29章 アポカリプス・デイ【蠢動する傀儡】
同刻。
杉並区練馬、光が峰山中、北神刻寺院。
かつて寝食を過ごした寺院に到着した宗一は、着くなり人間たちに囲まれていた。
木々の隙間から、寺院の裏から、祠の中から、賽銭箱の中から、土の中から、ありとあらゆる場所に隠れていた洗脳人間たちが姿を現す。
その総数はぱっと見では把握しきれないほど多い。
それもそのはず、軍勢は一万に至っているのだから。
『……お待ちしておりまシタ……』
十メートルほどの距離を保ちながら、洗脳人間たちが口々にそう呟く。
そのイントネーションは源治と同じで、どこか常人と異なった発音となっている。
恐らく洗脳された人間特有の現象なのだろう、無理矢理喉を操作しているのだから粗が出て当然だ。
「……お待ちしておりまシタ、同胞」
そして、人々の間から源治が姿を現す。
彼の持つ漆黒の翼は悍ましく逆立ち、いつでも宗一を制圧できるよう警戒を続けていた。
「約束通り来たよ、父さん」
対する宗一も全く同じ。
純白の翼を勇ましく逆立てて、いつでも源治たちを捉えられるよう警戒を続けている。
親子の対面と言えど、話し合いで解決する気はさらさら無いようだった。
翼を持つ者たちが敵対したとき、そこに言葉などいらない。
それも当然のこと。
互いに武器を構えた状態で、言葉による和平など通るはずもない。
臆せば殺され、引けば滅ぼされる。
武器を逸らすことができないのだから、激突は必至なのだ。
「……お前は、優しい子だからナ」
響がそう仕向けたのだろうが――源治は、いや、琴浦清正は優しい声でそう言う。
幼き子供に優しい言葉をかけるように、父親の愛情をたっぷり込めた言葉だ。
「詞音と違って非常になれず、優しさが最善手を阻害スル。いい子だ、本当にいい子に育ってくれタ……」
源治が手を上げると、洗脳された人間たちが懐から黒き羽を取り出す。
それは源治から与えられた羽、刺せば相手の自由を奪える洗脳の羽――を模倣したものだ。
誰しもの一撃が必殺。
腕に刺されば腕の自由を奪い、頭に刺されば意識すら奪い去る。
防御不可能の攻撃を、一万もの軍勢が所持していた。
「父さん。……引く気はないの?」
「ごめんナ。ワタシはもう、空蝉響そのものダ。彼女が引かぬ限り、ワタシも引くことなどできナイ」
「……そう」
源治が片腕を上げると、襲い掛かる直前の肉食獣のように、彼らを取り囲む人間たちが体勢を低くする。
彼が手を振り下ろせば、人間たちは宗一に向かって一斉に襲い掛かるだろう。
後は千々に乱れるがままに、宗一を蹂躙して洗脳して、全ての事が済むはずだ。
一万対一人。
例え宗一が殺人を容認できる存在だったとしても、その戦力差は覆らないだろう。
だからそれは戦いではない、掃討、あるいは後片付け。
象が蟻を踏み潰すが如く、呆気の無い末路があるばかりだ。
「では――」
名残惜しそうな眼をしながら、源治が片手を振り下ろし……。
「御機嫌よう、我が子よ」
万単位の軍勢が、宗一に襲い掛かる――――。
同時。
交通事故が起こったような、鈍く重い音が辺りに木霊する。
その音は自然の中に反響し、木々を静かに揺らしていた。
……宗一に襲い掛かった軍勢の最前線。
位置取りが良く、真っ先に宗一へと襲い掛かることのできた一人の男。
その男の顔、上半分が吹っ飛び……脳漿をこびり付かせた脳と、骨と、肉が飛び散って……辺りを赤く染め上げる。
顔の上半分は粉々になり、そして残された肉体は糸の切れた操り人形のように膝をついた。
一斉に飛び掛かった人間たちが、今度は一斉に動きを止めた。
「……覚悟ならしてきたよ」
男の頭部を粉々にしたそれは、空気抵抗を受けながら空を舞い、彼の遺体の上にそっと落ちていく。
血を纏った、純白の羽。
硬化の力を持つ、宗一の羽だった。
「詞音ちゃんに殺人なんかさせられない。……だから、俺がやるんだ」
宗一の持つ純白の翼が妖しく蠢く。
ドス黒い染みのようなものが渦巻き、うねり――純白の翼を、穢れの黒が浸食していく。
殺人の処女性を失った翼は、悪魔の翼へと変貌する。
ミレニアムウイングになってほしいという交の願いを断ったのは、妹が空蝉響の二の舞になりかねないということだけではなかった。
どうか殺人を犯さないでほしいという妹への願いも、真っ当な人間として生きてもらいたいという願いを叶えるためだけではなかった。
もう、あのときには決めていたのだ。
響が琴浦清正の体を乗っ取って、家族を皆殺しにしたという話を聞いたときから、肚は決まっていた。
誰にも譲りはしない。
この二人は、自分の手で殺すと。
「父さんは、どうなの?」
宗一の形相は、響によって悪魔の計画が暴露されたあのときと同じ。
殺意を孕んだ形相だった。
今の彼は、目の前の敵を殺すために駆動する肉細工。
全てを厭うことなく対象を排除するために生ける兵器そのもの。
「俺は! お前を殺す覚悟をしてきた!! お前は死ぬ覚悟をしてきたんだろうなッ!!!」
黒翼を静かに揺らしながら、宗一が吼える。
「……まるでケダモノではないデスか、親として心配デスよ」
源治が二度手を打ち鳴らし、洗脳人間たちに合図を送る。
合図の意味は『如何なる事態が起きようとも任務遂行せよ』。
つまり、それは――。
「では、賞味致しまショウ」
今すぐ飛び掛かれ、の合図。
合図と共に、再び洗脳人間たちが襲い掛かる。
「…………」
迫り来る人間たちを見て、宗一は不敵に笑うのだった。




