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30章 アポカリプス・デイ【小さな戦争】

 空が赤く染まる。

 爆炎によって煌々と照らされた夜空が、まるで日中かのように明るく瞬いていた。

 そこに混じり合って点滅するマズルフラッシュと、スタングレネードの閃光。


 今や空は天使たちの領域。

 人間たちが介入することのできない、虚空の征野。


 空へと戦場を移した二人の天使が、月を背にしながら激突している。


 軍事兵器を纏わせる響と、爆炎の紅を漂わせる詞音。

 天使たちの交戦は空を染め、木々を燃やし、世界に爆風を浴びせかけていた。


「このっ……!」


 詞音の撃ち出した羽が、桜色の軌跡を描きながら響へと向かう。

 しかし響は自由自在に操れるライオットシールドで爆撃を防ぎ、代わりに機関銃をブッ放して応戦した。


 狙いは詞音本体ではなく、彼女の手足と羽。

 響の目的もまた、詞音の無力化であった。


「ねえ! 幼子ちゃん! 何がそんなに不満なのかなぁ! お兄ちゃんと離れ離れになったから怒ってるの? 心配しなくていいよ! どうせまた会えるんだから!」


 響の放った銃弾が、雨霰のように降り注ぐ。

 詞音は全力で空を駆けて銃弾を掻い潜るが、弾幕はやがて激しくなり――。


「……!」


 詞音は背中の羽を周囲に舞い散らせ、一斉に爆発させる。

 黒色の砲煙が辺りに立ち込めて、彼女の姿を隠蔽した。


 それと同時、砲撃が止まる。

 敵の姿が見えない状態で闇雲に乱射すれば、意図せぬ致命傷を与えてしまう可能性があるからだ。


「じゃあこうしよう! 今から幼子ちゃんの意識以外の全てを洗脳して、その手で少年の頭に私の羽を刺させてあげる! 私や源治にお兄ちゃんを奪われるより、そっちのほうがいいよね? 嬉しいよね! よかったね! 私、ホントに優しいね!」


 響の周囲を廻っていた銃火器が動きを止め、代わりにテーザー銃が群れを成して配置される。


 そして発射音を立てながら射出体を発射し、立ち込める黒煙に向かって飛んでいった。

 テーザー銃は非致死性武具、銃とスタンガンを合わせた機構で、敵の意識を刈り取るための武器だ。


 黒煙への着弾直前、煙の中から詞音が勢いよく飛び出していく。

 その手にはバレーボール大の塊が握られている。


「ッせええええぇぇえぇのッ!」


 そして、体を捻って勢いよく投擲した。


 狙いは響、いや、その目の前に聳えるライオットシールド。


 普通に羽を放っても、シールドに守られて響まで届かないだろう。

 だが何十本もの羽を纏めて放ったならば、塊として爆発力を上げたならば……。


 詞音の羽を纏めて作ったその球体は、勢いよくシールドへとぶつかろうとして――。


 その直前に、シールドが位相をずらす。

 響を守るための盾として機能していたそれは、職務を放棄して地上に落ちていった。


(……何!?)


 詞音が驚愕する。

 シールドを退けてしまえばもう、塊の行く手を遮るものは何もない。

 殺傷力を極限まで上げた凶器が、響に向かって飛んでいく。


 ――だが、その直前に、あらぬ方向から響の羽が来襲する。

 その羽は真っ直ぐに球体へ突き刺さり、その動きを止めさせた。


「甘いよ幼子ちゃん。真正面からの攻撃なんて、私には牽制以外の何物でもない」


 そのまま響の視線に沿って、球体はより高みの空へと舞い上がっていき――誰も巻き込まない安全圏で盛大に爆発した。


 見れば、響の周囲には輝く羽が舞い散っている。

 羽に羽が刺さった特徴的な形状は、かつて詞音も一度だけ見たことがあった。


 羽を操作し、自由に動かす技術。

 暴走しかけた宗一の動きを止めるときに見せたものだ。


「幼子ちゃんの戦争ごっこに付き合うのも飽きてきたなぁ。銃うるさいし、幼子ちゃんの使う爆発も眩しいし」


 響は心底つまらなさそうな顔をして肩を竦める。


 そんな彼女の周囲には、操作された羽が幾千も瞬いている。


 夜空にエメラルドグリーンの燐光が瞬き、逆光で響の姿を黒く塗り潰した。


「少し期待してたんだよ。君、人を殺すことに躊躇なさそうな雰囲気出してたからさぁ。殺し合いしたらおもしろくなるかなーって思ってたんだよ。でも、君、下手だね。がっかりだ」


「……!」


 殺気を感じ取った詞音が、躊躇なく羽を撃ち出す。

 同時に放たれた羽は総計百発前後、先ほど響が放った機関銃に負けず劣らずの連射力だ。


 しかし、無駄。

 羽が敵に届くよりも早く、響の周囲を舞う羽が突き刺さり、その自由を奪う。


 気づけば、響の周囲には緑色の羽だけではなく、詞音の持つ桜色の羽も漂っていた。


 敵の羽を操作し、その能力を借りる。

 響が天使と殺し合いをするときの常套手段だった。


「ああぁああぁあぁ、やだやだ、退屈。ほんと、もう……期待してただけに裏切られた気分」


 いつしか、響の口調からは演劇のような抑揚はなくなっていた。

 ただ淡々と彼女の意思を読み上げるだけの、無機質で無感情な言葉の羅列となっていく。


 退屈で心を押し潰された者の、素の姿だった。


 その瞬間、空を舞っていた響の羽が、一斉に瞬き、詞音に向かって襲い掛かる。


「こンの……ッ!」


 持てる力の全てを出し切り、詞音が羽を発射する。


 全弾撃ち落とす。

 生き残るためにはそれしかない。


 あぁ、自分にはこれしかないのか。

 羽を撃ち出すくらいしかできないのか。


 もっと機転があれば。

 硬化した羽を撃ち出すだけの能力を使い、自身を砲弾とした兄のように、能力を応用することができたならば……戦況を変えられたかもしれないのに。


 だが、自分にはこれしかない。

 一つの事しかできないならば、愚直に手数で戦ってやる。


 唾棄したくなりながらも、詞音は爆撃で響の羽を打ち落とし続けた。

 爆炎と爆音が世界に轟く。

 空に黒煙が広がり、視界を奪う。


 全てが秘匿されたさなか、次第に爆発音が止んでいった。


 夜風が煙を薙いでいき、視界を明瞭にしていく。

 煙が掻き消えたそこにいたのは――。


「……はぁ……はぁ……!」


 詞音の姿だった。


 その体のどこにも、響の羽は刺さっていない。

 彼女は全ての猛攻を御し、躱しきったのだ。


「やってやったぞ、空蝉響……後は、お前を……」


「だから――」


 冷淡な表情を浮かべた響は、至極つまらなさそうな口調で呟く。


「下手だと言っているんだよ、君は」


「……!?」


 それは突然のことだった。


 詞音の羽が凍り付いたように動かなくなり、何一つ自由が利かなくなる。


 本来、翼が動かなくなれば落ちているはずだが、彼女の体は虚空に留まったまま。

 重力がすべて失われたかのような、異常な感覚。


 敵から視線を逸らすなど、勝負の最中にあり得るはずがない。

……しかし、全てを悟った詞音は振り向き、目撃する。


 彼女の両翼には、響の羽が深々と突き刺さっていた。


「……いつの間にッ」


 詞音が目を見開く。


 響が放った羽は全て撃ち落としたはずなのだ。

 撃ち漏らしなどあるはずがない、それだけは断言できる。


 手を伸ばして羽を抜こうと試みるも、ギリギリ手が届かない距離に刺さっているせいで叶わない。

 羽を撃ち出すことすらできない今、その拘束から逃れる手段はなかった。


「君が煙幕を張ったときだ」


 そんな詞音の姿をせせら笑いながら、響が無感情に言う。


「駄目じゃないか。私の能力を知っていながら、視認を自ら断ち切るなんて。……あのとき、君の後方に羽を配置させてもらったの。だから下手だと言っているんだよ」


 千発は、たった二発への囮。


 今、源治が一万人を、たった一発への囮としているのと同じように。


「く……ッ」


 今の詞音は、磔にされたのと同じ。

 両翼を空間に固定され、反撃することも叶わない。


 まごうことなきゲームセットだった。


「あっけなく終わったね、幼子ちゃん」


 今の響が警戒するのはたった一つ。

 かつてと同じように、熾天使が介入してくることだけだ。


 だから彼女は警戒を怠ることなく、いつ不測の事態が起こっても対処できるように気を張っていた。

 今の彼女に隙は無い、例え熾天使が助けに行こうと画策していても止められない。


 詞音の敗北は、例え熾天使であっても覆せない――。


「では、少しの間だけ洗脳させてもらうよ。君のお兄ちゃんを洗脳するための駒としてね」

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