28章 アポカリプス・デイ【対峙する妹御】
杉並区阿佐ヶ谷、神昭ノ宮神社裏、神昭山中腹。
平日の今日は夏祭りの喧騒もなく、ガス漏れの異臭もなく、あまりにも静かすぎる夜であった。
神社にも山にも人の姿は無く、まるで、この世界から人間が死に絶えたかのよう。
そう思えてしまうほど、世界は閑静に満ちていた。
舞い散る桜の羽と共に、詞音が杉並区第七災害備蓄倉庫の前へと降り立つ。
真夏の春とも呼べる羽の先には、扉を背にして立つ女の姿がある。
もう反吐が出るほど見飽きた、いかれた女のツラだった。
悠然と、空蝉響が詞音の姿を見つめている。
決戦前の緊張感などは感じられず、まるで待ち合わせていた友人が遅れてきたかのような、軽薄さと喜びが混ざった表情を浮かべていた。
対する詞音はいつもの仏頂面で、宿敵とも、似た者とも呼べる存在を見据える。
双方共に、迫害され、兄へ依存し、兄妹のみの世界を夢想する者。
二人の存在はほとんど同じ、生まれた時代と生きてきた長さが違うだけ。
しかし、いや、だからこそ、詞音は初めて見たときから彼女のことが気に食わなかった。
鏡で自分のみすぼらしい姿を見せつけられているようで、反吐が出そうだったのだ。
だから、きっとこの対面は必然。
避けられぬ運命だったのだろう。
「やあ、やあ、やあ! 終わりの夜だね! ああ因果の終端とはかくも悲しきものか、今私は寂寞に満ち満ちている。君たちに敵意を向けられることがあんなにも心地よかったのに、どうして私はこの手でこの関係性に終点を打たねばならぬのか。決まってる、そうさ決まってるさ。為すべきことを為すために、君たちの存在は邪魔でしかないのだ!」
「……長いわぼけ、端的に表せ文章弱者。こっちは一言で感情伝えられるぞ」
「ほう、面妖な! であれば乞おう、その一言を求めよう! 我が身に抱く感情は如何に?」
「『後悔させてやる』」
「はっは! なればこちらも同じく、君に後悔させてみせよう!」
響が指を一本立てると、彼女の足元に置かれていた武具が一斉に動き始める。
拳銃、機関銃、狙撃中、ナイフ、手榴弾、ライオットシールド、軍刀、脇差、火炎瓶、散弾銃、催涙スプレー、火炎放射器、スタンガン、テーザー銃。
ありとあらゆる武器が彼女の周囲を廻り、兵器の弾幕と化していた。
軍の施設一つを支配し尽くした彼女は、そこに収められた軍用武器を自由に持ち出せる。
やろうと思えばミサイルだって飛ばすことができるだろう。
しかし対する詞音も、一個体には過ぎたる翼を持つ。
炸裂の翼は兵器と呼ぶに申し分ない代物で、その上千発を超える羽弾を有しているのだ。
それは小さな戦争と呼ぶに相応しき軍力。
天使二人がぶつかり合えば、いつでもどこでも戦場と変貌していく。
「お仲間は呼ばなくていいの。せっかく洗脳の力があるんだから数で攻めてくればいいのに」
「だって幼子ちゃん、人間の手が届かない高所から問答無用で爆撃殺戮しそうだもん。そんなことされたら大損害! だから此度は私一人でお相手させてもらうことにしたよ」
「……そうね」
そうか、こいつは宗一との約束を知らないのか。
……当たり前のことに気づき、詞音がはっとする。
兄との約束を優先する限り、今の詞音は誰も殺せない。
だが敵はそれを知らず、隙を見せれば殺されると思っているだろう。
その前提を理解していれば、攻め手も変わってくる。
殺さずとも、相手の応手を全て打ち砕けば投降させられるかもしれない。
「でもね、幼子ちゃんは非情でも、君のお兄ちゃんはどうかなぁ……人を殺す覚悟すらできなさそうな優男だもんね、もし罪のない人間に囲まれちゃったりしたら、困っちゃうんじゃないかなぁ……」
「………………優しさにつけ込みやがったか」
響の言う通りだろう。
何度だって幾度だって、宗一は命を奪うなと詞音に忠告してきた。
宗一が洗脳された人間に包囲されれば、組み付かれて負けが確定するだろう。
高所へ逃れれば人間共の邪魔は入らないだろうが、恐らく、それくらいのことは敵側も読んでいるはず。
最初から不利な盤面を形成された状態で、宗一は足掻かなくてはならないはずだ。
「……さっさとやろうか、演劇女。生きたまま四肢を捥いでやる」
だとすれば、望ましいのは合流。
響を颯爽と片付けて助力に向かうのが吉。
そう判断した詞音は、翼を広げて臨戦態勢をとる。
それを見て、響が愉快そうに笑った。
「そうだね! さあやろう、さあやろう、さあやろう! 疾く疾く始めよ、今にも始めよ! 縁の終わりを刻み込もう!」
銃撃と爆撃の交差する、小さな戦争が幕を開けた。




