12-6
ポール型の武器の先端に付いた斧と槍と鎚。それら三つを外して鎖に繋がれたそれらを手元の柄と足で蹴る事で操り、反対側の手に持った石突部分の柄で突きを放って牽制する。
短い槍と色々付いたモーニングスターのような物の二刀流だ。
「鬱陶しい!」
五月蝿え話しかけるな。
横薙ぎに飛んできた斧を避けながら手甲のPKが悪態をついて来るが、こっちだってこれを使うのは一杯一杯なのだ。これ、血管切れそうなほどテンション上がりまくって他に何も考えられなくなるほど集中してないと上手く扱えないんだよ。
武器を持って扱う際、素人でも動けるようにする為か動きに補正がかかる。リアル達人とか喧嘩慣れしてる連中、エノクオンラインで慣れたPLは逆に補正を切っているが、基本的に武器操作補正はありがたい。
だけどクウガの作ったこのポール型キワモノ武器は複数の武器の特性をぶっこんでいるせいか最初から補正が無い。あっても気付かんほど低い。つまり自力で何とかしろと言う事だ。
ああ、くそ。カイトと戦った時と違って明らかに集中力が足りてない。まあ、その分はシズネ達の頑張りに期待しよう。
「ちょっと、フラフラ動き過ぎ! もう少し敵を誘導するとかしなさい!」
「率直に意見すると、なに遊んでるんですか?」
シーラとシズネの一人と一体は俺が振り回す武器の巻き添えを嫌って、離れた場所からチマチマと遠距離攻撃するだけだった。根性ねえな。
リュナを見習え。あいつなんて俺の攻撃の巻き添えを食らってもヒャッハーと敵に向かって行ってるぞ。
「せめてパーティー登録しておきなさいよ!」
「基本ソロだから忘れるんだよ!」
「このボッチ!」
「黙れ百合女!」
「チッ、伊達に〈鈴蘭の草原〉のメンバーじゃねえってことか!」
「向こうの人凄いですね。こっちの口喧嘩をスルーして何だかバトル漫画のキャラみたいな事言ってますよ」
「席を置いてるだけで俺をあんなイカれた連中と同類にするな!」
「ご友人、なのですよね?」
友人だからこそ遠慮なく言うんだ。でないと本気で同類にされかねない。
「ところで、俺達と戦って何の意味があるんだ? 今更だが、正直言ってグランドクエストの妨害って何の意味も無いだろ。せいぜいがクエストを遅らせるだけ。邪魔したいって言うのなら、もっと効率の良い方法があったんじゃないか?」
一旦、武器を元の形に戻し、さっきから魔法を単発で撃っては牽制しているファウストに問いかける。嫌がらせ以上の意味は無い攻撃しかしてこない。あっちの方がプレイスタイル的に鬱陶しいだろ。
ファウストが張った幻覚の霧もそろそろ効果時間が切れる頃だ。そうなれば一部しか動けなかった街のモンスターが再び動き出す。
こっちへの攻撃を続けるのか、それとも元の配置に一旦戻るのかは知らないが、どちらにせよ時間が足りない。
「時間を遅らせるだけでも意味はあるんですよ。それにユリアの転生体を貴方達に会わせる訳にはいかないので」
「転生体って、PLがモデルのNPCの事か? それなら他に幾らでもいるだろう」
「彼女はアモンのデータを一部持ったまま死にました。システムに関する情報をプレイヤーに渡す気は無い以上、会わせる気は無いようですよ」
「まるで他人から聞いた話を喋っているような言い方だな。それはお前達の方針じゃないって事か」
どうにもやる気と言うか、前会った時ほどのノリを感じられないと思ったらそれか。だいたい、それほどPLの邪魔をしたいならとっとと原因を殺してしまえばいい。城の中に入れないのなら自分達でグランドクエストをクリアするか、不正規なルートで侵入するか。
俺は城に潜り込むのに一度失敗しているが、俺が出来なかったからと言ってこいつらにも出来ないという理由にはならない。
「……やっぱりあれか。外れてたら恥ずかしいけど、これって陽動?」
「………………」
当たりかよ。
だとすると、今こうしている間にも城にはグランドクエストのキーキャラクターを殺す担当が既に侵入しているんだろうな。
「正直、お前らならもっと派手にやると思った」
「一応、PKも厭わない傭兵として通っているのでね。雇用者の依頼には応えないといけないんですよ」
「嫌なプレイスタイルだな」
「誰しも自分なりのスタイルはあります。例え人に理解されなくともね。貴方もそうでしょう」
「さあな」
向こうのやる気のない理由は分かった。会話している内に集中力も切れてしまったので、このまま何も収穫が無いのなら帰りたい。
一応、俺は止める立場側にいるが、個人的にはキーキャラクターが死のうとユリア似のNPCが消えようと、そうなったらそこまでだったというだけだ。
アールへの言い訳をどうするかまで思考が進み始めた時、不意に空の空気を切り裂く轟音が鳴った。
音が向かって行った方向、城の頂上近くに目を向けると壁の一部が破壊されており、そこから背中から黒い羽の人影が城の中へと入っていくのが見えた。
轟音の正体は恐らく雷。電撃と共に移動した点から某ドルオタかと思ったが、後ろ姿からでも分かる身長と体格からどうやら別の奴のようだ。
「チッ……遅い」
ファウストから舌打ちが聞こえた。仮面で顔は見えないが苛立っているのは分かる。
本当は幻覚の霧が猛威を奮っている間に突入する手筈だったのだろう。それが霧も薄くなったこのタイミングで、しかもあんな派手に出て来られては陽動や目くらましの意味が無くなる。舌打ちもしたくなるよな。
「撤退だ!」
シズネ達と戦っていた仲間のPK達を呼ぶと同時にファウストも俺を警戒したまま後ろへ跳躍して距離を取る。
「追ったりしないから、とっとと帰れ」
「そうさせて貰いますよ。流石にこれ以上は付き合いきれない」
ファウスト達はそのまま駆け足で霧の中へと消えていった。
「…………さて、と」
PKであるファウスト達は去り、霧も晴れ始めた。シズネ達もこっちに戻って来ている。
その間に俺はポールを地面に立てて、手を離す。石突の先端を突き刺した訳でも無いのにポールはほんの数瞬だが立ったまま動かない。かと思いきやすぐにバランスを崩して倒れる。
「また子供のような決め方を」
戻ってきたシズネが呆れているが、こいつはきっと俺を馬鹿にしないと動けない嗜虐動力炉を積んでいる欠陥ロボなので仕方がない。
ポールの先端は城の方を向いていた。城の方角とその反対側と単に二分していたのだが、こうもピンポイントで城の方向を指すと俺がまるで絶妙な力加減で意図したように見えるじゃないか。
「ダウジングなどは無意識的な反応が腕の筋肉を僅かに動かして探している物、求めている物の方角を示すという話がありますね」
嫌味ったらしい人形ってのも斬新だな。
「そう言えば、アヤネと会ったのもこれが原因か」
「運命を感じる的な事を言って美談のような扱いをしたところで何も考えていないのが丸分かりですね」
何をどう言ったところで無駄のようだ。
「行くぞー」
お前らが来なくとも俺は行くけどな。
「はいはい」
「また暴れていいのか?」
「…………何だか行く流れの時に悪いんだけど、どうして私こんな所にいるんだろ?」
我に返ったシーラの言葉を聞き流して城に向かって走る。霧が晴れた事で音の通りも良くなった。そして聞こえてくる戦闘音は城門前から引っ切り無しに轟いている。
〈壁走り〉で突き当たりにあった民家の壁をそのまま走って屋根の上に移動する。何か城壁と同じ高さ程の人型ロボットが暴れていた。
「うおーっ!」
身も心も童なリュナが騒ぐ中、〈鷹目〉と〈情報解析〉を使ってロボットを見ると、ゲートキーパーというネームが表示された。
ネームドモンスターの後ろには城門があり、壁や柱を見ると縦に分割した半身の人型にくり抜かれた後が左右にあった。名前と云い、まんまだな。
そんな無駄ギミックによって出現したネームドは誰かと戦っているようで、先程から地面に向かって肩の大砲や魔力弾の機関銃を乱射している。
爆発が生じる中、視界にネームドに挑みかかるパーティーの姿も見えた。あれは、さっきPK達に攻撃されていた剣士か。どうやら幻覚の霧を無視して一直線に城に向かっていたようだ。
「よし、壁に行くぞ」
思い立ったらなんとやらで、連中を無視して城壁に向かい走り出す。
「囮にする気?」
「え?」
「何言ってるんだこいつって顔するな!」
「え?」
「え……。えー。クゥの真似!」
「全然似てねえ」
「クゥ様のせいでただでさえアホなのに我儘が加わってしまいました。どうしてくれるんですか?」
「お前ってリュナの保護者だったっけ? というか、俺はそんな間抜け面してないから」
「人の話を聞け!」
シーラは怒鳴り声を上げてはいるがそれで大人しくなる俺達では無かった。そもそも、グランドクエストをやっているパーティーだけあってその実力は高い。ゲートキーパーも複数のパーティーで倒す程のボスでは無いっぽいので、下手な援護は寧ろ邪魔になる。神経質なPLだとアイテムを横取りしに来たと判断する場合もある。
「気になるなら自分一人でも行けばいいんじゃないか?」
「そうするわ」
シーラが道を外れ、正門の方角へと走って行った。あいつも結構個人主義だな。
「ああすると分かってて、わざと言いましたね」
シズネが後ろから言ってきた。その声はいつも通り淡々としていたが今回はこちらを責める訳でも無く、ただ認識の確認をする正に機械的な音だった。感情が無いような態度だが、敢えてそういう態度を取っているのを考えれば--これ以上は止めよう。なんか人の心読んでる節あるし。というか考えてる時にシズネの目が僅かに細まったからこれ以上は良くない。
「か、かもしれないな」
取り敢えず会話を続けて思考を誤魔化す。
「気に入りそうですか?」
「そうならないようにする為だ」
「………………」
その――言いたいけど言わない、と云うのをわざと伝えようとする沈黙止めろ。誘い受けかよ。女って自他共に気付かせずそれやるから怖い。
「偏見」
「へんけーん!」
「………………」
リュナはリュナで意味はイマイチ分かってない癖に人を抉る言葉を反復してくる。
「兎に角行くぞお前ら」
門で戦闘をしているパーティーを囮に俺達は城壁にまで到着する。そこは完全に無防備になっている訳ではなく、監視防衛する機械のモンスターが何体も待機していた。
囮程度で全兵力がそちらに向くのなら俺が前回侵入に失敗する筈が無い。しかし今回はゲートキーパーが出張る程のPLが正門前にいる。寧ろ囮のつもりが真正面から突破しかねない実力者だ。
城壁の上にいるモンスター達の攻撃を避けながら俺達は城壁を駆け上がる。まずはリュナがぶくぶくの上に乗り、ぶくぶくは粘液とは思えない速度で壁を這って進んでいく。素早いナメクジって感じでホラーである。
シズネはロボットらしくジェット噴射で大ジャンプし、壁の出っ張りに足をかけ、再びジャンプしてジグザグな軌道を描きながら上っていく。俺は短剣を二本取り出して〈壁走り〉で走りつつ、一人と一体と一匹を盾にしながらナイフで壁を引っかき、その反動で静止や進行方向、スキルの使用時間を誤魔化しながら上る。
「それ、何気に変態技なのですが自覚はあります?」
「〈鈴蘭の草原〉連中なら鼻歌交じりだぞ」
比べる対象が明らかに間違っているけどな。
やはり、城壁を守るモンスターの数が少ない。正門前だけでなく、先程の雷で城に突入した某の対応のせいもあるのかもしれない。前回は隠蔽看破が達者な金属性のモンスター達のせいでこっそり忍び込む事はできず、力任せに突破しようとして失敗したが、防備が薄くなった今なら行ける。
城壁の上にまで辿り付き、先に到着していたシズネとリュナがモンスター達を破壊する中、視界の隅に城のテラスが映る。そこには白い女が立ち、こちらを見下ろしていた。
赤い瞳と目が合う。
嫌悪と敵意に塗れた血の色が酷く懐かしいと感じた。