枠組
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アルカナ城、剣士棟。
「おや、大荷物だね?」
猛火の執務室から出たところで爽は周に声をかけた。
「あ、兄様。はい、これから御神楽を舞うかもしれないので。」
周が照れくさそうに風呂敷からお手製の舞装束をのぞかせる。
もっとよく見たいと爽が促すと周は素直に風呂敷を開いた。
「ああ、これは見事な舞装束だね。」
丁寧な刺繍や縁取りが施された色とりどりの布。それらを品良くまとめて出来上がった美しい舞装束に爽がため息を漏らす。
これだけ腕の良い職人が果たして王都に何人いるのだろう。西の山の職人恐るべしである。
「西の山の物づくりの力にはいつもながらに驚かされるよ。」
「ありがとうございます?そんなに褒められると照れてしまいますね。」
周が嬉しそうに答える。
「えっ?」
周の自作と判明し爽は言葉を失いかける。
しかし、朝っぱらからそのような失態を晒す訳にはいかない。
自分はアルカナの守護者。そして、ここは剣士棟なのだから。
「神楽ねえ、現地で着替えるんだね。控えの間まで用意してくれるとは、随分と羽振りの良い依頼主だね。」
弟弟子の多才さにやや困惑しながらも爽は会話のテンポを崩さないように努める。
「......?
控えの間などありませんよ。そもそも呼ばれた訳でもありませんし......。勝手に行って必要があれば舞うだけです。」
西の山特注品の伸縮自在神楽鈴の調子を確かめて、その出来に大きくうなずく周。
そして、それでは急ぎます、と立ち去ろうとしたところで爽がその腕を捕まえる。
(体裁など構っている場合ではない。)
「待ちなさい。お前は、よそ様の玄関先や廊下で着替えをするつもりではないだろうね?」
爽の頭の中ではすでに最悪の事態が数個自動再生され続けている。
この常識知らずが王都の皆さんを困惑させる前に捕獲できたのは僥倖だ。
「嫌だなあ、兄様。そんな迷惑などかけませんよ。裏庭でパパッと済ませます。」
兄様は意外と非常識だな、と笑う周に爽の自制心は溶解していった。
「他所様の裏庭で家主の許可も得ずに着替える事が何故、常識の範疇になるんだい?
周、ちょっと兄様の部屋でゆっくり話をしようか?」
アルカナ城外周広場。
ふわふわとした飾り生地の多い装束を着た周が正門に向かい歩いている。
風呂敷包みを大事そうに抱えて、やや不機嫌そうに......。
爽にお説教され、半ば強制的に着替えさせられた舞装束。神事限定の付け毛には爽から押し付けられた高価すぎる髪飾りまでついている。
神事を行うには礼節をおもんじよ、髪は長いに越したことはない。とにかくお前は着飾れ!神楽舞を教わる時に神職のじい様はじめ大人達にさんざん言われた言葉だ。
神々に失礼があってはならない。これは理解しているが、この髪飾りは華美が過ぎるのではないか、周の眉間のしわが深くなる。
(現地で着替えたほうが効率的なのに。誰かに見咎められるようなヘマを私がすると本気で思ってらっしゃるのだろうか?兄様は......。)
周は爽の自分に対する評価がどうにも納得いかない。
「うぉ......?」
とかく、効率重視で袖だの裾だのの余分な布や装飾を嫌がる周の珍しい姿に勇が食い付く。
「見違えたぜ。なんだよ、えらくめかし込んで、デートか?」
(ほら......。こんなの着て歩いたら、絶対にこうなるんだ。)
「ん......。まあ、大事な相手ではあるかなぁ。」
まわりの剣士が一斉に耳をそばだてる。
「なんだよ、隅に置けねーな?どこの娘だよ。」
「......?生薬店の人外だよ。」
(((........!)))
変人だ変人だとは思っていたが、
いよいよそこまで浮世離れしてしまったとは.......。
背は低いが、黙っていれば見た目はそこそこ良い方なのに。
人外とお付き合いはさすがに不味いだろう?
殿下はこの事態を知っているのか?
まわりの盛大な勘違いの気配に、さすがに周が可哀想になり勇が大声で否定する。
「長寿苑のアロエだよ!結界の時に世話になったんだよ!
お前らも知ってるだろ?コイツは奴らと、なんか喋れるんだよ!」
周は微妙な笑顔を残して剣士たちから離れていった。
王都、長寿苑の裏庭。
「おーい、アロエ。」
周がアロエに話しかける。
何も聞こえない。
「久しぶりだね。ちょっと怪我をしてしまって動けなかったんだ。結界の時は協力ありがとう。本当に助かったんだよ。」
何も聞こえない。
「お礼が遅くなってごめんね。」
やはり何も聞こえない。
「........。」
(予想はしていたが、やはり......。)
周は薄めた肥料をジョウロでアロエの根元にそっとやってゆく。
アロエがいない訳ではない、神経を研ぎ澄ませばアロエの存在をきちんと感じ取れる、この辺りの気が王都の中では一番清浄なのもアロエが、今も周との約束を守り続けてくれている証しだ。
しかし、声が聞こえない。
「はは、今こそアロエと話したかったな.....。」
周はなんとなく自分の手に目をやる。以前と何も変わらないように見える自分の手、そして気。
「私の枠組みは今でもお前の知っている枠組みのまま?それとも、人の枠におさまった?」
傍から見ればきっと何も変わらない。
でも、周にはなんとなく分かる、自分は神々やそれに準ずるもの達と意思を通わせるには何かが足りなくなってしまったのだ。
これが代償なのだろう。
大した事ではない、大した事ではないのだ、だって人は皆、彼らの言葉が聞こえる訳じゃない。まして、会話なんて。
ただ少し寂しいだけ。
「アロエに聞こえてるかどうか分からないからね。用意してきたんだよ。」
周が風呂敷から黄金色の神楽鈴を取り出して笑う。
「神職のじい様のお手伝いをしていてよかった。何でも出来るに越した事はないね。」
そして、アロエと自分の間に神楽鈴を置き、居住まいを正す。
先ずは、祝詞を朗々とそらんじる。
(約束を守っていてくれてありがとう。)
静かに神楽鈴を手に立ち上がり、神楽を舞う。
(西の山のアロエの子供達も皆に重宝されているよ。株を分けてくれてありがとう。)
シャランシャランと鈴の音が長寿苑の裏庭に響く。
どれぐらいの時間が経ったのだろう、鈴の音が消えた裏庭で独り言を言いながら周が荷物を片付けている。
「どうだった、西の山で一番格式の高い祝詞と舞だよ。アロエ、そういうの好きだろ?
今までありがとうね、また来るよ。」
周は荷物を持って裏庭を後にした。
買い物客で賑わう表の喧騒が嘘のように、今日も長寿苑の裏庭は凛とした静けさを保っている。




