7章 命を求めて
午前二時半、中野区。
民家の家先に設置された防犯カメラが侵入者の姿を撮影。
窓ガラスを破壊して侵入した犯人は、寝室で眠る住居者に刃物を突き立てようと画策。
動機は横恋慕、想い人の交際相手さえいなくなれば自分に振り向いてくれると思ったが故の犯行。
琴浦宗一の硬化した翼によって凶行を阻まれ、怯んだところを取り押さえられ鎮圧完了。
犯人は侵入の証拠と共に派出所前へ放置される。
午前三時十五分、杉並区。
個人経営飲食店で強盗事件が発生。
店舗二階で寝ていた経営者を結束バンドで拘束し、売上金及び経営者所有の資産を強奪。
痕跡を消すために店内へ火を付けたところ、闇倉詞音から爆撃を受けて気絶。
犯人は背中に軽い爆発痕こそ残ったものの命に別状はなく、天使たちは火を消して経営者の拘束を解き脱出。
その後、経営者の通報によって警察が到着し、犯人は縛に就くこととなった。
……そんな二つの事件が解決した頃にはもう、空は既に白ずみ始めていた。
トワイライトが夜を照らし、僅かずつ世界は光を取り戻していく。
それを知覚したときに、ようやく宗一は夜通しの疲労を実感するのだった。
四人の天使が、薄明の空を飛んでいる。
まるで渡り鳥が隊列を組むかのように、列を乱すことなく四人はどこかへ向かって飛行していた。
先頭を行くのは空蝉響、しんがりを務めるのは窓塚源治。
そして二人の間で横並びに飛んでいるのが琴浦宗一と闇倉詞音だ。
彼ら兄妹の手の甲には、『四』という数字が仄かに瞬いていた。
「やあれ少年、どうだい! 力のなんたる素晴らしきことか、その一端を垣間見ることができたんじゃないかな?」
「はい! 色々お世話になりました」
「そうだろうそうだろう。たんと褒めてくれたまえよ。何せ日頃褒められることがないからね、感謝という栄養がなくては心が萎れてしまう一方だ」
空蝉響、彼女の力は『電波の傍受』であった。
街中に存在している監視カメラの映像や、携帯電話での通話。
各種電子計器の反応など、周囲三キロ圏内であれば様々な情報が取得できる能力だ。
それによって住宅地や店内の監視カメラ映像を手に入れ、犯罪の発生を把握したのである。
彼女の力に助けられ、宗一と詞音はそれぞれ三日分の寿命を手に入れたのだ。
「最高ですねー、傍受の力。命の危機を察知するのに最適な能力じゃないですか」
「はっは。でも君たちと違って直接的な力を持たないからね、内乱や暴動に対処できないんだよ。手っ取り早く大量の寿命を得たいなら大規模な抗争に首を突っ込むか、災害救助にかかずらう必要があるからね。有用そうに見えて一長一短さ!」
確かに、と宗一が頷く。
一見利便性の高い力に見えたとしても、それは現状に合った能力であるということ。
もしも戦争が起こったならば宗一や詞音の力が秀でて見えるだろうし、争いもなければ文明もない地に行けば源治の力が最適となるはずだ。
力は万能ではない。
故に、生き延びるためには協力する必要性がある。
宗一は、それを今一度実感するのだった。
「……ん」
そのとき、眼下を眺めていた詞音が表情を変える。
「どうしたの、幼子ちゃん」
「人。……自宅前にいっぱいいるです」
彼女の言葉を聞いて、宗一も眼下を見た。
航空写真のような景色なので自宅を発見するのに大変苦労したが、何とか家を発見し、詞音の言葉を理解する。
琴浦家の自宅前には複数の人間が集っており、何やら合鍵を使って侵入しようとしていた。
ここ数週間で琴浦家、闇倉家の人間が大量に殺害されたことを思い出し、まさか犯人が自宅へ来たのでは――と宗一は一瞬身構える。
しかしよく目を凝らしてみてみれば、そこにいるのは近所の人や警察、それにマスコミの類であった。
「おや、あれが君たちの家かい。大人気の様子だね。……もしかしてマスコミがたかる程の事件か事故に巻き込まれて、その上で昨日あの家を使ったのかな?」
「え、えぇ、まあ……飛行機が山中に墜落した事故なんですけど」
「ああ、あれか! 本年最悪の事故だって報道されてたねえ。航空会社は吊し上げられて、被害者と懇意にしていた人の元に報道陣が押しかけているらしいよ」
うーん、と響が顎に手を添えながら唸る。
「しかしあれだ、自宅を使ったのは迂闊と言わざるを得ないな。自宅の電気が点いていたのを隣人にでも見られたんだろう、君たちがもし家族総出で事故に遭っていたならそりゃ注目されてしかるべしだ」
「……総出というか、俺たち二人しか家族残ってないので」
次々と殺されている家系、夜逃げした兄妹、墜落する飛行機。
……それだけでも数え役満レベルで話題に事欠かないというのに、その上何者かが自宅に入り込んでいたという疑惑もあれば、それはもうミステリーでもサスペンスでもなくホラーだ。
隣人が恐怖して警察を呼ぶのも当然だろう。
少しだけ寂しそうな声で、詞音がぽつりと呟いた。
「……おうち、帰れないね」
あの家は――地獄の日々を生きてきた詞音が、初めて幸せを手に入れた家だ。
たった数年ではあったけれども、あそこで詞音は宗一と暮らし、初めて家族の愛情を知った。
唯一の天国と言っても過言ではないだろう。
「幼子ちゃん、残念だけど家は諦めたほうがいい。……というか天使に成った以上、生前の拘りは捨てておかないと辛いよ」
「……分かってるです」
「百年も経てば故郷は一変するし、匂いも色彩も面影を無くして見知らぬ場所になってしまう。大好きな友達も全員その頃には死んでいて、孤独な世界を生き続けなきゃいけないんだ」
「友達なんて最初からいねーますから」
「だろうと思った」
ふ、と響はどこか寂しげに笑った。
「道理道理。幼子ちゃんは、幼い頃の私にそっくりだからね」
「どんなトコが主に似てんのです」
「一人の人間に依存して、それ以外の全てを拒否してそうなとことかね」
それ以上を語る気はないとでも言うように、響が大きく翼を広げた。
そして遠くの寺を指さして、そこへ飛ぶよう三人に指示をする。
「さあて無垢なる子供たち、重ね重ねの親切だ。塒をあげるからおいで。家を失った今、住まいは必要でしょう」




