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幻想世界の放浪者  作者: 紫貴
第十一章
106/122

11-4

「愛しい御主人様。どうかこの哀れな奴隷にご慈悲を」

 吐きそうになった。

「……フェブリス、あんたの入れ知恵か」

 木製のスプーンを噛みながらカウンターに視線を向けるとフェブリスが頰に手を当てて色っぽく微笑んだ。鼻で笑ったら不貞腐れられた。

 あれから数日、街の周囲のフィールドを歩き回り、飯をフェブリスの所で食べて宿で寝るという生活を続けている。

 今日も変わらず、昼飯をフェブリスの店で食べていたのだが、不意にシズネが気色悪い事を言い出した。声色も普段と違って芸が細かった。

 自力で芸風のバリエーションを増やしたので無ければ入れ知恵した奴がいる訳で、それはフェブリスしか考えられない。

「ぶっちゃけますと、シーラさんが面倒です」

「誰それ?」

「レズです」

「ああ、あいつか」

 あの非生産的不合理性癖の女を思い浮かべる。シーラと言う名前(ネーム)だったのか。ここ暫く顔をよく見るのに今初めて知った。

「とうとう押し倒されたか。リュナを差し出したのに意味無かったな」

 隣で人のデザートを食い散らすアホが自分の名前に反応して顔を上げるが、すぐにシャーベットへと視線を戻した。こいつの場合、何されても次の日には忘れているだろう。

「いえ、どこぞの痴女と違ってそこまで節操の無い方ではないようです。どうやらリュナ様を抱き枕代わりに使っているだけのようですし」

 十分問題あると思うんだがな。

「それなら何も問題ないだろ」

「それだけならそうです。ただ、私の方にも良く話しかけたりして来るのです」

「良かったなー。友達増えて」

 超他人事。

「異性の欲に塗れた視線は慣れているのですが、流石に同性からのは…………」

 そしてスルーするメイド。

 ミーシャは基本的に小さいのが好みだ。アヤネに言い寄っているがそれは例外のようで、基本はロリコンだ。シズネはストライクゾーン外で絡まれなかったが、ここに来て新たな変態が登場した訳である。

 これには冷徹鉄面皮のメイドロボもさすがに参っているようだ。ざまぁ。

「シズネちゃんは魅力的だもんね」

「そう言うあんたがアレの相手してやれよ」

「したわよ?」

 フォローなのか微妙な発言をしたフェブリスに言ってやったら、更に爆弾発言が返って来た。

「クゥ様の周りの人間関係は爛れていますね」

 俺を中心に据えるな。

「クゥも混ざる?」

「他の男は知らんが腹上死は恥だと思ってる」

 さすがサキュバスの親玉であるアマリアの友人だ。ここで容易に頷けば搾り取られただろう。エノクオンラインの製作者は何の意図を持ってこんなエロNPCを作ったのだろうか。

「雄達の殆どがお世話になっているようですけどね」

「建前って必要だよな」

 ああ、そうだ。アマリアで思い出した。

「シーラって言う女、あいつアマリアの関係者か? 同じ香水使ってるみたいだけど」

「嗅いだんですか」

 汚物を見るようなガラス玉の目を無視する。

「シーラちゃんはアマリアの所で暫くお世話になっていたらしいわ。一人で旅をしているんですって。アマリアから頼まれているし、クゥも気にかけてくれると嬉しいわ」

「えー」

「……本当、そんな風に嫌そうに返事するのね」

 痛々しい物を見るような目を向けるな。

 そろそろ何か言い返すべきかと考えた時、店の扉が開いて噂の人物が入店してきた。

「こんにちわ」

 そして挨拶。俺以外に。視界には入っているんだろうが、無視しているのだろう。どうでもいいが。

 シーラはリュナの隣にごく自然に座る。

「どうしたの? リュナちゃん」

 スプーンをガジガジ噛んでいたリュナが隣のPLの顔をじっと見上げていた。

 リュナは頭の角と蛇のように瞳孔が縦に楕円形となった眼を持っている。それでも人に見せると可愛いと評判で、率直に言うと信じられない。

 シーラを見上げている無表情な顔に瞳が大きく綺麗で、それが可愛いなどと女共は言っているが、正直理解できない。

「お前、だれ?」

 だってこいつ阿保だし。

「…………」

 シーラが笑顔のまま固まり、フェブリスが困ったような顔をし、シズネは無視。俺はちょうど茶を飲んでいたので咽せた。

「汚いですね」

 シズネがテーブルを布巾で拭きながら、咳と笑いを繰り返す俺の背中を軽く叩いて来る。

「ほ、ほら、私よ。シーラよ」

 俺を一度睨みつけてきたシーラは引き攣った笑みを浮かべながらリュナに改めて名前を名乗った。だが、リュナは首を傾げるばかり。

「なぁ、クゥ。こいつ誰だ。知らないぞ。お前のオンナか?」

「――――」

 シーラが絶句した。

「たしかにスタイルはクゥ様の好みですね」

 次に親の仇でも見るような目で睨まれた。

「お前、適当な事を言うなよ」

「ねーねー、それ本当? それなら私も――」

「喰いつくな!」

「なーなー、それでこいつだれ?」

「お前を抱き枕にしてた奴だよ」

「あー? おー? んーー……」

 すっげえ思い出そうと努力している。そして間延びする声に合わせて体を捻っている。

 あまりに捻れが爬虫類的で気持ち悪かったので、首を掴んで元に戻してやる。勢いが強過ぎたのかリュナの首や背骨からゴキゴキと音が鳴った。

「ちょっと、少し乱暴じゃないっ?」

 シーラが母親のように文句を言ってきたが、リュナはこのぐらい大雑把なのが丁度良いのだ。痛みは感じる癖にちょっとやそっとでは全く気にしないのだから。

 前にゴーレム系のザコモンスターに集団でボコられてもケロッしていた挙句に爆発(俺が撃った魔法)しても、敵がいなくなったと認識して他のモンスターを殴りに行くくらいだ。

「思い出した! お前、何日か前からいた奴だ!」

 首を捻ったせいか分からないが、漸く思い出したリュナがシーラを指差しながら叫んだ。

「思い出せたとは、成長しましたね」

「そうだな」

 てっきり忘却の彼方に追いやられていると思っていた。

「それで、誰だお前?」

 だが名前は覚えていないようだ。

「シ、シーラよ」

「ふーん。あっ、おかわりー」

 引き攣った笑みで再自己紹介したシーラだったが、リュナはどうでもよさそうに相打を打つとデザートのお代わりを注文した。憐れな。

「顔がにやけてますよ」

「おい、レズ。シズネが慰めてくれるってよ」

「卑怯者……!」

 シズネが俺を盾にするように移動して服を引っ張ってきた。お前、本気でビビってるけど、まさか本当に何かされたのか?

 ミーシャと違って無理強いするようなタイプでは無いと思うシーラはゾンビのような緩慢な動作で椅子から立ち上がると、ゆっくりとシズネに近付いて行く。どうやら俺の事は意識の中に存在していないようだ。

「慰めて、シズネ……」

「お断りします」

「私、メイドさんに抱きつくのが夢だったの。しかもロボッ娘だし」

「だから嫌なんです。ダッチワイフにコスプレでもさせて一人で満足していて下さい」

「本物のメイドじゃダメなの。紺のワンピース白エプロンの正統メイドじゃないと無理なの」

 果たしてシズネを真っ当なメイドの括りに入れて良いのか不明だが、どうやらシズネはシーラのストライクゾーンにバッチリ嵌っているようだった。

 それを分かってか、本気で嫌がるシズネ。うん、放置しよう。その方が面白そうだ。

「ああ、そうだ。クゥに話があったの」

 シズネが心の壁的な見えないバリアーでシーラと睨み合いを続けるのを他所に、フェブリスが何やら思い出したかのように口を開いた。

「ちょっと困った事があって、是非とも解決――」

「さぁて、腹も膨れたし出るか。金はここに置いておくから」

「待ちなさい」

 嫌な予感がしたので逃げ出そうとしたら、足下から蔓が伸びてきて拘束してきた。

「断る。お前らビッチなNPCの頼み事ってロクなもんじゃねえもん! 絶対に嫌だ。というか、離せ! 燃やすぞコラ!」

 というか蔓で撫でるな刺激するな。変な幻覚見そうな蜜を擦り付けるな!

 短剣で取り敢えず蔓を刻んで、仕方なく椅子に座り直す。残念そうな顔をするな植物女。何がしたいんだお前は。

 カウンターテーブルを挟んで向かい側に立つフェブリスが身を乗り出すように身をカウンターへ前屈み気味に身を預け、漸く本題を話し始める。

「この街って魔族が支配してるじゃない?」

「お前、みたいな魔族にな」

「……なんだかんだでこの街は上手くいっていると思うの。冒険者(プレイヤー)である貴方達もそこそこ自由に活動できる。決して安全な街ではないけど、自分に責任持てるなら過ごしやすいでしょう?」

「そうかもなー」

 なんだか、アマリアと初めて会った時の事を思い出した。

「でも、ちょーっとおいたが過ぎる人達がいるのよ」

 フェブリスの言葉と同時にクエストのウィンドウが目の前に現れた。本当、アマリアの時と同――

「…………おい」

 まったく同じという訳ではなかった。

 討伐依頼。その対象は数人のPLであった。

 横目で隣に座るリュナを見る。腹が膨れて眠くなったのかうつらうつらしているので放置。次に反対側にいるシズネとシーラを見ると、不思議そうにこっちを見返していた。

「ふざけるなよ。馬鹿かお前は」

 見られる前に、クエストの拒否を押してウィンドウを消す。個人に関する情報のウィンドウは非公開がデフォルトだが、フェブリスが出したウィンドウは公開設定だった。

「ヴォルトの街に巣食った悪党を倒したのは貴方だって聞いたわよ。それなら、今回も出来ない事はないでしょう。規模も小さいのだし」

 視界の端でシーラが反応を見せた。

「持ち上げる相手を間違えてるぞ。多少関わった程度だ」

 それに、あのPKギルドの大多数は牢獄行きだ。

「でも、彼らは過去にヴォルトにいた冒険者と繋がりを持っていたのよ。関わった者としてケジメを付けるべきじゃない?」

 フェブリスが再びクエストウィンドウを表示させた。

 説明文には、麻薬や人身売買を行っていると書いてある。

「クスリは冒険者(あなたたち)が持ち込んだ物よ。貴方達がなんとかしてちょうだい」

「そんな理屈が通じると思うなよ、クソアマ。自分達は好き放題しておいて、面倒ごとが出れば人任せとか図々しいにも程がある。化粧以上に厚いテメェの面、引っぺがすぞ」

 罵詈雑言を述べて睨む俺と怪しい色を瞳に宿したまま微笑むフェブリス。

 一触即発――では無い。こんなもの茶番だ。フェブリスにとって本来はどうでもいいのだ。ただ反応を見る為だけに言ってきているだけで、既にこの時点でフェブリスの望みは達成されている。

「クゥは、そうでしょうね……」

「お前、何を――」

 俺だけに聞こえる声で呟くフェブリスを不審に思い、問い返そうとしたところで横から手が伸びてクエストウィンドウを引っ掴んで行った。

 横に顔を向けると、席から立ったシーラが厳しい顔でクエスト内容を睨んでいた。

「クゥ、って言ったわよね。ヴォルト事件を解決したって本当?」

 目だけ動かして俺を見下ろしてくる。

「主導したのはレーヴェだ。俺はそれに協力したその他大勢」

「でも、捕まった女の子達を助けたのはクゥよ」

 フェブリスの補足に舌打ちする。余計な事を。

「なっ……」

 シーラが目に見えて動揺し出した。殺意に似た視線をウィンドウにぶつけていた時と違い、戸惑いや混乱が入り混じっている。

 暫く視線を泳がせていたシーラだが、唇を噛むとクエストウィンドウをそのまま自分のウィンドウに重ね合わせた。

「フェブリスさん。このクエストは私が受けます」

「おい」

「構わないわよ」

「テメェ……」

 止める間もなく、シーラは早足で店を出て行った。

「追いかけないのですか?」

「知るか」

 シズネの言葉を一蹴する。今まで散々迷惑そうにしていた癖に、このメイドは何かあると俺を突き上げてくる。

 心配する義理も無いし、下手をすればPK行為に繋がるクエストだろうと知った事ではない。そもそもあいつ自らクエストを受けたんだ。どうこう言う権利は無い。

「ところで知ってる?」

「はぁ?」

 柄悪く返す。

「シーラはヴォルトに監禁されていた女達の一人なの」

「…………」

「ヴォルト事件で助けられてからは保護されていたけど、反骨心が強い娘みたいで誰かに甘えたままなのは嫌らしくてアマリアの所から出て行ったの。負けたまま、汚されたままなのが許せないのね。男嫌いなのはその反動かしら」

 フェブリスが微笑ましそうに笑った。

「……付き合いきれないな。一人で耽ってろ」

 席から立ち上がって会計を済ませる為に金を取り出す。視覚化された電子マネーは日本硬貨レベルのクオリティをしたヨーロッパ風のデザインだ。

 シズネも俺に視線を向けたまま立ち上がり、気配に半分は寝ていたリュナが起き出して両手を上げ、背筋を伸ばす。

 気まぐれに硬貨の一つを取って指で弾く。硬貨は天井近くまで上がり、一瞬だけ滞空すると回転しながら落下する。

 カウンターに落ちる直前、リュナが硬貨ごとカウンターテーブルを叩いた。

「…………」

 虫が飛んできたから叩き潰しましたと云った感じであった。現にリュナは三対の瞳が自分に向けられた事に意味が分からず首を傾げている。

 リュナが手を離すと、硬貨は表を向いていた。

「はぁ、行くか……」

 リュナの首根っこを掴んで歩き出す。シズネは呆れたように首を軽く横に振ってからついてきた。

「行ってらっしゃい」

 フェブリスの見送りに前を向いたまま中指を立てる。燃え死ねクソアマ。





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