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部活彼女  作者: 瀧元用管
4/6

水泳部 吉田佳子 その後

……あーあ。またやってるよ、

 放課後の静まり返った廊下、職員室の角から少しだけ頭を突き出して、私は校舎裏の様子をこっそり見下ろしていた。

 視線の先には、うちの水泳部が誇る絶対的エースにして、全校女子の憧れの的――吉田佳子、通称よっしーの姿がある。その対面には、ふんわりとした髪型の1年生。あー、確か図書委員の小野寺さんだっけ。

 案の定、小野寺さんは頭を下げたまま、真っ赤な顔で一目散に逃げ出していった。残されたよっしーは、まるで世の終わりのような重いため息をついて、その場に突っ立っている。

 ――あーあ、これで何回目よ。

 私は心の中で盛大に舌打ちしながら、持っていたノートをパタパタと振った。

 よっしーのやつ、本人はいたって真面目に生きてるつもりなんだろうけどさ。高身長でスタイル抜群、顔立ちは整いすぎていて、サバサバした性格のせいで男勝りなカッコよさがある。おまけに運動神経抜群で水泳部のエース。そりゃあ女子から見たら「王子様」以外の何者でもないわけよ。

 だけど、本人は「私、水泳が恋人だし、女の子は恋愛対象じゃないんだってば!」って、毎回本気で頭を抱えている。振るたびに「相手が傷ついたんじゃないか」ってガチで落ち込むんだから、本当に罪な気質っていうか……まあ、要するに、めちゃくちゃチョロくて可愛い鈍感野郎なんだけどさ。

 私は小さく鼻で笑うと、トコトコと階段を下りて、今まさにトボトボと戻ってきたよっしーの進路に待ち伏せた。

「いやー。王子様。モテモテですなぁ。羨ましい限り」

 教室に戻ってきたよっしーに、私はわざとからかうような声を投げかける。

 案の定、よっしーは机に突っ伏して「断る方の身にもなってくれよ」と、盛大に顔を腕にグリグリと押し付け始めた。この反応が面白くて、ついついからいたくなっちゃうんだよね、親友としては。

 そこからのやり取りはいつも通り。

「12回目!? うわぁ、もう一ダース達成じゃない。記念にサインでももらっとこうかな」なんて煽りつつ、心の底では思っていた。

 ――ねえ、よっしー。あんた、本当に自分のその魅力に無自覚すぎない?

 いくらサバサバしてて「水泳が恋人」だの「塩素の匂い」だの言ったって、女の子がそれだけ本気で惚れてくる熱量を、もう少し自覚しなさいよ。まあ、だからこそ可愛いんだけどさ。

 ちょっと意地悪したくなって、私はあえてトーンを落とした。

「ねえ、そんなに毎日『女子からの告白』を捌いてさ。よっしー自身は、誰かにキュンとしたり、そういうのって本当にないわけ? 王子様だって、お姫様に頭をナデナデされたい夜くらいあるでしょう?」

 そしたらこれだ。よっしーはガバッと顔を上げて、困ったようにハの字眉を曲げる。

「なんだよ急に。私にあるのはプールの塩素の匂いと、大会のタイムだけだっての!」

 必死だなー、もう。顔真っ赤にしてさ。

 結局、最後は「今日の放課後の慰めのご褒美に、購買のメロンパン奢りね」って丸め込んで教室を後にしたわけだけど……。

 このときは、まだ思っていたんだ。今日の夕方も、いつものように「やれやれ」と部活の片付けをして、メロンパンをむさぼって終わる、平穏で退屈な日常の延長線だと。

 ――まさか、あんな「事件」が起きていたなんて、このときの私は知る由もなかったのである。


 放課後の部活が終わり、私は部室で荷物をまとめていた。

 今日は私じゃなくて、1年の瀬戸くんがよっしーと一緒に片番(片付け当番)のはずだ。瀬戸くんといえば、あの不真面目な男子部員たちが多い中で、一人だけ真面目にメニューや雑用をこなす、なかなかの優良物件……じゃなくて、真面目な後輩くん。

 「まあ、あいつなら手際がいいし、よっしーも楽でいっか」

 そう思って、私はすっかり油断して購買へメロンパンを買いに走っていたわけだ。

 そして、事件の匂いを嗅ぎつけたのは、その帰り道だった。

 職員室に寄る用事があって、その帰りに部活の用具室――あの薄暗くて、プールの塩素の匂いが染み付いた狭い機械室の前を通りかかったときだった。

 普段なら「お疲れ様ですー」とガチャリと開けて通り過ぎるところなんだけど、なぜかその日は、扉の隙間からただならぬ「異様な気配」が漏れていた。

 ……ん?

 足が勝手に止まる。好奇心という名の魔物が、私の耳を扉の隙間にピタリと寄せる、

 聞こえてきたのは、紛れもなく、あの凛としたよっしーの声だった。

「……え、と……どういうこと? 瀬戸くんが誰かに告白したの? それとも誰かの話……」

 おや?

 よっしーの声が、いつものサバサバしたトーンじゃない。なんかこう……ものすごく動揺して、上ずっている。というか、明らかに挙動不審な響きが混じっている。

 察するに相手は一年の瀬戸くんか。よっしーが部活の話をするたびにたまに聞く子。本人は無自覚なようだけど、なんとなく気にかけているふうに話す子だ。その瀬戸くんは低くてやけに落ち着いた、けれど妙に熱を帯びた声だった。

「違いますよ」

 ガチャリ、と何かが棚にぶつかる音。

 そして、瀬戸くんがゆっくりと、逃がさないと言わんばかりに、よっしーを機械室の棚との間に追い詰めるような気配が伝わってきた。

 ――なっ……!?

 私の背筋に、ゾクッとした冷たい電気が走る。

 ま、まさか……あの(聞いている範囲では)真面目な瀬戸くんが、あの「孤高の王子様」こと吉田佳子に対して……!?

「僕が好きなのは、この部活にずっとまっすぐ向き合ってる人です。誰よりも速く泳ぐために努力して、誰かが告白してくれば本気で心配して、柄にもなく真面目に悩んで……そんな、不器用でカッコいい先輩のことですけど」

 ひゃああああああっ!!

 私は思わず自分の両手で口を塞いだ。声が出そうになったのを必死で飲み込む。

 なんだこれ!? ドラマか!? 少女漫画の最終回か何か!?

 あの瀬戸くんが、まさかそんな熱い野望……じゃなくて、純愛を隠し持っていたなんて! いつも涼しい顔して、メニューを配ったり旗を仕舞ったりしてた裏で、そんなマグマのような執着を滾らせていたというのか……っ!

 扉の隙間から、ほんの少しだけ視線を潜り込ませてみる。

 ああっ! 見えた!

 機械室の狭い空間の中、背の高い瀬戸くんが、真っ赤になって固まっているよっしーを、文字通り「壁ドン」の体勢で完璧に包囲している!

 よっしーのやつ、いつもあんなに「女子から告白されて困るー」とか余裕ぶっこいてるくせに、今や完全にバグったロボットみたいにフリーズしているじゃないか。手からビート板がポロリと落ちて、顔なんてトマトみたいに真っ赤だ。

 あんな情けない、女の子らしい(?)よっしーの顔、親友の私でも滅多にお目にかかったことがないぞ……っ! レアすぎる! ビデオに撮りたい!

 そして、瀬戸くんの追撃はさらに容赦がなかった。

「女子は恋愛対象じゃない、ってさっきも言ってましたよね」

 ふっと、あの後輩くんが見せたのは、なんとも言えないずるくて艶っぽい笑みだった。

「じゃあ、男子ならどうなんですか?」

「…………は?」

「僕じゃ、ダメですか?」

 ――キターーーーーッ!!!(心の絶叫)

 名台詞だ! 撃沈だ! 王子様完全陥落の瞬間である!

 あんな真剣な顔で、あんな低音で、年下の後輩にあんなこと言われたら、そりゃあ恋の免疫ゼロのよっしーの脳内ストップウォッチなんて一瞬で粉々に吹き飛ぶに決まっている。

 よっしーは口をパクパクさせるだけで、いつものキレのあるツッコミも、部長としての威厳も、すべてどこかへ消え去っていた。

 そのあと、瀬戸くんは「答えは今すぐじゃなくていいです」なんて、まるで大泥棒のような鮮やかなセリフを残して、サラッと機械室から立ち去っていった。

 危ない、見つかるところだった!

 私は慌てて身を翻し、壁に張り付いて息を殺した。

 軽やかな足音を残して、瀬戸くんが去っていく。

 静まり返った機械室の中から、ドサッという情けない音とともに、よっしーがその場にへたり込むような気配が聞こえてきた。

 ――あーあ。完全にやられましたね、我が家の(違う、親友の)王子様は。


 私は何も知らない顔をして、購買で買ってきたメロンパンをカバンに入れ、家へと戻った。

 軽く「約束破って怒ってます」とメッセージを送ると、さっきまで悶絶していたらしい(今もか?)よっしーから、慌てた様子で「ごめん。一時間だけ、時間をくれ……っ!」なんてメッセージが届いている。

 私はニヤニヤがどうしても止まらなかった。

 いつもは「私は水泳が恋人!」とか言って澄ました顔をしているあいつが、今頃ベッドの上で枕を抱えてジタバタともがき苦しんでいる姿が、目に浮かぶようじゃないか。

 

 面白い。あまりにも面白すぎる。

 これはもう、一時間後に通話がかかってきたとき、どこからどこまで見ていたかをバラして、徹底的にからかい倒すしか――いや、待てよ。

 あの真面目な瀬戸くんが、あんな大勝負に出たんだ。二人の青春の行方を、一番近くでこっそり特等席で見守るのも、親友としての最高の娯楽ってやつかもしれない。

 私はスマホをいじり、ニヤニヤしながらメッセージを打ち込んだ。

『由美:何やらテンパってるじゃない。キリキリ吐いてもらうからね。メロンパン分は』

 さて、この後どんな真っ赤な言い訳が返ってくることやら。

 窓の外の茜色の空を見上げながら、私は今日一番の美味しいメロンパンを一口、頬張ったのだった。

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