第3話 龍一とみこ
「ほう、察したかおぬし」
「毎日イヤというほど浴びてんだよこの気配は」
「よいぞ、ならばここは任せるとしよう。ものは試し、一発ガツンと決めてやれ」
その時、ガチャリとドアノブが回る音がした。それはゆっくり回り、音もなくドアが開いていく。その向こうに立っていたのは、さっきみこが目撃した変質者のおっさんの幽霊だった。
「ななな、なんで幽霊さんがここにーーーっ!?」
みこは部屋の隅で悲鳴を上げ、そんな彼女を見ておっさんの幽霊はニタニタと好色な笑みを浮かべている。
「おいおっさん。死んだ後まで女子高生に鼻の下伸ばしてんじゃねえぞ」
そう言うのと同時に、龍一の強烈な前蹴りがおっさんの幽霊の顔面にめり込む。
「どっせい!!」
「ごふぁ!?」
強烈な蹴りを食らったおっさんの幽霊は派手に吹っ飛び、窓ガラスをすり抜けて運動場まで飛ぶと、そこで弾け淡い光の粒子となり消えてしまった。
「おお、ちゃんと手応えがある……それにしてもきたねえ花火だな」
と、昔読んだ漫画のセリフのようなことを言い、龍一は感動しつつ足を引っ込める。その様子を見ていたイナリは、上機嫌で手をパチパチと叩いている。
「やるではないか若いの。実はのう、みこは霊力が強いと言ったが問題もあってな。霊力が強いあまり、今みたいに無自覚で近くの幽霊を引き寄せてしまいがちなんじゃ。霊力が強いというのは、それだけで目立つからのう」
「おい本当か? それじゃまるで……」
「今まではわらわが人知れず連中を追っ払ってたんじゃが、戦う力を出すのは三分が限界でな。そろそろキツいなーって思ってた所なのじゃ」
「いやちょっと待て。この話の流れはまさか」
「そーゆーわけで、今後はおぬしがみこを守ってやれ。おぬしも幽霊への対抗手段が手に入るんだし悪くなかろう。みこと一緒におれば、大抵の悪霊なんぞ怖くはないぞよ」
「いや急にそんなの言われても。それじゃ福山から離れらんねーじゃねーか」
「不満か? 贅沢じゃなーおぬし。わらわから見てもみこの器量は良い方だと思うんじゃがのう。それに、ちゃんと育つとこは育って――」
イナリがそこまで言った所で、みこは顔を真っ赤にして両手をバタバタさせて言葉を遮る。
「あわわわわ!! ダ、ダメですよー!
それ以上はお稲荷様でもダメです、プライバシーの侵害ですッ!」
イナリはカラカラ笑うと、龍一とみこに意味深な視線を送る。
「ま、後は若いもの同士で上手くやるがよい。久しぶりに喋りすぎたから、わらわはそろそろ寝るぞよ」
そう言うと、イナリの姿は元のぬいぐるみに戻り、その後は話しかけても返事は無かった。
「……で、これからどうする? まだ占い続けんのか?」
龍一が尋ねると、みこは疲れた顔でため息をつく。
「さ、さすがに今日は店じまいですね。
日も暮れてきましたし、お稲荷様も寝ちゃったようなので」
「そうか。じゃあ家まで送ってく」
「え?」
「一人で帰ったらまた幽霊に狙われるかもしれないだろ。
あいつらマジでどこでも見てるからな」
「で、でも回り道でご迷惑をおかけするわけには……」
「福山になんかあったらこっちの寝覚めが悪いんだよ。
明日になればイナリがどうにかするだろうし、今日は送らせろ」
「は、はい。それじゃ……よろしくお願いしますぅ」
みこは大きな目をくりくり動かしながら、礼儀正しくお辞儀をする。
その顔が少し赤かったことを、龍一は気付いていなかった。
幸いにも帰り道は途中まで一緒で、二人は駅のホームで次の電車を待っていた。駅を行き交う人の数はそんなに多くなかったが、駅に入ってすぐからずっと、背後にぴったりくっついて来る気配があった。
「あ、あの、赤羽くん……」
「後ろは見るなよ。気付いてないフリしろ」
「はっ、はいっ」
ホームに向かってエスカレーターを降りている間も、背後の黒い幽霊はくっ付いて離れない。そのまま二人が乗降口の目印がしてある場所に並んで立つと、背後からはブツブツと聞き取りづらい独り言と、やけに近い息遣いが耳の近くで聞こえてくる。
「うう……」
龍一はこれが日常茶飯事なため無反応だったが、みこは青い顔をしてだいぶ居心地が悪そうである。
「もう少しの我慢だ。足元踏ん張って転ばないようにしとけ」
龍一がそう小声で伝えた直後、駅のホームに放送が響く。
『二番線を列車が通過します。ご注意ください』
この駅に停車しない快速列車の予告放送だ。しばらくすると遠くから電車がやってきて、減速することなくホームへ入ってくる。その時、幽霊が腕を伸ばしてみこの背中を突き飛ばそうとした瞬間、龍一はその腕を掴み、力任せに線路側へと放り投げた。
「どらぁッ!!」
軽々と放り投げられた幽霊は上下逆さまの状態で目を丸くし、ほぼ同時にホームを通過する列車の先頭車両に激突、そのまま押されながらどこかへ行ってしまった。
「ふん。死んだ後まで人様に迷惑かけてんじゃねーぞ」
幽霊を握った右手の感触を確かめる龍一に、みこは唖然とするしかなかった。
「下手に同情するなよ。あいつらはああやって、誰でもいいからお仲間を増やそうとしてるだけだ。そんなんで人生台無しにされたらたまんねーだろ」
「は、はい。あ、あのう……」
「ん?」
みこはもじもじしながらも、両手を足の前に揃えて深くお辞儀をする。
「守ってくれてありがとうございましたっ」
やけに行儀の良いみこの姿に、龍一は思わず笑みがこぼれてしまう。
「なんつーか、福山っていいトコの育ちなのか? すごく礼儀正しいよな」
「あ、それはですねえ、おばあちゃんに礼儀作法は大事にしなさいといつも言われていますので」
「そっか。いい人なんだなおばあちゃん」
「はい、とっても!」
ニコッと笑うみこの笑顔を見た時、龍一も今までずっと頭の上に乗っていた重しが消えていくような、そんな気分だった。
「あっ」
「どうした?」
「赤羽くんって、そういう風に笑うんですねえ。
怖い人だと聞いてたので意外でした」
「そりゃ笑うこともあるさ。けど……いつぶりだろうな、こんなに気分が軽いのは」
そんな話をしているうちに、次の電車が駅のホームに入ってくる。
二人はそれに乗り込み、二駅先のみこの最寄り駅で下車した。駅を出て十分ほど歩いた場所が、みこの自宅だった。そこは結構な敷地のある神社で、境内は初詣や縁日の屋台が店を並べられそうな広さがある。
「ここが福山の家か。デカいな……」
「神社のみこちゃんだからそのまんまだねって、よく友達に言われるんですよぉ」
「そのまんまだな、確かに」
「ここまで来れば大丈夫だと思いますので。あの、赤羽くん。
送ってくれてありがとうございました!」
またも丁寧なお辞儀をするみこに、龍一はふっと笑う。
「気にすんなって。じゃあな」
「はい、また明日!」
小走りで手を振り、自宅の方へ戻って行くみこの背中を見送り、龍一は駅に向かって来た道を戻って行った。




