第1話 視える男子と視えない女子
不定期連載予定のオカルト学園コメディーです
のんびりお付き合い頂ければ幸いです
霊体視力というものを知っているだろうか。
読んで字の如く、霊体を視るための視力を指す。
この霊体視力が高ければ高いほど、いわゆるオバケや幽霊をはっきりと視ることが出来る。
普通の人間の場合、霊体視力はゼロがほとんどで、霊感が強いだとか霊が視えるなどと言っている連中でも、普通の視力で言う所の0.01くらいに見えていればいい方で、オバケや幽霊がはっきり見える人間は滅多に存在しないというのが実際の所である。
市内の高校に通う二年生の赤羽龍一には、今朝もハッキリ視えてしまっていた。
電柱の陰からこちらをじっと見る女、近くの塀に向かってブツブツ独り言を呟き続ける血まみれの男、近くの家の窓ガラスに映る血走った目の巨大な顔。
見える範囲だけでも片手じゃ足りないくらいの幽霊が彼の周囲に居た。
いや、視えてしまっていた。実際、龍一以外の通行人は幽霊の存在など気にも留めず、それどころか幽霊とぶつかって通り過ぎても全く気にする様子は無い。
視えない人間にとってはそれが普通なのだが、龍一の場合は事情が違う。
「くそっ、朝からうじゃうじゃ居やがって……」
黒髪で目つきの悪い、いわゆる悪人顔の龍一がそう呟くと、周囲の幽霊たちが一斉に彼の方を向く。幽霊は自分たちを視ることが出来ない人間にあまり関心を示さないが、自分たちの存在を認識できる人間を見つけるとしつこく付きまとう。
彼らは自分が視える人間に、自らの苦しみを知って欲しくて仕方がないのである。
「はぁ、めんどくせえ……」
龍一は制服の上着を脱いでカバンに突っ込むと、一気に走り出した。歩道に立ち塞がる幽霊を避けて脇の細い路地へ駆け込み、ゴミ箱やビールのケースを飛び越えて行き止まりの塀を登り、その向こう側へ飛び下りる。
その先で待ち構えていた幽霊の手前でジャンプし、横の壁を蹴ってさらに高く飛び、幽霊の頭上を越えて向こう側へ着地。そのまま路地を駆け抜けると、通りに出たところで通り掛かる散歩中の犬の上を回転ジャンプでやり過ごし、追いすがる幽霊を引き離す。
そのまま歩道橋を駆け上り反対側へ降りようとした、その時だった。
――ドンッ!
突如出現した人では無い腕に背中を突き飛ばされ、龍一の身体は宙を舞う。
普通ならそこで頭から落下して大怪我、下手をすれば死んでしまう所だが、龍一は華麗に空中で前方に回転、手すりの上に両足で着地し、そのまま一気に下まで滑り降りていく。
「くっ……!」
どうにか無事に着地した龍一だが、追いかけて来る黒い影の集団を見るや、ため息をつく暇もなく走り出す。
歩道の植え込みを飛び越え、路上駐車している車のボンネットの上を転がって車道側へ出ると、そのまま道を突っ切って学校のある方向へ駆け抜けていく。
こんな風に、毎朝パルクールの如く疾走しなければならないのが赤羽龍一の日常であった。
「――よっ、龍一。今日も朝から悪人ヅラしてんなー」
通っている高校の教室で能天気に言うのは、クラスメイトにして野球部所属、坊主頭の米田である。
教室の入り口に立つ龍一の姿は薄汚れ、髪はボサボサで疲れ切った顔をしている。身長178センチで不機嫌かつ目つきの悪い顔をした龍一が仁王立ちしていると、他のクラスメイト達はみんな目を逸らしてしまう。
「うるせー、好きでこんな顔してんじゃねえんだよ」
龍一は最後列の自分の席にカバンを置き、疲れた様子で椅子に腰掛ける。
「お前さー、部活も入ってないのに、なんで毎朝ボロボロになってんだよ。
お巡りさんと追いかけっこでもしてんのか?」
机の前に来た米田は軽い調子だが、龍一に軽口を返す余裕は無かった。
「お巡りだったら良かったんだけどな。
こっちからは触れないのが本当に腹立つぜ」
机に突っ伏しながら、龍一は大きなため息をつく。
幸いにも幽霊は人が多い場所までは追ってこず、学校に入ればどこかへ去ってしまう。だが、こんな生活が今後も続けば身が持たないと思い始めている所でもあった。そんな考えを読み取ったのか、坊主頭の米田は龍一を見て首を傾げつつ考え込む。
「なーんかお前、呪われてそうな感じだよなぁ。
もしかして罰当たりなことやったんじゃねーのか。どっかのお社壊したとか」
「するかそんなもん……」
「むむむっ、匂う、匂うぞッ!」
米田はどこから取り出したのか、虫眼鏡で龍一をあちこち見つめながら言う。
「俺の見立てでは、お前はお祓いをしてもらった方がいいと出ておる。
弁当のおかずの唐揚げを賭けてもいいぜ」
「いや別に唐揚げはいらんけど……なんだよお祓いって。どうせインチキだろ」
目つきの悪い龍一に睨まれても、米田はどこ吹く風で受け流す。
「チッチッ、甘いぜ。実はさ、すげえ効くって噂のお祓いしてくれる子がいるんだよこの学校に」
「はぁ?」
「二組の福山みこって知ってるか? 実は彼女、神社の娘で占いやってて、お祓いもしてくれるんだと」
「胡散臭さすぎるわ、なんだそりゃ」
「ところがだ、この占いがよく当たるって評判でよ。
お祓いも効果てきめんだって噂なのよ」
「……」
「お前、呪われてそうなツラしてるし一度見てもらえよ。
放課後になったらやってるらしいぞ」
その言葉を胸に留め、龍一は憂鬱な溜め息をつくのだった。
放課後、龍一は一階校舎の端にあるドアの前に立っていた。
ドアには『占い同好会』と可愛い手書き文字の張り紙がしてある。
どう見ても場違いな雰囲気にため息をしつつも、龍一は眉間にしわを寄せた顔のままドアをノックした。
「はーい。占いご希望の方ですか? 開いてるので入ってくださーい」
部屋の中からは少し音程の高めな女子生徒の声がした。小さく深呼吸し、龍一はドアを開けて部屋の中へ入る。
部屋の中は暗幕が広げられ、いくつかの星飾りや、なぜか巫女服を着たキツネのぬいぐるみなどがぶら下げられ、いかにも占いの部屋といった雰囲気である。中央に小さな机がひとつあり、そこに占い師のイメージによくある紫色のローブを被った女子生徒が座っていた。
「今日はどのようなご用件でしょうか。占いをご希望……どぅえッっ!?」
女子生徒が顔を上げて龍一の顔を見た途端、裏返った声を出して一気に表情を引きつらせていた。
彼女から見て龍一の姿は西日を背に浴びた逆光になっており、そこに背が高く人相の悪い顔と目が浮かび上がっているのだから、普通の女子にとっては強烈な恐怖体験であった。
「ギャーーーーーーッ!? おばけーーーーーーーーっ!?
ごめんなさいごめんなさいーーーーーーッ!!」
耳が割れんばかりの絶叫を上げ、女子生徒は椅子ごとひっくり返って腰を抜かしてしまった。
その拍子に被っていたフードも脱げてしまい、中から姿を現したのは少し癖毛で明るめの髪色をしたショートカットの髪と、栗色の大きな目が特徴の女子生徒だった。彼女は床に座り込んだまま、くりくりとした大きな目に涙を浮かべ小動物のようにプルプル震えている。
「……俺はお化けじゃねえ。あんたが福山みこか?」
「そっ、そうですがあなたは一体どちらさま……って、はうっ!?」
女子生徒こと福山みこは龍一をまじまじと見た瞬間、またも裏返りそうな奇声を発し硬直する。
「あっ、あああ、あなたはもしや……二年四組の赤羽龍二さんでは……!?」
「……龍一だ」
「ひえええっ!? し、失礼しましたッ!!」
言い間違いを訂正すると、みこはその場でコメツキムシの如くペコペコと頭を下げる。
「なあ、なんで俺の名前を知ってるんだ?」
「だっ、だだだ、だって有名人じゃないですかあ!
喧嘩上等、遅刻の常習、授業で居眠りは当たり前、毎朝ヤクザとの抗争に明け暮れ生傷が絶えず、すでに何人か食べていると噂の、学年一の暴れん坊だって……!! わーーーーっ! ごめんなさい食べないで!!」
「そんなヤツ五分とシャバにおれんわッ! 信じるなよそんなもん」
龍一は怖い目つきのままでため息をつくが、みこは相変わらず床で小さく震えたままである。
「別に脅かしに来たんじゃねえよ。その……福山みこ。あんた、やってんだろ?」
「や、やっているとは? わ、私は清廉潔白で、やましいことはなにも……!」
「そうじゃなくて、お祓いだよ。噂で聞いたんだけど」
龍一がそう告げると、互いに視線を合わせた長い沈黙の後、みこはポンと手を叩く。
「あ……あの、もしかしてお祓いをご希望なのですか?」
「ああ。実は色々と困っててな」
「そっ、そうだったんですね。これは失礼しました」
みこはようやく立ち上がり、制服ののスカートの裾を払って整える。
「ええと……ではお祓い希望ということで。
それじゃ、いくつか質問しますから席に座ってくださーい」
みこに言われ龍一が椅子に座ると、机を挟んでみこが反対側の椅子に腰掛ける。
「それで、お祓いをしたいとはどういったお悩みなのでしょう?」
みこの問いに、龍一は眉間を指で押さえてから深いため息をつく。
「……視えるんだよ」
「はい?」
「昔からそれっぽいのは見えてたんだが、中学卒業したくらいからハッキリ見えるようになってきてな……表を歩くと、そこら中に居るのが嫌でも目に入って来ちまうんだよ」
「ははあ……赤羽くんは幽霊が見えてしまうのですね!
すごいです! 私そういうのはさっぱりなので!」
「いや凄くねえよ。見えた所でなんの役にも立たねーし。
それどころかあいつら、目が合うと襲って来やがるんだ」
「えっ、なにそれは……」
襲われるという言葉に、みこは明らかにトーンダウンした素の声を漏らす。
「信号待ちとか下り階段の前、駅のホームに立ってると背中を押されるし、壁に立て掛けてあった物が急に倒れてきたり、クレーンの資材が落っこちてきたり……とにかくそんなのばっかりでな。最近は幽霊が直接追いかけて来るようになりやがった」
「えぇ……というか、よくそれで今まで無事でしたね」
「こっちだって必死なんだよ。通学はとにかく走るしか無いし、行き帰りだけで毎日ヘトヘトになってんだ」
「あ、あの……それじゃ毎日ボロボロの格好で登校しているというのは、ヤクザとの抗争とかではなく……」
「幽霊のせいだよ。誰だヤクザがどうのこうの言ってる奴は」
龍一の脳裏に米田のマルコメ頭が浮かんでくるが、すぐにそれをかき消す。
「じゃ、じゃあいつも目つきが悪くて顔が怖いのも……?」
「幽霊のせいで夜は満足に寝られなくて、ずっと寝不足なんだよ。
それに加えて毎日付きまとわれてたらストレス溜まるっつーの」
龍一は疲れたように眉間を押さえ、そして思い出したように苛立ちを滲ませた顔でテーブルを叩く。
「しかも腹立つのが! 奴らオバケどもは俺に触れるのに、こっちからは指一本触れられねーんだよ! どうなってんだ!」
「ひいいいいっ! 急に大声出さないでくださいぃぃぃぃっ!」
椅子から転げ落ちそうになりながら、みこはまたしても涙目になっている。
「あ、いや、すまん。福山には関係なかったな。
ただまあそういうワケで、俺もそろそろ限界なんだ。なんとかしてくれ」
疲れた様子でため息をつく龍一の姿を見て、みこは胸を張りフンスと鼻を鳴らす。
「わっかりました! 困っている人をお助けするのが私の役目ですからね!
それではさっそくやっちゃいましょう!」
みこは立ち上がり、吊るしてあった巫女キツネのぬいぐるみの紐を外すと、それを両手で持って龍一の目の前に突き出してきた。
「むむむ……むーんむんむん……! 悪い気よどっかへ行きたまえー!
この御方にイイ感じな幸運が訪れますようにー!」
本人は真剣のようだが、どうにも適当さが拭えないおまじないの言葉を口にしながら、みこは目を閉じ念じ続ける。だが龍一は、目の前に突き出されたぬいぐるみをジトっと見つめている。
「ちょっと待った。なんだこりゃ」
龍一の言葉にみこは目を開け、「どうしましたか?」と首を傾げた。




