい男(骸骨)であることを知っているし、私の母がでっぷりと太った肌の白い蝋人形のような女(尻がでかい。椅子に座ると無駄な肉が座部からぷりっとはみ出る。醜悪。袖なしの服。太い腕。放ったらかしの腋毛。シラミが湧く茶色の頭)であることも知っているわけだ。そいつはまさに私たち読書子にとって魔女が老婆であることよりも当たり前なお約束なのである。
そうは言ったものの私の家族のことで一つだけ語らなければならないことがある。妹のエーファのことだ。彼女との間に起こった出来事を語ることはエリカを記述するうえでの必要事である。私は妹のことを愛しいアッフェルと呼んでいた(おっと、ここで過去形を使ってしまうとは。罪の味)。まず初めに、彼女の愛くるしくも瑞々しい狂った果実を愛したことこそが、私のエリカをこの世に存在させるきっかけとなる。私の愛しい雛鳥ちゃん、二階の小さな部屋、真っ白なシーツ、ベッドの上、ヒメゴト、愛の王国。
エーファに対して行った数々の行為は私の一方的な秘密として今なお、誰にも明かさずに心の重すぎる重荷としてきた。もちろん、このことはエリカにも話していない(恋とは苦しいものなんだろう、ハニー?)。
私はエリカただ一人だけを真に愛している。それは過去でも未来においても不変の事実であることに相違はない。ならば私が妹に対して抱いた愛は正真正銘の贋物であったのかというとそれも誤り。当時の私は妹を真に愛していたのであり、私が妹とともにベッドの上で描いた胡蝶の曲線は真実だったのだ。だがそれらの作品たちは愛の光であるエリカの登場によって陰画化されてしまったというだけのことなのである。強烈な光線。洞窟のたとえ。ちょっと待っててくれ、さっそく王国記を本棚から持ってこよう。脚立はどこにしまったかな。倉庫の鍵はポケットの中。




