悪くはない
翌日も、昼間は町を見て回った。鉄を打つ音が、いくつもの通りから聞こえた。
夕方になり、明日の依頼を探しにギルドへ向かった。
(世界を見てこい、って言われてもな)
「人の言葉ではなく自分で見つける事だ」
師匠はその言葉が足りなすぎる。
別に哲学者になりたいわけじゃないんだから、良いじゃないか。
掲示板の依頼書の端を、意味もなく指で弾いた。
「……そこの、明日の依頼探してる人」
気だるげな声だった。受付の奥で、女が頬杖をついている。昨日、じっとこちらを見ていた女だ。相変わらず気だるそうにしている。
「……俺ですか」
「他にいます?」
いなかった。
カウンターまで行くと、女は引き出しから依頼書を一枚、面倒くさそうに滑らせてきた。山の中にある、古い結界の調査だった。
依頼書には、結界の図が描き写されていた。それを目にした時、胸の奥がわずかにざわついた。
「掲示板には無い依頼ですね」
「腕の立つ人にだけ、回してるやつなんで」
「……人違いでは?」
「カイルさんを運んできた人ですよね。結界術師のレイさん」
知られているのは、名前だけではないらしい。
「この町で、ハイオークを一人で片づけられる人なんて、いないんですよねぇ。それに、その細身の剣。ピンときちゃいまして。結界を使う剣士の話は、情報が回ってきてるんでー」
(……面倒なことになった)
「そういう人が燻ってると、ギルドとしてはもったいないんで。……あと、わたしの評価にもなるんで」
正直すぎる。
「お誘いは、ありがたいのですが、別の人ではないですか」
ありがたいのは本当だ。面倒事さえ付いてこなければ、の話だが。
強さに寄ってくる人間は、どこの町にもいる。
最初は頼み事だけだ。それで済んだ試しは、あまりない。
女は、少しだけ首を傾けた。
「あー……嫌いですか、こういうの」
「……いえ、そういうわけでは」
「顔には書いてありますよぅ」
女は依頼書に目を落とした。だが、引っ込めようとはしなかった。
「でも、人ってそんなもんですよ。得しそうな人には寄っていく。わたしは、それを隠すのが面倒なだけで」
「……」
「押しつける気はないです。いいならいい、嫌なら嫌って、言ってください。言われないと、本当のところは分かんないんでー」
言われたことのない種類の言葉だった。
「……今回は、普通の依頼でお願いします」
「はーい」
女はだるそうに、三枚の依頼書を並べた。手つきだけが妙に速い。どれも、こちらの都合に合っていた。どこまで調べてあるんだか。
(……仕事は、できる人だ)
一枚を選ぶと、女はあくびを噛み殺しながら、手続きを済ませた。
「気が変わったら、どうぞー」
最後まで、表情はほとんど動かなかった。
嫌な気は少ししたが、悪い取引相手ではなさそうだった。
「よう」
肩を叩かれた。振り向くと、見覚えのある顔があった。
岩壁の根元に座り込んでいた、あの男だ。改めて見ると、金髪で、俺より少し年上らしい。背は俺より頭ひとつ高い。こっちを見下ろして笑う顔が妙に爽やかで、どうにも憎めない。額には、うっすらと傷跡が残っていた。
「……どうも」
「カイルだ。あのときは、まともに名乗れなかったからな」
「……もう、動いて大丈夫なんですか」
「おかげさまでな。教会で治してもらった。ここで待ってりゃ、そのうち会えると思ってた」
待っていた、らしい。
カイルは周りをちらりと見てから、少しだけ声を落とした。
「礼を言わせてくれ。あんたがいなきゃ、俺は今ごろ冷たくなってる」
「通りかかっただけですよ」
「あれ、ギルドに討伐申告しなくて良いのか? 報酬結構出るぞ」
「いえ、お金には、その……困ってないので」
カイルの目が、面白そうに細くなった。
「そうか。それでな、頼みがある」
「なんでしょうか?」
「弟子にしてくれ」
……は?
「いや、ピンチに颯爽と現れて、助けてくれたんだぞ。惚れないやつはいないだろう。抱かれてもいいくらいだ」
(……勘弁してくれ)
本気なのか冗談なのか、まるで読めない顔だった。
「弟子入り先なら、もっと立派な人がいると思いますよ」
「命の恩人以上に立派な人はいないだろう」
そうだが、そうじゃない。
「……弟子は、あいにく取っていないので」
「じゃあ、見学だけでも」
何を見学するっていうんだ。
「見学も、ちょっと」
「じゃあ、荷物持ちをさせてもらうってのはどうだ」
「それも見ようによっては、弟子ですよね」
「違いない」
カイルは楽しそうに笑った。こっちは何一つ楽しくない。
「じゃあ、せめて飯を奢らせてくれ。それならいいだろ」
飯。
礼として、受け取るのが筋か。でも、受け取ったら受け取ったで――。
黙っていると、カイルがわざとらしく首をかしげた。
「やっぱり、弟子の方が」
「……奢りの方で、お願いします」
うまく乗せられた気がする。
カイルが、にやりと笑う。それから大げさに胸に手を当てて、一礼した。
「それでは、エスコートさせていただきます」
(こいつ、苦手かもしれない……)
カイルに連れられて、通りの外れの小さな食堂に足を運んだ。夕飯どきには少し早く、客はまばらだった。
カイルは席に着くなり、慣れた口ぶりで何品か頼んだ。先にエールが二つ、運ばれてきた。
「俺はこの町で討伐者をやってる。あんたは?」
「旅の途中です。しばらく、この町で依頼を受けるつもりです」
「旅か。いいな」
料理が並ぶと、カイルは肉を一切れ口に放り込んでから、こちらを見つめた。
「無理に誘って悪かったな」
「……いえ」
「門番に聞いたらさ、俺を置いてさっと行っちまったって言うから。普通に誘っても断られるだろうと思ってな」
ここまで明かすのは彼なりの誠意なのだろう。
「ところで肉と魚、どっちが好きだ?」
見直しかけたところで、話が明後日の方へ飛んだ。
(料理を頼む前に聞くことじゃないのか?)
答えようとして、少し詰まった。
どっちが好きか。考えたことがなかった。
「どちらかと言うと肉ですかね」
「肉なら俺と同じだ。気が合うから、弟子に向いてると思うんだ」
(肉好きは、全員候補かよ)
「でも年々、魚の方が良いかなと思ってきて……」
「魚なら、俺にないものを持ってる。ぜひ弟子にして欲しい」
(何を選んでも、お前がついてくるのかよ)
「やっぱり両方捨てがたいかな、と」
「医者にも言われたんだ。『肉も魚も食え。ただし、人の話は都合のいいところだけ食うな』って」
(絶賛偏食中じゃねぇかよ)
「良いこと言いますね」
「で、食事は大事だってことだから、飯を食いながら師匠と話したいと思ってさ」
手が止まった。
「誰が師匠だ」
言ってから、しまったと思った。
カイルは驚きもしなかった。ただ、少しだけ口の端が上がっていた。
「それで行こうぜ、師匠」
「……師匠では、ないです」
「言い直すなよ」
カイルは声を上げて笑った。
こいつは本当に良く笑う……
反論しかけて、口を閉じた。
「……分かったよ。今日のところは、俺の負けだ。呼び方以外はな」
「おう。じゃあ、勝った方が奢るとしよう」
「最初からそういう話だろ」
カイルは満足そうに、エールを呷った。
俺もエールを一口飲んだ。さっきより、旨い気がした。
食事が終わると、カイルは勘定を済ませ、店の前で振り向いた。
「何かあったら頼ってくれ。俺にできることなら、なんでもやる」
「また飯も誘わせてくれ」
「……気分がのればな」
カイルは今日一番の笑顔を見せた。
「おう。のせてみせるさ」
カイルは手を振って、背を向けた。
その背中が通りの角に消えるまで、なんとなく見送っていた。
エールの酔いが少し回り、視界がふわふわとしていた。
――いいならいい、嫌なら嫌って、言ってください。言われないと、本当のところは分かんないんで。
酔った頭に、受付の女の声が戻ってきた。
「酒も悪くはないな」
そうつぶやいて、宿へ向かった。




