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「社会が混沌とし、暴力がモノを言う時代や場所になると降って湧いたように頭角を現す奴がいる」
セティスもといマステマはアイドル顔負けの可憐な顔を皮肉気に歪めて言った。
「日本人のお前に分かりやすく言うと、戦国時代だ。代表的なのは豊臣秀吉。下克上などと言う言葉も生まれた時代だ。下の者が上の者を蹴落とす。追い抜かす。豊臣ほどの大出世は珍しいが、そんな時代でこそ実力を発揮する阿呆がいる」
周囲には複数のウィンドウが宙に浮いている。何をやっているのかさっぱりだが、少なくともウィンドウの一つには俺が持ってきたフェブリスのクエスト内容をコピーした物が映っている。
「平和な時代なら平凡な人生か社会のクズとして生きている連中の中に、実際に闘争の中で輝く傍迷惑な馬鹿野郎は実在する。英雄などと呼ばれる偉人も、偶々結果が大多数に支持されただけで、私から言わせればこいつらと変わらん。勿論、質は違うがな」
「こいつらがそうだと?」
フェブリスが消したがっている(何処まで本気かは不明)PLの顔写真を指差す。
「こいつらは有象無象だ。精々が蚤だ。問題はこいつだ」
汗に濡れた髪を掻き上げながらマステマが新たにフォトを表示させる。そこに写っていたのは仮面の男――アンクだった。面倒事のタネだと思っていたが回収早ぇよ。
「知っているようだな。向こうから接触でもしてきたか?」
「そんなところだ」
嫌そうな顔を出してしまっていたのか、マステマは愉快そうに喉を鳴らして笑った。
「こいつには傑物足らしめる背景がない。レーヴェのような権力もゴールドのような経験も、タカネのような才もない。どこにでもいるガキだ。だが、エノクオンラインの順応が早く頭も悪くなかった」
順応についてはあの香ばしい言動から納得だが、頭は色々な意味で悪いと思う。
「アンクはゲームスタートから暫くは普通にゲームを進めていた。ゲームシステムに慣れて来ると徐々に悪質なゲーマーとしての面を裏で見せ、終いにはヴォルトの街を拠点としていた私の名を語ったPKギルドに入った。そこでコレの製造法をどうやってか手に入れたんだろうな」
マステマがアイテムボックスから三角形に折り畳まれた紙を取り出して、俺の眼前に突きつける。
「使うか? 少なくとも頭がぶっ飛ぶのは保証するぞ」
「要らん。というか試したのか」
「今な」
おいコラ。
「淫魔の娼婦を相手にしていた奴が何を言ってる。こんなもの、お前のスキルと比べれば飴玉だ」
好きで手に入れたスキルではないのに褒められても嬉しくない。便利なのは間違いないが、スキルがスキルなのであまり表立って使えないしな。
「何にしてもこの電子ドラッグは粗悪品ではない。しかも改良が加えられている。レシピさえあれば通常のアイテム同様に作れるが、流石にレシピまで手に入れていたとしても改良は知識が必要になる。アンクにはそれだけの知識も技術もない。奴の仲間も同じだ」
「その辺りの事は興味が無いし、話がズレていっている気がする」
「ハッ、分かっている癖に惚けるのはお前の悪い癖だな」
「痛って!? 抓るな!」
マステマの隠れ家は街の外、つまりフィールド上にある。場所は森林エリアの切り立った崖、上からも下からも見えにくい洞窟の中だ。元からあったのか作ったのか知らないが、こんな場所を隠れ家にするものだ。
フィールドなので基本は攻撃禁止エリアの街と違ってパーティーに入ってないと普通にダメージを受ける。抓っただけでは些細なダメージしかないが、地味に痛い。
「討伐対象の周りには要注意人物のアンクがいて、更にバックには電子ドラッグを作れる存在がいる。その程度分かっているだろう」
なんとなく分かるが、わざわざ口に出して外れていたら恥ずかしい。何より俺にそんな事を理論立てて説明する知能は無いので、ただの勘。当てずっぽうと変わらない。
「うちのメイド云く、変なのに絡まれるのは今更だからな。別にどうでもいい」
寧ろそんな事を一々考えてたら知恵熱どころか胃が痛くなりそうな。下手に考えるよりは何かあればその時々で対処した方が精神的に楽だ。
「じゃあ、そういう事で――」
マステマを押し退けて退散しようとしたら簡単に組み伏せられた。人の装備を剥がした上で関節極めるのは卑怯だと思う。
「せめて最後まで居たらどうだ? 何より対価を貰っていない」
「金なら無い」
「甲斐性無しな発言な上に嘘を吐くな。金は要らん。情報を寄越せ」
そんな事を言われても、俺が知っている事は何も無い。攻略情報は後追いだし、そもそもマステマがそんな情報を欲しがるとは思えない。
「だから、そうやって惚けるなと言っている」
俺を押し倒しているマステマの手が俺の胸、心臓の上に乗せられる。
「貴様にこれを依頼した女の正体から知っている事全て話せ」
舌舐めずりするマステマの視線がまるで蛇のように絡みついて来た。
「つーわけで、色々聞いた結果別に大した事は無いと判明した」
「色々」
シズネが意味ありげに半笑いで宣った。無表情なのに声に感情(人を馬鹿にする類限定)を乗せるのが芸風になりつつあるメイドロボだ。
PKをはじめとした犯罪に詳しい専門家に情報を貰うため、シズネとリュナを街に置いてマステマの隠れ家へと出発したのが一昨日。距離的に転送装置を利用できない場所にある為、移動だけで半日近くかかった。
そして疲れた身体を引き摺って宿に帰ったら、シズネが冷たく佇んでいた。魔導人形って動いてないと置物みたいで軽くホラーなんだよ。
「それで、似非アイドルとのピロートークで得た情報は当てになるのですか?」
そして口を開けばこれだ。
ピロートークじゃないから。なんでこのメイドはそっち方面に話題を持って行こうとするのだろうか。
「知らん。ただ、バックボーンがマジヤバそうなのはわかった」
だってあいつ、鼠を嬲る猫みたいに悪い顔していたからな。
「それで、どうするつもりなのですか?」
「決まってる。何もしない」
流石に本気でヤバそうなら後味も悪いので裏から援護する程度はしたかもしれないが、クエストの討伐ターゲットの実力から考えれば、一人でエコンラカの街に着いたシーラには問題無い相手だ。
俺がいない間、見張らせておいたシズネの話によればいきなり襲い掛かる事もなく、ターゲットの行動を観察するなどして情報を集め慎重に行動している点から油断もしていない。
実際に殺す云々に関してはシーラ次第だが、それもまたあいつが考える事だ。
「本当にいいので?」
「いいんだよ。シーラが始める前に街を出るぞ。巻き込まれると面倒そうだし。リュナを呼び戻せ」
リュナには取り敢えずシーラに張り付くよう言ってある。あいつが傍にいるだけで諜報活動の難易度はマックスだ。
俺が出した指示も――あの女の子の後を追えば菓子が食えるかもしれない、というガキに与えるようなものだった。それを信じるあいつは正に阿呆だ。
「そのアホの子に関して問題が」
「何か壊したのか?」
「いえ、誘拐されました」
「……誰に? ――シーラか」
「違います。ミーシャ様でないのですから。例のターゲットにです」
あいつら幼女趣味だったのか。
「はぁ? いつ、どうやって?」
冗談は置いておくにしてもリュナはPLの中では上位に指を引っ掛ける程度に強く、あんな威勢と数な連中じゃあ誘拐なんて無理だろう。
リュナの強みは種族特有のスキルとタフさだ。尻尾や爪などの攻撃は勿論、特に面倒なのがタフと言うよりしぶとい所だ。
防御力はそこそこなのに体力が高く、本人も痛みに強く物怖じしない性格だ。肉体抵抗値も高いから毒や麻痺も効きにくい。
倒すのにとても苦労する非常に面倒臭い相手。リュナはそういうタイプだ。魅了の魔眼は封じたままだが、それでもあんな連中に不覚を取るとは思えなかった。
だが、アンクとその仲間なら…………。
「今朝です。お菓子をくれると言われてホイホイついて行ったらしいです」
「まあ、そんなもんだと思ってた」
アホだなぁ、あの生き物。しみじみと思う。
「シーラ様が私にその事を伝えた後、急いで追いかけて行きました。謝ってもいました。私に」
「ああ、そう。それより追いかけて行ったと言う事は、外に出たのか?」
街の中なら奴らのアジトは判明している。シーラのリュナの可愛がりっぷりから直ぐに助け出すだろう。それなのに追いかけたと言う事は、街の外に出て移動しているという事か。
「連絡は?」
「リュナの方は妨害されていますが、シーラ様とは繋げれます。通信しますか?」
「しない。で、どこ向かってる?」
聞きながら宿の部屋の金庫を開ける。中は既に回収されていた。
「南西地方、雷の地です」
「えー」
マジかよ。最悪だ。
部屋の扉を開け、音を立てながら歩いて宿を出る。勘定も既に済ませてあった。
火と風の上位属性である雷の魔王が治める南西地方。火のヒャッハー具合と風の上下社会成分を足して二倍したイケイケ風味なバチバチが沢山いるデンジャラスな場所だ。
積極的にPLに襲い掛かる気性の荒さと組織立った集団戦をかまして来るので地獄のような戦場となっている。
レーヴェが南西地方担当のギルドとして指揮をとっていなければ中堅PLは勿論上位PLも危ない場所だ。
今は内乱(イベントではなくNPC同士のガチ)が起きているので落ち着いているが、攻略目的では無いPLが近づく場所ではない。
そんな所に向かってリュナを攫った連中が移動中? 何処かで方向を変えるのか、それとも本当に南西地方へ入るのか。
何の為に? どうしてリュナを連れて?
………………思わず頭を抱える。
「心当たり有り過ぎますね」
「言うな」
ネチネチと言葉で突いて来るシズネを伴って街中を進む。目的地の街の出口が見え、隣には厩がある。
「それで足は?」
「こちらです。買い取ったので乗り捨てオーケイです」
厩の中の馬達の前を何頭も通り過ぎた先に、シズネが既に用意していた乗り物があった。
「……俺、免許持ってないんだが?」
「そんな法律この世界にありません」
そこにあったのはバイクだった。スクーターでもスポーツ用のバイクとも違う、搭乗者の安全と操作性を犠牲に馬力だけ上げましたと言わんばかりのゴツいバイクだ。
金属性の南東地方が開放されてからは銃をはじめ、この手の機械が流れて来るようになった。だからあってもおかしくは無いのだが、これは見るからに駄目なバイクだろ。
というか、だ。
「買い取ったとか言ったな。幾ら?」
シズネが両手の指の内、7本を立てる。
「……七十?」
首を横に振られる。
「七百万です」
「ジェスチャーしといて口に出すなっ!」
このクソアマがぁ!
「ヴェチュスター商会の試作モデルを安く譲って頂きました」
言わずともその言葉でもう怒りの矛先を向ける先が決まった。あの守銭奴、人に武器を売り付けるだけに飽き足らずこんなもんまで。
この件が終わったら関節に砂を入れて水に放り込んでやる。
「いいからとっとと行きましょう」
「いや、待て。これって騎乗スキルで乗れるのか?」
「大丈夫です。要は落ちなきゃいいだけですから」
ブレーキとかカーブも重要だと思うんだが?
取り敢えず乗ってみる。幸いにも騎乗スキルはバイクにも適用されるようだった。
「マジか。まあ、仕方ないからこれで行くか」
南西地方には行ったことはある。行ったことあるだけで殆ど野宿で転送装置を発見出来なかった。近くの転送装置で移動して残りは陸路という手段はあるが、遠い。
だが、南西地方とは真逆の北東地方だからこそ使える陸路での近道がある。
「シーラの位置は分かるな?」
「分かります。フレンド登録してありますので。凄い速さで移動しています」
「じゃあ、行くか」
後ろにシズネが乗って身体に腕を回して来たのを確認し、ハンドルを握る。
「ブイブイ言わせて飛ばしてください」
「いや、これのエンジン音、ブゥゥオンブゥゥオンなんだが?」
何と言うか、未来チックかつ重力無視しそうな音。タイヤは飾りか。
そんな事を考えながらアクセルを捻る。背景が一瞬で後ろに流れた。
俺に分かったのは、バイクが厩の壁を壊して突破した挙句に門前の見張りをしていたミノタウロスを轢いた事だけだった。




