第2話 おイナリさま
「いやどうもこうも……なんなんだコレは」
「ですから、赤羽くんに災いが降りかからないようにとお祈りを」
「そっちじゃない。この……なに? ぬいぐるみ的なヤツのことだよ」
「え?」
龍一は呆れた顔で巫女キツネのぬいぐるみを指すが、みこには話がイマイチ通じていない様子である。
「……おい、黙ってないでなんとか言え」
龍一は目の前に突き出されたぬいぐるみに向かい、鋭い目を向けた。
ぬいぐるみはしばらく黙っていたが、やがてそのキツネの耳や手足がピクピクと動き出したかと思うと、ポンという音と煙を出して姿を変える。それは金色の稲穂のような髪色をした、ぬいぐるみと同じ大きさの小さな女性だった。
頭にはキツネの耳が飛び出し、そのお尻の部分には髪と同じふさふさした黄金の尻尾が生えている。
「ほほう、一発でわらわの正体を見抜くとは……おぬし、やりおるのう」
古風、というか年寄りくさい口調で喋る小さな女は、にこにこと笑いながら翡翠色の瞳で龍一を見ている。
「なんなんだお前は。まさか悪霊か?」
龍一が指摘すると、小さな女は急に不機嫌な顔になりそっぽを向いてしまう。
「愚か者。わらわをそこら辺の雑魚と一緒くたにするでない。わらわは福山みこの守護霊にして、偉大なるお稲荷様であるぞ。気さくにイナリ様と呼ぶがよい」
言葉にならない様子の龍一に、イナリと名乗った女は眉を吊り上げる。
「あーっ、おぬし信じておらんな!?
この霊験あらたかにしてぷりちーなわらわが嘘つきだと思っておるのか!」
「ぷりちーてお前……どうやらその辺の悪霊とは違うみたいだな。話も通じるみたいだし」
そう言う龍一とぬいぐるみを交互に見ながら、みこはずっと目を丸くしている。
「あのう、さっきから誰と喋っているので……?」
「まさか見えてないのか? このぬいぐるみ、なんか憑いてんぞ」
「な、なにかとは……」
「キツネというか女というか……そんな感じの」
そう告げた途端、みこの顔からサーッと血の気が引いていく。
「ぎゃーーーっ!? ま、まさか幽霊ですか!? ほぎゃーーーーーーっ!?」
みこは慌てふためきながら人形をブンブンと上下に振るが、投げ飛ばしたりまではしなかった。やがて疲れたみこはぜえぜえと息を切らしながら、またも涙目になってぬいぐるみを見つめている。
「ううー、このぬいぐるみはおばあちゃんがお守り代わりにって作ってくれたんです。それでいつも一緒に連れ歩いてるんですけど、まさかオバケが取り憑いているなんてぇ」
ぐすっと鼻をすするみこを指し、龍一はイナリと名乗る小さい女に言う。
「あんたの持ち主、全然見えて無いみたいだけど大丈夫かよ。
よくこれで占いだのお祓いだのやってたな」
「あー、そりゃわらわの神通力だからのう。
両方ともわらわが面倒見てやっておるのじゃ」
「なんでまた余計なことを……」
「さっきも言ったじゃろう、わらわはみこの守護霊じゃとな。みこの社会的立場を守ってやるのもわらわの務めじゃ。時におぬし……さっきの話といい、一発でわらわを見抜いた眼力といい、類稀な霊体視力を持っておるようじゃのう」
「なんだって? 霊体視力?」
「うむ、読んで字の如く霊体を認識する力じゃ。我ら霊的なものを見ることの出来る人間はそこそこおるが、おぬしほどハッキリくっきりズバリ視える奴はそうはおらんぞ。数字で言えば霊体視力10.0ってトコじゃな。なのに霊力はほとんどスッカラカンとは、極端なヤツじゃなぁ」
「数字で言われても全然分かんねーよ。というか、その視力とやらのせいでこっちは迷惑してんだ。なんとかならないか?」
龍一が頼み込むと、イナリはしばらく考え込み、切れ長の目で龍一の顔を覗き込む。
「頼みを聞いてやらんでもないが、こっちからも条件がある。話に乗るかえ?」
「……内容次第だな」
「そう身構えずともよい。別に難しいことではないからのう。
ほれ、とりあえずお前、みこに触れよ」
「え?」
そう言うとイナリは龍一の手を引っ張り、みこの手に重ねる。
その時、龍一はみこの身体から不思議な力が流れて来るのを感じた。
「これは……」
「うむ、イイ感じじゃな。みこの持つ霊力をおぬしに少し与えたのじゃ。
逆におぬしの霊体視力を少しみこに与えておいたぞよ」
イナリがそう言った所で、その小さな身体を持つみこが仰天の声を上げた。
「ひええええっ!? おばあちゃんのぬいぐるみが動いて喋った!?」
これまでと違い、みこははっきりとイナリの存在を認識している様子だった。
「福山、おまえコイツが視えるようになったのか?」
「どどど、どういうことなんでしょう!?」
慌てふためくみこの手を抜け出し、イナリは机の上に着地して二人を見る。
「これで話がしやすくなったのう。こうして言葉を交わすのは初めてじゃな、みこ」
目を細めて自分を見上げるイナリに、みこは両眼を輝かせ、紅潮した顔で言う。
「かっ、かわいいいぃぃぃぃぃっ!
イナリ様ってこんなに可愛かったんですね!?」
「ふふ、当然のことを大声で言うでない。ほれ、もっとわらわを褒め称え、蝶よ花よと猫かわいがりするがよいぞ」
得意気に小さな胸を張るイナリを龍一は呆れ顔で見ていたが、やがてイナリは片目を開けて龍一を見る。
「まあ、戸惑うのも無理はない。事情を話してやるから耳の穴かっぽじってよーく聞けい」
「はぁ……」
「わらわは代々、みこの家系の女に守護霊としてくっ付いておる。しかしこの娘、身に宿した霊力そのものは歴代でも群を抜いておるのじゃが、その代償なのか霊体視力がさっぱりでのう。霊が見えんことには、いくら強い力を持っていても宝の持ち腐れじゃからな。それで占いやお祓いという形で、わらわを介して霊力を役立てておったと、まあそういう話じゃ」
「なるほどな……それで俺に霊力とやらを分ける代わりに、逆に霊体視力を福山に分けたってことか」
「確かこういうのをウィンウィンとか言うんじゃったか?」
「よく知ってるなそんなの」
「はっはっは、わらわの人間知識は日々アップデートされておるからのう!」
と、カラカラと笑うイナリの前で、みこはわなわなと震え始める。
「つまり……私もやっとオバケや幽霊が見えるようになったんですね!
やったー!」
みこは喜びながら部屋を飛び出し、廊下の窓から運動場を興奮気味に見つめる。
「この学校にもオバケは居るんでしょうか……あっ!」
そう声を上げた視線の先には、頭がハゲて腹が出たブリーフ一枚の中年のおっさんが、トラックを走る陸上部の女子をいやらしい目で見つめている光景が飛び込んできた。もちろん運動場にいる生徒たちには、その姿は全く見えていない様子である。
「えぇ……」
そう呟くとみこはすっかりしょぼくれ、枯れ木のようにしょんぼりしながら部屋に戻ってきた。
「ど、どうした大丈夫か?」
「なんか……思ってたのと違う……オバケって、もっとこう……」
「まあ、気持ちは分かるぞ。あんな連中に追いかけまわされる俺の苦労も少しは分かってくれたか?」
「はいぃ……」
すっかりしわしわになってしまったみこを励ましつつ、龍一はイナリに尋ねる。
「で、俺の方はどう変わったんだコレ」
「霊体視力を分けたから少し視力が落ちて、いつもよりは幽霊に気付かれにくくなっておる。それと、今なら幽霊に触ることも出来るぞ」
「ほ、本当か!?」
「とはいえ効果は一日しか持たんからの。わらわとてそこまで万能でもないんじゃ。とりあえずおぬしが安眠できるように結界の作り方を教えておくから、家に帰ったら試すがよい」
「あ、ああ。わかった」
イナリはどこから出したのか和紙と筆を持ち、すらすらと達筆な文字でメモを書いてくれ、それを龍一に渡す。
「まーたわらわは徳を積んでしまったのう。我ながらなんて有能な――」
そう言いかけた所で、イナリと龍一は急に険しい表情となり、部屋のドアの方に目を向けて身構えた。




