表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻想世界の放浪者  作者: 紫貴
第十一章
109/122

11-7


「おい、そこのまんまと釣られた女。薪を拾ってこい」

「まんまと騙されたそこの人。肉が足りないのでついでにモンスターでも狩ってきて下さい。一人で」

「く……う、わ、わかったわ」

 怒りを飲み込み、ついさっきまで石を積み上げて竃っぽい物を作っていたポンコツは薪拾いと狩りに行く。

 シーラが追っていた馬車は囮でリュナは乗っていなかった。まんまと騙された挙句に人を空回りさせた罪は重い。そうでなかったら、迂回したとは言え魔王城のあるブロック近くを通った俺の苦労は何だったのか。

「日頃の行いでは?」

「きっとお前のせいでマイナスなんだな」

 馬車が囮と判明したはいいが、リュナが攫われたまま行方不明なのは変わらない。囮役だったPL達を尋問しても良かったが、例え知っていてもとっくに場所を移動しているだろう。ちなみに、連中は縛ってそのまま放置した。

 これから先どうするかは取り敢えず明日にし、日が暮れる前にキャンプを張る事にして役立たずをこき使う事にした。

「とってきたわよ!」

 ちょっと疲れた様子でシーラが帰ってきた。

「早かったな。リュナの時は失敗したくせに」

「う、ぐ…………」

 悔しさと自省にシーラの顔が歪む。

「……うちの主人が楽しそうな件について」

「黙って野菜寄越せ」

 即席竃の上に乗せた水の張った鍋の中にシチューの素とシズネが高速で切っていた野菜を放り込む。そしてシーラが手に入れてきた肉を入れる。

 本来のシチュー的にはあらかじめ焼くなり煮るなりした後にシチューの素を入れればいいのだが、〈料理〉スキルのおかげで大雑把でも飯は出来る。要はそれっぽい事すればいいのだ。

 鍋の中身をグルグルとお玉でかき回す。その間、シズネとシーラがテントを設営し始める。

「……同じテントの中で眠るの?」

「用意している暇は無かったのでしょうがないです」

「………………」

 遠回しに嫌味を言うメイドがいた。もっとやれ。

 俺だって数日の間バイクに乗りっぱなしで疲れているのにテントでなんて寝ず、ちゃんとした宿に泊まりたい。疲労値だって溜まっているだろう。

 だが、この近くには人間領域の街無く、転送装置も未発見だ。エコンラカのような魔族領なのに人間が入れる街の方が少なく、南西地方は特にPLに対して敵対的な以上こうして野宿するしかない。フィールドモンスターだって昼間とは趣が違うのだから不用意に歩き回るのも危険だ。

 飯ができ、三人で竃代わりにしていた焚き火を囲んで食事を開始する。

「濃いわよ、これ」

「文句あるなら水で薄めろ」

 疲れた身体には濃い味付けの方がいいのだ。電脳世界上なのであくまで精神的には、だが。

「これからの事なんだが」

 小煩い間抜けが味を調節して漸くシチューを口にし、粗方食い終わったところで話を切り出す。

「墓って洋式と和式のどっちがいいと思う?」

 皿が飛んできた。

「冗談だ」

 すかさず皿を受け止めるが、大半が途中で溢れ落ちた。

「冗談を言っているような顔には見えない」

 シーラが睨みつけてくるが、無視して投げられた皿に残った薄味のシチューを飲み干す。野菜の形がバラバラだった。

「実際問題、当てが無い。生死も不明だ」

 リュナを完全に見失った。人間領ならゴールドにでも頼めば何かしら情報が得られるだろうが、魔族領となると情報が入らない。

 マステマの話によればリュナを攫った連中は魔族とのコネを築いているようだし、魔族領の街にも自由に入れるだろう。

 本来は危険な場所に、本来は味方である筈のPLから逃げる為に潜伏するとか、この世は須らくアホに出来ている。

「それじゃあ、見捨てろって言うの!?」

「単純に打つ手が無い。リュナの方から何かしらアクションを起こさない限りは何もできない」

 自力で脱出でもして、ジャミングの有効範囲外に出てくれればフレンド機能で位置が分かるのだが。

「でも…………」

 頭では理解しているが割り切れず落ち着かないといった様子のシーラだ。こいつがヴォルトのPKに捕まっていた事を考えれば、心配するのは当たり前だろう。

 ただ、リュナは本気で阿呆なので本人は何があろうと気にしないだろう。気に食わなかったら噛みちぎるだろうし、破瓜の痛みでさえ一晩寝れば忘れかねない。それぐらい残念なナマモノなのだ。

 横っ面に鍋が叩きつけられた。シズネの仕業だ。

「どうしたの?」

「いえ。私達独特のコミュニュケーションなのでお気になさらず」

 訝しげに俺とシズネを交互に見るシーラの視線を無視して、鍋と一緒にシーラが投げた皿をシズネに返す。

 女所帯の場所では口に出すどころか思ってもアウトらしい。

「マゾなの?」

「違う」

 シーラとシズネが本人を目の前にコソコソと密談し始めた。女の口に戸は立てられないとはよく言ったもので、反論はせずに俺は寝る準備を始めた。


 夜中になり、空には爛々と輝く星々の下で焚き火に木の枝を突っ込んではかき混ぜるという怪しい行動を俺はしながら掲示板を開いて暇潰しをしていた。

 どこぞの歌姫追っかけ魔族の目撃情報や南東地方にロボッ娘もとい魔導人形が沢山いるとか、北西地方で天使と堕天使が喧嘩していたなどのスレが立っている。

 夜中だと言うのに今日も掲示板内は賑やかで平和だ。

 巫女VS修道女なんていう頭の悪いスレを冷やかしで見ていると、テントからシーラが出てきた。

 シーラはシズネが残された背後のテントを一瞥した後に焚き火を挟んだ俺の向かい側に座った。

「寝ないと疲労値が積もるぞ」

 シーラは何日もの間、一人で馬車を追っていたので疲労値は間違いなく蓄積している。囮だったけど。偽物摑まされていたけど!

 まぁ、結果はともかく放っておけば熱を出してぶっ倒れてしまうだろう。

「それは君も一緒」

 それきり黙ったままとなった。

 なんだよ、おい。別に沈黙は苦じゃないが何か意味有りげに座られたら鬱陶しいだろ。

「なんか用か?」

 大方、察しはついているが。

「…………君、ヴォルトの事件の時にいたの?」

「下っ端でな」

 間違いないではない。というか、PKの取り扱い云々に関わる話なのでどこまで言っていいのか分からない。

 掲示板のログを漁る限り、表向きはレーヴェとゴールドが協力しPK連中を捕まえたとその通りなのだが、電子ドラッグをはじめ捕らえられていたPLの事などナイーヴな問題もある。その辺りは濁らされているので、掲示板内では憶測混じりでどこまで公表されているのか不明だ。現に、アヤネとエリザの参加は知られていない。多分。

「下っ端があんな場所に来れるわけないわ」

 一番乗りしたのは俺だしな。

「救出される直前…………」

 当時の事を思い出しているのかもしれない。火を挟んでいてもシーラの手が強く拳を作っているのが見えた。

 けれどもシーラの顔には恐怖はなかった。代わりに凄惨な記憶に負けるかと言わんばかりの怒りと反骨心が簡単に伺える。

 ああ、だからこそ惜しいと思う。

「誰かが扉を開けて、その直後に紫の霧が部屋の中に充満したわ。サキュバスが使う幻覚も霧だし、私はてっきりアマリアさんがスキルを使って助けてくれたんだと思ってた。でも、アマリアさんは否定した。君だったのね」

「それで?」

「それでって……」

「事実として俺が一番乗りして〈イルミナート〉が救出して、アマリアが保護した。それが分かったところで別段何かが変わるって訳でもない。正直、そんな終わった事なんてどうでもいい。俺にとって過ぎた事だし、お前にとっても昔の話だろ」

「そんな割り切れる話じゃないわ」

「それこそどうでもういい、だな。お前が何を思おうと俺には関係ない事だ」

「なら、君にとって何が関係あるの?」

「そんなの一々と考えて生きてる訳ねえよ。年中そんな事考えていたら頭がパンクする」

「それってつまり何も考えてないって事じゃない」

「悪いのか? あーだこーだと考えたところで答えが出なきゃ一緒だろう。だいたい、人に文句言われる筋合いは無い。俺の頭の中は俺の物だ。おかしかろうと無能だろうとそれが俺なんだからな。お前だって、そうだから一人でこんな所にまで来たんじゃないのか?」

 自分の事は棚に上げるが、残る四体の魔王が治める地方はまだまだ未開拓だ。前線組は当然攻略を進める為に入って来ているが、中堅止まりはそれに追従する形でしかやって来ない。トッププレイヤーのソロも他パーティーやギルドに協力するしかないという状況だ。

 単独でこんな奥の方に来るPLなんて、まともな頭があるのなら命知らずか自殺志願者だけだ。

 シーラの場合は、ヴォルトからの経験を克服しようとわざわざ死地に向かって強くなろうとしている。そう在ろうとしている。

「本当、惜しいな」

「…………? 何がよ?」

「お前じゃ勃たんなぁって思って」

 車のタイヤが破裂したような音が聞こえ、額に穴が空いた。

「痛ってエエェェェェッ!」

 海賊映画によく登場するフリントロック式の銃に撃たれ、あまりの痛さに地面を転げ回る。このアマァッ!

「最ッ低。これだから男は」

 人の頭に鉛玉を撃ち込んだ外道(シーラ)は吐き捨てるように言うと、銃を収納ベルト収めてテントの中に戻って行った。

 いくらなんでも風穴空けられるとは思わなかった。殺人未遂だ。現実世界(リアル)だと間違いなく死んでいた。というか普通に痛い。クリティカルまで回ってやがる。

「あのアマ、いつかヒィヒィ言わせてやる」

 負け惜しみを言いつつ、魔法で体力を回復させる。

「しっかし、どうしたもんか」

 焚き火の中にモンスター避けの香りを出す香草を放り投げ、シーラ相手には有耶無耶にしたリュナの事について考える。

 あいつが攫われた理由はヴォルトのPK達のような分かりやすい理由と違う。

 リュナは唯一の異種族PL。魅了の魔眼も持っている。これが何かしらのユニークスキルで、権利を得られる機会が全PLにあったのならまた違っただろうが、あの特性はリュナだけの物だ。調べ回ったアールが言ってたのだから間違いはない無いだろう。

 本来ならチートだの何だの言って後ろ指差されても仕方が無い。ただ、別の見方をすればリュナの存在はエノクオンラインのシステムを解く取っ掛かりに成り得るかもしれないのだ。

 何故なら、スタート地点が皆同じという平等の中に置いてあいつだけが違う。特別だ。

 その理由を考えれば、このエノクオンラインで脱出以外の利益やら何やらを欲しがってる連中がリュナの身柄を欲しがるのは当然だ。

 逆に、アールやマステマのように人に押し付ける奴もいるがな。

 リュナは見捨てるのは簡単だ。エノクオンライン攻略後に起きるパイの取り合い(前哨戦は既に始まっているようだが)にも興味はない。

「でもなぁ……」

 歯に何かが挟まったような感覚にイライラしながら寝転がる。視界には星空が輝いている。

 決して動かない一つの星を中心に輝く星々を眺めていると段々眠くなってきた。

「あ…………?」

 不意にテントの方から動き起き、体を起こして振り返るとシズネがテントから出てくるところだった。

「密室なのに静かだと思ったら、無事だったか」

「どうやら、シーラ様寝ている時に抱きつき癖があるようなだけなようです。苦しい事には変わりありませんが」

 わざと二人っきりにされた事に気付いたシズネは不機嫌そうだったが、それを堪えて一つのウィンドウを差し出して来た。

 リュナからのボイスチャットウィンドウだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ